昨日開催された「THE IDOLM@STER CINDERELLA GIRLS 10th ANNIVERSARY M@GICAL WONDERLAND TOUR!!! Tropical Land」day2を配信で鑑賞。本来なら初めての沖縄公演になる予定でしたが昨今の情勢がそれを許さず別会場(どうやら幕張メッセだった様子)からの無観客配信ライブとなりました。
思わず見惚れてしまうようなパフォーマンスがバンバン飛び出す熱いライブで、実に見応えがありました。出演陣の中に最近声優としてよりもプロ雀士としての活躍が目覚ましい伊達朱里紗さんがいたのも多士済々なデレマスらしくて面白い。
こんばんは、小島@監督です。
ところでこのライブ、もともと落ち着いて観られるday2だけに絞るつもりでいたのですがday1の評判があまりに良かったのでそちらのチケットも買ってしまいました。ライブだけでなく一定期間のアーカイブ配信も常態化したお陰で公演のチケットを後追いでも買えると言うのは考えてみれば何だか不思議な気分。
さて、今回の映画は「バイオハザード:ウェルカム・トゥ・ラクーンシティ」です。
1998年、アメリカ中西部ラクーンシティ。そこにはかつて製薬会社アンブレラ社の工場が存在したが今ではほとんどの施設が移転してしまい、残ったのは少ないスタッフと貧困層だけになっている。
かつてラクーンシティの養護施設で育ったクレア(カヤ・スコデラリオ)は、アンブレラ社が秘密裏に研究していた「何か」が街の住民に健康被害を及ぼしているというメッセージを受け取り、一度は飛び出したラクーンシティへ帰ってきた。今ではラクーン市警に所属する兄・クリス(ロビー・アメル)を訪ねるが、クリスはクレアの言うことを一笑に付して取り合わない。その時、街中に大きなサイレンが鳴り響いた…
ホラーゲームの金字塔「バイオハザード」、2002年から2016年までポール・W・S・アンダーソン監督、ミラ・ジョヴォヴィッチ主演のコンビで実写映画が6作品製作されました。ゲームの映画化としては破格のヒットを遂げ、ゾンビ映画としても最高の興行収入を記録しておりジャンル映画の大きな成功例として存在しています。そんな実写映画版「バイオハザード」がシリーズ完結後6年を経てリブート。新たな実写映画が登場です。監督は海中で逃げ場を失う恐怖を描いたパニック・スリラー「海底47m」などのヨハネス・ロバーツが手掛けています。
新作である「ウェルカム・トゥ・ラクーンシティ」では前シリーズでは1度もやっていなかった、「ゲームのストーリーラインとキャラクターをベースにした映画」として製作されています。ゲーム原作として一番成功を収めた作品が原作から距離を置いた独自のビジョンの下で製作されている、というのはいささか皮肉めいた話でもありますが、結果的に「バイオハザード」には大きな鉱脈が残された格好になりました。
陰鬱なビジュアルと不穏なBGMで幕を開ける今作は、CG主体ではなくセットで以て組み上げられたラクーンシティの衰退しつつある街並みや、1998年という時代設定を十二分に活かすビデオデッキやポケベルなどのガジェット(インターネットもちゃんとダイヤルアップ接続である)などが醸し出す雰囲気はなかなかです。
また、監督が原作ゲームの大ファンなのか、全編に渡りかなりの数の小ネタが仕込んであるのも特徴です。予告編でも使われていた「振り向きゾンビ」だけでなく、ある場所には赤・青・緑のハーブが置いてありますし、ショットガンの弾薬の箱や部屋を開ける鍵の意匠などが原作に沿ったものになっていたり、「かゆい うま」のフレーズが登場するくだりがあったりします。この辺りを探してみるのも楽しいでしょう。
登場人物の造形についてもシリーズ初期のものに倣っているようで、クリスはマッチョゴリラではありませんし、レオンも後々の凄腕エージェント感は1㎜も無く、赴任初日にエグい目に遭う青年の頼りなげな右往左往ぶりが良く表現できていると思います。
ゲームに忠実な作品を仕上げようという姿勢に好感が持てる一方で、映画そのものの出来栄えとしては特に後半に行くほど多すぎる要素をまとめるのに手いっぱいの慌ただしさが目につき、序盤に成功した雰囲気作りも活用しきれておらずいささか弾んでいかないのが残念なところ。この辺り、作中のシーンがゲームへとフィードバックされたりもしたポール・W・S・アンダーソン監督版の方が勢いもパワーもあったと言わざるを得ません。
不満も少なくないのですが、個人的には何だかんだ楽しめてしまったので割と嫌いではありません。そこら中に潜んだ小ネタを探しつつツッコミを入れながら観る、そんなノー天気な楽しみ方するのが丁度いい一品。出来るなら仲間内でわいわい言いながら観るのが一番楽しいタイプの作品です。気になってる方は気楽な気持ちでどうぞ。
思わず見惚れてしまうようなパフォーマンスがバンバン飛び出す熱いライブで、実に見応えがありました。出演陣の中に最近声優としてよりもプロ雀士としての活躍が目覚ましい伊達朱里紗さんがいたのも多士済々なデレマスらしくて面白い。
こんばんは、小島@監督です。
ところでこのライブ、もともと落ち着いて観られるday2だけに絞るつもりでいたのですがday1の評判があまりに良かったのでそちらのチケットも買ってしまいました。ライブだけでなく一定期間のアーカイブ配信も常態化したお陰で公演のチケットを後追いでも買えると言うのは考えてみれば何だか不思議な気分。
さて、今回の映画は「バイオハザード:ウェルカム・トゥ・ラクーンシティ」です。
1998年、アメリカ中西部ラクーンシティ。そこにはかつて製薬会社アンブレラ社の工場が存在したが今ではほとんどの施設が移転してしまい、残ったのは少ないスタッフと貧困層だけになっている。
かつてラクーンシティの養護施設で育ったクレア(カヤ・スコデラリオ)は、アンブレラ社が秘密裏に研究していた「何か」が街の住民に健康被害を及ぼしているというメッセージを受け取り、一度は飛び出したラクーンシティへ帰ってきた。今ではラクーン市警に所属する兄・クリス(ロビー・アメル)を訪ねるが、クリスはクレアの言うことを一笑に付して取り合わない。その時、街中に大きなサイレンが鳴り響いた…
ホラーゲームの金字塔「バイオハザード」、2002年から2016年までポール・W・S・アンダーソン監督、ミラ・ジョヴォヴィッチ主演のコンビで実写映画が6作品製作されました。ゲームの映画化としては破格のヒットを遂げ、ゾンビ映画としても最高の興行収入を記録しておりジャンル映画の大きな成功例として存在しています。そんな実写映画版「バイオハザード」がシリーズ完結後6年を経てリブート。新たな実写映画が登場です。監督は海中で逃げ場を失う恐怖を描いたパニック・スリラー「海底47m」などのヨハネス・ロバーツが手掛けています。
新作である「ウェルカム・トゥ・ラクーンシティ」では前シリーズでは1度もやっていなかった、「ゲームのストーリーラインとキャラクターをベースにした映画」として製作されています。ゲーム原作として一番成功を収めた作品が原作から距離を置いた独自のビジョンの下で製作されている、というのはいささか皮肉めいた話でもありますが、結果的に「バイオハザード」には大きな鉱脈が残された格好になりました。
陰鬱なビジュアルと不穏なBGMで幕を開ける今作は、CG主体ではなくセットで以て組み上げられたラクーンシティの衰退しつつある街並みや、1998年という時代設定を十二分に活かすビデオデッキやポケベルなどのガジェット(インターネットもちゃんとダイヤルアップ接続である)などが醸し出す雰囲気はなかなかです。
また、監督が原作ゲームの大ファンなのか、全編に渡りかなりの数の小ネタが仕込んであるのも特徴です。予告編でも使われていた「振り向きゾンビ」だけでなく、ある場所には赤・青・緑のハーブが置いてありますし、ショットガンの弾薬の箱や部屋を開ける鍵の意匠などが原作に沿ったものになっていたり、「かゆい うま」のフレーズが登場するくだりがあったりします。この辺りを探してみるのも楽しいでしょう。
登場人物の造形についてもシリーズ初期のものに倣っているようで、クリスはマッチョゴリラではありませんし、レオンも後々の凄腕エージェント感は1㎜も無く、赴任初日にエグい目に遭う青年の頼りなげな右往左往ぶりが良く表現できていると思います。
ゲームに忠実な作品を仕上げようという姿勢に好感が持てる一方で、映画そのものの出来栄えとしては特に後半に行くほど多すぎる要素をまとめるのに手いっぱいの慌ただしさが目につき、序盤に成功した雰囲気作りも活用しきれておらずいささか弾んでいかないのが残念なところ。この辺り、作中のシーンがゲームへとフィードバックされたりもしたポール・W・S・アンダーソン監督版の方が勢いもパワーもあったと言わざるを得ません。
不満も少なくないのですが、個人的には何だかんだ楽しめてしまったので割と嫌いではありません。そこら中に潜んだ小ネタを探しつつツッコミを入れながら観る、そんなノー天気な楽しみ方するのが丁度いい一品。出来るなら仲間内でわいわい言いながら観るのが一番楽しいタイプの作品です。気になってる方は気楽な気持ちでどうぞ。
オミクロン株という新型コロナウイルスが席巻しており、
今までにない感染者数となり手がつけられない状況です。
ただ、重症化しにくいという理由でただの風邪では?と、
なんとなく楽観する雰囲気も出てきているのですが、
これもまたちょっと違うような気がするのですよね。
オミクロン株は感染力が高すぎるところが不安なところで、
マスクをしていても感染してしまう人が多い感じです。
重症化しないまでも、重症化する確率が存在するものが、
すごい感染力を持って感染していくとするならば、
結果として重症化する人数は増えてくるのではと思います。
いつになったら、コロナ前の日常が戻るのでしょうね。
さて、競泳で『自由形』というと暗黙の了解みたいな感じで、
『クロール』で泳ぐというのが当たり前になっています。
なんで『自由』と言っているのクロールしかしないの?
と思ったことがある人も多いのではないかと思いますが、
結局、クロールという泳法が現時点で人間ができる、
最速の泳法ということで自由形の最適解なんでしょう。
そんな自由じゃねぇじゃんといった自由形でしたが、
ついにその常識を覆しクロールじゃない自由形を、
実践してくれる選手を現実で見ることができました。
なんと池江璃花子選手が強豪集まる競技会の自由型予選で、
クロールの選手の中、1人でバタフライで泳ぎ予選2位。
ただ、これが結構周りでは叩かれてしまっているようで、
その選手でさえクロールで泳いだ方がやっぱり速いのに、
わざわざバタフライで泳ぐのは舐めているとの事です。
最速の泳法で最適解のクロールで泳ぐ他の選手に対して、
スピードで劣るバタフライは、舐めているとのこと。
実際、決勝ではクロールで泳いで優勝をしているので、
ここ一番では確実に結果を出せる泳法を選んでいます。
とは言え自由形という犬かきで泳いでもよいルールで、
他選手はクロールでも勝てないならそこまでですよね。
バタフライで予選落ちしたらそれこそ恥ずかしいですし。
ところで、点数を取り合う競技で相手が絶望するほどに、
点差がついてしまう実力のチーム同士の試合があると、
実力のあるチームがよく叩かれたりしています。
点を取り過ぎれば相手への配慮が足りないと言われ、
もう負けない点差になると、もう点を取りにいかないと、
全力でプレイしておらず相手への敬意が足りないといいます。
結局、ルールに従って競技をしているだけのところで、
見る側の都合でどうとでも取られてしまうのを見ると、
普通に試合をしているだけなのに大変だなと思います。
今までにない感染者数となり手がつけられない状況です。
ただ、重症化しにくいという理由でただの風邪では?と、
なんとなく楽観する雰囲気も出てきているのですが、
これもまたちょっと違うような気がするのですよね。
オミクロン株は感染力が高すぎるところが不安なところで、
マスクをしていても感染してしまう人が多い感じです。
重症化しないまでも、重症化する確率が存在するものが、
すごい感染力を持って感染していくとするならば、
結果として重症化する人数は増えてくるのではと思います。
いつになったら、コロナ前の日常が戻るのでしょうね。
さて、競泳で『自由形』というと暗黙の了解みたいな感じで、
『クロール』で泳ぐというのが当たり前になっています。
なんで『自由』と言っているのクロールしかしないの?
と思ったことがある人も多いのではないかと思いますが、
結局、クロールという泳法が現時点で人間ができる、
最速の泳法ということで自由形の最適解なんでしょう。
そんな自由じゃねぇじゃんといった自由形でしたが、
ついにその常識を覆しクロールじゃない自由形を、
実践してくれる選手を現実で見ることができました。
なんと池江璃花子選手が強豪集まる競技会の自由型予選で、
クロールの選手の中、1人でバタフライで泳ぎ予選2位。
ただ、これが結構周りでは叩かれてしまっているようで、
その選手でさえクロールで泳いだ方がやっぱり速いのに、
わざわざバタフライで泳ぐのは舐めているとの事です。
最速の泳法で最適解のクロールで泳ぐ他の選手に対して、
スピードで劣るバタフライは、舐めているとのこと。
実際、決勝ではクロールで泳いで優勝をしているので、
ここ一番では確実に結果を出せる泳法を選んでいます。
とは言え自由形という犬かきで泳いでもよいルールで、
他選手はクロールでも勝てないならそこまでですよね。
バタフライで予選落ちしたらそれこそ恥ずかしいですし。
ところで、点数を取り合う競技で相手が絶望するほどに、
点差がついてしまう実力のチーム同士の試合があると、
実力のあるチームがよく叩かれたりしています。
点を取り過ぎれば相手への配慮が足りないと言われ、
もう負けない点差になると、もう点を取りにいかないと、
全力でプレイしておらず相手への敬意が足りないといいます。
結局、ルールに従って競技をしているだけのところで、
見る側の都合でどうとでも取られてしまうのを見ると、
普通に試合をしているだけなのに大変だなと思います。
先週訃報が流れた野球漫画の第一人者だった水島新司さん、私も「ドカベン」や「あぶさん」などその著作をよく読んでいました。特にパ・リーグが今ほどの人気を獲得する遥か前から「あぶさん」において南海ホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)を中心に丹念に取材を重ねて各球団の選手たちを実名で登場させるなど漫画を通しての野球界への貢献と影響が計り知れないほどです。パ・リーグの本拠地である球場ではほとんど顔パスだったと聞きます。訃報が流れた翌日、主要スポーツ紙がこぞって1面トップで報じ、全国紙でも社会面だけでなくスポーツ面でも報じられたのが何よりの証拠と言えるでしょう。
主要作品のほぼ全てを完結させ引退宣言をしてからのご逝去、まさに大往生だったのではと思います。
こんばんは、小島@監督です。
久しぶりに何か読んでみたくなってきた。
さて、今回の映画は「クナシリ」です。
北方四島の一つ、国後島。北海道の東端からわずか16㎞のところにあるその島は、日ロ間で領土問題が横たわる。そこには寺の石垣などの遺構が残り、シャベルで土から掘り起こせば醤油瓶や欠けた茶碗などかつて日本人が暮らしていた痕跡が残っている。1949年に日本人の退去が完了したこの島で現在暮らすロシア人たち。彼らにカメラとマイクを向けると、各々がそれぞれの立場で島の姿を語り始めた。
北方四島と呼ばれる島々があること、そこに領土問題があること、半世紀以上の長きにわたり返還のための交渉が続いていること、それらをご存じの方は多いと思います。ですがその一方でそこがどういう場所なのかを知っている方はほとんどいないのではないでしょうか。北方領土問題という言葉の下でだけその名を聞く島、私にとって国後島というのはその程度の印象でした。またロシア側から俯瞰すれば国後島はあくまで首都モスクワから遥か離れた最果ての一離島であり、そもそも関心を示す場所ですらないようにも思えます。そんな国後島に焦点を当てて取材を行った恐らくは初めてのドキュメンタリー映画です。手掛けたのはベラルーシ出身で現在はフランスを拠点に活動しているドキュメンタリー作家、ウラジーミル・コズロフ氏。
そもそもどんな風景をしているのかすら知らない国後島、普通に撮ってるだけの映像がもうそこから興味深い。実は温泉もあるらしいですよ、あの島。ある意味でチョロい客状態でした私(笑)もっともこの数十年日本人が未踏だったわけではなく1992年より始まった交流事業により7~9月のサマーシーズンにビザなしの訪問団が訪れたり鳥類などの学術研究で滞在する学者の方などもいるのですが、取材時期とは外れていたらしくこの映画には登場していません。
実際のところ、映画は数人の人物の生活とインタビューを淡々と綴っているだけの作品です。モチーフこそ刺激的ですが良くも悪くもフラットで、そこに大きなストーリーも無ければ何かを煽るようなことも無いのが特徴です。
ただこのインタビューが曲者。全体を通して老人が多いのですが人生の晩期をインフラの整備も今ひとつよろしくない最果ての地で暮らしているせいか愚痴っぽい方が多く、失くすものが無いのかロシア政府や役人への不満や批判もお構いなしなのがなかなかに驚きます。ちょっと笑えてしまうくらい。中には日本人とロシア人が共存していた1940年代を記憶している方もおり、思いがけない話が登場してきたりもします。
彼らの中には別にロシア政府のように北方四島を日本に返還することを頑なに拒むような強い主張はなく、むしろ温泉などの観光資源を活用して雇用を生み出して欲しくて日本人が再び来てくれることを望んでいる者さえいます。
作品の中で見え隠れするのは第二次大戦時に日本との戦いに勝利し住民を全員退去させ自国の領土の拡大に成功したことをプロパガンダしたい旧ソ連からのロシア政府の思惑と、更に色濃く目に留まるのは最果ての離島という地理的条件がそうさせるのか、住民の精神性がアップデートする環境に乏しい、つまり「時間が止まっている」ように見えることでしょう。
翻って、これほどロシアの風土に染まってしまった国後島を仮に日本の国土に引き戻せたとして、今、その島に生きる人はどうなるのか、そして島をどうしたいのか、その先を見つめるビジョンが日本にはあるのだろうかという思いも浮かんでは消えて、かなり複雑な思いを湧き立たせずにはおきません。
百聞は一見に如かずとはまさにこのこと。歴史と不和の果てに存在する島の在り様に現在を映し見る作品です。聞けばコズロフ氏は同じ題材を、今度は根室の側から撮影する映画を準備中とのこと。この合わせ鏡がどのような形で完成するのか、今から楽しみです。
主要作品のほぼ全てを完結させ引退宣言をしてからのご逝去、まさに大往生だったのではと思います。
こんばんは、小島@監督です。
久しぶりに何か読んでみたくなってきた。
さて、今回の映画は「クナシリ」です。
北方四島の一つ、国後島。北海道の東端からわずか16㎞のところにあるその島は、日ロ間で領土問題が横たわる。そこには寺の石垣などの遺構が残り、シャベルで土から掘り起こせば醤油瓶や欠けた茶碗などかつて日本人が暮らしていた痕跡が残っている。1949年に日本人の退去が完了したこの島で現在暮らすロシア人たち。彼らにカメラとマイクを向けると、各々がそれぞれの立場で島の姿を語り始めた。
北方四島と呼ばれる島々があること、そこに領土問題があること、半世紀以上の長きにわたり返還のための交渉が続いていること、それらをご存じの方は多いと思います。ですがその一方でそこがどういう場所なのかを知っている方はほとんどいないのではないでしょうか。北方領土問題という言葉の下でだけその名を聞く島、私にとって国後島というのはその程度の印象でした。またロシア側から俯瞰すれば国後島はあくまで首都モスクワから遥か離れた最果ての一離島であり、そもそも関心を示す場所ですらないようにも思えます。そんな国後島に焦点を当てて取材を行った恐らくは初めてのドキュメンタリー映画です。手掛けたのはベラルーシ出身で現在はフランスを拠点に活動しているドキュメンタリー作家、ウラジーミル・コズロフ氏。
そもそもどんな風景をしているのかすら知らない国後島、普通に撮ってるだけの映像がもうそこから興味深い。実は温泉もあるらしいですよ、あの島。ある意味でチョロい客状態でした私(笑)もっともこの数十年日本人が未踏だったわけではなく1992年より始まった交流事業により7~9月のサマーシーズンにビザなしの訪問団が訪れたり鳥類などの学術研究で滞在する学者の方などもいるのですが、取材時期とは外れていたらしくこの映画には登場していません。
実際のところ、映画は数人の人物の生活とインタビューを淡々と綴っているだけの作品です。モチーフこそ刺激的ですが良くも悪くもフラットで、そこに大きなストーリーも無ければ何かを煽るようなことも無いのが特徴です。
ただこのインタビューが曲者。全体を通して老人が多いのですが人生の晩期をインフラの整備も今ひとつよろしくない最果ての地で暮らしているせいか愚痴っぽい方が多く、失くすものが無いのかロシア政府や役人への不満や批判もお構いなしなのがなかなかに驚きます。ちょっと笑えてしまうくらい。中には日本人とロシア人が共存していた1940年代を記憶している方もおり、思いがけない話が登場してきたりもします。
彼らの中には別にロシア政府のように北方四島を日本に返還することを頑なに拒むような強い主張はなく、むしろ温泉などの観光資源を活用して雇用を生み出して欲しくて日本人が再び来てくれることを望んでいる者さえいます。
作品の中で見え隠れするのは第二次大戦時に日本との戦いに勝利し住民を全員退去させ自国の領土の拡大に成功したことをプロパガンダしたい旧ソ連からのロシア政府の思惑と、更に色濃く目に留まるのは最果ての離島という地理的条件がそうさせるのか、住民の精神性がアップデートする環境に乏しい、つまり「時間が止まっている」ように見えることでしょう。
翻って、これほどロシアの風土に染まってしまった国後島を仮に日本の国土に引き戻せたとして、今、その島に生きる人はどうなるのか、そして島をどうしたいのか、その先を見つめるビジョンが日本にはあるのだろうかという思いも浮かんでは消えて、かなり複雑な思いを湧き立たせずにはおきません。
百聞は一見に如かずとはまさにこのこと。歴史と不和の果てに存在する島の在り様に現在を映し見る作品です。聞けばコズロフ氏は同じ題材を、今度は根室の側から撮影する映画を準備中とのこと。この合わせ鏡がどのような形で完成するのか、今から楽しみです。
会社に協力会社の社内報が置いてあり、それを見ていたら、
「あれ?この名前、なんか覚えがあるぞ?」
その社内報には毎回社員の紹介をするページがあって、
そこに出ていた名前を見たら、なんとちゅうカラメンバー!
「ここで働くようになって、将来の人生に希望が!」
と、コメントがあり見ているこっちが恥ずかしくなるほど。
もちろん聞かれたから、空気を読んで応えたのでしょうが、
知ってる人が発言したということで読んでいるので面白いです。
でも、意外なところでちゅうカラメンバーを発見し楽しかった。
さて、ネットを見て「へー、なるほど!」と思ったことがありました。
災害時の非常持ち出し袋にオセロを入れておくといいらしく、
避難所生活はとにかく暇だから、暇潰しが必要らしい。
ひょっとしたら家が潰れて住むところが無くなったらとか、
そんな心配で避難上ではオセロどころではないかもですが、
とりあえず避難、みたいな時にはいいかもしれないですね。
避難先では電気が無かったり、停電していたりすると、
スマホや携帯ゲームは充電ができないとただの文鎮ですので、
そういった意味ではアナログなゲームがいいのでしょうね。
じゃあアナログゲームならオセロじゃなくてもとなりますが、
ルールも簡単で誰でも遊べるとのがいいのでしょう。
避難所で大オセロ大会とかになったら癒しになるかもですね。
ちゅうカラメンバーのようなオタクたちばかりが非常時向けに、
アナログゲームなんかを準備したら、マニアックになりすぎて、
スゴく異質なゲームに興じる避難所になってしまうのかな。
最近、地震が頻発しているので、避難をするということ自体が、
そんなに他人事では無くなってきたような気がします。
一番、大地震などが予想されている東海圏が意外と何もなく、
愛知県はいつもそれほどの災害は起こっていませんし、
それこそ最近はコロナの話題が前面に出過ぎている現状です。
それこそ、このオセロを準備する話題をきっかけにして、
キャンプ用の大容量バッテリーなどを準備しておかなきゃとか、
むしろ、災害時の準備をしておく必要を実感した次第です。
「あれ?この名前、なんか覚えがあるぞ?」
その社内報には毎回社員の紹介をするページがあって、
そこに出ていた名前を見たら、なんとちゅうカラメンバー!
「ここで働くようになって、将来の人生に希望が!」
と、コメントがあり見ているこっちが恥ずかしくなるほど。
もちろん聞かれたから、空気を読んで応えたのでしょうが、
知ってる人が発言したということで読んでいるので面白いです。
でも、意外なところでちゅうカラメンバーを発見し楽しかった。
さて、ネットを見て「へー、なるほど!」と思ったことがありました。
災害時の非常持ち出し袋にオセロを入れておくといいらしく、
避難所生活はとにかく暇だから、暇潰しが必要らしい。
ひょっとしたら家が潰れて住むところが無くなったらとか、
そんな心配で避難上ではオセロどころではないかもですが、
とりあえず避難、みたいな時にはいいかもしれないですね。
避難先では電気が無かったり、停電していたりすると、
スマホや携帯ゲームは充電ができないとただの文鎮ですので、
そういった意味ではアナログなゲームがいいのでしょうね。
じゃあアナログゲームならオセロじゃなくてもとなりますが、
ルールも簡単で誰でも遊べるとのがいいのでしょう。
避難所で大オセロ大会とかになったら癒しになるかもですね。
ちゅうカラメンバーのようなオタクたちばかりが非常時向けに、
アナログゲームなんかを準備したら、マニアックになりすぎて、
スゴく異質なゲームに興じる避難所になってしまうのかな。
最近、地震が頻発しているので、避難をするということ自体が、
そんなに他人事では無くなってきたような気がします。
一番、大地震などが予想されている東海圏が意外と何もなく、
愛知県はいつもそれほどの災害は起こっていませんし、
それこそ最近はコロナの話題が前面に出過ぎている現状です。
それこそ、このオセロを準備する話題をきっかけにして、
キャンプ用の大容量バッテリーなどを準備しておかなきゃとか、
むしろ、災害時の準備をしておく必要を実感した次第です。
昨日トンガの海底火山噴火を原因とした津波が日本全国を広範囲に襲いました。人的被害は少なかったようですが、皆さんのところは影響などなかったでしょうか。今回の津波、正確なメカニズムはまだ分かっていないそうで、世界でも随一の地震と津波の知見があってもなおまだ不明な現象が生じるところに大自然の恐ろしさと大きさを感じます。
こんばんは、小島@監督です。
それにしてもこれが更なる天災の前触れとかでないと良いのですが。
さて、今回の映画は「銀河鉄道999」です。
メガロポリスのスラムに住む少年・星野鉄郎(声・野沢雅子)は、機械の身体を無償でもらえるという星に行くため銀河鉄道に乗れる切符を必要としていた。ある時、鉄郎は切符を購入した者から奪取しようとするが鉄道警察に追われることになってしまう。その最中、鉄郎は謎めいた美女メーテル(声・池田昌子)と出会う。
「宇宙戦艦ヤマト」(1977年)の大ヒットを呼び水として、「機動戦士ガンダム」(1979年)、「うる星やつら」(1981年)「超時空要塞マクロス」(1982年)などが後に続き1980年代半ばまでの約10年間、アニメブームと呼ばれる現象が起きました。「ドラえもん」や「ルパン三世」など、現在まで連綿とシリーズが続く作品に初めての劇場版が製作されたのもこの頃です。それまで小学生くらいの子供が見るものという扱いと意識が強かったアニメがそれよりも上の世代であるティーンエイジャーや大人の鑑賞に耐えうる作品が登場するようにもなり、1983年にはよりコア・ターゲット層に向けてオリジナル・ビデオ・アニメーション(OVA)が発売され始めたりと製作体制や作品の在り様、マーケット規模に至るまで大きな変容を遂げた時期でもあります。
そんな最中に一つの金字塔と呼べる作品が登場しました。それが1979年に製作・公開された「銀河鉄道999」です。実はそれまで親会社の東映の下で劇場アニメを製作していた東映動画(現・東映アニメーション)の初の自社製作作品でもあります。同年の邦画配給収入の第1位となり、アニメ映画としては初めて映画雑誌「キネマ旬報」のベストテンにランク入りするなど興行的にも批評的にも大きな成功を収めました。また、青木望の手によるサウンドトラックもオリコンチャート1位を獲得。1997年に「新世紀エヴァンゲリオン」のサントラが並び立つまで、アニメのサウンドトラックでチャート1位を獲得した唯一のアルバムでした。
そんな日本アニメの歴史を語る上で外せない1作が、ドルビーシネマ版となって再上映されています。私もTV放送やDVDなどで何度も観た事がありますがスクリーンで鑑賞するのは今回が初めてです。
当時TVシリーズも放送されていた「銀河鉄道999」、総集編ではなく完全新作として製作された劇場版の方では大枠の筋立ては同じものの大胆なアレンジを行っています。主人公・星野鉄郎の年齢を原作やTVでの10歳から15歳へと引き上げられて顔つきも精悍なものになっているのも特徴。原作ではゲスト的に登場するキャプテン・ハーロック(声・井上真樹夫)やエメラルダス(声・田島令子)の物語上のウェイトも大きく増した形で登場するほか、何より当時はまだTVシリーズも放送中である上に原作の連載も続いていた最中でありながらその結末を先んじて語るという野心的な試みが取り入れられました。
世紀も変わり、時代も令和となった今観ると、やはり描かれている感覚が良くも悪くも昭和であることに少し目が行ってしまう部分もあります。ですがそれを差し引いてもダイナミックなアドベンチャーロマンであり、同時に少年の成長を描く青春物語としても骨太な語り口、そして比類なきヒロインであるメーテルの人物像に心動かされます。ラストシーンなどは何度も観ているはずなのに涙が出てきてしまったのは、やはりスクリーンで観ているせいでしょう。
非常に丁寧にリマスタリングされているようで、そのエネルギッシュな映像を余さず堪能できるようになっているのはドルビーシネマという形式がもたらす恩恵でしょうか。こういう形で旧作と再会できるようになるのは嬉しいですね。
中盤、鉄郎が亡き母の仇の情報を求めて酒場に立ち寄るくだりがあります。そこではリューズ(声・小原乃梨子)という名の女性の歌声に客達が涙を流して聴き入っており、酒場のマスターは鉄郎に「彼らはこの歌に二度と帰らぬ遠い日々を思い出して泣いている」のだと言います。この映画を初めて観たのは確か小6か中1の頃。TVで放送されたこれを観て心動かされた日から30年近くを経て今、ある種のノスタルジーにも押されてこの映画を観に行った私も気付けばあの酒場の客と同じところにいるのだろうかと思うと少し寂しさを覚えますが、それが歳を重ねるという事かもしれません。
さらば少年の日々と言いながら、変わらないままの部分もあると知る、まるでほろ苦さを覚える再会のよう。そんな感慨もまた旧作を観る楽しみの一つ。今週末からは続編である「さよなら銀河鉄道999」のドルビーシネマ版の公開も始まるそうで、せっかくだからこちらとも再会してみたいところですね。
こんばんは、小島@監督です。
それにしてもこれが更なる天災の前触れとかでないと良いのですが。
さて、今回の映画は「銀河鉄道999」です。
メガロポリスのスラムに住む少年・星野鉄郎(声・野沢雅子)は、機械の身体を無償でもらえるという星に行くため銀河鉄道に乗れる切符を必要としていた。ある時、鉄郎は切符を購入した者から奪取しようとするが鉄道警察に追われることになってしまう。その最中、鉄郎は謎めいた美女メーテル(声・池田昌子)と出会う。
「宇宙戦艦ヤマト」(1977年)の大ヒットを呼び水として、「機動戦士ガンダム」(1979年)、「うる星やつら」(1981年)「超時空要塞マクロス」(1982年)などが後に続き1980年代半ばまでの約10年間、アニメブームと呼ばれる現象が起きました。「ドラえもん」や「ルパン三世」など、現在まで連綿とシリーズが続く作品に初めての劇場版が製作されたのもこの頃です。それまで小学生くらいの子供が見るものという扱いと意識が強かったアニメがそれよりも上の世代であるティーンエイジャーや大人の鑑賞に耐えうる作品が登場するようにもなり、1983年にはよりコア・ターゲット層に向けてオリジナル・ビデオ・アニメーション(OVA)が発売され始めたりと製作体制や作品の在り様、マーケット規模に至るまで大きな変容を遂げた時期でもあります。
そんな最中に一つの金字塔と呼べる作品が登場しました。それが1979年に製作・公開された「銀河鉄道999」です。実はそれまで親会社の東映の下で劇場アニメを製作していた東映動画(現・東映アニメーション)の初の自社製作作品でもあります。同年の邦画配給収入の第1位となり、アニメ映画としては初めて映画雑誌「キネマ旬報」のベストテンにランク入りするなど興行的にも批評的にも大きな成功を収めました。また、青木望の手によるサウンドトラックもオリコンチャート1位を獲得。1997年に「新世紀エヴァンゲリオン」のサントラが並び立つまで、アニメのサウンドトラックでチャート1位を獲得した唯一のアルバムでした。
そんな日本アニメの歴史を語る上で外せない1作が、ドルビーシネマ版となって再上映されています。私もTV放送やDVDなどで何度も観た事がありますがスクリーンで鑑賞するのは今回が初めてです。
当時TVシリーズも放送されていた「銀河鉄道999」、総集編ではなく完全新作として製作された劇場版の方では大枠の筋立ては同じものの大胆なアレンジを行っています。主人公・星野鉄郎の年齢を原作やTVでの10歳から15歳へと引き上げられて顔つきも精悍なものになっているのも特徴。原作ではゲスト的に登場するキャプテン・ハーロック(声・井上真樹夫)やエメラルダス(声・田島令子)の物語上のウェイトも大きく増した形で登場するほか、何より当時はまだTVシリーズも放送中である上に原作の連載も続いていた最中でありながらその結末を先んじて語るという野心的な試みが取り入れられました。
世紀も変わり、時代も令和となった今観ると、やはり描かれている感覚が良くも悪くも昭和であることに少し目が行ってしまう部分もあります。ですがそれを差し引いてもダイナミックなアドベンチャーロマンであり、同時に少年の成長を描く青春物語としても骨太な語り口、そして比類なきヒロインであるメーテルの人物像に心動かされます。ラストシーンなどは何度も観ているはずなのに涙が出てきてしまったのは、やはりスクリーンで観ているせいでしょう。
非常に丁寧にリマスタリングされているようで、そのエネルギッシュな映像を余さず堪能できるようになっているのはドルビーシネマという形式がもたらす恩恵でしょうか。こういう形で旧作と再会できるようになるのは嬉しいですね。
中盤、鉄郎が亡き母の仇の情報を求めて酒場に立ち寄るくだりがあります。そこではリューズ(声・小原乃梨子)という名の女性の歌声に客達が涙を流して聴き入っており、酒場のマスターは鉄郎に「彼らはこの歌に二度と帰らぬ遠い日々を思い出して泣いている」のだと言います。この映画を初めて観たのは確か小6か中1の頃。TVで放送されたこれを観て心動かされた日から30年近くを経て今、ある種のノスタルジーにも押されてこの映画を観に行った私も気付けばあの酒場の客と同じところにいるのだろうかと思うと少し寂しさを覚えますが、それが歳を重ねるという事かもしれません。
さらば少年の日々と言いながら、変わらないままの部分もあると知る、まるでほろ苦さを覚える再会のよう。そんな感慨もまた旧作を観る楽しみの一つ。今週末からは続編である「さよなら銀河鉄道999」のドルビーシネマ版の公開も始まるそうで、せっかくだからこちらとも再会してみたいところですね。
こんなことを男性が言ってしまうと怒られちゃうかな?
コロナ禍で街中の人すべてがマスクをするようになって、
顔を見ることができないようになってしまいましたが、
そのせいで女性全員美人に見える「歯科助手効果」発動中。
ところが外国の大学の実験では、女性だけではなく、
どうやら男性でもこの効果が発動するとのことらしい。
その実験ではいろいろな種類のマスクを着けて評価し、
もっとも魅力的なのは使い捨ての青い医療用なのだそう。
ちょっと使い捨ての青い医療用マスク買ってくる!(ウソ)
さて、約40年前の小さな頃から見たりしていたプロレス。
ゲームばかりしていて見ない時期もあったりしましたが、
ここ数年『新日本プロレス』が好きで観戦しています。
日本には新日本プロレスだけではなく多くの団体があり、
新日本プロレスのような、世界的にも大きな団体から、
それこそサークル活動のような小さな団体まであります。
そんな数多くある団体も、それぞれは別の会社なので、
それぞれの団体同士が一緒に興行を行うことはありません。
それでも各団体に所属する選手は会社の契約を守りつつも、
他の団体のリングに上がると言う事はあったりします。
他の団体のリングに上がると言うのはやはり盛り上がるし、
もちろん応援するも好きな団体に肩入れしてしまいます。
しかし先週末、新日本プロレスと『プロレスリングノア』が、
お互いの団体名を掲げて対抗戦というのを開催しました。
基本的に対抗戦と言うのは負け越してしまった団体側は、
弱いと言うイメージが付くためあまり開催されません。
ここまで思い切ったことをするのはやはり理由があります。
これは私の推測でしかありませんが、その理由となるのは、
やっぱり新型コロナウイルスではないかと思います。
思うように観客も呼べなかったりするこの状況では、
団体同士協力して話題作りをする必要があるのでしょう。
そしてそんな対抗戦を見ましたが、盛り上がりましたね。
やはりいつもの興行とは気迫が全然違いますよね。
あんまり対抗戦を乱発されると飽きちゃいますけど、
これからとたまには見たいなと思いました。
え?新日本プロレスとプロレスリングノアの勝敗?
それは大人の事情もあるのでゴニョゴニョ・・
コロナ禍で街中の人すべてがマスクをするようになって、
顔を見ることができないようになってしまいましたが、
そのせいで女性全員美人に見える「歯科助手効果」発動中。
ところが外国の大学の実験では、女性だけではなく、
どうやら男性でもこの効果が発動するとのことらしい。
その実験ではいろいろな種類のマスクを着けて評価し、
もっとも魅力的なのは使い捨ての青い医療用なのだそう。
ちょっと使い捨ての青い医療用マスク買ってくる!(ウソ)
さて、約40年前の小さな頃から見たりしていたプロレス。
ゲームばかりしていて見ない時期もあったりしましたが、
ここ数年『新日本プロレス』が好きで観戦しています。
日本には新日本プロレスだけではなく多くの団体があり、
新日本プロレスのような、世界的にも大きな団体から、
それこそサークル活動のような小さな団体まであります。
そんな数多くある団体も、それぞれは別の会社なので、
それぞれの団体同士が一緒に興行を行うことはありません。
それでも各団体に所属する選手は会社の契約を守りつつも、
他の団体のリングに上がると言う事はあったりします。
他の団体のリングに上がると言うのはやはり盛り上がるし、
もちろん応援するも好きな団体に肩入れしてしまいます。
しかし先週末、新日本プロレスと『プロレスリングノア』が、
お互いの団体名を掲げて対抗戦というのを開催しました。
基本的に対抗戦と言うのは負け越してしまった団体側は、
弱いと言うイメージが付くためあまり開催されません。
ここまで思い切ったことをするのはやはり理由があります。
これは私の推測でしかありませんが、その理由となるのは、
やっぱり新型コロナウイルスではないかと思います。
思うように観客も呼べなかったりするこの状況では、
団体同士協力して話題作りをする必要があるのでしょう。
そしてそんな対抗戦を見ましたが、盛り上がりましたね。
やはりいつもの興行とは気迫が全然違いますよね。
あんまり対抗戦を乱発されると飽きちゃいますけど、
これからとたまには見たいなと思いました。
え?新日本プロレスとプロレスリングノアの勝敗?
それは大人の事情もあるのでゴニョゴニョ・・
正月休み中にやった事で印象に残った事と言えばうえぽん宅にお呼ばれして楽しんだ麻雀ですね。全自動麻雀卓を開封して4人がかりで組み上げるところからやりましたからね!さすがにそこからやった事なんて今まで1度もありませんし、今後もまず無さそうでしたから誘われた際にホイホイ乗りましたよ(笑)結構重量のある代物なので1人でやれることではないですね。
こんばんは、小島@監督です。
麻雀の方も割と勝ち気味で終われたのでより楽しかったですね(笑)
さて、今回の映画は「スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム」です。
ロンドンで戦ったミステリオの計略によりピーター・パーカー(トム・ホランド)は自身がスパイダーマンの正体であることが世界中に知れ渡ってしまった。ミステリオが死の間際に残した映像によりロンドンでの事件の首謀者に仕立てられてしまったピーターは疑惑の渦中に落とし込まれ、連邦捜査局の捜査対象にまでなってしまう。しかもその影響は知人にまで及び恋人のMJ(ゼンデイヤ)やネッド(ジェイコブ・バタロン)もスパイダーマンの仲間として注目と中傷の的になり、志望校のMITから進学を拒絶されるまでになってしまう。
親しい人が苦境に立たされる状況に耐えられなくなったピーターはドクター・ストレンジ(ベネディクト・カンバーバッチ)に救いを求め、魔術で自身の正体が誰にも知られていない世界にして欲しいと頼むが発動した術の途中でピーターが注文を付けた事で魔術は失敗してしまう。それは思いもかけない状況を生み出した。別の世界でスパイダーマンと戦ったドクター・オクトパス(アルフレッド・モリーナ)が現れピーターに襲い掛かってきたのだ!
年明け早々にもう今年のベスト1が出てしまったのでは。そう思わされてしまうくらい超弩級の1本がいきなり登場しました。
「マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)」の最新作はMCU加入後のスパイダーマンの活躍を描く「ホーム」三部作の最終章。多元宇宙「マルチバース」からかつてスパイダーマンと戦ったヴィランたちが続々と登場しピーターと戦うことになります。
こと映画と言うものに関して「スパイダーマン」は他のマーベルヒーローよりかなり特殊な位置に立っています。スパイダーマンだけは映画化権そのものはマーベル・スタジオではなくソニー・ピクチャーズが有しており、MCUへ加わることが可能になったのもソニー・ピクチャーズとマーベル・スタジオがパートナーシップを締結したから。事実、「アメイジング・スパイダーマン」(2010~2012年)は当時既に始まっていたMCUとは無関係な独立したシリーズとして製作されていますし、現在2作目が公開されている「ヴェノム」もMCUとは距離を置いたものになっています。結果、21世紀に入って以降「スパイダーマン」は今作を含めて8本の映画が製作されたことになります。シリーズ始まって13年になるMCUとは別に20年の蓄積がスパイダーマンにはあるのです。
次々と登場するスパイダーマンに恨みを抱くヴィランたち。その多くは戦いの末に命を落としています。そんな彼らを前にピーターは、大半が元は善人であったヴィランたちの苦痛や苦悩の根源を取り払えばスパイダーマンと戦うことなくその命も救われるのではないかと考えます。青臭く純粋なティーンエイジャーらしい願いに奮闘するピーターですが、その先に大きな苦悩と戦いを経験することになります。
そんな物語の中に、観客を驚かせる大きなサプライズが仕掛けられています。どよめきと歓声が観客席が上がる映画を観たのはいつ以来でしょう。私もつい「うおああ!!?」なんて声が出てしまいました(笑)観客席の温度とテンションが上がるのが肌で分かる感覚、これは映画館でなければ決して味わえないでしょう。気になっている方は絶対に映画館で観て頂きたいと思います。
死闘の果てにピーターが辿り着くのは青春の終わりであり、同時に「アベンジャーズ」の一員としてではなく「親愛なる隣人」としてのヒーロー・スパイダーマンの旅立ち。通過儀礼を経て、万感の思いと共に少年は大人へと成長するのです。
マーベルヒーロー多しと言えどもスパイダーマンでしか為しえない、数限りないハードルを越えた先に可能となった奇跡。映画「スパイダーマン」20年分の全てを総括しその先へと進む、まさに傑作。きっと私はこういうのが観たくて映画館に足を運んでいるのです。
しかしいきなりこんな凄いの観れてしまって今年の映画大丈夫か!?要らない心配してしまいそうだ(笑)
こんばんは、小島@監督です。
麻雀の方も割と勝ち気味で終われたのでより楽しかったですね(笑)
さて、今回の映画は「スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム」です。
ロンドンで戦ったミステリオの計略によりピーター・パーカー(トム・ホランド)は自身がスパイダーマンの正体であることが世界中に知れ渡ってしまった。ミステリオが死の間際に残した映像によりロンドンでの事件の首謀者に仕立てられてしまったピーターは疑惑の渦中に落とし込まれ、連邦捜査局の捜査対象にまでなってしまう。しかもその影響は知人にまで及び恋人のMJ(ゼンデイヤ)やネッド(ジェイコブ・バタロン)もスパイダーマンの仲間として注目と中傷の的になり、志望校のMITから進学を拒絶されるまでになってしまう。
親しい人が苦境に立たされる状況に耐えられなくなったピーターはドクター・ストレンジ(ベネディクト・カンバーバッチ)に救いを求め、魔術で自身の正体が誰にも知られていない世界にして欲しいと頼むが発動した術の途中でピーターが注文を付けた事で魔術は失敗してしまう。それは思いもかけない状況を生み出した。別の世界でスパイダーマンと戦ったドクター・オクトパス(アルフレッド・モリーナ)が現れピーターに襲い掛かってきたのだ!
年明け早々にもう今年のベスト1が出てしまったのでは。そう思わされてしまうくらい超弩級の1本がいきなり登場しました。
「マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)」の最新作はMCU加入後のスパイダーマンの活躍を描く「ホーム」三部作の最終章。多元宇宙「マルチバース」からかつてスパイダーマンと戦ったヴィランたちが続々と登場しピーターと戦うことになります。
こと映画と言うものに関して「スパイダーマン」は他のマーベルヒーローよりかなり特殊な位置に立っています。スパイダーマンだけは映画化権そのものはマーベル・スタジオではなくソニー・ピクチャーズが有しており、MCUへ加わることが可能になったのもソニー・ピクチャーズとマーベル・スタジオがパートナーシップを締結したから。事実、「アメイジング・スパイダーマン」(2010~2012年)は当時既に始まっていたMCUとは無関係な独立したシリーズとして製作されていますし、現在2作目が公開されている「ヴェノム」もMCUとは距離を置いたものになっています。結果、21世紀に入って以降「スパイダーマン」は今作を含めて8本の映画が製作されたことになります。シリーズ始まって13年になるMCUとは別に20年の蓄積がスパイダーマンにはあるのです。
次々と登場するスパイダーマンに恨みを抱くヴィランたち。その多くは戦いの末に命を落としています。そんな彼らを前にピーターは、大半が元は善人であったヴィランたちの苦痛や苦悩の根源を取り払えばスパイダーマンと戦うことなくその命も救われるのではないかと考えます。青臭く純粋なティーンエイジャーらしい願いに奮闘するピーターですが、その先に大きな苦悩と戦いを経験することになります。
そんな物語の中に、観客を驚かせる大きなサプライズが仕掛けられています。どよめきと歓声が観客席が上がる映画を観たのはいつ以来でしょう。私もつい「うおああ!!?」なんて声が出てしまいました(笑)観客席の温度とテンションが上がるのが肌で分かる感覚、これは映画館でなければ決して味わえないでしょう。気になっている方は絶対に映画館で観て頂きたいと思います。
死闘の果てにピーターが辿り着くのは青春の終わりであり、同時に「アベンジャーズ」の一員としてではなく「親愛なる隣人」としてのヒーロー・スパイダーマンの旅立ち。通過儀礼を経て、万感の思いと共に少年は大人へと成長するのです。
マーベルヒーロー多しと言えどもスパイダーマンでしか為しえない、数限りないハードルを越えた先に可能となった奇跡。映画「スパイダーマン」20年分の全てを総括しその先へと進む、まさに傑作。きっと私はこういうのが観たくて映画館に足を運んでいるのです。
しかしいきなりこんな凄いの観れてしまって今年の映画大丈夫か!?要らない心配してしまいそうだ(笑)

