AmazonプライムやNetflixなどのお陰で古今を問わず初放送では全くスルーしていた、あるいはそもそも観られる環境になかったものも観られる様になり、割と意識的に1980年代のアニメを観ています。何気に当時あまり好き放題にアニメを観られなかった反動というのもありますし、歌会で人が歌ってるのを聞いたりして「主題歌だけは知ってるけど観たことは無い」作品がかなり多いというのも動機の一つです。今は「J9シリーズ」を視聴中。「銀河旋風ブライガー」「銀河烈風バクシンガー」を完走し、あとは「銀河疾風サスライガー」を残すのみ。アイディアが今より尖っていたり、今では大ベテランと呼べるような人たちの若い時期の画風・作風に触れられたり、なかなか新鮮な発見があります。
こんばんは、小島@監督です。
あと何故か地元ローカルのぎふチャンで「めぞん一刻」の放送が始まったのでこれも結構観ています。今じゃコンプライアンス的にアウトな表現がホイホイ出てくる大らかさも実に興味深い。
さて、今回の映画は「ハッチングー孵化ー」です。
12歳の体操選手ティンヤ(シーリ・ソラリンナ)は、完璧な家庭生活のイメージをSNSを通じて発信することに躍起になっている母(ソフィア・ヘイッキラ)の期待に応えようと懸命になるあまり、自身をすり減らす日々を送っていた。
ある夜、ティンヤは奇妙な卵を見つけ、それを自室に隠し温め始めた。急速に大きくなっていく卵はやがて孵化の時を迎えた…
ホラー映画の定型の一つに少女が怪異や怪奇の中心にいるものがあります。古いところでは「キャリー」(1976年)に代表されるもので、思春期特有の心身の変容と不安定さによって引き起こされる「何か」によって自身や周囲に破局的な顛末をもたらす筋立てとなるものが多いです。洋の東西を問わず作られるこの題材に、フィンランドからユニークで奇妙な、そして忘れ難い作品が登場しました。
非常に難しい役柄の主人公ティンヤを演じたシーリ・ソラリンナはオーディションで選ばれた、これが映画初出演。オリジナリティ溢れる物語を撮り上げたハンナ・ベルイホルムも短編での実績はあるものの長編映画はこれが初めてというまさに新星の誕生を目の当たりにできる作品です。
実際のところこの映画、そもそもその「卵」が孵る前から不穏さが尋常じゃありません。「物質的に満足し、理解のある夫、聡明な息子、夢に向かって努力する娘、そしてそれらを支え応援する母親」という理想像を築き上げ世界へ発信することに躍起になる母、その「理想像」にティンヤは序盤から既に潰されかかっています。それが虚飾に過ぎないこと、ティンヤが抑制と抑圧の中で窒息しかかっているということを序盤、窓から飛び込んでくる1羽の鳥が浮き彫りにします。
ティンヤは卵を拾い温め、やがてそれが孵ると現れた奇妙な「生物」を庇護しようと奮闘します。必然その行為はティンヤの母に対しての関係性の合わせ鏡になっています。この対称性は映画全体で随所に見られます。ティンヤの自室にあるクローゼットの扉が鏡になっておりその鏡像が度々フォーカスされるショットが登場しますがそれなどはこの映画の在り方を最も象徴しているものと言えますね。
卵から孵った「生物」はある意味で母ともいえるティンヤの内に秘めた激情と共鳴し、破壊的な行動を取るようになります。それがティンヤの母の「理想像」と正面から相対する終盤、物語は意外な結末を迎えます。ここでもいくつもの「合わせ鏡」が突き付けられ、終局は重い余韻と共にいくつもの解釈を観る者にもたらすことでしょう。
どう見ても一番ヤバいのは卵から孵った生物ではなくて母親の方であり、精神的にキリキリするような展開が続くことに加え、主人公ティンヤが作中何度も吐瀉するシーンがあるなどPG12区分の割にエグい画面が多いためなかなかにキツいところがありますが観る者の感情を揺さぶる見事な逸品です。ユニークな作品を観たい方にこそお薦めしたいですね。
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こんばんは、小島@監督です。
あと何故か地元ローカルのぎふチャンで「めぞん一刻」の放送が始まったのでこれも結構観ています。今じゃコンプライアンス的にアウトな表現がホイホイ出てくる大らかさも実に興味深い。
さて、今回の映画は「ハッチングー孵化ー」です。
12歳の体操選手ティンヤ(シーリ・ソラリンナ)は、完璧な家庭生活のイメージをSNSを通じて発信することに躍起になっている母(ソフィア・ヘイッキラ)の期待に応えようと懸命になるあまり、自身をすり減らす日々を送っていた。
ある夜、ティンヤは奇妙な卵を見つけ、それを自室に隠し温め始めた。急速に大きくなっていく卵はやがて孵化の時を迎えた…
ホラー映画の定型の一つに少女が怪異や怪奇の中心にいるものがあります。古いところでは「キャリー」(1976年)に代表されるもので、思春期特有の心身の変容と不安定さによって引き起こされる「何か」によって自身や周囲に破局的な顛末をもたらす筋立てとなるものが多いです。洋の東西を問わず作られるこの題材に、フィンランドからユニークで奇妙な、そして忘れ難い作品が登場しました。
非常に難しい役柄の主人公ティンヤを演じたシーリ・ソラリンナはオーディションで選ばれた、これが映画初出演。オリジナリティ溢れる物語を撮り上げたハンナ・ベルイホルムも短編での実績はあるものの長編映画はこれが初めてというまさに新星の誕生を目の当たりにできる作品です。
実際のところこの映画、そもそもその「卵」が孵る前から不穏さが尋常じゃありません。「物質的に満足し、理解のある夫、聡明な息子、夢に向かって努力する娘、そしてそれらを支え応援する母親」という理想像を築き上げ世界へ発信することに躍起になる母、その「理想像」にティンヤは序盤から既に潰されかかっています。それが虚飾に過ぎないこと、ティンヤが抑制と抑圧の中で窒息しかかっているということを序盤、窓から飛び込んでくる1羽の鳥が浮き彫りにします。
ティンヤは卵を拾い温め、やがてそれが孵ると現れた奇妙な「生物」を庇護しようと奮闘します。必然その行為はティンヤの母に対しての関係性の合わせ鏡になっています。この対称性は映画全体で随所に見られます。ティンヤの自室にあるクローゼットの扉が鏡になっておりその鏡像が度々フォーカスされるショットが登場しますがそれなどはこの映画の在り方を最も象徴しているものと言えますね。
卵から孵った「生物」はある意味で母ともいえるティンヤの内に秘めた激情と共鳴し、破壊的な行動を取るようになります。それがティンヤの母の「理想像」と正面から相対する終盤、物語は意外な結末を迎えます。ここでもいくつもの「合わせ鏡」が突き付けられ、終局は重い余韻と共にいくつもの解釈を観る者にもたらすことでしょう。
どう見ても一番ヤバいのは卵から孵った生物ではなくて母親の方であり、精神的にキリキリするような展開が続くことに加え、主人公ティンヤが作中何度も吐瀉するシーンがあるなどPG12区分の割にエグい画面が多いためなかなかにキツいところがありますが観る者の感情を揺さぶる見事な逸品です。ユニークな作品を観たい方にこそお薦めしたいですね。
『中部からの歌声』のLINEグループにメンバーの方から、
歌会の再開時期について問われることがありました。
やっぱり歌会の再開を待ち望んでくれるのは嬉しいです。
しかしながら現状はというと、やっぱり難しいですよね。
今年は新型コロナウイルス感染に対して特に規制無しに、
日本中がゴールデンウィークをすごした影響なのか、
日本全体で新規感染者は増加傾向となってきました。
カラオケという声を出すことをを目的とした趣味としては、
再開までには一歩下がってしまった感があり残念ですね
さて、ゴールデンウィークも本日で終わりとなりますね。
休みはどんな時もあっと言う間に終わってしまいます。
今回、私はこのゴールデンウィークを過ごすにあたり、
絶対にひとつのルールを必ず守ることを決めていました。
それは何かと言うと、『6時に起床』というものでした。
そんなの別に平日も休日もやっている方もいるでしょうが、
やっぱり休みの日は起床時間が遅くなりがちですよね。
なぜやりだしたかと言えば、起床を含めダラダラ過ごすと、
やっぱり連休がすぐ終わってしまうのではないかと思い、
起床時間を徹底してみたらどうなるのかと言う疑問でした。
もちろん起きる時間が早くすると言うだけではなく、
寝る時間もそれに合わせないと意味は無いはずなので、
最低でも日付が変わる前には寝るようにしていました。
出掛ける日も出掛けない日も6時起床を徹底を目指して、
多少の数分の2度寝などをしてしまったりもしましたが、
なんとかゴールデンウィークの一週間を終えました。
それでは1週間の6時起床を続けてみた感想と言えば、
当たり前ですがやっぱり1日がとても長く感じましたね。
朝起きて行動するまでの時間にいろいろなことがやれて、
1日を長く使えて、ゆっくり過ごしても充実した気がします。
ただ、連休が長く感じるかというとそんなことはなく、
今日の日曜日夕方はサザエさん症候群が発動しそうです。
歌会の再開時期について問われることがありました。
やっぱり歌会の再開を待ち望んでくれるのは嬉しいです。
しかしながら現状はというと、やっぱり難しいですよね。
今年は新型コロナウイルス感染に対して特に規制無しに、
日本中がゴールデンウィークをすごした影響なのか、
日本全体で新規感染者は増加傾向となってきました。
カラオケという声を出すことをを目的とした趣味としては、
再開までには一歩下がってしまった感があり残念ですね
さて、ゴールデンウィークも本日で終わりとなりますね。
休みはどんな時もあっと言う間に終わってしまいます。
今回、私はこのゴールデンウィークを過ごすにあたり、
絶対にひとつのルールを必ず守ることを決めていました。
それは何かと言うと、『6時に起床』というものでした。
そんなの別に平日も休日もやっている方もいるでしょうが、
やっぱり休みの日は起床時間が遅くなりがちですよね。
なぜやりだしたかと言えば、起床を含めダラダラ過ごすと、
やっぱり連休がすぐ終わってしまうのではないかと思い、
起床時間を徹底してみたらどうなるのかと言う疑問でした。
もちろん起きる時間が早くすると言うだけではなく、
寝る時間もそれに合わせないと意味は無いはずなので、
最低でも日付が変わる前には寝るようにしていました。
出掛ける日も出掛けない日も6時起床を徹底を目指して、
多少の数分の2度寝などをしてしまったりもしましたが、
なんとかゴールデンウィークの一週間を終えました。
それでは1週間の6時起床を続けてみた感想と言えば、
当たり前ですがやっぱり1日がとても長く感じましたね。
朝起きて行動するまでの時間にいろいろなことがやれて、
1日を長く使えて、ゆっくり過ごしても充実した気がします。
ただ、連休が長く感じるかというとそんなことはなく、
今日の日曜日夕方はサザエさん症候群が発動しそうです。
減少傾向とは言えまだ連日決して少なくはない人数の陽性者が報じられるものの、特に何か制限の掛かっていない3年ぶりのゴールデンウィークの到来に、ここ数日久しぶりのアッパーな忙しさに追われていました。ただ久しぶり過ぎて需要予測がまるで立てられない様に陥り右往左往する羽目にもなりましたが(苦笑)
こんばんは、小島@監督です。
このまま平穏な時間が戻って来ると良いのですが。まだまだいろいろと予断を許しませんね。
さて、今回の映画は「名探偵コナン ハロウィンの花嫁」です。
ハロウィンを前に賑やかさが増す渋谷、その一角で結婚式が執り行われようとしていた。江戸川コナン(声・高山みなみ)ら少年探偵団や毛利小五郎(声・小山力也)、警察関係者たちが見守る中、タキシード姿の高木渉(声・高木渉)とウェディングドレスを身にまとった佐藤美和子(声・湯屋敦子)が入場してきた。
同じ頃、安室透(声・古谷徹)と風見裕也(声・飛田展男)が逮捕後脱走した犯人に関するタレコミを受け、とある立体駐車場で張り込んでいた。果たしてタレコミ通りに犯人が現れた。しかし様子がおかしい。2人は犯人を確保しようとするが…
ゴールデンウイークの目玉として製作された作品でハロウィンとは季節外れな感じもしますが、それがコナン映画。遂にシリーズ25作目を数える「名探偵コナン」の新作が現在公開中です。近年の劇場版コナンはサブキャラクターにスポットを当てたエピソードが続きますが、今作ではTVシリーズで長くラブストーリーが綴られた高木・佐藤両刑事を中心に、屈指の人気キャラクター安室透と、彼と警察学校で動機であった4人のメンバーのエピソードが絡む構図となっています。
息の長いシリーズだからこそとも言いますが、今作の前段となっているエピソード「揺れる警視庁 1200万人の人質」が放送されたのは2003年。実に19年前!さすがに仕込みが長すぎるのを自覚しているのか、昨年製作の第24作「緋色の弾丸」公開に合わせて製作された総集編「緋色の不在証明」同様の総集編が今年も製作されました。先日「金曜ロードショー」枠内で放送された「本庁の刑事恋物語~結婚前夜」がそれで、高木・佐藤両刑事のラブストーリーを採録し構成されています。また、それだけでなくTVスペシャルだった「揺れる警視庁」も再編集されて通常の放送枠で4回にわたって再放送するなどかなり力の入った準備ぶりです。
そんな今作、ある爆破事件と脅迫事件を軸に高木&佐藤、安室透と警察学校の同期たち、中盤から登場するエレニカ(声・白石麻衣)を中心とするロシア人グループ、現在と過去に渡りいくつもの点が混在し、それらをコナンが結び付けるなかなか見事な構成をしています。容疑者の線上に上がる人物が非常に少なく、「フーダニット」よりもそこに至るまでの物語の積み上げ方に主眼を置いているあたりに第1作「時計仕掛けの摩天楼」を彷彿とさせる部分もありますね。物語の主要メンバーの大半が刑事だからか、70年代の刑事ドラマのような風合いも感じられます。
もう一つ、今作の重要なポイントに音楽があります。メインテーマを残してこれまでの「名探偵コナン」を彩ってきた大野克夫が製作から離れ、菅野祐悟が担当しています。これが思いのほか高い効果を上げています。「PSYCHO-PASS」や「祈りの幕が下りる時」などアニメや実写を問わずサスペンス・ミステリー系の作品も多く手掛けた菅野祐悟、名探偵コナンとも抜群の相性を見せます。この新鮮なマリアージュは今作の意外な拾い物と言えますね。
コナン映画お約束ともいえるクライマックスの盛大な爆発と破壊が今作では少々大人しいのでちょいと物足りなく感じる部分もありますが(笑)、総じて満足度は高いです。
もともと昨年の「緋色の弾丸」が1年延期となったことで実質2年以上の製作期間を得た今作、劇場版コナンの地力を感じられる1本となっています。今作では初めてIMAX版やDolby Cinema版も製作されていますし、20年以上ゴールデンウイークの看板をしている作品をスクリーンで味わってみてはいかがでしょう。
こんばんは、小島@監督です。
このまま平穏な時間が戻って来ると良いのですが。まだまだいろいろと予断を許しませんね。
さて、今回の映画は「名探偵コナン ハロウィンの花嫁」です。
ハロウィンを前に賑やかさが増す渋谷、その一角で結婚式が執り行われようとしていた。江戸川コナン(声・高山みなみ)ら少年探偵団や毛利小五郎(声・小山力也)、警察関係者たちが見守る中、タキシード姿の高木渉(声・高木渉)とウェディングドレスを身にまとった佐藤美和子(声・湯屋敦子)が入場してきた。
同じ頃、安室透(声・古谷徹)と風見裕也(声・飛田展男)が逮捕後脱走した犯人に関するタレコミを受け、とある立体駐車場で張り込んでいた。果たしてタレコミ通りに犯人が現れた。しかし様子がおかしい。2人は犯人を確保しようとするが…
ゴールデンウイークの目玉として製作された作品でハロウィンとは季節外れな感じもしますが、それがコナン映画。遂にシリーズ25作目を数える「名探偵コナン」の新作が現在公開中です。近年の劇場版コナンはサブキャラクターにスポットを当てたエピソードが続きますが、今作ではTVシリーズで長くラブストーリーが綴られた高木・佐藤両刑事を中心に、屈指の人気キャラクター安室透と、彼と警察学校で動機であった4人のメンバーのエピソードが絡む構図となっています。
息の長いシリーズだからこそとも言いますが、今作の前段となっているエピソード「揺れる警視庁 1200万人の人質」が放送されたのは2003年。実に19年前!さすがに仕込みが長すぎるのを自覚しているのか、昨年製作の第24作「緋色の弾丸」公開に合わせて製作された総集編「緋色の不在証明」同様の総集編が今年も製作されました。先日「金曜ロードショー」枠内で放送された「本庁の刑事恋物語~結婚前夜」がそれで、高木・佐藤両刑事のラブストーリーを採録し構成されています。また、それだけでなくTVスペシャルだった「揺れる警視庁」も再編集されて通常の放送枠で4回にわたって再放送するなどかなり力の入った準備ぶりです。
そんな今作、ある爆破事件と脅迫事件を軸に高木&佐藤、安室透と警察学校の同期たち、中盤から登場するエレニカ(声・白石麻衣)を中心とするロシア人グループ、現在と過去に渡りいくつもの点が混在し、それらをコナンが結び付けるなかなか見事な構成をしています。容疑者の線上に上がる人物が非常に少なく、「フーダニット」よりもそこに至るまでの物語の積み上げ方に主眼を置いているあたりに第1作「時計仕掛けの摩天楼」を彷彿とさせる部分もありますね。物語の主要メンバーの大半が刑事だからか、70年代の刑事ドラマのような風合いも感じられます。
もう一つ、今作の重要なポイントに音楽があります。メインテーマを残してこれまでの「名探偵コナン」を彩ってきた大野克夫が製作から離れ、菅野祐悟が担当しています。これが思いのほか高い効果を上げています。「PSYCHO-PASS」や「祈りの幕が下りる時」などアニメや実写を問わずサスペンス・ミステリー系の作品も多く手掛けた菅野祐悟、名探偵コナンとも抜群の相性を見せます。この新鮮なマリアージュは今作の意外な拾い物と言えますね。
コナン映画お約束ともいえるクライマックスの盛大な爆発と破壊が今作では少々大人しいのでちょいと物足りなく感じる部分もありますが(笑)、総じて満足度は高いです。
もともと昨年の「緋色の弾丸」が1年延期となったことで実質2年以上の製作期間を得た今作、劇場版コナンの地力を感じられる1本となっています。今作では初めてIMAX版やDolby Cinema版も製作されていますし、20年以上ゴールデンウイークの看板をしている作品をスクリーンで味わってみてはいかがでしょう。
声優の配信するYouTubeチャンネルで40年以上前の作品、
高橋留美子原作の『めぞん一刻』の話題を話していました。
それがアニメ化されたのは私が小学校5、6年頃でしたが、
今では記憶は薄いながら、当時毎週楽しみに見ていました。
そのチャンネルを聴いていると、めぞん一刻が読みたくなり、
つい昨日、メルカリでなんの迷いもなく古本で全巻購入。
当時はあまりなにも思いませんでしたが、作品の内容って、
結構(エロい意味ではなく)アダルトな内容だと思いますし、
今思えば、これを面白がる私はマセた小学生でしたよね。
さて、世間はゴールデンウィークに盛り上がっています。
私もガチガチの車業界なので、しっかりお休みですが、
私は特に大きな予定は全くなく、ちょっと淋しいです。
ところで、このゴールデンウィークにともない警視庁が、
SNSで外出の予定を発信しないよう呼びかけています。
というのも、SNSに「旅行行ってくるぜ!」などと、
書き込みを行うと、それを見て旅行中の家に対して、
「空き巣してプリーズ!」と発信するのと同義なのだとか。
確かに家族がいる可能性はあれど『旅行=留守』だと、
なんともわかりやすく連想ができてしまいますものね。
もっとも昔だって長期間に渡り家を開けるような時は、
玄関のの 電気は付けっぱなしにしておくなどをして、
家に誰かいるアピールをする家庭もあったと思います。
まだ、玄関の電気に至っては自己防衛の範囲ですが、
SNSへの留守書き込みは自分から発信してますからね。
試しにTwitterで『留守 旅行』とか検索してみたのですが、
結構、旅行のため留守にします、との書き込みがあります。
かなり昔は、知らない人が近所で歩いているだけで、
近所中で噂になり、連絡を取り合う結果が防犯となり、
その反面、家に鍵をかけないなんてこともあったそうです。
しかし時代が進み、いろいろな進化が進むにつれて、
犯罪の方法にも進化が見られるようになってきました。
何においても、昔のままではないのだなと思います。
カラオケも25年もやってるととても変わしましたしね。
今時の若い人って、本で選曲してたの知ってるのかな?
高橋留美子原作の『めぞん一刻』の話題を話していました。
それがアニメ化されたのは私が小学校5、6年頃でしたが、
今では記憶は薄いながら、当時毎週楽しみに見ていました。
そのチャンネルを聴いていると、めぞん一刻が読みたくなり、
つい昨日、メルカリでなんの迷いもなく古本で全巻購入。
当時はあまりなにも思いませんでしたが、作品の内容って、
結構(エロい意味ではなく)アダルトな内容だと思いますし、
今思えば、これを面白がる私はマセた小学生でしたよね。
さて、世間はゴールデンウィークに盛り上がっています。
私もガチガチの車業界なので、しっかりお休みですが、
私は特に大きな予定は全くなく、ちょっと淋しいです。
ところで、このゴールデンウィークにともない警視庁が、
SNSで外出の予定を発信しないよう呼びかけています。
というのも、SNSに「旅行行ってくるぜ!」などと、
書き込みを行うと、それを見て旅行中の家に対して、
「空き巣してプリーズ!」と発信するのと同義なのだとか。
確かに家族がいる可能性はあれど『旅行=留守』だと、
なんともわかりやすく連想ができてしまいますものね。
もっとも昔だって長期間に渡り家を開けるような時は、
玄関のの 電気は付けっぱなしにしておくなどをして、
家に誰かいるアピールをする家庭もあったと思います。
まだ、玄関の電気に至っては自己防衛の範囲ですが、
SNSへの留守書き込みは自分から発信してますからね。
試しにTwitterで『留守 旅行』とか検索してみたのですが、
結構、旅行のため留守にします、との書き込みがあります。
かなり昔は、知らない人が近所で歩いているだけで、
近所中で噂になり、連絡を取り合う結果が防犯となり、
その反面、家に鍵をかけないなんてこともあったそうです。
しかし時代が進み、いろいろな進化が進むにつれて、
犯罪の方法にも進化が見られるようになってきました。
何においても、昔のままではないのだなと思います。
カラオケも25年もやってるととても変わしましたしね。
今時の若い人って、本で選曲してたの知ってるのかな?
昨日開催された「THE IDOLM@STER SHINY COLORS 4thLIVE 空は澄み、今を越えて。」Day2を配信で鑑賞。過去と現在の積み重ねの向こうに未来を仰ぎ見る、そんなリリカルなコンセプトのライブで、時に繊細に時に暴れるような感情の奔流に身を委ねられる充実したステージでした。現地で観れていればそれこそ全身浴でもするかの如くカタルシスに浸れていたことでしょう。アイドルマスターの末っ子シャイニーカラーズも気付けば他のどれとも違う道をちゃんと歩けるようになっていました。その道がどこまで続いているのか、楽しみでなりません。
こんばんは、小島@監督です。
仕事の都合で観れなかったDay1も配信チケットは買ってあるのでこの後アーカイブを堪能することにします。
さて、今回の映画は「シャドウ・イン・クラウド」です。
1943年、ニュージーランド・オークランド空軍基地から飛び立とうとするB-17大型爆撃機「フールズ・エランド号」にモード・ギャレット空軍大尉(クロエ・グレース・モレッツ)が乗り込んできた。上官からの密命を帯びて派遣されたと主張するモードだが、フールズ・エランド号の乗組員たちは爆撃機に女性が乗ることに反発し嘲笑を向け、モードを狭い回転銃座の中に押し込めてしまった。
離陸したフールズ・エランド号は悪天候の中で航行を続け、高度2,500mに達する頃、モードは視界の隅に不気味に動く怪物の姿を捉える。しかし乗組員たちはモードの報告を誰も信じようとしない。じれるモードをあざ笑うかのように怪物は牙をむいて爆撃機に襲い掛かってきた。
最近公開される大作系映画が軒並み2時間どころか2時間半も超え気味で、それはそれで観てて楽しいのですがちょいと胃もたれしかかっていたところに、低予算で登場人物も少なめ、上映時間も83分と短い絶妙にライトな逸品が登場してくれました。
作中で「グレムリン」と呼称される謎のモンスター、名を聞けば多くの方がスティーブン・スピルバーグ製作総指揮、ジョー・ダンテ監督の傑作映画「グレムリン」(1984年)が思い出されるでしょうが、この「シャドウ・イン・クラウド」に登場するのは水を浴びると大量増殖する悪戯妖精ではなく第2次大戦中にイギリス空軍兵たちの間で噂に上った方。原因不明の飛行トラブルに見舞われた兵士たちの間で「故障はグレムリンの仕業だ」と言われていたアレです。目撃例まである話ですが、実際のところは味方である整備兵たちの不手際と責任を回避するためにグレムリンのせいにしたという説が有力で、目撃例についても任務中に極度の緊張状態に陥った兵士の妄想や幻覚だとされています。1983年製作のオムニバス映画「トワイライトゾーン/超次元の体験」の1編「2万フィートの戦慄」ではこのグレムリンのフォークロアをモチーフにした作品が登場し、「シャドウ・イン・クラウド」はこれへのオマージュも感じられる作品になっています。
物語の構成もなかなかユニーク。映画前半、カメラは回転銃座に押し込められたモードに固定され、爆撃機内の様子は機内通信越しに語られる会話のみ。ミソジニー丸出しで無遠慮かつ嘲笑的な会話をモードにぶつけ、更には乗組員たちは「そもそもお前は本当に空軍大尉なのか」とモードの存在そのものに不信感と疑心暗鬼を募らせていきます。
窮屈で動きの無い画面と不審と疑念に満ちた会話劇により募るフラストレーション、これが沸点に到達しようかという頃、グレムリンが襲撃するわ、更には零戦(!)と会敵するわで突如映像から熱量とハッタリが急上昇します。この爆発力は素直に押したい。ここまで秘密を抱えて小さな嘘を重ねるヒロインを抑制された演技で見せていたクロエ・グレース・モレッツはアクションヒロインにシフトチェンジ。ドッグファイトとモンスターバトルが同時進行する戦場で獅子奮迅の活躍を見せ、グレムリンと素手喧嘩(ステゴロ)キメるクライマックスに至りボルテージも最高潮。そうそう、B級映画はこうでなくては(笑)!
誰が見ても振り返りそうな美人なのに異端的なキャラクターを演じてる時こそ輝くクロエ・グレース・モレッツの存在感はこの映画でも際立っていて、彼女のフィルモグラフィーに新たな1ページが刻まれたと言っていいでしょう。
傑作と呼ぶには至らないけれど、ちょっと風変わりな、それでいて楽しい作品。まばゆい大作映画が相次ぐシーズンですが、ふと辺りを見回すとこんな映画が転がっていたりします。何とはなしに観てみるのもまた楽しいですよ。
こんばんは、小島@監督です。
仕事の都合で観れなかったDay1も配信チケットは買ってあるのでこの後アーカイブを堪能することにします。
さて、今回の映画は「シャドウ・イン・クラウド」です。
1943年、ニュージーランド・オークランド空軍基地から飛び立とうとするB-17大型爆撃機「フールズ・エランド号」にモード・ギャレット空軍大尉(クロエ・グレース・モレッツ)が乗り込んできた。上官からの密命を帯びて派遣されたと主張するモードだが、フールズ・エランド号の乗組員たちは爆撃機に女性が乗ることに反発し嘲笑を向け、モードを狭い回転銃座の中に押し込めてしまった。
離陸したフールズ・エランド号は悪天候の中で航行を続け、高度2,500mに達する頃、モードは視界の隅に不気味に動く怪物の姿を捉える。しかし乗組員たちはモードの報告を誰も信じようとしない。じれるモードをあざ笑うかのように怪物は牙をむいて爆撃機に襲い掛かってきた。
最近公開される大作系映画が軒並み2時間どころか2時間半も超え気味で、それはそれで観てて楽しいのですがちょいと胃もたれしかかっていたところに、低予算で登場人物も少なめ、上映時間も83分と短い絶妙にライトな逸品が登場してくれました。
作中で「グレムリン」と呼称される謎のモンスター、名を聞けば多くの方がスティーブン・スピルバーグ製作総指揮、ジョー・ダンテ監督の傑作映画「グレムリン」(1984年)が思い出されるでしょうが、この「シャドウ・イン・クラウド」に登場するのは水を浴びると大量増殖する悪戯妖精ではなく第2次大戦中にイギリス空軍兵たちの間で噂に上った方。原因不明の飛行トラブルに見舞われた兵士たちの間で「故障はグレムリンの仕業だ」と言われていたアレです。目撃例まである話ですが、実際のところは味方である整備兵たちの不手際と責任を回避するためにグレムリンのせいにしたという説が有力で、目撃例についても任務中に極度の緊張状態に陥った兵士の妄想や幻覚だとされています。1983年製作のオムニバス映画「トワイライトゾーン/超次元の体験」の1編「2万フィートの戦慄」ではこのグレムリンのフォークロアをモチーフにした作品が登場し、「シャドウ・イン・クラウド」はこれへのオマージュも感じられる作品になっています。
物語の構成もなかなかユニーク。映画前半、カメラは回転銃座に押し込められたモードに固定され、爆撃機内の様子は機内通信越しに語られる会話のみ。ミソジニー丸出しで無遠慮かつ嘲笑的な会話をモードにぶつけ、更には乗組員たちは「そもそもお前は本当に空軍大尉なのか」とモードの存在そのものに不信感と疑心暗鬼を募らせていきます。
窮屈で動きの無い画面と不審と疑念に満ちた会話劇により募るフラストレーション、これが沸点に到達しようかという頃、グレムリンが襲撃するわ、更には零戦(!)と会敵するわで突如映像から熱量とハッタリが急上昇します。この爆発力は素直に押したい。ここまで秘密を抱えて小さな嘘を重ねるヒロインを抑制された演技で見せていたクロエ・グレース・モレッツはアクションヒロインにシフトチェンジ。ドッグファイトとモンスターバトルが同時進行する戦場で獅子奮迅の活躍を見せ、グレムリンと素手喧嘩(ステゴロ)キメるクライマックスに至りボルテージも最高潮。そうそう、B級映画はこうでなくては(笑)!
誰が見ても振り返りそうな美人なのに異端的なキャラクターを演じてる時こそ輝くクロエ・グレース・モレッツの存在感はこの映画でも際立っていて、彼女のフィルモグラフィーに新たな1ページが刻まれたと言っていいでしょう。
傑作と呼ぶには至らないけれど、ちょっと風変わりな、それでいて楽しい作品。まばゆい大作映画が相次ぐシーズンですが、ふと辺りを見回すとこんな映画が転がっていたりします。何とはなしに観てみるのもまた楽しいですよ。
某牛丼チェーンの偉い人の失言が話題になっています。
私は割とそういうのを気にしてその店を敬遠するような、
そんなタイプではないですが、さすがに今回は考えました。
昔からこのチェーンはお客様への対応にちょっと問題があり、
数年ごとに炎上していたりするのですが、今回はコンボです。
失言やキャンペーンなどの問題が、連続して出てきてしまい、
結局、社風自体に根強いマイナス面があるのかもしれません。
熱心なマーケティングで、お客様を囲い込みたいのでしょうが、
その戦略にお客様への愛情は無くなっているのでしょうね。
さて、相葉雅紀さんがメインで出演のテレビ番組『VS魂』。
いくつかのミニゲームをゲストと競い合う内容で、
『VS嵐』の後番組として放送が始まった番組ですね。
正直、『VS嵐』に比べるとやっぱりパンチが弱いですが、
仕事から帰って食事をしながらダラダラ見るには、
ちょうどいい塩梅のテンションが結構好きだったりします。
その前回放送ではミニゲームにボウリング的なものが多く、
今までどれだけやってきたか紹介されるという内容でした。
とにかくいろんなアイデアとボウリングを結びつけて、
ミニゲームにしているだけなのですが、それを見ていて、
「そういえば足を骨折してからボウリングしてないや」と、
もう3年以上ボウリングをしていない事に気が付きました。
ヘタクソながら、私は何気にマイボールを持っていたりと、
結構昔はかなりボウリングに熱を上げていたほうです。
ですが骨折して以来、自分は運動とは無縁と勝手に決め、
なんとなく、運動することを避ける生活をしていましたので、
ボウリングするという選択肢はスッポリ抜けていました。
それこそ骨折した時の状況が「小走りしてコケた」ことで、
走ることも悪としていたので、骨折以後は走っていません。
トイレに切羽詰まっても、小走りすらしない生活をすると、
以外と走ることはしなくても生きていけるなと思ったくらいです。
しかしながら番組中で散々ボウリングを見せられたら、
ボウリングをしたい欲求がどんどん出てきてしまいました。
昔はサークルでも毎年ボウリング大会とかをしていましたね。
ちょっと懐かしいなんて思いました。
マイボール、どこにしまったかな・・・?
私は割とそういうのを気にしてその店を敬遠するような、
そんなタイプではないですが、さすがに今回は考えました。
昔からこのチェーンはお客様への対応にちょっと問題があり、
数年ごとに炎上していたりするのですが、今回はコンボです。
失言やキャンペーンなどの問題が、連続して出てきてしまい、
結局、社風自体に根強いマイナス面があるのかもしれません。
熱心なマーケティングで、お客様を囲い込みたいのでしょうが、
その戦略にお客様への愛情は無くなっているのでしょうね。
さて、相葉雅紀さんがメインで出演のテレビ番組『VS魂』。
いくつかのミニゲームをゲストと競い合う内容で、
『VS嵐』の後番組として放送が始まった番組ですね。
正直、『VS嵐』に比べるとやっぱりパンチが弱いですが、
仕事から帰って食事をしながらダラダラ見るには、
ちょうどいい塩梅のテンションが結構好きだったりします。
その前回放送ではミニゲームにボウリング的なものが多く、
今までどれだけやってきたか紹介されるという内容でした。
とにかくいろんなアイデアとボウリングを結びつけて、
ミニゲームにしているだけなのですが、それを見ていて、
「そういえば足を骨折してからボウリングしてないや」と、
もう3年以上ボウリングをしていない事に気が付きました。
ヘタクソながら、私は何気にマイボールを持っていたりと、
結構昔はかなりボウリングに熱を上げていたほうです。
ですが骨折して以来、自分は運動とは無縁と勝手に決め、
なんとなく、運動することを避ける生活をしていましたので、
ボウリングするという選択肢はスッポリ抜けていました。
それこそ骨折した時の状況が「小走りしてコケた」ことで、
走ることも悪としていたので、骨折以後は走っていません。
トイレに切羽詰まっても、小走りすらしない生活をすると、
以外と走ることはしなくても生きていけるなと思ったくらいです。
しかしながら番組中で散々ボウリングを見せられたら、
ボウリングをしたい欲求がどんどん出てきてしまいました。
昔はサークルでも毎年ボウリング大会とかをしていましたね。
ちょっと懐かしいなんて思いました。
マイボール、どこにしまったかな・・・?
サイバー攻撃の影響で製作がストップしていた東映アニメーションが、ようやく「ワンピース」や「デリシャスパーティ♡プリキュア」と言った自社作品の放送再開に漕ぎ着け、延期となっていた「ドラゴンボール超」の封切り日も決まるなど何とか再始動してくれて嬉しい限りです。ここ数ヶ月サイバー攻撃により企業がダメージを受けた話が相次ぎ、自分の仕事に近いところでは月桂冠が数日注文を受け付けられず商品が出荷できない事態に陥ったりしていました。ネットの海でも不穏な話が尽きないというのは嫌なものですね。
こんばんは、小島@監督です。
日曜日にプリキュアが観られないと地味にメンタルに来るんすわ。
さて、今回の映画は「ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密」です。
普通の人間「マグル」に全面戦争を仕掛けようとし、魔法界で勢力を伸ばし続けるゲラール・グリンデルバルド(マッツ・ミケルセン)、その野望を阻止しようとするアルバス・ダンブルドア(ジュード・ロウ)だったが自身ではグリンデルバルドを止められないため元教え子で魔法動物学者のニュート・スキャマンダー(エディ・レッドメイン)に依頼し少人数のチームを結成する。
ニューヨークでパン屋を営むジェイコブ・コワルスキー(ダン・フォグラー)は最愛の女性クイニー・ゴールドスタイン(アリソン・スドル)がグリンデルバルドの元に去って落ち込んでしまい、繁盛していたパン屋もすっかり寂れてしまっていた。そんなジェイコブの前にニュートの依頼を受けた呪文学の教師ユーラリー・ヒックス(ジェシカ・ウィリアムズ)が現れる。
「ハリー・ポッターシリーズ」に連なり、その前の時代を描く「ファンタスティック・ビースト」、5部作を予定しているシリーズの第3作目が公開されました。キャストにもスタッフにもアカデミー賞受賞もしくはノミネート歴を持つ方々が何人もいる、まさに大作と呼ぶに相応しい布陣と迫力の映像でゴールデンウイーク・シーズンを飾る作品らしい1本になっています。コリーン・アトウッド(彼もアカデミー賞受賞経験者)手掛ける1930年代風衣裳がとにかく素晴らしいので画の華々しさはピカイチでしょう。
「ハリー・ポッター」の原作者J・K・ローリング自身が脚本を手掛けた前作が興行成績は良かったものの物語の評価は今一つだったことの反省を踏まえてか、今作では映画「ハリポタ」8作品中7作品のシナリオを書いたスティーヴ・クローヴスが共同脚本として参加しており、それが功を奏したか、前作よりメリハリの効いた作品になっています。また、前作までグリンデルバルド役を演じていたジョニー・デップが家庭内暴力関連の裁判で敗訴した影響で降板し、マッツ・ミケルセンが引き継いだという点も踏まえ、続編というより仕切り直しのような印象です。
面白い、というか観る人によって印象が変わるだろうなという最大のポイントが「ダンブルドアの秘密」という副題そのものにあります。実はこれ変な意訳ではなく原題もこのまま。ですが溜めて溜めてクライマックスに衝撃の事実が明らかにされる、という類のものではありません。ごく序盤でかなりあっさりと言及されます。むしろ「秘密」の内容そのものよりそれをどのような気持ちでダンブルドアが抱えてきたかを踏み込んで描いているのが特徴。そこをどう観るかでこの映画に対する評価も大きく変わってくるでしょう。
また、これを主軸にニュートの活躍やコワルスキーとクイニーの関係なども合わせて描かれていくので前作同様に構成要素の多い凝った物語になっており、悪い言い方をすればかなり唐突な展開も目につき、登場人物の背景を把握できていなければ振り落とされてしまいかねない部分も散見されます。予習はしておくに越したことはありません。
ところでジョニー・デップからグリンデルバルド役を引き継いだマッツ・ミケルセン、個人的な印象になりますがグリンデルバルドというキャラクターにはむしろ合っているように見受けられました。冷酷なカリスマであったグリンデルバルドの意外な「もろさ」が露呈する今作にあって、その「もろさ」を品格を以て演じ切るその居住まいがあまりにも見事なのです。ダンブルドア役ジュード・ロウとの化学反応はこの作品の見どころの一つと言っていいでしょう。
前作より引き続きや留め置きとなっていた部分の多くに一応の決着がつきポジティブな余韻を残してくれるのも高ポイント。総じて得られる満足度は高い1本。コレを踏まえて残り2作でどのような展開を見せるのか、ハリー・ポッターの時代へどう繋がっていくのか楽しみです。
こんばんは、小島@監督です。
日曜日にプリキュアが観られないと地味にメンタルに来るんすわ。
さて、今回の映画は「ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密」です。
普通の人間「マグル」に全面戦争を仕掛けようとし、魔法界で勢力を伸ばし続けるゲラール・グリンデルバルド(マッツ・ミケルセン)、その野望を阻止しようとするアルバス・ダンブルドア(ジュード・ロウ)だったが自身ではグリンデルバルドを止められないため元教え子で魔法動物学者のニュート・スキャマンダー(エディ・レッドメイン)に依頼し少人数のチームを結成する。
ニューヨークでパン屋を営むジェイコブ・コワルスキー(ダン・フォグラー)は最愛の女性クイニー・ゴールドスタイン(アリソン・スドル)がグリンデルバルドの元に去って落ち込んでしまい、繁盛していたパン屋もすっかり寂れてしまっていた。そんなジェイコブの前にニュートの依頼を受けた呪文学の教師ユーラリー・ヒックス(ジェシカ・ウィリアムズ)が現れる。
「ハリー・ポッターシリーズ」に連なり、その前の時代を描く「ファンタスティック・ビースト」、5部作を予定しているシリーズの第3作目が公開されました。キャストにもスタッフにもアカデミー賞受賞もしくはノミネート歴を持つ方々が何人もいる、まさに大作と呼ぶに相応しい布陣と迫力の映像でゴールデンウイーク・シーズンを飾る作品らしい1本になっています。コリーン・アトウッド(彼もアカデミー賞受賞経験者)手掛ける1930年代風衣裳がとにかく素晴らしいので画の華々しさはピカイチでしょう。
「ハリー・ポッター」の原作者J・K・ローリング自身が脚本を手掛けた前作が興行成績は良かったものの物語の評価は今一つだったことの反省を踏まえてか、今作では映画「ハリポタ」8作品中7作品のシナリオを書いたスティーヴ・クローヴスが共同脚本として参加しており、それが功を奏したか、前作よりメリハリの効いた作品になっています。また、前作までグリンデルバルド役を演じていたジョニー・デップが家庭内暴力関連の裁判で敗訴した影響で降板し、マッツ・ミケルセンが引き継いだという点も踏まえ、続編というより仕切り直しのような印象です。
面白い、というか観る人によって印象が変わるだろうなという最大のポイントが「ダンブルドアの秘密」という副題そのものにあります。実はこれ変な意訳ではなく原題もこのまま。ですが溜めて溜めてクライマックスに衝撃の事実が明らかにされる、という類のものではありません。ごく序盤でかなりあっさりと言及されます。むしろ「秘密」の内容そのものよりそれをどのような気持ちでダンブルドアが抱えてきたかを踏み込んで描いているのが特徴。そこをどう観るかでこの映画に対する評価も大きく変わってくるでしょう。
また、これを主軸にニュートの活躍やコワルスキーとクイニーの関係なども合わせて描かれていくので前作同様に構成要素の多い凝った物語になっており、悪い言い方をすればかなり唐突な展開も目につき、登場人物の背景を把握できていなければ振り落とされてしまいかねない部分も散見されます。予習はしておくに越したことはありません。
ところでジョニー・デップからグリンデルバルド役を引き継いだマッツ・ミケルセン、個人的な印象になりますがグリンデルバルドというキャラクターにはむしろ合っているように見受けられました。冷酷なカリスマであったグリンデルバルドの意外な「もろさ」が露呈する今作にあって、その「もろさ」を品格を以て演じ切るその居住まいがあまりにも見事なのです。ダンブルドア役ジュード・ロウとの化学反応はこの作品の見どころの一つと言っていいでしょう。
前作より引き続きや留め置きとなっていた部分の多くに一応の決着がつきポジティブな余韻を残してくれるのも高ポイント。総じて得られる満足度は高い1本。コレを踏まえて残り2作でどのような展開を見せるのか、ハリー・ポッターの時代へどう繋がっていくのか楽しみです。