昨日の歌会に参加された皆さん、お疲れ様でした。
というか無事行ける天候で良かった。先週半ばの豪雨で家に帰れなかった身としてはなおさら。また今週も雨続きのようでなかなか落ち着きませんね。
こんばんは、小島@監督です。
それはそれとしてXLサイズのウマ娘Tシャツと来ては全力で取りに行かざるを得ない。Tシャツはどれだけあっても良いのだ。勝ち取れませんでしたが(笑)
さて、今回の映画は「ヒンド・ラジャブの声」です。
2024年1月29日、人道支援組織「赤新月社」のコールセンターにドイツ在住のパレスチナ人から緊急電話が入る。イスラエル軍がガザ北部へ侵攻し、親戚が戦地からの脱出を試みるも軍の攻撃を受け一家が死亡。しかしただ1人ヒンド・ラジャブ(声・本人)という6歳の少女だけはまだ生存しているというのだ。
携帯電話の番号を聞き出したオペレーターのアミール(モタズ・マルヒース)と上司のラナ(サジャ・キラミ)はヒンドと連絡を取ることに成功。助けを懇願するヒンドをどうにか救出しようとするが、現場は戦場。救急隊員の安全が確保できないと関係各省の許可が下りない。アミールとラナは必死でヒンドを励ましながら、調整役であるマフディ(アメル・ヘレル)の交渉の行方を見守るが。
それは今、ガザで起きていることの1ページ。
赤新月社(主にイスラム教圏で活動する、赤十字社と似た役割を持つ人道支援組織)に入った一本の緊急電話。それが始まりだった。
カンヌ国際映画祭での受賞経験やアカデミー賞ノミネートなど国際的にも高く評価されるチュニジアの俊英カウテール・ベン・ハニア監督。ドキュメンタリーとドラマの中間を行くようなユニークなスタイルを得意とする彼女の新作は、言わばガザで起きている虐殺の告発とも言える内容です。舞台は赤新月社のコールセンターからほぼ動かず、ヒンド・ラジャブの声は残された音声記録をそのまま採用しており、これが録音されていた時、コールセンターではどのような動きがあったかをドラマとして組み上げています。それ故にこの映画は「事実を元にしたフィクション」ではなく手触りとしては再現ドラマが近いです。当時この模様を赤新月社のスタッフ敢えてSNS上に公開したことで世界的なニュースにもなった事件でもあり、顛末をご存知の方もいらっしゃるでしょう。
この映画、実のところ状況の持つ緊張感とは裏腹にドラマとしての起伏は乏しいです。しかしその乏しさこそが今ガザで横たわる物事のおぞましさを浮き彫りにします。ラナとアミールはひたすらにヒンドを励まし続けますが事態は一向に改善せず、その苛立ちを一見悠長に構える調整役のマフディにぶつけるものの、マフディとてただ鷹揚としているわけではありません。しかし手の打ちようのない状況に徐々にすり減って行きます。この映画、上映時間は89分と短めですが、実際の事件は数時間に渡って展開していたそうで、それは心痛も尋常じゃなかったはずです。それほどにこの状況は過酷。
恐らくこんな事件が数え切れないほど起こっているのでしょう。何万と起きていることの一つに過ぎない、しかし数字でしか見えなかったものの意味を教えてくれます。この映画が告発するのはガザで起きているは「戦闘」だけではない、ジェノサイドという理不尽、戦争犯罪を生む暴力装置がいかにして人の命を奪うのかという事。そして喪われた命たちへの鎮魂の祈りです。
映画というものが一度は埋もれた声をすくい上げフィルムに刻み込み世界に届ける役割もあるのだとすれば、この映画には本物の「叫び」が刻まれています。救おうとすれば救い無き世界の現実に身がすくみ心が傷つく、しかし目と耳を塞ぎ知らないふりを通してしまえば人間として大事なものを捨ててしまう。
「面白いから観て!」と薦められるものではない、しかし観られる機会があるのならどうか観て欲しい。どれほど苦しくとも目を逸らさず、耳も塞がずに、最後まで。
というか無事行ける天候で良かった。先週半ばの豪雨で家に帰れなかった身としてはなおさら。また今週も雨続きのようでなかなか落ち着きませんね。
こんばんは、小島@監督です。
それはそれとしてXLサイズのウマ娘Tシャツと来ては全力で取りに行かざるを得ない。Tシャツはどれだけあっても良いのだ。勝ち取れませんでしたが(笑)
さて、今回の映画は「ヒンド・ラジャブの声」です。
2024年1月29日、人道支援組織「赤新月社」のコールセンターにドイツ在住のパレスチナ人から緊急電話が入る。イスラエル軍がガザ北部へ侵攻し、親戚が戦地からの脱出を試みるも軍の攻撃を受け一家が死亡。しかしただ1人ヒンド・ラジャブ(声・本人)という6歳の少女だけはまだ生存しているというのだ。
携帯電話の番号を聞き出したオペレーターのアミール(モタズ・マルヒース)と上司のラナ(サジャ・キラミ)はヒンドと連絡を取ることに成功。助けを懇願するヒンドをどうにか救出しようとするが、現場は戦場。救急隊員の安全が確保できないと関係各省の許可が下りない。アミールとラナは必死でヒンドを励ましながら、調整役であるマフディ(アメル・ヘレル)の交渉の行方を見守るが。
それは今、ガザで起きていることの1ページ。
赤新月社(主にイスラム教圏で活動する、赤十字社と似た役割を持つ人道支援組織)に入った一本の緊急電話。それが始まりだった。
カンヌ国際映画祭での受賞経験やアカデミー賞ノミネートなど国際的にも高く評価されるチュニジアの俊英カウテール・ベン・ハニア監督。ドキュメンタリーとドラマの中間を行くようなユニークなスタイルを得意とする彼女の新作は、言わばガザで起きている虐殺の告発とも言える内容です。舞台は赤新月社のコールセンターからほぼ動かず、ヒンド・ラジャブの声は残された音声記録をそのまま採用しており、これが録音されていた時、コールセンターではどのような動きがあったかをドラマとして組み上げています。それ故にこの映画は「事実を元にしたフィクション」ではなく手触りとしては再現ドラマが近いです。当時この模様を赤新月社のスタッフ敢えてSNS上に公開したことで世界的なニュースにもなった事件でもあり、顛末をご存知の方もいらっしゃるでしょう。
この映画、実のところ状況の持つ緊張感とは裏腹にドラマとしての起伏は乏しいです。しかしその乏しさこそが今ガザで横たわる物事のおぞましさを浮き彫りにします。ラナとアミールはひたすらにヒンドを励まし続けますが事態は一向に改善せず、その苛立ちを一見悠長に構える調整役のマフディにぶつけるものの、マフディとてただ鷹揚としているわけではありません。しかし手の打ちようのない状況に徐々にすり減って行きます。この映画、上映時間は89分と短めですが、実際の事件は数時間に渡って展開していたそうで、それは心痛も尋常じゃなかったはずです。それほどにこの状況は過酷。
恐らくこんな事件が数え切れないほど起こっているのでしょう。何万と起きていることの一つに過ぎない、しかし数字でしか見えなかったものの意味を教えてくれます。この映画が告発するのはガザで起きているは「戦闘」だけではない、ジェノサイドという理不尽、戦争犯罪を生む暴力装置がいかにして人の命を奪うのかという事。そして喪われた命たちへの鎮魂の祈りです。
映画というものが一度は埋もれた声をすくい上げフィルムに刻み込み世界に届ける役割もあるのだとすれば、この映画には本物の「叫び」が刻まれています。救おうとすれば救い無き世界の現実に身がすくみ心が傷つく、しかし目と耳を塞ぎ知らないふりを通してしまえば人間として大事なものを捨ててしまう。
「面白いから観て!」と薦められるものではない、しかし観られる機会があるのならどうか観て欲しい。どれほど苦しくとも目を逸らさず、耳も塞がずに、最後まで。
この記事にコメントする

