ちゅうカラぶろぐ


[3391]  [3390]  [3389]  [3388]  [3387]  [3386]  [3385]  [3384]  [3383]  [3382]  [3381
花粉症が辛い季節になってきました。
思い起こせば小学校の3年生の頃。
やたらと4月頃になると鼻水が出るなっと思っていたキムタケ。
あとから、それが花粉症の脅威だったと気付いた限りです。

花粉症の季節は球春到来の時季でもあります。
ナゴヤ球場から徒歩5分の環境に生まれ育ったキムタケ。
4歳の時には背番号3、立浪和義のユニフォームをパジャマに寝ている少年でした。

少年時代のキムタケにとって、立浪さんはヒーローでありアイドル。
そのパジャマはキムタケ少年にとっては掛け替えのないものでした。
が、子ども成長というのは恐ろしいもので、2年もすれば、ちんちくりん。

今でこそ、7分袖ファッションも一般的ですが
当時の尾頭橋近辺にはその文化は到達していなかったのでしょう。
ある日、箪笥の引き出しに。いつもあるはずに背番号3がない。

母がもう着れないからと捨ててしまったのです。
キムタケは烈火のごとく怒ったとか・・・しなかったとか・・・(←ここは「蝋人形の館」風)


それから時は過ぎ。東京で大学生活を営んでおりました。
ある日、なんとなしに、遊びにいった赤坂見附。
ぼーっと煌びやかなネオンを見つめながら、耳のイヤホンからは「世界が終わるまでは」
一人、異世界に浸るキムタケの前を、よく見たことのある人が通りすがるのです。


「あ、ああ、ああああ、ああ~ああああああ、あ~ああああ。。。。」
「立浪だぁ・・・・」


引退2年前のそのベテラン選手は、少し疲れた表情でスナックからゆっくりと歩き出し。
赤坂プリンス(中日の宿舎)の方角へ向かっていく。
そして、キムタケの30センチ横を通り過ぎていく。


「え、え、ちょっと待って、どうしよ。」
「え、マジで、ちょい、握手。いや、サインか?写真だろ!ああ~あ・・・」


20秒間。錯綜する脳裏の中を。
異世界でキムタケの時計だけが止まり。
まるで、演算能力の足りないPCのように完全にフリーズ。


テレビでよくあるじゃないですか。
憧れの人を前にしてテンパっちゃう絵。
どうせやらせでしょう?とか思ってましたが僕が間違っていました。
本当に、全国のテンパる人たち、馬鹿にしてごめんなさい。
だから、皆さんも温かい目でそういう人がいたら見てあげてください。


最後に、今年も中日の躍動を信じて。
ドラファン暦29年のキムタケより。


おしまい

拍手[2回]

この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
/