ちゅうカラぶろぐ


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昨日の歌会に参加された皆さん、お疲れ様でした。
 昨日は数年会えていなかったメンバーにお会いできたり競馬好きで集まって皐月賞ビューイングしたりすっかり満喫。充実の時間を過ごせました。

 こんばんは、小島@監督です。
 ところで今月から放送が始まった「あかね噺」のOP「人誑し」がもうカラオケで配信されていたのにちょっと驚き。さすがにまだ無いものと思い込んでいてチェックすらしてませんでしたよ。ウカツ!

 さて、今回の映画は「WXⅢ機動警察パトレイバー」です。

 東京湾に輸送機の墜落事故が発生。乗員は全員死亡し、輸送中のコンテナも湾内に散逸した。
 しばらく後、東京湾岸各所で何者かによるレイバー襲撃事件が続発する。捜査に当たる警視庁城南署の刑事・久住(声・綿引勝彦)と秦(声・平田広明)は地道な聞き込みを続けるが、その最中に水上コンテナ備蓄基地で原因不明の停電事故が発生、近くをパトカーで移動していた久住たちも現場へ向かう。そこで久住たちは人間を襲う巨大な怪物に遭遇した。

 2001年に製作された(公開は2002年)「機動警察パトレイバー」の劇場版第3作です。ただかなり特殊な位置付けの作品でタイトルロゴには「THE MOVIE 3」とあるものの主人公は2人の刑事で特車2課のメンバーは後藤課長(声・大林隆之介)以外はカメオ出演程度しか登場しないので実質はスピンオフ作品。ポスターのキービジュアルもイングラムや特車2課の面々は排されていてパッと見ではパトレイバーのシリーズとは気づきにくいものになっています。それもマイナスに働いたのか当時は結構賛否両論、いやむしろ罵倒に近いものまであったと記憶しています。公開時は押井守脚本・神山健治監督による「ミニパト」という短編が併映されていて、ファンの方にはそちらの方がパトレイバー「らしい」という点で好評でむしろ「WXⅢ」の方が価値の無いおまけのようなもの、なんて物言いが当時のアニメ誌のコラムにあったのをうっすら覚えています。
 近年のリバイバルブームに乗って前2作は度々スクリーンにかけられるようになったものの「WXⅢ」は割とハブられがちでしたが製作25周年を機に遂に4Kリマスターでの再上映が実現。私としてもようやく劇場鑑賞が叶いました。

 物語は刑事2人のバディものであると同時に怪獣映画で、東宝特撮映画のような雰囲気を縦軸にしつつ秦が出会うことになる女性・岬冴子(声・田中敦子)との複雑な感情の交錯の物語が横軸となっており、鑑賞イメージとして近いテイストの作品を上げるなら「ガス人間第一号」(1960年)あたりになるでしょうか。怪獣が登場するもののケレン味を抑えたリアリズム重視、鈍色のイメージが強い画作りは近い時期に公開された「人狼JIN-ROH」と近しい雰囲気もありますね。度々雨のシーンが登場するのも特徴で、情念の物語でもある今作の雰囲気と相まって湿度感が高いのも印象的です。

 割とすっかり忘れていた、というより今改めて観るからこそ気付いたポイントとして電話ボックスの公衆電話を利用するあるシーンにおいて、当時の電話ボックスに良く貼り付けられていた風俗店の広告(いわゆるピンクチラシ)がほぼそのままトレースか画像取り込みの形で描き込まれていたのに目を引きました。往時を知っている方にとっては独特の懐かしさを感じるショットなのではないでしょうか。どこまで製作時に意図していたかは分かりませんが、今となってはアニメながらかなり資料性の高いシーンです。「天気の子」(2019年)において「高収入バニラ」のアドトラックが登場するシーンがありますが、あれも20年後30年後には別の意味を持つようになるかもしれません。

 確かに他のシリーズとはテイストが違い過ぎる作品なのでここを起点にパトレイバーを薦めるのにはかなり抵抗があります。しかしそれで切り捨てるには惜しい魅力も持ち合わせています。私としてはかなり好み。渋い画面に川井憲次の音楽がベストマッチしていてコレは未見の方には是非スクリーンで味わって観て欲しい逸品。今回の再上映が多くの方にとっての再発見のきっかけになると嬉しいですね。

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先日名古屋市美術館にて「松本零士展創作の旅路」を鑑賞しに行って来ました。2023年に没した漫画家松本零士の業績とロマンの源泉を多数の生原稿や原画、絵コンテで紹介する展示です。生原稿の迫力もさることながら、いわゆる「零士メーター」だけで1カテゴリー設けてあったのにクスッとなってしまいました。

 こんばんは、小島@監督です。
 松本零士展は名古屋市美術館にて6月7日まで!

 さて、今回の映画は「俺たちのアナコンダ」です。

 幼馴染のダグ(ジャック・ブラック)とグリフ(ポール・ラッド)は少年時代から映画を愛してきた。40代に差し掛かりダグは映画監督の夢を諦め結婚式のカメラマンとして生計を立て、グリフは俳優の夢を諦めきれずにいるものの成功とは程遠い日々を送っていた。
 地元のパーティーで再会した2人は少年時代のバイブルで長年の夢でもあった「アナコンダ」のリメイク実現を目指して動き出す。どうにか資金を集め、友人を引き連れて映画の撮影のためにアマゾンまで足を踏み入れたダグたちだったが本物の巨大アナコンダに遭遇してしまう。

 リメイクとかリブートとかいうものにこういうアプローチがあったかと、結構感心しました(笑)
 「ターミネーター2」や「ジュラシック・パーク」が映像表現に革新をもたらした1990年代は技術の進歩が映画の幅を広げ、多彩なジャンルで新機軸の作品が続々と生み出された時期です。技術革新の恩恵をある意味で1番享受したであろうジャンルの一つがモンスター映画だったように思います。そんな1997年に登場したのがアマゾンの奥地で調査隊が大蛇に襲われる恐怖を描いた「アナコンダ」です。当時新進気鋭だったジェニファー・ロペスやアイス・キューブを主演に迎え、エリック・ストルツ、オーウェン・ウィルソン、更に名優ジョン・ヴォイトも配した厚い出演陣と迫力のモンスター描写で、批評的には酷評気味でしたが人気を集め、何だかんだその後4作まで続編が作られるシリーズとなりました。アメリカ本国では日本で言うところの「コマンドー」や「バトルシップ」のようなカルト的人気を獲得しているようで、今作本編中でもそれを感じさせるセリフや描写が端々に登場します。

 そもそもがボンクラ映画な方なのにそんな原典に多大なリスペクトを送りつつユニークな視点で見せてくる一本です。
 ジャック・ブラックとポール・ラッドの漫才みたいな掛け合いで牽引しつつ、意気揚々とインディーズでアナコンダのリメイク作りに行ったら本物に襲われてしまいどんどん状況が悪化。少しずつギアが上がっていく様が楽しい。意図的に映画全体を大味で低予算のB級臭く作っていますが実際のところは結構手が込んでいる印象で、シーンによっては結構大きなセットを組んで撮影していて本当に何もかもが安っぽい映画ではない加減が絶妙です。言うて謎に壮大でハイテンションな映像で野ションするシーンがあったり予算の使い道の方向がちょいちょいアレですが。
 主人公たちを突き動かす動機がいわゆる「中年の危機」なので自分としてもちょっと身につまされるような感覚もあり、めっちゃくだらないことに違いは無いのですがそのくだらなさこそが楽しい一本。観終わったらだいたいすぐに忘れてしまいそうですが、エンターテインメントはそういうもので良いのです。
 幸いと言うべきか本国ではバカ売れしたそうで、これを機に本気で本家をリメイクしてくれても良いのよ(笑)

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まさについ先ほど、「M-1グランプリ2025スペシャルツアー」愛知公演を観てきました。昨年のM-1グランプリで準決勝・決勝に進出したユニットたちによる90分ほぼノンストップのお笑いライブ。たくろう、ドンデコルテ、エバースというファイナリスト3組の競演ももちろんですがイチゴ、豆鉄砲、カベポスターなど準決勝敗退ユニットだって負けていません。ライブならではのグルーヴ感も手伝って心底笑わせてもらいました。

 こんばんは、小島@監督です。
 普段お笑いライブを観る方ではないのでなおさら新鮮。時にはこういう時間も味わわないとね。

 さて、今回の映画は「ナースコール」です。

 とあるスイスの州立病院で勤務する看護師のフロリア(レオニー・ベネシュ)は、遅番に出勤する。ただでさえ人手不足の外科病棟、その日の遅番は病欠も出たことで更に過酷なものになって行く。26人の入院患者の看護に加えてインターンの看護学生の指導も行わなければならない。他の病棟からかかってくる電話、外線の問い合わせ、患者からのナースコール、フロリアはひっきりなしに対処を求められ、積み重なっていくマルチタスクは次第にフロリアの手に負えないものになっていく。

 スイスの州立病院を舞台に、1人の看護師のある日の出勤から退勤までを描く。言い切ってしまえばそれだけの映画です。上映時間90分、決して長くはありません。しかし一瞬たりとも気が抜けない映画です。下手なサスペンスを軽く凌駕する緊張感と、そんじょそこらのホラーが裸足で逃げ出すほどの怖さを併せ持ち、目が離せない映画です。
 
 ドキュメンタリーを観ているかのような作りをしていますが、全て俳優が演じているれっきとした劇映画。徹底したリアリズムの元に作られ過剰さは感じません。緊密な生々しさと共に観客に看護師の1日を体感させ、主人公フロリアのプロフェッショナリズムにシンクロしながらも、折り重なるマルチタスクの波がフロリアをすり減らして業務の精度が下がっていく様を追体験する事になります。ただ1日の仕事ぶりを追ってるだけのはずの映画なのに観終わる頃には疲労感でぐったりですよ。

 そうして浮かび上がって来るのは慢性的な人手不足を抱える医療の現場の姿。この映画の舞台であるスイスでは看護師の離職率が最初の4年で4割に上るとか。それは日本でもそう変わらないのではないでしょうか。こんなに余裕の無い状況ではさもありなんです。これは決して他人事の映画ではない。今そこにある現実です。人の命を預ける現場にもっと手厚い政策があればと思わずにいられません。
 幸い今まで生きてきて長期入院するような病気をしないで済んで来ましたが、もし入院するようなことになっても変なわがままは言わないようにしよう。

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先日私が推してるアイドル「THE ENCORE」の3rdアニバーサリーライブを観に行ってきました。
 場所は港区に昨年オープンしたコムテックポートベイス。キャパ2,300人とライブハウス型ホールとしてはZepp Nagoyaを超えて名古屋市最大規模。新しい!広い!音も良い!開幕には薄手の幕をスクリーンとしてプロジェクターで映像を投影しながらそのバックでアイドル達が踊る、ちょっと凝った演出もあり設備的にも市内有数のホールだと思いますね。そんな場所で魅せるTHE ENCOREのパフォーマンス。最新鋭の会場にも位負けしないパワフルさで観客を圧倒。代表曲である「青春パラグラフ」から一歩踏み込んだような世界観の新曲「冬の桜、夏の雪」も実にエモーショナル。私としては出会ってちょうど2年になりますが、初めてちゃんと観たアイドルがこうしてちゃんとステップアップして行くストーリーを見せてくれるグループであったことに縁の面白さみたいなものを感じますね。

 こんばんは、小島@監督です。
 とは言え6月に東別院で野外ライブやりますはいざともかく12月28日にフォレストホールでワンマンやりますはさすがにハードルが高過ぎてどうしたものか。

 さて、今回の映画は「プロジェクト・ヘイル・メアリー」です。

 ライランド・グレース(ライアン・ゴズリング)は見知らぬ場所で目を覚ました。程なくそこは宇宙船の中で、自身はコールドスリープしていたことに気づく。同乗者らしい2人のクルーはコールドスリープ中の事故で既に亡くなっていた。自分は何故こんなところにいるのか?記憶を辿るライランドは、太陽が謎の宇宙生物「アストロファージ」の侵食を受け熱エネルギーが減少傾向にあり、このままでは地球が永遠に氷河期となってしまうこと、それを打開すべく各国政府から全権を託されたエヴァ・ストラット(サンドラ・ヒューラー)によってスカウトされたことを思い出す。
 宇宙で独り途方に暮れるライランドの前に思いがけぬものが現れた。外宇宙からの宇宙船である。船にはライランドと同じくアストロファージの侵食に苦しむ星・エリダニ40星系から派遣されたエイリアン・ロッキー(ジェームズ・オルティス)がいた。そしてロッキーもまた自身以外のクルーを喪っていた。ライランドとロッキー、出身も姿形も違う2人の難題の挑戦が始まる。

 人間とエイリアンのコンビが2つの星の危機に挑む!極端な話をすれば世界初の劇映画であった「月世界旅行」(1902年)から100年以上も人間は異星人とのファーストコンタクトを描いて来ました。そんなSF映画の系譜に傑作がまた一つ。
 そもそも原作であるアンディ・ウィアーの小説がめちゃくちゃ面白いのですが、映画の方も実に良い。文庫版で上下巻合わせて900ページほどある原作を156分の映画へと翻案する中でのエピソードの取捨選択のセンスが抜群です。原作ではかなりの紙幅を割いて説明している科学的なトピックを大半ばっさりカットしてテンポを重視し、そのぶんライランドとロッキーのドラマに尺を配分しておりエンターテインメントとしての純度を上げています。原作だとなかなかざっくりと言うかアバウトな構造図だけが登場している宇宙船「ヘイル・メアリー」号もさすがハリウッドSF大作らしい精巧なものになって迫力も割り増し。ガジェット系のデザインが全般観てて楽しいものになってるのはアガリますな。

 原作では大きなサプライズでもあったロッキーの存在を予告編の時点で明かしているのは一見愚策に思えましたが、「地球どころか太陽系の危機に立ち向かったら同じ目的を持ったエイリアンと出会ってバディになる」と本筋を見せた方が大作として人を惹きつけられるという判断は理解できます。実際このコンビが動き出してからの展開は激熱。ヘタレだけれど陽気なユーモアを忘れないライランド・グレースを演じるライアン・ゴズリング、実は小説家アンディ・ウィアーが原作書いてる時点から当て書きだったらしく見事なまでにハマり役です。そして相棒ロッキーのパペット操演とCV両方を担当したジェームズ・オルティスの功績も計り知れません。

 センス・オブ・ワンダーと欺瞞の無い異星間の熱い友情ドラマが融合し、SF映画を観る楽しさに満ちた一本です。原作を読んでから行った方が良い、という意見もありますがそんなのは後で良いから気になったら観に行っちゃえ!と言うのが私の意見。ほら、実は人間と人外のバディ物が好きな方、いらっしゃるでしょう?いるはず!そう言う方には特にお薦めですぞ!
 その題材やスケール感からIMAXやDolby cinemaと言ったラージフォーマットとも好相性。選べる環境にある方はそちらもどうぞ。

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年度末決算セールで安くなっているこの機会にと、冷蔵庫を買い替えました。今使ってるものがまだまだ使えるとは言えだいぶ古くなってガタも来始めていましたし。というか本当に長く使って来たよなと型番から製造年を調べてみたら2000年製。四半世紀も使ってました。ウチの物持ちが良いのか昔の家電が頑丈なのか。

 こんばんは、小島@監督です。
 そう言えばかつて使ってた洗濯機はほぼ30年使い込んでたっけな…

 さて、今回の映画は「パリに咲くエトワール」です。

 1912年パリ。画商を始めた叔父・若林忠(声・尾上松也)を頼りに家族の反対を押し切り絵の勉強のためにやって来た継田フジコ(声・當真あみ)。ある日、若林共々トラブルに巻き込まれたフジコを助けたのは、パリで薙刀道場を開く園井家の娘・千鶴(声・嵐莉奈)だった。家族には内緒で千鶴がバレエを夢見ていることを知ったフジコは、同じアパルトマンに住むルスラン(声・早乙女太一)の母オルガ(声・門脇麦)が元プロのバレエダンサーであることを聞きつけ、千鶴とオルガを引き合わせることにするが。

 素晴らしい作品です。まだ春先ですが、アニメーション映画としては今年を代表する作品になるかもしれません。脚本に「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」の吉田玲子、キャラクターデザインに「コクリコ坂から」の近藤勝也、監督に「コードギアス」の谷口悟朗と言った錚々たる顔触れで1910年代のパリに生きる少女達を生き生きと描き上げます。実は企画が立ち上がったのは2017年、谷口悟朗監督にとっては「ONE PIECE FILM RED」よりも前、もっと言えばコロナ禍よりも前だそうで9年という時間を費やした労作です。
 時代考証、バレエ監修だけでなく殺陣やメカの作監までいる作画陣が類稀な情熱と技量を注ぎ込んでおり、全編に渡り丁寧な芝居をしていることに加えて薙刀VSフランスの棒術ラ・キャンという極めて稀な殺陣が見られるなど充実の映像が楽しめます。

 1912年のパリと言えば、1900年に開催されたパリ万国博覧会を一つの頂点として都市の繁栄と共に様々な文化が華開いていた時期で、「ベル・エポック(美しい時代)」と呼ばれています。絵画に目を向ければ19世紀末に勃興した印象主義がひと段落し「キュビスム(立体派)」や「フォービスム(野獣派)」と言った新たなアート・ムーブメントが起きていました。当時キュビスムに傾倒していた20世紀を代表する画家の1人であるパブロ・ピカソがモンパルナスに移って来たのもこの時期です。恐らく主人公フジコのモデルになった人物であろう画家・藤田嗣治(レオナール・フジタ)が渡仏したのもほぼ同じ頃。藤田嗣治は2つの世界大戦に翻弄されながらも画家として大成し、幅広い交友関係と共に愛多き人生を歩むことになります。
 バレエの方はと言えば実のところ千鶴が憧れているパリ・オペラ座バレエはこの頃は衰退期。帝政ロシアで総合芸術プロデューサーを務めていたセルゲイ・ディアギレフがパリに常設のバレエ団「バレエ・リュス」を立ち上げ「牧神の午後」「春の祭典」と言った演目でスキャンダラスな騒ぎを起こしたりしつつも最先端を走っていました。このバレエ・リュス出身であったバレリーナ、アンナ・パヴロワが自前のバレエ団「パヴロワ・カンパニー」を立ち上げたのがこの時期です。アンナ・パヴロワは1922年に全国8都市を回る訪日ツアー公演を行い日本にバレエを普及させるきっかけを作りました。
 また、「バレエ」「絵画」「ジャポニズム」「パリ」と言えば忘れてはならない画家エドガー・ドガもこの時まだ存命中。もっとも最晩年を迎えてかつての従軍経験による病気で視力が衰えつつあり、絵筆の代わりに塑像や彫刻などを製作していたとされています。
 一方でヨーロッパを不穏な影が覆いつつあり、1914年にいわゆる「サラエボ事件」をきっかけに第一次世界大戦へと突入していきます。その余波はフランスにも届き、男たちが徴兵されて少なくなってしまった結果、皮肉にも女性の社会進出が進んだ時代でもあります。フジコと千鶴がパリを駆け巡っていたのはこういう時代です。

 時代背景を非常に良くリサーチしていますが舞台装置以上には前面に出てこないのがポイント。歴史大河ロマンではなくあくまで夢と自由の街パリでのフジコと千鶴の挑戦という主軸からは外れません。リサーチした情報を画面に反映させるに当たり極めて精密に取捨選択されており、そうしているが故に観る者が観れば密やかでありながらも強烈な情報量を持っているのが分かるのが特徴です。

 物語は前半はポジティブかつアクティブなフジコが主体となって動かしているように見えるものの、やがて千鶴の方が前面に出て来ます。千鶴の方が目に見えて分かりやすいハードルとそれに対する葛藤と挑戦が描かれ、一見するとフジコは次第に主線から一歩引いたような状態になります。ここにこの映画の面白さと凄みがあります。この状態から後半明らかになるフジコの葛藤の正体には、共感できてしまう人も多いのではないでしょうか。
 更に言えばフジコと千鶴を取り巻く登場人物たちも実に魅力的で僅かな登場でもその奥に眠る「ドラマ」を感じさせてくれる造形をしており、豊かなディテールと合わせて言うなれば「無限に味がする」映画です。

 エンドクレジットまでぎっしりとアニメを観る楽しさに満ちた珠玉の逸品。これをスクリーンで味わえることの何と幸福なことでしょう。パリの街角が、あなたの訪れを待っています。

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昨日の歌会に参加された皆さん、お疲れ様でした。
 今回入った部屋がモニターが無くてスクリーンだけだったのがちょっとツボでした。部屋には両側にソファがあるのにメンバーが全員片側に並んで座ってる図が特に。

 こんばんは、小島@監督です。
 土足厳禁の部屋が設られていたり、JOYSOUND金山はちょいちょい妙なマイナーチェンジしますね。いや今回のは単にモニターが故障してただけかもしれませんが(笑)。

 さて、今回の映画は「人狼JIN-ROH」です。

 第二次大戦敗戦後の日本、占領統治下の混迷からようやく脱し国際社会への復帰と経済成長を急ぐ中でそこからこぼれた者たちによる「セクト」と呼ばれる反体制過激派の形成を招いた。自治体警察の対応能力を超えた武力闘争が巻き起こるまでに至り深刻な社会問題となったセクトに対し、自衛隊の治安出動を回避したい政府は準軍事組織として「首都圏治安警察機構」を組織した。
 首都警とセクトとの武力衝突が勃発。地下水路を巧みに利用し爆発物を運ぶセクトに自治警も首都警も翻弄されるが首都警攻撃部隊「特機隊」はセクトを先回りして追い詰める。そんな中、特機隊伏一貴巡査(声・藤木義勝)はセクトが「赤ずきん」と呼ぶ物質運搬係の少女阿川七生(声仙台エリ)と鉢合わせる。伏は投降を呼びかけるも七生は自爆を敢行し、その衝撃の混乱に乗じてセクトのゲリラたちは逃走した。
 事態の責任を問われ伏は養成学校へ逆戻りとなった。再訓練の日々の最中、伏は七生の姉という女性雨宮圭(声・武藤寿美)と出会う。

 シネコンのプログラムに旧作のリバイバルが加わることが常態化した昨今、ありがたいと言うべきか私にとって青春時代である1990年代後半から2000年代初頭のアニメ映画がデジタルリマスターされて再上映されるという機会が増えました。そんなムーブメントに乗って名作がまた一つスクリーンに帰ってきています。
 押井守監督が映画やコミックなど様々な媒体で作品を発表してきた架空戦記シリーズ「ケルベロス・サーガ」に連なる作品で1999年製作されました(公開は翌年)。監督はリアル系作画のトップランナーである沖浦啓之。後年「NARUTO」のキャラクターデザインで世界的な知名度を獲得する西尾鉄也がキャラクターデザインと作画監督を務めています。当時アナログからデジタルへの過渡期にあったことを体現する作品で、Production I.Gが製作した長編アニメーション映画としては最後のセル撮影作品であり、同時にバンダイビジュアルが発売した最後のレーザーディスクのタイトルです。

 手描きアニメの極致と言っても良い、圧倒的なリアリズムを強烈なレベルの作画で魅せる映画です。戦闘シーン以上に人物の表情や仕草の芝居付けが際立って巧みでその技量と熱量に引き込まれます。「架空の」とは言っても高度経済成長期である1950年代末〜60年代の東京をモチーフとした背景美術も巧みで、まるで曇り空の下で撮影したかのようなくすんだ色調の背景がシビアな物語を彩り、全共闘や左派闘争を彷彿というか更に過激化した武力衝突の只中で描かれる男女の機微は、その結末と共に重い余韻を観客に残します。

 1990年代中盤から2000年代初頭のアニメーションは、製作ツールがデジタルへの移行など製作環境の激変しつつある中でアナログの技術が絶頂期に立っておりそれらがもたらした映像は今となっては特異点とも言うべきものになっています。今回4Kリマスター版となったことで薄暗いシーンでのニュアンスもより精彩に伝わるようになり、作品の魅力も割り増しに。「人狼JIN-ROH」はその到達点を感じさせてくれる作品の一つと言ってよく、「チェンソーマン」の藤本タツキが「レゼ篇」のベースにしたと公言し改めて注目が集まっているこの機会に触れてみてはいかがでしょうか。

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ソフトメーカーの老舗・日本ファルコムが創業45周年を記念して「ドラゴンスレイヤー」の新作の製作を発表したとか。「ザナドゥ」とか良くプレイしてました。「ドラゴンスレイヤー」は木屋善夫氏というプログラマーの看板のように思っていたので同氏がファルコムを去った後は遺伝子的な作品はあっても「ドラゴンスレイヤー」を名乗る作品はもう登場しないと思っていました。正直ちょっとびっくり。素敵な作品が登場すると良いですね。

 こんばんは、小島@監督です。
 それはそれとしてEggコンソール等でクラシックタイトルをプレイできる環境はあるのですが体系的に網羅したコレクションタイトルとかも出ると嬉しい。「風の伝説ザナドゥ」とか特にもう一度プレイしたい。

 さて、今回映画は「木挽町のあだ討ち」です。

 文化7年江戸・木挽町にある芝居小屋「森田座」では「仮名手本忠臣蔵」が大入満員で千穐楽を迎えていた。舞台がはねて観客が芝居小屋から出てきた頃にそれは起こった。
 美濃遠山藩士・伊納菊之助(長尾謙杜)が父・清左衛門(山口馬木也)を殺害し逃亡していた男・作兵衛(北村一輝)の首を討ち取ったのである。衆人環視の中で行われたこの事件は「木挽町の仇討ち」として江戸の語り草となっていた。
 それから一年半の時が過ぎた頃、美濃から江戸に1人の男がやって来る。菊之助の縁者を名乗る加瀬総一郎(柄本佑)は森田座を訪れ、仇討ち事件の顛末を調べ始めるのだった。

 昨年日本映画の興行記録を塗り替えた「国宝」に続き、芝居小屋を舞台とした新たな秀作の登場です。時代劇でもあると同時にミステリーでも人情劇でもある今作は2時間たっぷり観客を楽しませてくれる珠玉のエンターテインメントになっています。
 主演の柄本佑を筆頭に渡辺謙、北村一輝、瀬戸康史、滝藤賢一、正名僕蔵、山口馬木也、沢口靖子など「芝居」が分かっているメンバーが顔を揃えており、そのアンサンブルを観ているだけでも楽しい。主要人物の中では1人だけ若手である「なにわ男子」の長尾謙杜も菊之助を好演。長尾謙杜は「どうする家康」や「室町無頼」に続いての時代劇出演で、意外とこのフィールドが合っているのかもしれません。

 予告編を観た印象ではもう少し重厚感を出して来るのかと思いきや、柄本佑が実に飄々としていてかなり軽妙洒脱なテイストになっているのが特徴です。そして存外テンポが良い。実はあだ討ちの真相そのものは比較的早い段階で明らかにされますが、映画はむしろその先、加瀬総一郎は何者であるかを含めてそもそもそうなるに至った経緯をこそ主眼として物語を組み上げています。
 その一方でもう一つの主役と言えるのが芝居小屋・森田座。「小屋」と言いながらも実際は数百人の人間が戯作者、衣装方、殺陣師、髪結、小道具方など様々な役割を担って働いており、作中でも「城」に例えられているように一つの社会を形成しています。様々な出自を経て集ったはぐれ者たちと芝居を完成させるために使われた多彩な舞台装置が物語を活かす欠かせないファクターとなっています。

 メンツに支配される武家社会に対して一芸の矜持に生きるプロフェッショナルたちがせめてものカウンターを決めようとするこの物語がもたらすカタルシスは見事なまでに痛快。これぞ時代劇。こういうので良いのよこう言うので!江戸時代に歌舞伎小屋にあった「八枚看板」を思わせるエンドクレジットも粋で、万人が楽しめる作品とはこういうものを言うのでしょう。窮屈な憂世を一時忘れさせてくれる「娯楽」の醍醐味をどうぞスクリーンで味わってください。

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