先日数年ぶりに脱出ゲームを楽しみました。「学園アイドルマスター」とのコラボレーションプログラム「人狼潜む文化祭からの脱出」です。てっきり連番者とのチームプレイだと思っていたらシングルプレイだったのがまず驚き。同行者とはヒントのやり取りはしても良い、とのことでしたが割とそんな余裕も無く(苦笑)、時間との戦いに。タイムアップ15秒前に脱出成功できた瞬間にはアドレナリン全開ですよ、デュフフ。
こんばんは、小島@監督です。
脱出ゲーム、普段あまり使わない思考回路にスイッチが入る感覚はやっぱり楽しいですね。
さて、今回の映画は「スパイダーマン:ブランド・ニュー・デイ」です。
世界的な危機を救うためにドクターストレンジの魔法によって全世界の人々から自分の存在に関する記憶を消し去ったピーター・パーカー(トム・ホランド)は、自分のことを誰も知らないニューヨークで犯罪と戦い街の人々を守る日々を送っていた。市井に寄り添うスパイダーマンの名声が高まって行くにつれ、ピーターはMJ(ゼンデイヤ)やネッド(ジェイコブ・バタロン)らが遠い存在となってしまった日々に孤独を募らせていく。その孤独感が引き金となってピーターの身体には異変が起こり始めた。時を同じくしてニューヨークでは不可解な犯罪が続発。
かつてない脅威がスパイダーマンに迫ろうとしていた。
前作「スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム」は紛れもない傑作でした。これまで報われなかった魂たちを救い、ピーターは大きな代償とともに青春の終わりを告げる、驚きのサプライズがもたらす高揚感とほろ苦い余韻が残る珠玉の物語でした。MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)の系譜に連なる作品の中では「アベンジャーズ/エンドゲーム」に匹敵する一本だったと今でも思っています。それの後を描くとなると当然期待も不安も大きくなりますが、ちゃんとその期待に応えてくれる作品に仕上がっていました。
高校生だった前作までは事態が割と深刻であってもどこかティーンのわちゃわちゃした感じが出ていましたが、今作のピーターはスパイダーマンとして知名度が上がれば上がるほど孤独から逃れられなくなっており、冒頭から陰が色濃く出ているのがポイントです。サブタイトルから前作までは入っていた「ホーム」の単語も無くなり、住む家はあっても拠り所となる「ホーム」を失ったピーターの物語であることが示されます。
今作のヴィランとして登場する人物(それ自体がサプライズの一つなのでここでは伏せます)の動機と行動も寂しさからの焦燥に起因しており、ピーターと合わせ鏡のような趣となっています。このヴィラン、何というかちょっと思いがけないところを持って来ていて長くマーベル映画を観て来た身としては独特の感慨が湧きます。絶対に今回だけのワンスポットではないはず。この先に控えている「アベンジャーズ」にももしかしたら顔を出すんじゃないでしょうか。
ところで、ヒーローの責任といやます孤独感からピーターは丹念なトレーニングを重ねていたようで、今回めちゃくちゃバルクアップしていて物語の内容とは別なところでびっくりします。もうあのピーター坊やの面影は消えて、すっかりピーターさんに。何を言ってるんだと思いますがこれは観ればすぐに分かります、ええ。
あと何故かいつの間にやらパニッシャーことフランク・キャッスル(ジョン・バーンサル)と仲良くなっていますが、全く何の説明も無いのを勢いで押し切ってしまう感じも嫌いじゃない(笑)
大人として踏み出したピーターの複雑な内面と葛藤を掘り下げながら、孤独と傷に優しく寄り添い救いをもたらす今作、ヒーローアクション以上にその優しさにこそカタルシスがあり観終わる頃には少し、心が暖かくなっていました。
年末公開予定の「アベンジャーズ/ドゥームズデイ」の序章としての弾みも上々。作品の出来にバラツキがあったりして最近浮き沈みの激しいMCUを救うのも、どうやら「親愛なる隣人」だったようです。
こんばんは、小島@監督です。
脱出ゲーム、普段あまり使わない思考回路にスイッチが入る感覚はやっぱり楽しいですね。
さて、今回の映画は「スパイダーマン:ブランド・ニュー・デイ」です。
世界的な危機を救うためにドクターストレンジの魔法によって全世界の人々から自分の存在に関する記憶を消し去ったピーター・パーカー(トム・ホランド)は、自分のことを誰も知らないニューヨークで犯罪と戦い街の人々を守る日々を送っていた。市井に寄り添うスパイダーマンの名声が高まって行くにつれ、ピーターはMJ(ゼンデイヤ)やネッド(ジェイコブ・バタロン)らが遠い存在となってしまった日々に孤独を募らせていく。その孤独感が引き金となってピーターの身体には異変が起こり始めた。時を同じくしてニューヨークでは不可解な犯罪が続発。
かつてない脅威がスパイダーマンに迫ろうとしていた。
前作「スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム」は紛れもない傑作でした。これまで報われなかった魂たちを救い、ピーターは大きな代償とともに青春の終わりを告げる、驚きのサプライズがもたらす高揚感とほろ苦い余韻が残る珠玉の物語でした。MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)の系譜に連なる作品の中では「アベンジャーズ/エンドゲーム」に匹敵する一本だったと今でも思っています。それの後を描くとなると当然期待も不安も大きくなりますが、ちゃんとその期待に応えてくれる作品に仕上がっていました。
高校生だった前作までは事態が割と深刻であってもどこかティーンのわちゃわちゃした感じが出ていましたが、今作のピーターはスパイダーマンとして知名度が上がれば上がるほど孤独から逃れられなくなっており、冒頭から陰が色濃く出ているのがポイントです。サブタイトルから前作までは入っていた「ホーム」の単語も無くなり、住む家はあっても拠り所となる「ホーム」を失ったピーターの物語であることが示されます。
今作のヴィランとして登場する人物(それ自体がサプライズの一つなのでここでは伏せます)の動機と行動も寂しさからの焦燥に起因しており、ピーターと合わせ鏡のような趣となっています。このヴィラン、何というかちょっと思いがけないところを持って来ていて長くマーベル映画を観て来た身としては独特の感慨が湧きます。絶対に今回だけのワンスポットではないはず。この先に控えている「アベンジャーズ」にももしかしたら顔を出すんじゃないでしょうか。
ところで、ヒーローの責任といやます孤独感からピーターは丹念なトレーニングを重ねていたようで、今回めちゃくちゃバルクアップしていて物語の内容とは別なところでびっくりします。もうあのピーター坊やの面影は消えて、すっかりピーターさんに。何を言ってるんだと思いますがこれは観ればすぐに分かります、ええ。
あと何故かいつの間にやらパニッシャーことフランク・キャッスル(ジョン・バーンサル)と仲良くなっていますが、全く何の説明も無いのを勢いで押し切ってしまう感じも嫌いじゃない(笑)
大人として踏み出したピーターの複雑な内面と葛藤を掘り下げながら、孤独と傷に優しく寄り添い救いをもたらす今作、ヒーローアクション以上にその優しさにこそカタルシスがあり観終わる頃には少し、心が暖かくなっていました。
年末公開予定の「アベンジャーズ/ドゥームズデイ」の序章としての弾みも上々。作品の出来にバラツキがあったりして最近浮き沈みの激しいMCUを救うのも、どうやら「親愛なる隣人」だったようです。
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