ちゅうカラぶろぐ


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昨日の歌会に参加された皆さん、お疲れ様でした。
 訪れてみたどの部屋も活気があって、良い会であったと思えます。私もがっつり歌えましたしね!あとスイカデカかったですね!夏って感じだ!

 こんばんは、小島@監督です。
 初参加の方たちも楽しんで頂けたなら幸い。また来て下さると嬉しいですね。

 さて、今回の映画は「急に具合が悪くなる」です。

 フランス・パリ。高齢者介護施設「自由の庭」で施設長を務めるマリー=ルー(ヴィルジニー・エフィラ)は、理想とする介護体制と現実のギャップに葛藤し不眠に悩む日々が続いていた。
 そんなある日、マリー=ルーは街を徘徊する自閉症の青年・智樹(黒崎煌代)を助ける。やがて智樹を探しGPSの反応を追って来た祖父・清宮吾郎(長塚京三)と黒崎真理(岡本多緒)と出会う。真理は演出家、吾郎は俳優で、演劇公演のためにパリへ来たと言う。マリー=ルーは真理と吾郎の舞台を観に行くことにした。そこでマリー=ルーは真理が末期癌を患い余命が決して長くはないことを知る。

 アカデミー賞とカンヌ、ベルリン、ヴェネツィアの世界三大映画祭全てで受賞という日本人としては黒澤明以来の快挙を成し遂げた映画監督・濱口竜介。現在最も世界的な注目を集めていると言っても良い同氏の最新作は日本・フランス・ドイツ・ベルギーの4ヶ国合作で製作され、本編のほとんどはフランスで撮影、言語もフランス語と日本語が行き交うような作品となりました。実のところ前から気にはなっていたものの濱口竜介作品は今まで観たことが無く、今回ようやくその機会を掴みました。
 癌を患いながら活動した哲学者宮野真生子と人類学者磯野真穂の往復書簡を採録した同名の書籍を原作としており、そもそもそんな書籍を良く原作に選んだなという選別眼と、それをこういう風に作劇して映像化するのかというセンスに感心します。介護施設が主舞台となっており、それにまつわるトピックが盛り込まれていることも見逃せません。認知ケアの技法として「ユマニチュード」というのが作中登場するのですが、恥ずかしながらそう言ったものがあるというか単語すら知りませんでした。調べてみたらまだ新しい概念のようです。

 196分という長尺を、物語の密度や展開というよりは登場人物の感情に寄り添うように作られており、場面転換のリズムとしてはいささかアンバランス、しかし穏やかなトーンのダイアログに心地良さを感じる方も多いでしょう。
 フランス語と日本語がシームレスに行き交う作品ですが、マリー=ルーは日本に、真理はフランスにそれぞれ留学した経験があり、それぞれ相手の言語を理解し会話をします。マリー=ルーと真理はある意味で言語という最初の壁が無いことがこの2人の距離を縮めるのです。
 また、作中全く説明は無いものの吾郎もフランス語が話せます。演じる長塚京三はパリ大学に留学していた時期がありフランス語を話せるため、それも見越してのキャスティングでしょう。劇中劇とも言える吾郎の一人芝居はこの映画の白眉と言えます。ほぼ全編が通して登場し、作品のテーマとも直結する内容であるだけでなく、マリー=ルーと真理のドラマの起点と終着点としても意味を持ち、極めて重要なシーンです。

 マリー=ルーと真理、中盤の2人の会話はもう一つの白眉と言えます。ゆっくりと場所を変えながら続くそれはパーソナルでミクロなところからやがてマクロな世界の理へと移っていきます。この辺りの哲学談義は2人の教養の深さが良く表れるシーンでもありますが、物語の流れすら断ち切って続くので異質な雰囲気を放ちます。しかも思いのほか長いのでちょっとウトウトしてしまいましたが(苦笑)、ただここの会話こそがこの映画の基礎と言えるものでしょう。今作で主演したヴィルジニー・エフィラと岡本多緒は2人でカンヌ国際映画祭で主演女優賞を獲得しましたがそれも納得です。この2人を別々には考えられません。

 撮影監督アラン・ギシャウアの手腕によるものか草木の緑が映える画面も心地良く、ゆったりとした会話に身を委ねているとそこに何かのヒントが得られるような、そんな気分になります。一見すると良くある難病もののように見えますがメロドラマとは大きく一線を画す、まるでベクトルの違う物語が展開します。
 196分は確かに長く、観るにはハードルの高い作品ではありますが、どこか観る者を豊かにさせてくれる、そんな時間をどうぞ味わってみてください。

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