ちゅうカラぶろぐ


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昨日の歌会に参加された皆さん、お疲れ様でした。
 5か月ぶりの開催に加え今までのスタイルと大きく変えて自治体やお店の出すガイドラインに沿う形での実施、かときちさん始めスタッフの方たちにはいろいろと気苦労も多かったかと思います。まだ全てが手探り。前のように大勢で騒げる日が早く来て欲しいものです。

 こんばんは、小島@監督です。
 ところで、歌会以外でカラオケできる機会が作れなかったのでマジで約半年ぶりのカラオケだったわけですが、やはりブランク長すぎた。まさか途中で力尽きてしまうとは(苦笑)まぁそれでも16曲も歌えれば充分とも言いますが。次はもう少し体力付けなくちゃ。

 さて、今回の映画は「ランボー ラストブラッド」です。

 長い戦いの果て、アメリカに帰国し今は故郷アリゾナで牧場を営むジョン・ランボー(シルベスター・スタローン)。古い友人のマリア(アドリアナ・バラーサ)とその孫娘ガブリエラ(イヴェット・モンレアル)と共に穏やかな日々を生きていた。
 しかし戦場を離れて10年が経つが、ベトナム戦争から数十年に渡り戦場で生きてきたランボーの心身には今も仲間を助けられなかった傷が刻まれ、牧場の地下に掘り進めたトンネルに身を置くことで自身を保っていた。
 ある日、ガブリエラの元にかつて出奔した父の消息を知らせる報が届く。父が自分を捨て出ていった理由を知りたいというガブリエラをランボーは反対する。しかしガブリエラは黙ってメキシコへ向かってしまった…

 PTSDを抱えたベトナム帰還兵の苦闘を描いた第1作「ランボー」は1982年に製作されました。ベトナム戦争後に退役した軍人たちの窮状がようやく汲まれつつある状況の中で生まれたジョン・ランボーというキャラクターは戦争の傷を抱えた地に足の着いた人物として高い評価を得ます。その後、ベトナム戦争未帰還兵の救出を描いた2作目「怒りの脱出」(1985年)、ソ連侵略下のアフガニスタンで上官トラウトマン大佐の救出任務を描いた3作目「怒りのアフガン」(1988年)と、ランボーは皮肉にも「アメリカ国家と大衆の敵と戦うマッチョ・ヒーロー」のポジションとしての続編が作られることになります。3作目から20年の時を経て作られた4作目「最後の戦場」では老境に差し掛かり更に深い傷を抱えながらなお戦場で独り戦う姿が描かれました。
 その「最後の戦場」のラストでようやくランボーは安息の地を得、その家へ帰るべく足を進めます。しかしそれから10年、闘争と暴力の連鎖は再びランボーを血生臭い世界へ呼び戻されるのです。

 第1作目の原題である「FIRST BLOOD」と対となる「LAST BLOOD」と題された今作では、2作目以降「国家の敵」と戦い続けてきたランボーが1作目以来ともいえるパーソナルな戦いに身を投じます。あまりに絶望を知りすぎ怒りと哀しみに囚われ生きてきた男が晩年に差し掛かりながらなお戦わねばならないその姿は、あまりに重く切なく、そして壮絶です。
 クライマックスとなるアクションシークエンスは、昨今主流のVFXを多用したスタイリッシュなものでもなくまた一部で復権しつつあるマッチョアクションとも一線を画し、これまでの技術と経験を総動員し、かつ怒りと殺意をむき出しにして独りで多数の敵を相手に戦います。それはある意味でランボーの「集大成」であり、また同時にランボーに限らず愚直な男を演じ続けてきた俳優シルベスター・スタローンが辿り着いたある種の「境地」ともいえます。

 単に殴る蹴るが可愛く見えてくるくらいにバイオレンス描写がかなりえげつないのでそういうのが苦手な方には向かない作品ですが、半世紀近く一線で活躍してきたハリウッドスターの凄みを感じられる一本です。孤独の戦士ランボーが最後にどんな場所に辿り着くのか、どうぞスクリーンで確かめてみてください。

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先日名古屋某所を歩いていたらメイドカフェの客引きのおねーさんにチラシを手渡されました。それほど時間的余裕がなかったので店に立ち寄ったりはしなかったのですが、ああ、こういうのも戻ってきたのかと不思議な感慨。と、同時にこのコロナ禍のさなか居酒屋やレストランでは席数減や営業時間の短縮などで対応しているけれど、メイドカフェみたいに飲食だけでなく「サービス自体が売り物」みたいな店舗はどうしているのだろうかと職業的な興味もふと湧いてきたり。どこかで一度時間を作って足を運んでみるのも良いかも。

 こんばんは、小島@監督です。
 まだ皆いろいろが探り探り。今年いっぱいはこんな状況が続くのでしょうね。

 さて、今回の映画は「金田一耕助の冒険」(1979)です。

 これまで多くの事件を解決し、それを基にした小説も大ヒット。すっかりスターとなった探偵・金田一耕助(古谷一行)。今日も盟友・等々力警部(田中邦衛)と共にグラビア撮影の仕事をこなしていた。しかし忙殺される一方で金田一の心は満たされない。「おどろおどろしくも美しい事件」から長く遠ざかっていたからだ。
 そんなある日、金田一はローラースケートで疾駆する一団に連れ去れられる。彼らは最近巷を騒がす窃盗集団だった。その首領・マリア(熊谷美由紀)は過去に金田一が関わりながら未解決に終わった「瞳の中の女」事件の再調査を持ち掛けるのだった。

 延期作品の上映開始に元々今月予定だった作品の公開も始まりだいぶ新作の割合も増えてきましたが、まだまだ旧作のリバイバルの比率も多い昨今、営業再開したミニシアターではかなり尖ったところを持ってきて上映してくれたりしています。そんな中シネマスコーレが「怪作」と名高いコレを上映していると知り、つい観に行ってしまいました。

 1979年に製作されたこの映画は、主演古谷一行、田中邦衛に加え熊谷美由紀、坂上二郎、樹木希林、佐藤蛾次郎などが脇を固め、さらに三橋達也や三船敏郎などがカメオ出演しているという錚々たる顔ぶれ。スタッフには監督大林宣彦、撮影に現在は映画監督としても活躍する木村大作などが顔を揃えています。また、当時日本初の試みとしてつかこうへいが「ダイアローグ・ライター」(脚本の会話をより滑らかにするために加筆改稿するスタッフ。ハリウッドでは一般的である。)を担いました。名前だけ見ればかなり重厚な布陣です。

 が。はっきり言いましょう。この映画、とんでもなくつまらないです。「怪作」とはよく言いました。
 定石ともいえる段取りとテンポを無視した話運び。異様なまでに溢れかえるパロディとギャグの応酬。偏執的ともいえるほど陰惨な事件をこいねがう金田一耕助の人物像とアバンギャルドな映像とシュールな展開の数々にこの映画に「物語」というものが存在するのかどうかさえ分からなくなってきます。パロディにしても少なくない物量が「元ネタそのものが死んでしまっている」ため、ただ滑っているだけのものが延々と続いたりします。もしも公開時ならまた違ったのかもしれませんが。何よりこれを前述の今観ても強すぎる出演陣がやっている上に極め付きはクライマックスに金田一シリーズの原作者・横溝正史が本人役で登場するまでしてくるので余計にクラクラします。
 作品の方向性が最初から間違っているとしか言いようがないこの作品、脳がこの映画を理解しようとすることを拒んだのか、正直言って私は途中で寝落ちました(苦笑)

 1979年と言えば洋画では「マッドマックス」「ゾンビ」「エイリアン」「ディア・ハンター」などが製作され、日本でも「蘇える金狼」「太陽を盗んだ男」など従来のものを壊すような作品が生まれた時期でもある一方で、「007/ムーンレイカー」のようなシリーズの中でも異色とされる作品がポンと登場してしまった時期でもあります。当時はイラン革命に端を発した第2次オイルショックの只中であり、中国とベトナムの間で中越戦争が勃発し、韓国では朴正煕大統領が暗殺され年末にはソ連によるアフガニスタン侵攻が始まりました。日本国内でも猟銃を持った男が客と行員を人質を取った強盗殺人事件「三菱銀行人質事件」が起きたり、いじめを苦にした中学生の自殺が社会問題となったり不穏なニュースが相次ぎました。方向性はどうあれ何かの閉塞感を打破したいエネルギーというのに当てられて突き動かされた時期だったのかもしれません。また大手主導でここまで挑戦的な企画にGOサインを出して製作していたところに現在にはない懐の深さのようなものを感じてしまいますね。

 興味が湧いたなら止めはしませんが、お薦めも致しません(笑)。ご覧になるなら110分間アレ気な映像を叩き付けられるつもりで臨んでください。

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ここ数か月自宅にいる時間が長かったので、ここ10年くらいを思い返してもこんなにやってたことあったか?ってくらい久しぶりに結構な具合にゲームに時間注ぎ込んでました。そんな中でクリアしたものと言えばPS4で「バイオハザード4」「エースコンバット5」、あとはPS VITAで「戦場のヴァルキュリア2」とちょっと古めのタイトルがほとんど。「バイオ4」以外は今まで未プレイだったので懐かしさよりも新鮮な気分の方が先に来ましたね。ただどれもなかなかなボリューム感で思った以上にクリアまで時間かかりましたね(笑) 
 他にはまだエンディングまでは辿り着けていませんがSwitch版で「ファイナルファンタジー8 REMASTER」プレイ中。PS1の頃のソフトをかなり大胆にバージョンアップしてるらしいのですが、その割にセーブデータの表記にディスクナンバー入りのままなのがフフっとなります。

 こんばんは、小島@監督です。
 ただようやく勤務形態も従来通りに戻りつつあるので、こんなにがっつりプレイできる時間もそろそろ終わりかな。

 さて、今回取り上げる映画は、映画館の営業も再開されて1か月近くになりますが配信の作品の中から一つ。
 緊急事態宣言を受けて休業を余儀なくされたミニシアターを支援するために映画監督深田晃司と濱口竜介が発起人となって立ち上げたクラウドファンディング「ミニシアター・エイド基金」、最終的には支援額が3億円を突破し、全国のミニシアターへ相応に分配されることになりました。立地などによって差はあるでしょうが、例えば名古屋シネマスコーレ副支配人の坪井篤史氏によるとその賛助額は「約2か月分の経費」に匹敵するそうです。私もできる限りの支援をしました。その支援の返礼の一つとして「サンクス・シアター」という映画人たちの有志により提供された作品を支援したコースに応じた本数、配信で鑑賞できるというものがあります。今回はその中から一つをご紹介。今回の映画は「うつくしいひと」です。

 繁華街の片隅にある書店兼カフェでバイトをしている大学生の透子(橋本愛)、その書店に見慣れない黒いコートの男(姜尚中)が訪ねてきた。紳士は透子にお薦めを尋ねる。悩む透子の横顔を見ながら男はホイットマンの詩の一説をそらんじた。
 男が去った後、カフェへ戻ると友人の田上(米村亮太朗)から透子の母・鈴子(石田えり)を尾けている怪しい男がいたと聞かされる。不安を感じた透子はバイト帰りに鈴子が営む華道教室へ立ち寄った。透子はその庭先に鈴子を見る男の存在に気付いて後を追うが、見失ってしまった…

 「GO」(2001年)「世界の中心で、愛をさけぶ」(2004年)などで知られ、今年も「劇場」「窮鼠はチーズの夢を見る」の2作品が公開待機となっている行定勲監督が郷里の熊本を舞台に、熊本出身の俳優が集結し2016年に製作された作品です。製作に当たっては県も一部を出資、熊本城や通潤橋など熊本の名所を随所に使って撮影され、セリフもそのほとんどが熊本弁という1本です。奇しくも完成から日を置かず熊本大地震により各所が多大な被害を受けたため、地震前の様子を写した作品となりその後復興支援の意味合いも兼ねつつ日本各地での映画祭やチャリティーイベントなどで度々上映される作品ともなりました。

 上映時間39分と短いため、物語の構図にしろ人物描写にしろ余剰を省いたスマートな作品に仕上がっています。ふたを開ければありふれた男女の機微を描いていたにすぎないのですが、8mmフィルムや櫛と言った小道具に心情を集約させる手法が巧くハマっており、小気味良い作品に仕上がっています。全体的に必要最低限でまとまっている一方で会話のテンポはゆったりしており、かと思えば観光PR的な力学でも働いたのか、唐突にくまモンが登場したりするので不思議な印象を受けます。とは言えそれが不快というワケではなく何というか長所も短所も含めて「コレはコレで良い」と思える作品です。

 「サンクス・シアター」、ラインナップは基本インディペンデント映画なのですが、思いの外短編・中編が充実しているのが特徴です。そもそもミニシアターでも上映機会が少ない上に、今回取り上げた「うつくしいひと」のような第一人者の作品だけでなく卒業制作とかワークショップで完成したものとかもあり、私にとって今までもほとんど触れてこなかった未知の領域が広がっています。時間いっぱい楽しませてもらいますよ(笑)

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ようやくこういう事もできるようになってきたというか、昨日は気心の知れた仲間で数人集まって持ち寄った酒を飲みながら「アイドルマスター ミリオンライブ」の配信を楽しむ、なんてことをやってました。そこそこまとまった酒量で呑むの自体が数か月ぶりで自覚してる以上に酒に弱くなっていたのにちょっと驚いてしまったというか(苦笑)翌日二日酔いにならないように後々いろいろ手を尽くす羽目に。何とか問題無く今日を迎えております(笑)

 こんばんは、小島@監督です。
 は~それにしてもそろそろライブを現地で楽しみたい。

 さて、今回の映画は「デッド・ドント・ダイ」です。

 アメリカの田舎町センターヴィル。警察署長クリフ(ビル・マーレイ)と巡査ロニー(アダム・ドライバー)は日課の巡回がてら住民同士のトラブルの対処に当たっていた。森に暮らす世捨て人ボブ(トム・ウェイツ)に鶏を盗まれたと白人至上主義の農夫フランク(スティーブ・ブシェミ)から通報があったのだ。ひとまずその場を収めるクリフとロニー。
 些細なトラブルは絶えないが、穏やかに続く日常。しかし最近何かが歪み始めていた。日没時間が徐々に遅くなり、時計やスマホの電池が突然切れて動かなくなり無線も調子がおかしい。ペットが突如主人を襲ったり家畜が失踪したりと動物たちも異常な行動が目立ち始めた。
 そしてある夜、墓地で死体が棺を壊し地中から這い出て歩き始めた…

 コロナ禍で公開延期になった映画はもう数えきれないくらいありますが、そういった作品たちの中にようやく封切られるタイトルが出始めました。結果的にその先鞭をつけた格好となったのがこの「デッド・ドント・ダイ」です。監督はジム・ジャームッシュ。3人の男女の何気ない日常をスタイリッシュなモノクロ映像で展開した「ストレンジャー・ザン・パラダイス」(1984年)、テーブルに置かれたコーヒーとたばこを起点に様々な登場人物による与太話が繰り広げられる「コーヒー&シガレッツ」(2003年)、街と同じ名前を持つバスの運転手のある1週間を描いた「パターソン」(2016年)など、ハリウッドとは距離を置き独自の作風でインディペンデント映画を製作し続ける巨匠が初めてゾンビ映画を手掛けました。もっとも彼のフィルモグラフィを見れば「ジャンル映画」に手を出したのはコレが初めてではなく1995年にはジョニー・デップを主演に迎えた西部劇「デッドマン」(こんなタイトルだけどゾンビは出ない)、永遠の命を持て余した吸血鬼のカップルを描いたティルダ・スウィントン&トム・ヒドルストンのW主演のヴァンパイア映画「オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ」(2013年)なんてのもあるので思いついたらやってみるタイプの人なのでしょう。

 そういう人が製作した作品なのでゾンビ映画に対するアプローチも「歩み寄る」のではなく自分に「引き寄せる」ように作っています。そのため定石をだいぶ外れた作品に仕上がっています。街に迫る不穏な空気を描き出す前半部に思いのほか時間を割いておりゾンビが出るのは後半に差し掛かってからだったり、登場人物が突如として「第四の壁」を破るようなメタ・フィクショナルな発言をしたり。伏線が全てきっちりと回収されるワケではなくかなりの要素がほったらかしにされる人を食ったような作りもジャームッシュ映画らしいと言えばらしいです。

 ゾンビの描き方もなかなかに特徴的で、「生前こだわっていたものに無意識に引かれる」という設定の下、様々なスタイルのゾンビが登場。特にスマホ片手にWi-FiとBluetoothを求め彷徨う「Wi-Fiゾンビ」はその極め付きと言えるでしょう。総じてゾンビというものを通してある種のアイロニーを描き出そうとしているように見えます。

 終末的な世界観に緩めの笑いを随所にまぶした、相当に好みが分かれるタイプの異色作です。見慣れたゾンビ映画を気楽に楽しみたい方には却ってお勧めできませんが、「ヘンテコな映画」を見てみたい方にはこの独特な波長の作品、試してみる価値はあると思いますよ。   


 

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ありがたいことにというか、先週から「アイドルマスター ミリオンライブ」がこれまでに開催された単独大型ライブイベントの全公演を約1か月かけて配信するという企画を展開中です。昨日は2ndライブDay2が配信されていました。開催時期は2015年4月初頭。この約3か月後にアイマス10周年記念ライブが西武ドームで開催されて私も観に行っています(何ならブログも書いてます)が、このミリオン2ndは観に行けずじまいだったので嬉しい限り。
 ライブから5年経った今でも語り草となっている「曲がサビの手前で止まってしまうが観客が曲を歌い繋いで、それを受けて出演者がアドリブでアカペラのまま歌いきる」というハプニングの模様の全貌をようやく観ることができました。というかその瞬間が来るまで、コレがそのライブだったことを失念していたのでかなりの驚き。恐らく急ピッチで機材復旧していたであろう長い暗転もハンドクラップとコールで場の空気を冷まさないようにする観客たちに刺激されたのか、再開後の出演者たちのパフォーマンスも明らかにスイッチが入っていてその熱量がうねりを生み、初見の身にも熱くなるものがありました。観終えた後これをその日その時に観られなかったのが少しだけ悔やまれましたね(苦笑)

 こんばんは、小島@監督です。
 そのミリオンライブ、今週は初のツアーとなった3rdライブ全公演を14日の日曜日まで毎日日替わりで配信しています。多くの出演者がツアー中にブレイクスルーを果たしているのが分かりますし、千秋楽にはこれまた今でも語り草となっている名台詞が飛び出す瞬間もあるのでアイマスPでない方も是非。

 さて、今回の映画は「ひまわり」(HDレストア版)です。

 第二次世界大戦のさなか、ナポリの海岸で出会い恋に落ちたジョヴァンナ(ソフィア・ローレン)とアントニオ(マルチェロ・マストロヤンニ)。アントニオは徴兵が決まっていたが結婚すれば休暇がもらえることを知り2人は結婚。しかし休暇は瞬く間に過ぎ去り、戦地へ派遣されたくないアントニオは精神病を装って兵役を逃れようとするが看破され、極寒のソ連戦線へ送り込まれてしまう。
 時は流れ終戦の時を迎えたがアントニオは帰還しなかった。彼の母親(アンナ・カレナ)と共に引き揚げを待ち続けるジョヴァンナだったが行方不明の報が届くのみ。しかし復員兵の一人がアントニオを覚えていた。諦めきれないジョヴァンナは微かな可能性を信じソ連へと向かう。

 冒頭とラストシーンに映し出されるどこまでも広がるひまわり畑のショットが印象的な、1970年にイタリア・フランス・ソ連の合作で製作され日本でも同年公開されたメロドラマの傑作です。今年公開50周年を記念しHDレストアを施されて現在営業再開した各地の映画館で順次公開が始まっています。主演にはイタリアを代表する女優で度々来日もしているソフィア・ローレンと、1960年代から1996年に没するまで同じくイタリアを代表する名優であったマルチェロ・マストロヤンニ。監督は1940年代から「靴みがき」や「自転車泥棒」など市井の悲喜劇を描き、イタリアの作劇スタイル「ネオ・リアリズモ」の旗手として活躍したヴィットリオ・デ・シーカが手掛けました。この映画について更にいえばヘンリー・マンシーニの手によるテーマ曲も有名で、知らず聞いたことのある方も多いのではと思います。

 映画は序盤イタリアの男女の恋を軽妙に描いたのち、アントニオが戦地へ派遣されてから一気に悲劇性が高まります。そして夫を探してソ連へ赴いたジョヴァンナに思わぬ事実が付きつけられます。
 半世紀前の映画に対して言うのも何ですが、筋立てだけで言えば「良くある話」です。ただ繊細な男女の機微の表現に加え、それを演じる主演2人の演技の見事さと耳に残る音楽が重なると、「良くある話」も「類まれな作品」へと変わる好例と言えるでしょう。

 実はこの映画、面白いことに本国以上に特に日本でだけ評価が高い作品です。描かれている事柄やその描き方に日本人の琴線にことさらに触れる何かがあったのでしょうか。デ・シーカ監督作品としてもソフィア・ローレン主演作品としても各国の映画祭などでの評価は他と比べるとそれほど高いわけではありません。それゆえ作品資料も少なくマスターテープも残っておらず(現時点では)一つのネガも見つかっていないため、上映用のポジからHDマスターを作成しそれを基本素材として傷などを除去するレストア作業を行ったそうです。しかもその作業の一連は日本で行われました。そのため結果的に最も修復度合いが高い素材を日本が有している形になっているとか。日本よりフィリピンでの知名度の方が高い「ボルテスV」のような例もありますし、作品というのは時に数奇な形で生き残ります。

 日本でこそ愛されたこの普遍的で抒情的な物語、今観るからこその味わいもあるのではと思います。クラシックだからとスルーせず、スクリーンで楽しめるこの機会に是非どうぞ。

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水樹奈々の全国ツアー全公演の中止やアニサマが来年への延期など大型ライブイベントの中止・延期がここ数日に相次いで発表されました。アニサマ、実はチケットを入手していたので開催されれば初めての現地参戦になる予定だったのですが、それは来年以降に持ち越しのようです。現時点であと1件、開催の可否を運営側が保留しているライブがあるのですが、それを除くと今夏の私の予定は事実上の白紙。夏が始まる前に終わってしまいそうです。

 こんばんは、小島@監督です。
 緊急事態宣言も解除され、6月に入った今日から通常営業に戻ったところも多いのですが、まだまだこれまで通りとは行かないですね。

 さて、今回の映画は「AKIRA」AKIRAです。

 1988年、関東で「新型爆弾」が爆発したのを機に第三次世界大戦が勃発。
 それから31年後、戦後復興した「ネオ東京」では軍と反政府ゲリラの衝突が続いていた。
 不良少年の金田(声・岩田光夫)は仲間の甲斐(声・草尾毅)・山形(声・大倉正章)・鉄雄(声・佐々木望)らとつるんで暴走行為に明け暮れる日々を過ごしていた。ある日暴走中に鉄雄はタカシ(声・中村龍彦)と衝突する。子供でありながら老人のようなタカシの姿に鉄雄は愕然とする。更に鉄雄を助けようとした金田たちの前に軍が現れ、鉄雄は軍によって研究所に連れ去られてしまった…

 1980年代のアニメというのは、高畑勲・宮崎駿・富野由悠季といった70年代以前から製作に携わってきたクリエイター達が監督として脂が乗り始めていた一方、庵野秀明・河森正治などが新世代として台頭し始め、それまでのイメージであった「子供の観るもの」だけではなくなりつつあった時代で、爛熟し始めていた時期とも言えるでしょう。家庭用ビデオの普及によりテレビアニメだけではなくリリース形態がビデオフォーマットのみのOVA(オリジナル・ビデオ・アニメーション)が製作され始め、よりコアなターゲットに訴求する作品が生まれやすい地盤ができつつある時期でもありました。
 そんな最中の1988年に製作・公開されたのがこの「AKIRA」です。作中の時期と重なるということもあってか、公開から30数年を経た今年、4Kリマスターによる画質向上と音源のリミックスを施したIMAX版が製作されIMAXシアターを擁する各地のシネコンで上映されています。IMAX版、封切りは4月初頭だったので恐らく当初の予定ではゴールデンウイーク向けの大作が公開されるまでの繋ぎのプログラムだったと思うのですが、全てが延期されている今は事実上のロングラン状態に。そのおかげで観ることができました。

 映画序盤に登場する「急制動をかけた金田のバイクが路面に火花を散らしながら画面手前から奥へと滑っていく」ショットが、その後洋の東西を問わず現在に至るも多くの映像作品でインスパイアされているほど、多大な影響を及ぼした作品です。それだけではなくテールライトの残像が尾を引くように軌跡を描きバイクの挙動を表現する、広角や望遠といったレンズを意識した構図を多用するなど当時としては斬新な映像表現が目白押し。動きのダイナミズム、緻密な背景作画、容赦のないバイオレンス描写など海外での「ジャパニメーション」のイメージに先鞭をつけた作品と言えるでしょう。今観ても異常なほどの情報量。これまで何度か自宅で鑑賞したことはあるのですが、スクリーンで観ると桁違いです。エネルギーの奔流がほとんどそのまま叩き付けられているような感覚さえ味わいます。

 現在の視点で観ると興味深いところとしてはビジュアルのイメージ。軍と反政府ゲリラの衝突の様子は安保闘争や全共闘運動を思わせますし、現在では水質浄化が進み魚も棲めるようになった河川もゴミが漂う汚水のままであったり、発展した科学と昭和的な情緒が同居するサイバーパンクな都市のイメージと合わせてそのビジュアルはどこかノスタルジック。80年代を体感したことのない方には古くも新しくもあるこのビジュアルは不思議な印象を受けるのではないでしょうか。

 「AKIRA」は日本のアニメを紐解いていくときに避けては通れない作品の一つ。不意にグロテスクな描写も出てきたりはしますが、そういうのが苦手な方でもスクリーンで観られるこの機会を利用して、世界にすら影響を与えたマグマのようなエネルギーを味わってみてほしいですね。

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くだんの10万円こと「特定給付金」、ようやく私の所にも近日入ることになりそう。地域によっては入る以前にまだ申請書も届いていないところもあるそうですし、何よりマイナンバーを利用してのオンライン申請の方が却って遅くなりそうというのがちょっとアレですが頂けるのはとてもありがたい。約1か月半ほど出勤日が週2~3日という日々が続き、それ以外の日は休業扱いでいわゆる休業手当の方になってしまうため、実はトータルでなかなかに実入りが減っています。ので、給付金はその補填に充てることになりそう。まぁ仕事そのものが吹っ飛んだ方も少なくない中でこの程度で済んでいる上、何より外出の機会も減って相当出費も抑え込めているので比較的ダメージは少なく収まっているのでまだマシというところでしょうか。

 こんばんは、小島@監督です。
 ところでマスクの方はまだ届いていません。いろいろ言われている物の実物を早く見てみたいのですがそれはまだ先のことになりそう。

 さて、先週名古屋駅周辺の各映画館が遂に営業再開に。とは言っても販売する席数を通常の4~5割程度に減らしたり営業時間を短めにしたり、上映作品にしてもごく僅かながら「営業再開後に順次公開」という形で封切りが段取りされた作品があるものの、ほとんどは休業前に上映していたものをそのままスライドしているか旧作で編成していてまだまだ本格的な再開とまではいかない、というのが実情ですが、それでもようやくスクリーンで映画を楽しめる場が戻ってきました。私も昨日早速観てきましたよ!というワケで今回6週ぶりに「映画館で観た映画」の感想。
 今回の映画は「プロメア」です。

 突如炎を操れるようになった人類「バーニッシュ」が世界中に現れ惑星規模の発火現象「世界大炎上」が発生し世界人口の半分が焼失してより30年。炎上テロを繰り返すバーニッシュの集団「マッドバーニッシュ」の猛威に抗うべく、特殊装備を以てバーニッシュ火災に対抗する救命消防隊「バーニングレスキュー」が組織された。
 新米隊員のガロ・ティモス(声・松山ケンイチ)は、火災現場でマッドバーニッシュの首魁リオ・フォーティア(声・早乙女太一)と出会う。機転を用いてリオの逮捕に成功するガロだったが、それが地球規模の危機と立ち向かう戦いの始まりとなるのだった。

 旧作の再上映の何がありがたいって「見逃した作品を観られる」ところにあったりします。「プロメア」はちょうど1年前の昨年5月に封切られた映画で、監督今石洋之・脚本中島かずき・製作スタジオはトリガーと「天元突破グレンラガン」「キルラキル」の布陣が再結集して製作されたオリジナル作品です。音楽も「キルラキル」のサントラを務めた澤野弘之が担当しているほか、キャストも脇役に檜山修之・小西克幸・小清水亜美・柚木涼香・稲田徹など過去にどちらかに出演した声優が多いのも特徴。この辺り、TVシリーズではなく劇場新作だからこそテイストの分かる人たちで固めた、という一面もあるのかもしれません。

 映画はノリの良いセリフと勢いの良い作画にエモーションを乗せた、実に「アニメを観る楽しみ」に満ちた作品になっています。バーニッシュが操る炎を敢えて曲線ではなく四角や三角を用いた直線的でソリッドなビジュアルにしているのも物理的なリアリティを無視できるアニメならではの面白い表現です。
 プロット自体はシンプルなのに、恐ろしく速いテンポに圧倒的なまでの情報量を乗せてくるので相当に濃密に見えてしまうのもいかにも今石・中島コンビ作品らしい楽しさです。勢い任せに見えてある種計算尽くのこの2人が仕掛けていることなので終盤の「グレンラガン」のセルフパロディに「マジンガーZ」を上乗せしたようなアレとかソレとかも恐らく狙ってやっています。

 無茶苦茶なまでにノリのいいこの作品の意外ともいえる見どころに主演声優陣の演技があります。ガロ役松山ケンイチ、リオ役早乙女太一もさることながら物語のカギを握る人物クレイ・フォーサイト役を演じる堺雅人の演技が素晴らしい。ドラマや映画の印象からしてこういう叫び声を上げられる方だとは知りませんでしたよ。と言いたくなるくらいの熱演にして怪演。古くは「戦闘要請雪風」の主人公深井零を好演して評価を得たりしているので実はアニメと相性が良いのかもしれませんね。

 よくよく考えればご都合主義も過ぎるくらいなのにコレはコレで良いか、と妙に力業で納得させられてしまう逸品。少々エキセントリックなところはありますが「アニメだからできる」ことに溢れた快作です。
 未見の方は是非どうぞ。

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