先週ハイルさんのブログでも触れられていましたが、作曲家のすぎやまこういちさんの訃報が先日流れました。
何より「ドラゴンクエスト」が金字塔で、ゲームミュージックの新たな地平を拓いた方と言っても過言ではないでしょう。それ以外でも「伝説巨神イデオン」「サイボーグ009」「帰ってきたウルトラマン」などのアニメ・特撮番組の劇判や主題歌、映画「ゴジラVSビオランテ」のBGM、「アイドルマスター」でもカバーされたこともある「亜麻色の髪の乙女」など特に1960年代後半に隆盛したグループ・サウンズ系への楽曲提供や東京競馬場で使用されるファンファーレ、更には議員への応援曲の提供などその活躍は実に多岐に渡りました。
また右派の論客としても精力的に活動を行い、意見広告などを出したりしていたのでゲームミュージックに馴染みの薄い方の中にはこちらの方で印象の強い方もいらっしゃるのではないでしょうか。
時期はまだ発表されていませんが発売を控えている「ドラゴンクエストⅫ」が遺作となるようですね。
こんばんは、小島@監督です。
謹んでお悔やみ申し上げます。今はちょっといろいろ忙しいので何ですが、落ち着いたら久しぶりにドラクエをプレイしようかな。
さて、今回の映画は「レミニセンス」です。
地球温暖化による海面上昇が深刻化し、世界各地の沿岸都市が海に沈みつつある近未来。ニック・バニスター(ヒュー・ジャックマン)は相棒のワッツ(タンディ・ニュートン)と共に「記憶潜入(レミニセンス)エージェント」として心に傷を抱えた顧客に過去の思い出を追体験させるサービスを提供していた。
ある日、その日の営業を終了しようとしていたニックの前に一人の女性が駆け込んでくる。メイ(レベッカ・ファーガソン)と名乗る女性は「失くした家の鍵を探して欲しい」とニックに仕事を依頼する。ニックはメイの謎めいた佇まいに強く惹かれ、やがて二人は恋人同士となるが、ある時突然メイはニックの前から姿を消してしまった…
「ダークナイト」や「インターステラー」で兄クリストファー・ノーランと共に共同で脚本を執筆したジョナサン・ノーラン、そしてそのジョナサン・ノーランと共にSFドラマ「ウエストワールド」を手掛けるリサ・ジョイ、そのタッグによる「記憶」をテーマにしたSFサスペンスです。
海面上昇と共に減りゆく土地を巡って世界各地で紛争が起き、その戦争にも疲れ果てた人々が諦めにも似た感傷と共にかつての幸せな記憶に救いを求める、という世界観の中である日突然消えた女性の行方を追い求め、同時に彼女が関わっているかもしれない事件に巻き込まれていく男の姿が描かれます。
「記憶潜入装置」というガジェットとその見せ方、少しずつ海に侵食されゆく中で麻薬と犯罪が跳梁する都市、画面全体で醸し出され全編を貫く澱むような頽廃的な空気感が絶品の1本です。ヒュー・ジャックマンの渋いモノローグと共に見せる水没都市のビジュアルイメージに酔わされたら後は物語の波に身を任せればいい逸品です。少々トリッキーに見えますが、大掛かりに観客を騙しにかかるというよりは主人公ニックの心情描写をより掘り下げるために使っているのが特徴で、水没都市というビジュアルも非常に抒情的に使われています。作中にギリシャ神話のオルフェウスのエピソードが象徴的に語られているのもまたその抒情性に一役買っていますね。
ユニークな舞台設定をしている一方で、語り口はとてもエモーショナル。また「ファム・ファタール(運命の女)」を追い事件に飛び込む男、という構図はレイモンド・チャンドラーやウィリアム・アイリッシュのようなオールディーズのハードボイルド小説そのもので、一見先鋭的に思わせて実はかなりクラシックです。言い方を変えれば古風で落ち着いた語り口をしており、予告編ではトリッキーかつスタイリッシュなSFサスペンスの様な雰囲気でしたがこの辺り少々予告編詐欺感がありますね(苦笑)
監督を担ったリサ・ジョイはドラマ製作では実績があるものの長編映画はこれが初めてだとか。既に円熟の領域に達している手腕で、今後どんな作品を発表してくるのか楽しみな人が登場しました。
モダンとクラシックが同居したかのような、それでいて思いのほかウェットなところに着地するフィルムノワール。「記憶」というものの甘さと苦さを見事に描き上げた一本です。腰を落ち着けて映画を1本楽しみたい向きにはぴったり。諦観に彩られ、郷愁に人々が身を委ねる街で男が最後にどんな決断を下すのか。どうぞスクリーンで確かめてみてください。
何より「ドラゴンクエスト」が金字塔で、ゲームミュージックの新たな地平を拓いた方と言っても過言ではないでしょう。それ以外でも「伝説巨神イデオン」「サイボーグ009」「帰ってきたウルトラマン」などのアニメ・特撮番組の劇判や主題歌、映画「ゴジラVSビオランテ」のBGM、「アイドルマスター」でもカバーされたこともある「亜麻色の髪の乙女」など特に1960年代後半に隆盛したグループ・サウンズ系への楽曲提供や東京競馬場で使用されるファンファーレ、更には議員への応援曲の提供などその活躍は実に多岐に渡りました。
また右派の論客としても精力的に活動を行い、意見広告などを出したりしていたのでゲームミュージックに馴染みの薄い方の中にはこちらの方で印象の強い方もいらっしゃるのではないでしょうか。
時期はまだ発表されていませんが発売を控えている「ドラゴンクエストⅫ」が遺作となるようですね。
こんばんは、小島@監督です。
謹んでお悔やみ申し上げます。今はちょっといろいろ忙しいので何ですが、落ち着いたら久しぶりにドラクエをプレイしようかな。
さて、今回の映画は「レミニセンス」です。
地球温暖化による海面上昇が深刻化し、世界各地の沿岸都市が海に沈みつつある近未来。ニック・バニスター(ヒュー・ジャックマン)は相棒のワッツ(タンディ・ニュートン)と共に「記憶潜入(レミニセンス)エージェント」として心に傷を抱えた顧客に過去の思い出を追体験させるサービスを提供していた。
ある日、その日の営業を終了しようとしていたニックの前に一人の女性が駆け込んでくる。メイ(レベッカ・ファーガソン)と名乗る女性は「失くした家の鍵を探して欲しい」とニックに仕事を依頼する。ニックはメイの謎めいた佇まいに強く惹かれ、やがて二人は恋人同士となるが、ある時突然メイはニックの前から姿を消してしまった…
「ダークナイト」や「インターステラー」で兄クリストファー・ノーランと共に共同で脚本を執筆したジョナサン・ノーラン、そしてそのジョナサン・ノーランと共にSFドラマ「ウエストワールド」を手掛けるリサ・ジョイ、そのタッグによる「記憶」をテーマにしたSFサスペンスです。
海面上昇と共に減りゆく土地を巡って世界各地で紛争が起き、その戦争にも疲れ果てた人々が諦めにも似た感傷と共にかつての幸せな記憶に救いを求める、という世界観の中である日突然消えた女性の行方を追い求め、同時に彼女が関わっているかもしれない事件に巻き込まれていく男の姿が描かれます。
「記憶潜入装置」というガジェットとその見せ方、少しずつ海に侵食されゆく中で麻薬と犯罪が跳梁する都市、画面全体で醸し出され全編を貫く澱むような頽廃的な空気感が絶品の1本です。ヒュー・ジャックマンの渋いモノローグと共に見せる水没都市のビジュアルイメージに酔わされたら後は物語の波に身を任せればいい逸品です。少々トリッキーに見えますが、大掛かりに観客を騙しにかかるというよりは主人公ニックの心情描写をより掘り下げるために使っているのが特徴で、水没都市というビジュアルも非常に抒情的に使われています。作中にギリシャ神話のオルフェウスのエピソードが象徴的に語られているのもまたその抒情性に一役買っていますね。
ユニークな舞台設定をしている一方で、語り口はとてもエモーショナル。また「ファム・ファタール(運命の女)」を追い事件に飛び込む男、という構図はレイモンド・チャンドラーやウィリアム・アイリッシュのようなオールディーズのハードボイルド小説そのもので、一見先鋭的に思わせて実はかなりクラシックです。言い方を変えれば古風で落ち着いた語り口をしており、予告編ではトリッキーかつスタイリッシュなSFサスペンスの様な雰囲気でしたがこの辺り少々予告編詐欺感がありますね(苦笑)
監督を担ったリサ・ジョイはドラマ製作では実績があるものの長編映画はこれが初めてだとか。既に円熟の領域に達している手腕で、今後どんな作品を発表してくるのか楽しみな人が登場しました。
モダンとクラシックが同居したかのような、それでいて思いのほかウェットなところに着地するフィルムノワール。「記憶」というものの甘さと苦さを見事に描き上げた一本です。腰を落ち着けて映画を1本楽しみたい向きにはぴったり。諦観に彩られ、郷愁に人々が身を委ねる街で男が最後にどんな決断を下すのか。どうぞスクリーンで確かめてみてください。
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新型コロナウイルス新規感染者が数日で激減しましたが、
安心する前に「ウソでしょ?」という感想が最優先。
収束が衆議院選挙へのアビールという都市伝説などが、
結構そうなんじゃないか?と思ったりしちゃいます。
ただそんなことより、それはそれとして収束が叶うなら、
歌会の準備もしっかり進めていかないとダメですよね。
しかしここ一年、収束傾向で歌会開催の準備を進ると、
また感染者増加の連続でしたから、今回はどうなることか。
開催まで漕ぎ着けることができたら、ぜひご参加ください!
さて、コロナ禍となり多くの有名人がYoutubeを始め、
チャンネル数も多くなり過ぎて、もう追いきれません。
特に私たちよりだと声優のチャンネルを観ると思いますが、
それもかなりの数で観られず悶えてる人も多いでしょう。
個人的には私がゲーム趣味ということもあってですが、
ゲーム好きな杉田智和さんと中村悠一さんの動画を見ます。
その2人だけでも結構な動画数だったりしますので、
サムネイルで興味を惹かないと見なかったりもします。
そんな中ちょっと気になったのが杉田智和さんの配信で、
ライブ配信で『ロックマン2 Dr.ワイリーの謎』という、
ファミコン時代のゲームでクリアを目指すものでした。
ロックマン2のプレイ経験者の人なら分かると思いますが、
これがまた結構、いやかなり難しいゲームだったりします。
私も昔プレイしましたが、その難易度に悶絶しました。
ましてクリアを目指すとなるとそれなりに上手でないと、
配信がいつまでも経っても終わらなかったりします。
そしてその気になった動画の視聴を始めるのですが、
杉田さんが結構サクサクとクリアしていっちゃうのです。
それなりにミスはあれど、このゲームでなら無いと同じ。
難しい面でのコンティニューの鬼ローテーションとか、
そんなものは一切無く、かなりのクルージングレベル。
自分でもやったらできるんじゃないか?と錯覚するような、
なんとも不思議な気持ちで配信を見てしまいました。
トークが面白い声優さんという印象の杉田さんでしたが、
思いがけずレベルの高いゲームプレイを観ることができ、
よくわからないけど、私も頑張ろうなんて思いました。
安心する前に「ウソでしょ?」という感想が最優先。
収束が衆議院選挙へのアビールという都市伝説などが、
結構そうなんじゃないか?と思ったりしちゃいます。
ただそんなことより、それはそれとして収束が叶うなら、
歌会の準備もしっかり進めていかないとダメですよね。
しかしここ一年、収束傾向で歌会開催の準備を進ると、
また感染者増加の連続でしたから、今回はどうなることか。
開催まで漕ぎ着けることができたら、ぜひご参加ください!
さて、コロナ禍となり多くの有名人がYoutubeを始め、
チャンネル数も多くなり過ぎて、もう追いきれません。
特に私たちよりだと声優のチャンネルを観ると思いますが、
それもかなりの数で観られず悶えてる人も多いでしょう。
個人的には私がゲーム趣味ということもあってですが、
ゲーム好きな杉田智和さんと中村悠一さんの動画を見ます。
その2人だけでも結構な動画数だったりしますので、
サムネイルで興味を惹かないと見なかったりもします。
そんな中ちょっと気になったのが杉田智和さんの配信で、
ライブ配信で『ロックマン2 Dr.ワイリーの謎』という、
ファミコン時代のゲームでクリアを目指すものでした。
ロックマン2のプレイ経験者の人なら分かると思いますが、
これがまた結構、いやかなり難しいゲームだったりします。
私も昔プレイしましたが、その難易度に悶絶しました。
ましてクリアを目指すとなるとそれなりに上手でないと、
配信がいつまでも経っても終わらなかったりします。
そしてその気になった動画の視聴を始めるのですが、
杉田さんが結構サクサクとクリアしていっちゃうのです。
それなりにミスはあれど、このゲームでなら無いと同じ。
難しい面でのコンティニューの鬼ローテーションとか、
そんなものは一切無く、かなりのクルージングレベル。
自分でもやったらできるんじゃないか?と錯覚するような、
なんとも不思議な気持ちで配信を見てしまいました。
トークが面白い声優さんという印象の杉田さんでしたが、
思いがけずレベルの高いゲームプレイを観ることができ、
よくわからないけど、私も頑張ろうなんて思いました。
ドラゴンクエストの作曲でおなじみの、すぎやまこういちさんが亡くなられたという訃報の記事をみました。
ドラクエは全作プレイしているわけではありませんが、やはりゲームの代名詞。RPGとしての本編はなくとも、
無双アクションの「ヒーローズ」
ポケモンみたいな育成要素がある「モンスターズ」
マインクラフトのようなクリエイティブな要素がある「ビルダーズ」
携帯のGPSを使った「ウォーク」
それ以外にも、様々な内容で発売されているので、ゲームをしていて1度もプレイした事がない方は少ないのではないでしょうか?
スマブラの最新作にもDLC追加キャラで参戦していますね。
そんな国民的ゲームの作曲をされていた方が、すぎやまこういちさんです。
個人的には、特にファミコンの頃が強い思い出なので、3、4は自分の中でもベストゲームに入ってきますね。
本当にたくさんの名曲をありがとうございました。心よりご冥福をお祈りします。
しばらくは通勤で、ドラクエの曲ばかり聴くとおもいます;;
ドラクエは全作プレイしているわけではありませんが、やはりゲームの代名詞。RPGとしての本編はなくとも、
無双アクションの「ヒーローズ」
ポケモンみたいな育成要素がある「モンスターズ」
マインクラフトのようなクリエイティブな要素がある「ビルダーズ」
携帯のGPSを使った「ウォーク」
それ以外にも、様々な内容で発売されているので、ゲームをしていて1度もプレイした事がない方は少ないのではないでしょうか?
スマブラの最新作にもDLC追加キャラで参戦していますね。
そんな国民的ゲームの作曲をされていた方が、すぎやまこういちさんです。
個人的には、特にファミコンの頃が強い思い出なので、3、4は自分の中でもベストゲームに入ってきますね。
本当にたくさんの名曲をありがとうございました。心よりご冥福をお祈りします。
しばらくは通勤で、ドラクエの曲ばかり聴くとおもいます;;
昨日開催された「THE IDOLM@STER CINDERELLA GIRLS 10th ANNIVERSARY M@GICAL WONDERLAND TOUR!!! MerryMaerchen Land」Day2を配信にて鑑賞。シンデレラガールズ10周年を記念するライブツアー、本来なら先月開催予定だった愛知公演が皮切りとなるはずでしたが延期となり、この福岡公演が最初のステージとなりました。
ソロ曲を重点にしつつ、ユニット曲では敢えてCDでのオリジナルメンバーを完全に排しての歌唱を行ったり、固定されたイメージを逆手に取った遊び心満載のステージでした。シンデレラガールズでも増えてきたハロウィンの楽曲を随所に配して季節感が前に出てきているのも楽しいところでした。
…というところは良いのですが、トラブルがあったらしくライブ終盤にサーバーダウン。配信が20~30分全く観られない状況に。クライマックスでお預けを食らうと感情の持って行き場が無くなります。アーカイブ配信で確認すれば良いことではあるのですが、リアルタイムで観られないのは痛手でした。
こんばんは、小島@監督です。
コロナ禍を受けて配信ライブも充実してきましたが、やはり現地が最強であるということを突きつけられましたね。来月の幕張公演はどうにか現地勢したいぜ。
さて、今回の映画は「シャン・チー テン・リングスの伝説」です。
アベンジャーズ達がサノスを下して後の世界。サンフランシスコのホテルで駐車場係をしている青年・ショーン(シム・リウ)は、友人のケイティ(オークワフィナ)とバスに乗り込んだところを武装した謎の集団に襲撃される。ショーンは辛くも撃退に成功するが母の形見であったペンダントを奪われてしまう。
ショーンには襲撃者の背後の存在に心当たりがあった。同じペンダントを持つ妹・シャーリン(メンガー・チャン)が次に襲われると確信したショーンは、押しかけてきたケイティと共にマカオへ向かう。その機中でショーンはケイティに自身が幼い頃から暗殺者としての訓練を受けてきたこと、実父ウェンウー(トニー・レオン)が秘密組織「テン・リングス」の長であること、そして本名が「シャン・チー」であることを告げるのだった。
7月公開の「ブラック・ウィドウ」で2年ぶりにスクリーンに帰ってきた「マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)」、「ブラック・ウィドウ」は時系列的に「インフィニティ・ウォー」前の物語であり、いわば番外編やエピローグ的な性格を有していましたが、いよいよ新章の開幕と言った趣です。
その「シャン・チー」、登場人物の大半がアジア系なら作中でのセリフも半分が中国語、というかなりユニークな作りをしています。正直鑑賞中は「アメリカ映画を観ている」ということを半分忘れかけていました。2018年に製作された「ブラックパンサー」がキャスト・スタッフともにアフリカ系が勢揃いしたことは記憶に新しいですが、作中の会話まで非英語が半分を占めるというのはそれよりも更に一歩踏み込んだ印象です。もちろん作中のセリフのほとんどが日本語だったクリント・イーストウッド監督の「硫黄島からの手紙」(2006年)という前例もありますが、「父親たちの星条旗」と対として二部作で製作されたものと、10年以上連綿と続くシリーズの系譜の一つとして登場したというのはまた趣が異なるものがあります。
物語の印象を率直に言えば往年の香港武侠映画です。特に「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ」などで知られるツイ・ハーク作品辺りのイメージ。その中に更に例えばそれは「グリーン・デスティニー」(2000年)であったり、「レッド・ブロンクス」(1995年)辺りのジャッキー・チェン作品であったり、あるいはドラゴンボールやポケットモンスターのような日本アニメであったりと言ったイメージが雑多に盛り込まれた印象です。言うなれば「ハリウッドに影響を与えたアジアンカルチャーの集合体」のような作品、と言えばよいでしょうか。そもそも「シャン・チー」というキャラクター自体がブルース・リーがもたらしたカンフーブームをきっかけに誕生したキャラクターだそうで、ある意味でこの作品のテイストも自然の流れというところでしょう。
無論それらがただの劣化コピーではなくリスペクトと共に作品内に昇華されているところが見事です。また、かなり奔放な作りをしていながら、一方で何者でもなかった青年が大いなる力と共に使命と責任に目覚める、という流れはアメコミ映画の王道であり、それらが両立した形で作品世界の中に内包してしまえる「MCU」の懐の深さにも改めて驚かされます。
ほとんど映画出演が無かったのに大抜擢という新鋭シム・リウの演技が輝く一方でトニー・レオン、ミシェル・ヨーというアジアの大ベテランの演技が光るところもポイント。特にアクションもバリバリこなすトニー・レオンの存在感が圧巻です。香港映画を楽しんできた向きにはこの辺りも見どころです。
ところでこの映画、マーベル映画の人気を早くから下支えしてきた日本・韓国・台湾や近年の伸長著しい中国をはじめとするアジア市場へのファンコールに応えたような趣が強いのですが、最近の対立感情が強まりつつある米中関係を象徴してか、中国では未だ許可が下りず上映開始の目途が立っていないのはいささか皮肉が過ぎるというべきでしょうか。
ハリウッド映画を取り巻く情勢も刻々と変化しているなと実感できる作品です。ちょうど新章の幕開けという意味では新たに入りやすい位置づけをしていますし、MCUにこれまで興味をあまり持てなかった人も、トライしてみてはいかがでしょう。
ソロ曲を重点にしつつ、ユニット曲では敢えてCDでのオリジナルメンバーを完全に排しての歌唱を行ったり、固定されたイメージを逆手に取った遊び心満載のステージでした。シンデレラガールズでも増えてきたハロウィンの楽曲を随所に配して季節感が前に出てきているのも楽しいところでした。
…というところは良いのですが、トラブルがあったらしくライブ終盤にサーバーダウン。配信が20~30分全く観られない状況に。クライマックスでお預けを食らうと感情の持って行き場が無くなります。アーカイブ配信で確認すれば良いことではあるのですが、リアルタイムで観られないのは痛手でした。
こんばんは、小島@監督です。
コロナ禍を受けて配信ライブも充実してきましたが、やはり現地が最強であるということを突きつけられましたね。来月の幕張公演はどうにか現地勢したいぜ。
さて、今回の映画は「シャン・チー テン・リングスの伝説」です。
アベンジャーズ達がサノスを下して後の世界。サンフランシスコのホテルで駐車場係をしている青年・ショーン(シム・リウ)は、友人のケイティ(オークワフィナ)とバスに乗り込んだところを武装した謎の集団に襲撃される。ショーンは辛くも撃退に成功するが母の形見であったペンダントを奪われてしまう。
ショーンには襲撃者の背後の存在に心当たりがあった。同じペンダントを持つ妹・シャーリン(メンガー・チャン)が次に襲われると確信したショーンは、押しかけてきたケイティと共にマカオへ向かう。その機中でショーンはケイティに自身が幼い頃から暗殺者としての訓練を受けてきたこと、実父ウェンウー(トニー・レオン)が秘密組織「テン・リングス」の長であること、そして本名が「シャン・チー」であることを告げるのだった。
7月公開の「ブラック・ウィドウ」で2年ぶりにスクリーンに帰ってきた「マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)」、「ブラック・ウィドウ」は時系列的に「インフィニティ・ウォー」前の物語であり、いわば番外編やエピローグ的な性格を有していましたが、いよいよ新章の開幕と言った趣です。
その「シャン・チー」、登場人物の大半がアジア系なら作中でのセリフも半分が中国語、というかなりユニークな作りをしています。正直鑑賞中は「アメリカ映画を観ている」ということを半分忘れかけていました。2018年に製作された「ブラックパンサー」がキャスト・スタッフともにアフリカ系が勢揃いしたことは記憶に新しいですが、作中の会話まで非英語が半分を占めるというのはそれよりも更に一歩踏み込んだ印象です。もちろん作中のセリフのほとんどが日本語だったクリント・イーストウッド監督の「硫黄島からの手紙」(2006年)という前例もありますが、「父親たちの星条旗」と対として二部作で製作されたものと、10年以上連綿と続くシリーズの系譜の一つとして登場したというのはまた趣が異なるものがあります。
物語の印象を率直に言えば往年の香港武侠映画です。特に「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ」などで知られるツイ・ハーク作品辺りのイメージ。その中に更に例えばそれは「グリーン・デスティニー」(2000年)であったり、「レッド・ブロンクス」(1995年)辺りのジャッキー・チェン作品であったり、あるいはドラゴンボールやポケットモンスターのような日本アニメであったりと言ったイメージが雑多に盛り込まれた印象です。言うなれば「ハリウッドに影響を与えたアジアンカルチャーの集合体」のような作品、と言えばよいでしょうか。そもそも「シャン・チー」というキャラクター自体がブルース・リーがもたらしたカンフーブームをきっかけに誕生したキャラクターだそうで、ある意味でこの作品のテイストも自然の流れというところでしょう。
無論それらがただの劣化コピーではなくリスペクトと共に作品内に昇華されているところが見事です。また、かなり奔放な作りをしていながら、一方で何者でもなかった青年が大いなる力と共に使命と責任に目覚める、という流れはアメコミ映画の王道であり、それらが両立した形で作品世界の中に内包してしまえる「MCU」の懐の深さにも改めて驚かされます。
ほとんど映画出演が無かったのに大抜擢という新鋭シム・リウの演技が輝く一方でトニー・レオン、ミシェル・ヨーというアジアの大ベテランの演技が光るところもポイント。特にアクションもバリバリこなすトニー・レオンの存在感が圧巻です。香港映画を楽しんできた向きにはこの辺りも見どころです。
ところでこの映画、マーベル映画の人気を早くから下支えしてきた日本・韓国・台湾や近年の伸長著しい中国をはじめとするアジア市場へのファンコールに応えたような趣が強いのですが、最近の対立感情が強まりつつある米中関係を象徴してか、中国では未だ許可が下りず上映開始の目途が立っていないのはいささか皮肉が過ぎるというべきでしょうか。
ハリウッド映画を取り巻く情勢も刻々と変化しているなと実感できる作品です。ちょうど新章の幕開けという意味では新たに入りやすい位置づけをしていますし、MCUにこれまで興味をあまり持てなかった人も、トライしてみてはいかがでしょう。
新型コロナウイルス騒動が始まってからもうすぐ丸2年。
歌会の開催も散々振り回されてきて、ここまできました。
先日まで日本各地の感染者数は驚くべき人数でしたが、
報道での感染者数はかなり少なくなってきたようですね。
あまりの下げ幅に「これホント?」と疑問もありますが、
ワクチン接種率も上がってきての効果と信じたいですね。
緊急事態宣言も解除され、ここからの数日を見ながら、
1年以上ぶりの歌会再開の目処がつけられればと思います。
さて、先週発売の『LOST JUDGMENT 裁かれざる記憶』が
あまりに面白すぎて、一気に終わらせてしまいました。
このゲーム、ムービーが長いのでこれをみているだけで、
どんどん時間が過ぎるかなりの時間泥棒なのですが、
シナリオが面白いので、時間が全然気になりません。
『キムタクが如く』と呼ばれるほどのゲームなので、
システムは『龍が如く』の流れを汲んだシリーズですので、
ミニゲームやサイドストーリーもかなり多いのですが、
メインストーリーが気になり過ぎてそれらはほぼ無視。
どうやらサイドストーリーなどの追加シナリオが予定され、
また後日、それらがダウンロード配信されるようなので、
その時の2周目プレイでメイン以外を退治しようと思います。
久しぶりにここまで夢中でプレイしたようなきぎしますが、
面白いゲームはクリアが迫るとクリアが惜しくなります。
それこそ、それがシナリオの深いゲームだったりすると、
そのゲームを新鮮な気持ちでプレイできなくなります。
よく記憶を消してプレイしたいゲームの話題がでますが、
このゲームはまさにそんな記憶を消したいゲームでした。
と、そんなLOST JUDGMENTの前にプレイしていたのは、
NintendoSwitchの『ファミコン探偵倶楽部』です。
『消えた後継者』と『うしろに立つ少女』の2つがあり、
どちらもファミコン時代にプレイしたゲームのリメイクです。
消えた後継者クリア後にLOST JUDGMENTをプレイし、
そして今はうしろに立つ少女を始めることにしました。
ファミコン時代を懐かしみながらのつもりでしたが、
・・ちっとも覚えてねぇ。
このゲームの記憶がすっぽり抜け落ちているようで、
無事、新鮮な気持ちでプレイできそうで何よりです。
歌会の開催も散々振り回されてきて、ここまできました。
先日まで日本各地の感染者数は驚くべき人数でしたが、
報道での感染者数はかなり少なくなってきたようですね。
あまりの下げ幅に「これホント?」と疑問もありますが、
ワクチン接種率も上がってきての効果と信じたいですね。
緊急事態宣言も解除され、ここからの数日を見ながら、
1年以上ぶりの歌会再開の目処がつけられればと思います。
さて、先週発売の『LOST JUDGMENT 裁かれざる記憶』が
あまりに面白すぎて、一気に終わらせてしまいました。
このゲーム、ムービーが長いのでこれをみているだけで、
どんどん時間が過ぎるかなりの時間泥棒なのですが、
シナリオが面白いので、時間が全然気になりません。
『キムタクが如く』と呼ばれるほどのゲームなので、
システムは『龍が如く』の流れを汲んだシリーズですので、
ミニゲームやサイドストーリーもかなり多いのですが、
メインストーリーが気になり過ぎてそれらはほぼ無視。
どうやらサイドストーリーなどの追加シナリオが予定され、
また後日、それらがダウンロード配信されるようなので、
その時の2周目プレイでメイン以外を退治しようと思います。
久しぶりにここまで夢中でプレイしたようなきぎしますが、
面白いゲームはクリアが迫るとクリアが惜しくなります。
それこそ、それがシナリオの深いゲームだったりすると、
そのゲームを新鮮な気持ちでプレイできなくなります。
よく記憶を消してプレイしたいゲームの話題がでますが、
このゲームはまさにそんな記憶を消したいゲームでした。
と、そんなLOST JUDGMENTの前にプレイしていたのは、
NintendoSwitchの『ファミコン探偵倶楽部』です。
『消えた後継者』と『うしろに立つ少女』の2つがあり、
どちらもファミコン時代にプレイしたゲームのリメイクです。
消えた後継者クリア後にLOST JUDGMENTをプレイし、
そして今はうしろに立つ少女を始めることにしました。
ファミコン時代を懐かしみながらのつもりでしたが、
・・ちっとも覚えてねぇ。
このゲームの記憶がすっぽり抜け落ちているようで、
無事、新鮮な気持ちでプレイできそうで何よりです。
昨年からの懸案事項の一つだったタブレットの方の機種変更を「iPad mini」の新モデル発売を機にようやく実行に移しました。
先代は何せ6年以上使っていたのでさすがにガタが来始めていたのもあったのですが、新しいiPad mini、ゲームをプレイしてみても動画を再生してみても画質音質が格段に向上してビビります。
こんばんは、小島@監督です。
iPad mini 6、サイズ感も丁度良くて色々使いでがありそう。
さて、先日「辻凪子・大森くみこ ジャムの月世界活弁旅行」というイベントに行ってきました。サイレント映画を弁士の活弁付きで楽しもうというイベントです。
音の無いサイレント映画に活弁を乗せて観る、というのは1900~20年代に隆盛していた鑑賞方法です。トーキーつまり音声付きが映画の基本となってからは衰退してしまいましたが、現在でも話芸の一つとして活動を続けている人たちがいます。
長く多くの映画を観てきましたが、この形式で映画を楽しむのは初めての経験です。実のところ現在1920年代以前の映画をDVDや配信などで観る際には既に弁士によるナレーションが付されているものもあるのですが、実際に観てみるとやはり一味も二味も違いました。
今回上映されたのはコメディ色の強い短中編を4本。
1本目は「迷惑帽子」。映画の上映が始まる映画館を舞台に派手ででかい飾りを付けた帽子をかぶった貴婦人が次々と映画館前方の席を陣取っていく、という内容の約3分の短編です。1909年の作品で監督は映画芸術の基本を作ったと言われるD・W・グリフィス。「國民の創生」(1915年)や「イントレランス」(1916年)が特に知られています。この映像に合わせてイベントの諸注意を織り込んでいく弁士大森くみこさんの話芸が見事。
2本目は「月世界旅行」。科学者たちがロケットで月へ飛び、不可思議な冒険を経験します。1902年にジョルジュ・メリエスが手掛けた13分の短編で、「世界初のSF映画」とも言われる、映画の歴史を語る上で外すことのできない1本です。複数のシーンを繋いでフィルムを「編集する」という今ではスマホ1台でもできるくらい一般的に浸透したテクニックがこの映画で初めて取り入れられました。
3本目は「ぱん。」。小さなパン屋を舞台にドタバタが繰り広げられます。今回のイベントに登場した辻凪子さんが阪元裕吾監督と共同で手掛けた17分の短編で、2017年に製作されました。これのみもともと音声のある通常の映画(何なら劇中歌まである)を敢えて音声を消して活弁を乗せる方式で上映されました。劇中歌もライブで歌うなかなかに意欲的な試みで、スラップスティックでスピード感のある内容と活弁がマッチしていてコレはコレで興味深い1本でした。
4本目は「キートンの探偵学入門」。1924年、バスター・キートンが監督と主演をこなした45分の中編です。探偵に憧れる映写技師の青年が思わぬ事件に巻き込まれます。途中夢の中で映画に入り込んだキートンが次々に切り替わる場面展開に翻弄されたりと言った映像トリックがふんだんに盛り込まれているほか、バイクチェイスや走る列車の上でのスタントと言ったバスター・キートンの身体能力の高さが可能にしたスタントの数々が楽しめるこの作品は高い評価を受け(とはいえ本国での初上映時は興行的にはイマイチだったとか。)、アメリカ国立フィルム登録簿に保存されています。何より白眉は中盤で登場するビリヤード。「13番ボールが悪漢の手により爆弾入りの物にすり替わっている」という状況の中で次々決まるスーパーショットに目を奪われます。
活弁の魅力を一番感じたのもこの作品で、キャラクターたちのセリフ回しだけでなく状況説明の巧みさも相まって心底楽しい1本になりました。
4本の上映後にはアフタートーク。活弁士は活弁の台本を自分で書いて用意すること(そのため同じ映画でも弁士によってテイストが変わる)や、今回の公演では天宮遥さんが務めたピアノ演奏は、基本的に弁士の喋りに合わせて終始アドリブで演奏することなど興味深い話も多々。今回のイベントに登場した辻凪子さんは今、新作で活弁用のためのサイレント映画を準備しているそうでそのチャレンジングな試みがどのように結実するか楽しみです。
温故知新、とはこういうことを言うのでしょう。実に刺激的で楽しい時間でした。また機会があれば是非行きたいですね。阪東妻三郎とかの時代劇も観てみたい。
先代は何せ6年以上使っていたのでさすがにガタが来始めていたのもあったのですが、新しいiPad mini、ゲームをプレイしてみても動画を再生してみても画質音質が格段に向上してビビります。
こんばんは、小島@監督です。
iPad mini 6、サイズ感も丁度良くて色々使いでがありそう。
さて、先日「辻凪子・大森くみこ ジャムの月世界活弁旅行」というイベントに行ってきました。サイレント映画を弁士の活弁付きで楽しもうというイベントです。
音の無いサイレント映画に活弁を乗せて観る、というのは1900~20年代に隆盛していた鑑賞方法です。トーキーつまり音声付きが映画の基本となってからは衰退してしまいましたが、現在でも話芸の一つとして活動を続けている人たちがいます。
長く多くの映画を観てきましたが、この形式で映画を楽しむのは初めての経験です。実のところ現在1920年代以前の映画をDVDや配信などで観る際には既に弁士によるナレーションが付されているものもあるのですが、実際に観てみるとやはり一味も二味も違いました。
今回上映されたのはコメディ色の強い短中編を4本。
1本目は「迷惑帽子」。映画の上映が始まる映画館を舞台に派手ででかい飾りを付けた帽子をかぶった貴婦人が次々と映画館前方の席を陣取っていく、という内容の約3分の短編です。1909年の作品で監督は映画芸術の基本を作ったと言われるD・W・グリフィス。「國民の創生」(1915年)や「イントレランス」(1916年)が特に知られています。この映像に合わせてイベントの諸注意を織り込んでいく弁士大森くみこさんの話芸が見事。
2本目は「月世界旅行」。科学者たちがロケットで月へ飛び、不可思議な冒険を経験します。1902年にジョルジュ・メリエスが手掛けた13分の短編で、「世界初のSF映画」とも言われる、映画の歴史を語る上で外すことのできない1本です。複数のシーンを繋いでフィルムを「編集する」という今ではスマホ1台でもできるくらい一般的に浸透したテクニックがこの映画で初めて取り入れられました。
3本目は「ぱん。」。小さなパン屋を舞台にドタバタが繰り広げられます。今回のイベントに登場した辻凪子さんが阪元裕吾監督と共同で手掛けた17分の短編で、2017年に製作されました。これのみもともと音声のある通常の映画(何なら劇中歌まである)を敢えて音声を消して活弁を乗せる方式で上映されました。劇中歌もライブで歌うなかなかに意欲的な試みで、スラップスティックでスピード感のある内容と活弁がマッチしていてコレはコレで興味深い1本でした。
4本目は「キートンの探偵学入門」。1924年、バスター・キートンが監督と主演をこなした45分の中編です。探偵に憧れる映写技師の青年が思わぬ事件に巻き込まれます。途中夢の中で映画に入り込んだキートンが次々に切り替わる場面展開に翻弄されたりと言った映像トリックがふんだんに盛り込まれているほか、バイクチェイスや走る列車の上でのスタントと言ったバスター・キートンの身体能力の高さが可能にしたスタントの数々が楽しめるこの作品は高い評価を受け(とはいえ本国での初上映時は興行的にはイマイチだったとか。)、アメリカ国立フィルム登録簿に保存されています。何より白眉は中盤で登場するビリヤード。「13番ボールが悪漢の手により爆弾入りの物にすり替わっている」という状況の中で次々決まるスーパーショットに目を奪われます。
活弁の魅力を一番感じたのもこの作品で、キャラクターたちのセリフ回しだけでなく状況説明の巧みさも相まって心底楽しい1本になりました。
4本の上映後にはアフタートーク。活弁士は活弁の台本を自分で書いて用意すること(そのため同じ映画でも弁士によってテイストが変わる)や、今回の公演では天宮遥さんが務めたピアノ演奏は、基本的に弁士の喋りに合わせて終始アドリブで演奏することなど興味深い話も多々。今回のイベントに登場した辻凪子さんは今、新作で活弁用のためのサイレント映画を準備しているそうでそのチャレンジングな試みがどのように結実するか楽しみです。
温故知新、とはこういうことを言うのでしょう。実に刺激的で楽しい時間でした。また機会があれば是非行きたいですね。阪東妻三郎とかの時代劇も観てみたい。
先週の私のブログはキムタク主演の映画の話でしたが、
週末に思いがけず会社がお休みになってしまったので、
見に行っちゃいました、『マスカレード・ナイト』
ちょっとミーハーになった感じでなんか抵抗がありましたが、
見たら見たでそれなりに楽しんで来ちゃいました。
もっとも映画館で食べるキャラメルポップコーンが好きで、
それが食べたいのも理由の4割くらいあるのですけどね。
そして週末は『LOST JUDGMENT:裁かれざる記憶』購入で、
もう今週末はキムタク三昧と、ホント私らしからぬです。
さて、今週末は2年以上ぶりにライブに行ってきました。
こんなコロナ禍でどうなんだ?というのもあるのですが、
愛知県での『JAM Project』のライブですから外せません。
前回、2018年のツアーから名古屋での開催はなく、
そして最近のコロナでライブ自体が自粛傾向でしたので、
やっと開催することができましたといった感じです。
しかし、ここ1ヶ月間の凄まじい感染者の増加を思うと、
このライブも中止になるかもしれないと思っていました。
ですが、いざ開催とするなるとライブを見たいのはもちろん、
この状況での現地の雰囲気を知りたい興味もあります。
大型フェスなどでのモラルのない観客が取り沙汰され、
ライブを行うこと自体が悪となりやすいこの風潮ですので、
やはり不安が無いと言ったらウソになってしまいます。
会場となるのはZeepNagoyaという笹島のライブハウス。
ライブハウスは基本的にスタンディングとなるのですが、
全席指定いうことでイスが準備されているようです。
そして今時のチェス盤のような互い違いの座席と思ったら、
なんと全席にしっかりと観客を入れているではないですか。
よりによって自分の好きなアーティストのライブに限って、
イベントの条例を守っていないのか?と思ってしまいます。
まさか全席に観客が入ると思っていなかったので、
とコロナ禍の規約がどうなっているかググってみました。
すると実は今月12日から人数制限みたいなものが無いので、
これはこれで反しているのでもないのだなと思いました。
そしてライブが始まると、全員着席・声は出さないといった、
ルールはきっちりと守られていて、そのモラルには安心でした。
ライブ全体を通してみて、観客自体は静かなのですが、
振られるサイリウムなどを見るとしっかり楽しんでいますし、
またライブを楽しむことができる気持ちは伝わってきます。
まだ『I can fly(Hey!)』と飛べない叫べないのは残念ですが、
たった数㎜でも昔の楽しみが戻ってきたような気がしました。
週末に思いがけず会社がお休みになってしまったので、
見に行っちゃいました、『マスカレード・ナイト』
ちょっとミーハーになった感じでなんか抵抗がありましたが、
見たら見たでそれなりに楽しんで来ちゃいました。
もっとも映画館で食べるキャラメルポップコーンが好きで、
それが食べたいのも理由の4割くらいあるのですけどね。
そして週末は『LOST JUDGMENT:裁かれざる記憶』購入で、
もう今週末はキムタク三昧と、ホント私らしからぬです。
さて、今週末は2年以上ぶりにライブに行ってきました。
こんなコロナ禍でどうなんだ?というのもあるのですが、
愛知県での『JAM Project』のライブですから外せません。
前回、2018年のツアーから名古屋での開催はなく、
そして最近のコロナでライブ自体が自粛傾向でしたので、
やっと開催することができましたといった感じです。
しかし、ここ1ヶ月間の凄まじい感染者の増加を思うと、
このライブも中止になるかもしれないと思っていました。
ですが、いざ開催とするなるとライブを見たいのはもちろん、
この状況での現地の雰囲気を知りたい興味もあります。
大型フェスなどでのモラルのない観客が取り沙汰され、
ライブを行うこと自体が悪となりやすいこの風潮ですので、
やはり不安が無いと言ったらウソになってしまいます。
会場となるのはZeepNagoyaという笹島のライブハウス。
ライブハウスは基本的にスタンディングとなるのですが、
全席指定いうことでイスが準備されているようです。
そして今時のチェス盤のような互い違いの座席と思ったら、
なんと全席にしっかりと観客を入れているではないですか。
よりによって自分の好きなアーティストのライブに限って、
イベントの条例を守っていないのか?と思ってしまいます。
まさか全席に観客が入ると思っていなかったので、
とコロナ禍の規約がどうなっているかググってみました。
すると実は今月12日から人数制限みたいなものが無いので、
これはこれで反しているのでもないのだなと思いました。
そしてライブが始まると、全員着席・声は出さないといった、
ルールはきっちりと守られていて、そのモラルには安心でした。
ライブ全体を通してみて、観客自体は静かなのですが、
振られるサイリウムなどを見るとしっかり楽しんでいますし、
またライブを楽しむことができる気持ちは伝わってきます。
まだ『I can fly(Hey!)』と飛べない叫べないのは残念ですが、
たった数㎜でも昔の楽しみが戻ってきたような気がしました。