ちゅうカラぶろぐ


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とうとうゴールデンウイーク映画の顔であった「名探偵コナン」と「クレヨンしんちゃん」の新作までもが公開延期に。今般のコロナ禍がもたらす「新作映画がほとんど公開されない」というのは長く映画ファンをやってきた身としても経験が無く、旧作を積極的にリバイバルしながらわずかな新作と3月上旬以前に封切られた準新作を取り回してしのぐ今のシネコンのタイムテーブルは見てて痛々しくさえあります。しかも感染リスクのことを考えると私みたいなタイプはそれでも行く可能性はありますが、誰かを誘ったり軽々に来場を勧めたりしづらいのがより心苦しい。「映画」そのものが今、受難の時を迎えています。

 こんばんは、小島@監督です。
 無論それは映画だけのことではないです。私の仕事も結構なダメージ食らってますし。

 さて、そんな只中なので今回取り上げるのも公開中の作品ではないです。昨今のこの状況を予見したかのような内容に今再評価の動きが高まっている作品をレンタル配信で鑑賞。ということで、今回の映画は「コンテイジョン」です。先月この映画の医療監修を担ったイアン・リプキン氏が新型コロナウィルスに罹患したこともニュースとして伝えられました。

 香港での商用を終えたベス・エムホフ(グウィネス・パルトロウ)は帰路の途中シカゴに立ち寄り浮気相手との関係を楽しんだのち帰宅した。2日後ベスは自宅で急激に体調を崩し意識を失う。夫のミッチ(マット・デイモン)は慌てて救急車を呼ぶが、ベスは間もなく病院で命を落とした。ほぼ同時期に香港で青年が、東京では香港から帰国したサラリーマンが同様の症状で死亡、またその場に居合わせた人々も発症し命を落とした。
 DHS(国土安全保障省)の職員たちはCDC(疾病対策センター)のエリス・チーヴァー(ローレンス・フィッシュバーン)の元を訪ね、生物兵器を使ったバイオテロの可能性への懸念を伝える。エリスはエリン・ミアーズ(ケイト・ウィンスレット)を派遣し病気の調査に当たらせるが。

 2011年に製作・公開されたパンデミック・スリラーです。脚本は「ボーン・アルティメイタム」や今冬公開予定の「007/ノー・タイム・トゥ・ダイ」などのスコット・Z・バーンズ、監督は「オーシャンズ」シリーズや「チェ」2部作などを多くのヒット作を生み出したスティーブン・ソダーバーグが手掛けています。未知のウイルスの蔓延により次々と人が倒れていく中でどのようにそれと向き合っていったかを描く群像劇となっています。「オーシャンズ」シリーズやアカデミー賞監督賞を受賞した「トラフィック」などソダーバーグ監督は群像劇が多いので彼の好みのスタイルなのでしょう。
 丹念なリサーチの結実が感じられる映画で、クローズアップされるドアノブやタッチパネルに未知のウィルスが接触感染・飛沫感染であることを伝える描写、感染拡大の予防方法、発症が確認されてからの防疫プロセスなど、今まさに連日ニュースで伝えられている様子そのままの場面が次々と登場します。更にこの状況下で利己的に動き回るネットジャーナリスト、飛び交うデマと疑心暗鬼の渦にパニックを起こす人たちの描写も生々しく、9年前の作品が見せる今日性に驚かされます。

 世界的なクライシスを描く映画ではありますが全体的に抑制のきいたトーンで語られ、静かな緊張感が持続する作りをしています。…いますが、はっきり言ってそれは「今」だからこそ言えることであり現在のようなパンデミック下でない何事も無いような時にこれを観ていたら「スケールが大きい上に俳優も豪華なのに地味」としか言いようもない部分もあります。ですが実際今まさに自身の生活が脅かされている現在、この映画が伝えているものは決して小さくはありません。無ければ無いに越したことはないのでしょうが、時に公開後何年も経ってからこういう「力」を持った映画が登場することがあります。

 絶対的なまでに「今」観るべきという映画と言えます。映画観る時でまで現実と向き合いたくない、という方もいらっしゃると思いますので無理にとは言いませんが、それでも今起きていることにどう向き合うかを考えるきかっけの一つにしていただければと思いますね。

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今日の昼全国を駆け巡った志村けんさんの訃報に驚きと悲しみを隠せません。「8時だョ!全員集合!」「加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ」「志村けんのだいじょうぶだぁ」などのコント番組の直撃世代だったこともあり、「変なおじさん」や「バカ殿様」といった彼が生み出したキャラクターたちに笑わせてもらったものです。
 大人になってから彼のコントを観ると笑いをもたらす表情や動きの一つ一つに多様で膨大な修練と稽古が裏打ちされていることに気付けるようになりました。俳優としても類稀な才の持ち主であったに違いないのですがあくまでコメディアンとしてコントの道を貫き、映画の出演作は少なく、ドリフターズのメンバーとして2作、声優としてアニメ映画に2作出演した以外では故・高倉健からオファーがあったという「鉄道員(ぽっぽや)」(1999年製作。監督降旗康男)のみ。今年初主演作となる「キネマの神様」がクランクインが予定されていたと聞きました。これからその芸能人生の集大成が観られるかと思っていたのに本当に残念でなりません。

 こんばんは、小島@監督です。
 謹んでお悔やみ申し上げます…おのれ…コロナウィルス…ッ(慟哭)!

 さて、全国的な自粛ムードで外出も憚られる昨今なので今回は最新作ではなくここ数日に配信で鑑賞した作品の中から一つをご紹介。今回の映画は「パパはわるものチャンピオン」です。只今Amazonプライムにて見放題配信中。

 プロレスラー大村孝志(棚橋弘至)はかつてエースとして活躍していたが怪我や世代交代の影響で今は悪役の覆面レスラー「ゴキブリマスク」としてリングに上がっていた。そんな自分を妻・詩織(木村佳乃)は理解し応援してくれるが息子の祥太(寺田心)には打ち明けられずにいた。
 ある日、同級生に焚きつけられ祥太は父の仕事を突き止めようと後をつけていく。そしてヒールレスラーとしてリングで反則行為に及ぶ父の姿を目撃してしまうのだった。

 2018年に製作・公開されたプロレスラー棚橋弘至の初主演映画であり、同時に新日本プロレスの全面協力のもとオカダカズチカや真壁刀義ら現役レスラーが多数出演したプロレス映画です。リングで戦う人々の姿を描いたプロレス映画はアメリカ・日本・韓国を中心に定期的に製作される題材で、中でも2008年にミッキー・ローク主演で製作された「レスラー」はベネチア国際映画祭で金獅子賞を獲得するなど世界的に高い評価を得ました。近年でも洋画ではプロレスラーに憧れるダウン症の少年を描いた「ピーナッツバター・ファルコン」(2019年)やプロレスを生業とする一家の姿を描く「ファイティング・ファミリー」(2019年)が、日本では女子プロを題材にした青春映画「太陽からプランチャ」(2014年)や道頓堀プロレスの協力のもと製作された「おっさんとケーフェイ」(2017年)などが製作されています。どれも公開規模は決して大きくはなくメインストリームとは言い難いですが、他の格闘技と比べて特に興行的側面や演出色の強いプロレスに他にはない魅力を感じている人が多いことの表れと言えるでしょう。

 話を「パパはわるものチャンピオン」の方に戻しましょう。
 この映画、かなり不思議な魅力のある作品です。レスラーが全員現役なのでダブルを使わずプロレスのシーンは全てガチなためリアルなプロレスが観られる(公開後この映画を再現したイベントが新日本プロレスで開催されたほど)一方で、物語ははっきり言ってかなりベタな部類に入りますし、主演棚橋弘至の演技も決して上手い方とは言えません。だと言うのに面白い。面白いのです。往時の動きは陰りを見せエースとしては活躍できなくなり覆面を被りヒールとしてブーイングを浴びるようになってもリングに上がり好きなプロレスを仕事にして生きていきたい男の誇りと矜持が泥臭いドラマの中に描き出され、気づけば妙な感情移入。クライマックスのオカダカズチカ演じるレスラー・ドラゴンジョージとのマッチアップではあるシーンでついマジ涙。時間つぶしのながら見のつもりでいたのに最後は本気で観てました。

 さして普段プロレスは観ない私でも結構楽しめてしまったのでプロレスファンの人にとってはより深く楽しめるタイプの作品でしょう。分かりやす過ぎるくらいのベタな泥臭さが苦手でなければ一度トライしてみてほしい逸品ですね。
 
 しかし、気楽に映画館に行ける日々が早く戻って来て欲しい…

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何がきっかけというワケでもないのですがフッと観たくなったもので、久しぶりに「機動戦士ガンダム 第08MS小隊」を見返しています。1996~99年の作品ですからもう20年以上になるんですね。
 戦場で奇妙な出会いを果たした青年士官シロー・アマダとジオン公国名家の令嬢アイナ・サハリンの「ロミオとジュリエット」を思わせるラブストーリーを軸に、シローが小隊長として赴任した08小隊のメンバーとの交流や衝突、戦場の現実と理想の狭間で揺れる姿を描き出します。ウェットで情を重視したドラマを展開する一方で戦闘シーンが非常にドライで、他作品よりモビルスーツの兵器としての側面が強調されているのが特徴ですね。サブキャラクターに玄田哲章、小山茉美、永井一郎、広瀬正志などファーストガンダム出演者が何人もキャスティングされているところも興味深いところ。
 本編11話+中盤までの再編集と終盤へのブリッジとなるエピソードで構成された中編「ミラーズ・リポート」、完結編「ラスト・リゾート」の全13エピソードとそれほど長くなくて見易い部類に入る作品なので未見の方は是非。

 こんばんは、小島@監督です。
 共に米倉千尋が歌うOP「嵐の中で輝いて」とED「10 YEARS AFTER」も名曲。何度か歌会でも歌ったしね(笑)!

 さて、今回の映画は「ミッドサマー」です。

 大学生のダニー(フローレンス・ビュー)は、妹が両親を巻き込んで一家心中を図ったトラウマから抜け出せないでいた。恋人であるクリスチャン(ジャック・レイナー)との関係も上手くいかず、ダニーの哀しみにクリスチャンは寄り添ってくれない。不眠症になったダニーはある時、クリスチャンから半ば強引に誘われたパーティーの場でクリスチャンが男友達のジョシュ(ウィリアム・ジャクソン・ハーパー)、マーク(ウィル・ポールター)らとスウェーデン人の交換留学生ペレ(ヴィルヘルム・ブロングレン)の故郷で行われる夏至祭に行くことを知る。旅行のことを知らされず戸惑うダニーにクリスチャンは迷った末に旅行に誘い、ダニーも同行を決めた。
 ペレによれば故郷の夏至祭は今年は90年に1度のものになるという。スウェーデンに到着したダニーたちは人里離れたヘルシングランド地方へ向かう。白夜の地で、ダニーたちが目にする夏至祭とは…?

 封切りから約1か月、SNSなどで評判が広まり公開館が増えるばかりかディレクターズカット版まで上映されるようになった逸品です。ホラーやスリラーといえば大抵明度や色調が暗い場面というのがお定まりですが白夜のスウェーデンを舞台にほぼ全部明るい中で展開するばかりか咲き誇る花々や溢れる笑顔の只中で目もくらむような惨劇を叩き付けてくる、映画史上でも稀なタイプのスリラーと言えるでしょう。
 生命倫理の根本から全く違う閉鎖的な文化の中に迷い込んだ恐怖を描いた作品としては、1973年に製作された「ウィッカーマン」というホラー映画がありますが、いくつかの要素に共通項があり「ミッドサマー」にもどこか通底するものを感じます。また、どことなく「第七の封印」「野いちご」などを手掛けたイングマール・ベルイマン監督作品にも近い雰囲気を感じますが、作中イングマールという名の人物が登場するのでこの辺りは意識的にやっていることかもしれません。

 個を重視する社会と共同体を絶対視する社会、性的なものを忌避するキリスト教と性交すら命の営みの中で当たり前のようにある自然崇拝、様々な対立構造を見せるこの作品をより深く楽しむには多少でも民俗学的なものを知っておくと良いでしょう。実は作中で夏至祭の儀式の一環として行われる物事のいくつかは出自は様々とは言え北欧でかつて「あった」とされるものが組み合わされています。閉鎖的な共同体に外部からの訪問者がやってくる(外部の血を取り込む)「まれびと信仰」は北欧だけでなく日本やアジアでも見受けられるものです。ただ知ってると興味深くは見られますが、同時に最終的な落としどころが読めてしまう弊害もあるので予備知識の塩梅はなかなか難しいところ。

 一般的なホラーやスリラーとの大きな違いは突然ショッキングなシーンをぶつけて驚かせるのではなくすべて地続きの中に当然のようにグロテスクなものを差し挟んでくる、恐らく意識的に「生理的に合いにくいリズム」で物語を綴っている点です。ぞわっとする不快感を緻密に積み上げてクライマックスへと持って行くためホラーへの耐性が相当高くないと色々な意味で辛い作品なのではないかと思われますが、だからこそハマってしまう人がいるのも理解できる作品です。ただ個人的にはこの147分はさすがに長くてきつかった。ディレクターズカット版は171分あるそうで、ちょっと私には無理かも。

 この何かキメたかのような白昼夢のごとき映像はやはり唯一無二で、また話題作でもありますし興味があれば観ておいても良いかとは思います。が、ぶっちゃけとてもタチが悪くてエグい映画なので耐えられないと思えば途中で退席するのも一つの手段です。ご無理はなさいませんように。

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こんなご時世でもというか、こういう時だからというか、人と顔つき合わせてゲームがやりたくなり、先日誘いに乗ってアナログゲームを楽しんできました。
 そこで初めて「カタン」をプレイ。非常に有名な割に今まで縁が無くルールを教えてもらいながらでしたが、なるほどこれは楽しいですね!やり始めたら一晩中でもプレイする人もいると聞きましたが、それも分かる気がします。

 こんばんは、小島@監督です。
 また折を見てプレイしてみたいですね。

 さて、今回の映画は「バック・トゥ・ザ・フューチャー」です。

 1985年カリフォルニア。ロックとペプシコーラとスケボーを愛する少年マーティ・マクフライ(マイケル・J・フォックス)は親友で科学者のエメット・ブラウン(通称ドク)(クリストファー・ロイド)に、「見せたいものがあるから」と深夜のショッピングモールに呼び出される。モールを訪れたマーティにドクはそこでスポーツカー「デロリアン」を改造したマシンを見せる。
 実験としてドクの愛犬アインシュタインを乗せ走り出したデロリアンは時速140㎞に到達した後一度消え、正確に1分後に現れた。ドクは人類初のタイムマシンの開発に成功していたのだ。しかし喜ぶ間もなくタイムマシンの燃料であるプルトニウムをドクに騙し取られたリビアの過激派の襲撃に遭いドクは射殺されてしまった。何とか危地を脱しようとするマーティはデロリアンを疾走させる。その時シフトレバーを操作する際に次元転移装置のスイッチまで入れてしまったマーティは30年前の1955年にタイムスリップしてしまった。そこでマーティは結婚する前の両親と出会う。

 2010年より続いてきた、シネコンでクラシックな名画を午前10時に上映するプログラム「午前十時の映画祭」が今月で一旦その幕を下ろします。その最後の上映作品としてチョイスされたのが、今回取り上げる「バック・トゥ・ザ・フューチャー」三部作です。TV放送やDVDなどでもう何度も観た事のある作品ですが、今回初めてスクリーンで鑑賞する機会に恵まれました。
 1985年に1作目が製作され大ヒットを記録、その後1989年にパート2が、1990年に完結編となるパート3が製作されいずれも大ヒット。ユニバーサルスタジオジャパンにもこれをベースにしたアトラクションが作られるほど人気のタイトルとなりました。監督は「フォレスト・ガンプ」でアカデミー賞を受賞したロバート・ゼメキス、製作総指揮には40年以上トップクリエイターであり続けるスティーブン・スピルバーグと「インディ・ジョーンズ」シリーズや「ジェイソン・ボーン」シリーズを手掛けたフランク・マーシャルと、今から思えばそうそうたる製作陣です。

 音楽を担当したアラン・シルヴェストリの手によるテーマ曲、タイムマシンのモデルとして使われたデロリアンDMC-12のフォルムなど全てがあまりに鮮烈。誇張ではなく1980年代後半のアイコンの一つとなった作品と言えるでしょう。主人公マーティがタイムトラベルしてしまう先である1955年、どこかその「古き良き時代」への憧憬を感じさせるこの作品が2020年の今1980年代のアイコン足り得ているのは、思えば不思議な感覚です。

 逃げようとした結果タイムトラベルしてしまいタイムマシンが燃料切れを起こしてしまいどうやって帰る手段を獲得するか?というSFサスペンス要素、結婚する前の父母と期せずして関わってしまったことでタイムパラドックスにより自身の誕生さえ危うくなってしまったマーティがどうやって両親の仲を取り持つかというラブコメ的要素が同時展開して絡み合うストーリーライン、時に大胆に時にさりげなく配置された伏線の妙、秒単位で状況が切り替わりスリルとサスペンスを生むクライマックス、その先に待つ大団円までエンターテインメントに求められる全ての要素が高い次元で揃っています。久しぶりに観たらオチを知っているのについハラハラしてしまったあたり、やっぱり良くできています。

 この作品に限らず、観るだけなら配信でも充分に観られる作品は多いですが、ただ懐かしさだけでなくスクリーンで観る体験で得られるものは多いはず。「午前十時の映画祭」はいったん幕を閉じますが、名古屋ではミッドランドスクエアシネマのように独自の企画で旧作も積極的に上映するシネコンも全国各所に点在しており、機会があれば是非捕まえてほしいですね。

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連日ニュースを騒がせる某ウィルスのおかげで国中で自粛ムード一色。まともに人がいない映画館とかあまり見たくない光景でしたよ。今月に入ってからはお酒の売り上げも大きく落ち込んでいて正直ちょっと嫌な感じの仕事の少なさです。溜まった録画を消化したり滞っていたゲームを進めるには丁度いいのですが(苦笑)

 こんばんは、小島@監督です。
 一日も早いこの状況からの回復を望みます。

 さて、今回の映画は「彼らは生きていた」です。

 1914年、サラエボでオーストリア=ハンガリーの皇太子が暗殺されたことがきっかけとなり世界全ての経済大国を巻き込んだ戦争が勃発した。
 イギリス各地では宣戦布告の通知と共に募兵を呼びかけるポスターが街中に貼り出され、多くの若者が志願した。志願資格は19~35歳だったが誕生日をごまかして入隊した19歳未満の者も少なくなかった。「周りが皆、志願していたから」「退屈な日々から解放されたかった」、理由は様々だった。
 彼らはまず練兵場へ送られ、数週間の訓練の後西部戦線へと派遣されていった。
 遠方からの砲撃音が飛び交う塹壕での日々。粗悪な環境だが束の間の休息を楽しめることもあった。しかし、大規模な突撃の時は遂にやってきた…

 第一次大戦終戦から100年を経た2018年、イギリスでは帝国戦争博物館(第一次大戦のメモリアルとして1920年に開館した施設。イギリス各地に5か所ある)と100周年記念芸術プログラム「14-18NOW」の共同プロジェクトとして1本のドキュメンタリー映画が製作されました。監督は「ロード・オブ・ザ・リング」3部作で世界的に高い評価を得るピーター・ジャクソン。彼の祖父もまた第一次大戦時に従軍した兵士であり、「ロード・オブ・ザ・リング」の原作者トールキンもそんな従軍兵の一人でした。ある意味でピーター・ジャクソンにとって自身のルーツを探る旅でもあったことでしょう。

 非常に繊細で丹念な仕事の積み重ねが結実した映画です。
 映画は冒頭モノクロの記録映像で始まりますが、十数分後、男たちが西部戦線に投入されると映像は一変します。綿密な考証のもとモノクロの映像は着色されカラーになり、手動のカメラで1秒13~18フレームのバラバラのスピードで撮影された映像の空白を埋め24フレームに修正し古い映像に良くあるフレームレートと実際の動きと速さのズレを調整し(コマが少ないまま24フレームで上映するとコマが不足している分動きが速くなっているように見える)、更に無数の傷や汚れを1コマ1コマレストア。1914年当時は映像と音声を同時に収録する技術はまだなかったためもとは無音である映像に砲撃音や泥の中を行軍する足音、銃器を操作する音、そのさなかを吹く風の音といったサウンドエフェクトを重ねたことで、文字通り「まるで昨日撮影されたかのような」映像が展開します。日本では通常上映のみの公開ですが、実はイギリス本国ではここから更に3Dへとコンバートされたバージョンも上映されたそうです。
 またこの作品ではBBCが保管していた第一次大戦後退役軍人たちへとインタビューした音声素材をナレーションとして使っています。デジタルがもたらした奇跡ともいえる映像と、当時を体験した者たちの肉声を重ねたことにより臨場感はどこまでも高まり、無機質な歴史の一幕でしかなかった100年前の出来事が等身大で自身の地続きのことのように感じられます。

 束の間の休息のさなかにカメラを向けられポーズを取ったりおどけたりする兵士たちの姿と、一方で銃撃や砲撃で頭や体を喪い命を落としてもそのまま放置されハエがたかりネズミに食われるままにされ朽ちていく様も全てが等価値かつ冷徹な視点で綴られただただありのままに伝えようとする姿勢故にどこまでも生々しく迫ります。彼らは確かに100年前にそこにいた、血の通った人間たちであったのだと教えてくれます。
 
 題材と事実に誠実に向き合ったからこそなし得た、心の奥にまで刺さるような余韻を観る者に与える作品です。技術的な実験の塊でもある意欲作でもあり、100年前の物事に新たな視点を与え「歴史」を少しだけ近く感じられるようになることで現在の事象とどう向き合うかを考えさせてくれるよすがともなるでしょう。
 これもまた映画の持つ魔法の力。是非、多くの方にご覧になって頂きたいですね。
 
 
 

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まさか突然小中高一斉休校なんて手を打つとは。職場でもお子さんが学童保育に預けられずに休まざるを得なくなった人が出た場合のフォローをどうするかの確認に追われたり、家は家で昨日はせっかくの1日日曜日だから映画観に行こうとしたら母親から「頼むから今日は出かけないでくれ」と散々言われて仕方なく取りやめ自宅に引きこもってました。そしたらよりにもよって今週行こうと思っていた愛知県美術館の「コートールド美術館展」が昨日までで期間を短縮して展示終了になってしまい軽く凹んでいます。
 おかげ様で若干フラストレーションが溜まり気味。次の休みは絶対に映画観に行ってやる。

 こんばんは、小島@監督です。
 偶然でしょうがそんな折に地上波初放送してた「ランペイジ 巨獣大乱闘」はこういう気が滅入りそうな時にぴったりのあっけらかんと楽しいエンターテインメント。放送をご覧にならなかった方も配信やレンタルで巨獣と対等に渡り合ってしまうドウェイン・ジョンソンの活躍を見届けろ!

 さて、今回の映画は「犬鳴村」です。

 臨床心理士・森田奏(三吉彩花)は、昔から霊が見えてしまう体質の持ち主だった。その奏の周囲である時から奇妙な出来事が続発する。兄・悠真(坂東龍汰)の恋人・西田明菜(大谷凛香)はわらべ歌のようなものを口ずさみながら辺りを徘徊するようになり、悠真もまた弟・康太(海津陽)と共に姿を消した。そして奏の周囲で不可解な変死が相次ぐ。それら全てに共通していたのは日本で最も恐ろしいとまで言われる心霊スポット「犬鳴トンネル」だった。真相を突き止めるべく、奏は犬鳴トンネルへと向かうのだが…

 いつ頃からか、ホラー映画の旬は夏場よりも冬から早春にかけてに変わっていきました。今くらいの時期は大作がひしめく年末年始やゴールデンウイークの狭間で映画ファン向けの個性的な作品を上映しやすいシーズンでもあるため結果的に寄り集まってくる、という部分もあるかもしれません。それを差し引いても何故か今年は何だか今まで以上にホラーやスリラー系の映画がこの時期に集中しており、邦画も1本名乗りを上げています。それがこの「犬鳴村」。監督は「呪怨」シリーズで知られる清水崇、脚本は「貞子3D2」などこちらもホラージャンルで活躍している保坂大輔が手掛けています。
 なにぶん多少でもオカルトをかじったことがある方なら名前くらいは聞いたことがあるであろう、その道ではトップクラスに知名度の高い都市伝説と心霊スポットを題材にしていることも手伝ってか、なかなか好調な動員を記録しているようですね。

 これぞ和製ホラーというべきか、怪談噺を思わせるじめっとした湿度の高い質感を楽しめるホラー映画です。トンネルの中だけでなく全体的に雨模様のような雰囲気を漂わせる画面が続くのは、作中でも水が重要なファクターの一つであるだけでなく物語の軸足が地縁的な情念の中にあることも示唆しているのでしょう。土俗的なところに核を置いた物語の構図について近い雰囲気では2016年に公開された「残穢」を思い起こさせますが、あちらよりは恐怖演出がダイレクトなのが特徴です。

 いわゆるPOVスタイルで見せる冒頭のシークエンスから、不穏さ全開のシーンが続き実にコワくて楽しいのですが、残念なのはそれが前半だけであること。主人公・奏が核心に迫っていくにつれ、また「核心」の方から奏の方に近付いていくにつれ「それら」が自重しなくなってくるというか隠さなくなってくるのでせっかくの「湿度」も下がってきてしまう点です。映画的で派手なクライマックスも重要ですがもっと怪談噺的テイストを前面に押し出して欲しかったというか。

 観ててスカッとするタイプの映画ではなく、不完全燃焼な部分も多いため手放しで褒められるような作品でもないですがたまにこういうのが出てくれないとちょっと物足りなくなるどこかオーセンティックなジャパニーズホラー、なかなかに外出も憚られるご時世ですが、できればスクリーンでご堪能あれ。

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先日、ワインだけでなく食材も取り扱うあるインポーターのイベントに招かれて行ったのですが、そこで全粒粉のスパゲッティを頂きました。早速試してみたらえらい腹持ちの良さでいつもより少なめの量でも満腹に。ちょっと蕎麦を思わせる食感です。茹でてる間も少しばかり蕎麦のような匂いが立ち上りましたし。普通のスパゲッティより長めに茹でる必要があるくらいコシが強く歯応えもある代わりにのど越しも違うので毎回コレなのはちょいとアレですが、繊維質の塊なのでたまにコレに代えるのはダイエットにもなって丁度いいかも。

 こんばんは、小島@監督です。
 輸入食品を取り扱うスーパーでも売ってたりするのでご興味ある方はお試しあれ。普通のスパゲッティより価格が倍くらいしますけどね(笑)

 さて、2週連続で何ですが今回もアイマスネタ。昨日横浜まで「THE IDOLM@STER MR ST@GE!! MUSIC♪GROOVE☆ENCORE」(以下「アイマスMR」)水瀬伊織主演公演を観に行ってきました。先週大阪で昨日横浜とか新型コロナウィルスの爆心地にばかり行ってるような気がしますが偶然です。ええ、偶然ですとも。

 「アイマスMR」MRは横浜のDMM VRシアターで一昨年から断続的に開催されているイベントで、数あるアイマスイベントの中でも極めて特殊な部類に入ります。DMM VRシアターはホログラム投影装置を使って実在するかのような映像をステージに登場させられるシアターで、早い話がアイマスのキャラクターが文字通りそのまま「ステージに立って」パフォーマンスします。そのためキャラクターはキャラクターのまま紹介され例えば「天海春香役中村繪理子」ではなく「天海春香」として登場するのがポイントです。イベントの所要時間は約1時間程度と短くその日の主演は日替わりというのも特徴。
 余談ですが私の観た回では何か機材トラブルがあったらしく前説の映像が3回も繰り返されるアクシデントが。ようやく本編が始まった時は場内で大きな拍手が(笑)

 ステージは楽曲→MC→楽曲の3段階で構成。楽曲のセットリストは当日の主演キャラのソロ曲2曲以外は共通のよう。瞬時にキャラが衣裳と背景ごと切り替わり様々な曲を聴かせてくれます。なかなか驚くのが登場しているキャラクターと基本的に「視線が合う」こと。常に自分を向いてパフォーマンスをしているように見えます。始めは錯覚なのかと思いましたが、終演後SNSで感想を拾ってみたところ他の方も同様な感覚を抱いていたようで、技術論などは良く分かりませんがどうやら「どの座席に座っていても壇上のキャラと視線が合う」ようになっているようです。更に言うとソロ曲では(こちらは本当にステージに立っている)バックダンサーと動きを揃えたりステージに運び込まれた椅子に座ってパフォーマンスしたりと動きを平板に見せない工夫が随所にありイチイチ驚かされます。

 そして何よりこのイベントの白眉はMCにあります。壇上にいるのはCGキャラとはいえMCはほぼアドリブ。前述の3回繰り返された前説もちゃんと拾ってくれます。更に驚くことに何とランダムで選ばれた人と実際に会話します。システム的な会話ではなくガチの会話です。種を明かせば裏手(?)に声優が控えているということなのでしょうが、次元の壁を突き破ってみせるこの手法、噂には聞いていましたが実際観てみると筆舌に尽くしがたい衝撃と感激が同時波状攻撃で襲ってきます。会話相手に選ばれなかったのは残念でしたがまさかこんなものを観れる日が来ようとは。一昨年の初公演から時間さえあれば何度もリピートを重ねた人がいるというのも分かります。

 DMM VRシアターは4月末で営業終了らしくコレが観られるのも今のところ今回が最後らしいのですが「とうとうここまで来たか」感が凄いこのイベント、形を変えていつかまた再演してほしいところ。いやコレは他の回も観てみたい。
 

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