ちゅうカラぶろぐ


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方や島が生まれたり方や人が立ち入れなくなったり、昨年からこっち日本中で妙に火山の噴火のニュースを聞くなと思っていたら、また更に大きな噴火のニュースが。
小松左京の「日本沈没」じゃないですが、こんだけ立て続くとさすがにこれは何かの前触れなのかと不安になったりもします。かと言ってさすがに大仰な防災対策をしている余裕もあまり無いので日頃通勤に使ってるデイパックに替えの下着や携帯の充電器を仕込むとかせいぜいそのくらいの事しかやれてませんが。ま、それに下着はそもそも力仕事主体の職場なので毎日必然的に要るから入れてるだけとも言いますが(笑)
何にしても極端な大災害が起こらない事を祈るのみです。

こんばんは、小島@監督です。
それにしてもいつだったかトイレに入ってる時に地震発生されたのには参りました。あんなの身動き取れないっちゅーねん。ちょっぴり覚悟完了しました(苦笑)

さて、今回の映画は「ハーツ・アンド・マインズ」です。

これは数々のインタビューや膨大な取材映像の他ニュース・フィルムや戦意高揚映画などの素材を編集して製作された、ベトナム戦争の実像に迫るドキュメンタリー映画です。タイトルの由来は作中でも使われていたジョンソン大統領が行った演説の「最終的ん場勝利はベトナム人の意欲と気質(ハーツ・アンド・マインズ)にかかっているだろう」という一節から取ったようです。

この映画が製作されたのは何と1974年。既に末期に差し掛かっていたとはいえベトナム戦争の只中で製作されたという事実に驚かされます。
公開にも紆余曲折あったろうことは想像に難くなく、パンフレットによればまずカンヌ映画祭で上映され大絶賛されたものの、政治的報復を恐れた配給会社が降りてしまい、その後ワーナーによる配給が決まりはしたが当時のジョンソン大統領政策補佐官ウォルト・ロストウが一部シーンの削除と上映差し止め要求を裁判所に提出するなど妨害行為が相次いだそうです。製作サイドは当然再編集を拒否して裁判が行われ、最高裁により一般公開が許可されたのは翌年のこと。
日本ではどうかというと、何に配慮したのか劇場公開は見送られてしまい、1度深夜に放送されて反響を呼ぶも1987年にVHSソフトとしてリリースされたのみで、初上映は東京都写真美術館での企画上映でそれが2010年のこと(同年にDVDも発売されている)。今年に入って全国各地のミニシアターでロードショーされていますがそれが初めての全国公開、という状況だそうです。

こんな剣呑な状況なのでてっきりマイケル・ムーアの「ボウリング・フォー・コロンバイン(2002年製作)」のような過激で扇動的な映画なのか、と思えばそうではありませんでした。
ごく一部に過激なフッテージが使われはするもののせいぜいそれくらいで、ベトナム戦争に対してアメリカベトナム双方の国の人々、賛成派反対派、身分や貧富を問わず多くの人々にマイクを向け証言を拾い集め、極力理性的な姿勢で作られています。

しかしこの映画の発端は明らかに時の政府に対する不信と怒りです。行間、というべきか編集された映像のコマ間に隠しようもない怒りがほの見えます。激流と呼んでもいい怒りを持ちながら極力理性的に作り上げている事、それこそがこの映画の凄みです。ある意味気高いと言ってもいい。声高に叫べばそれが人に伝わるわけではない、ということを体現しているようです。
そしてそのエネルギーは確実に伝達し後年多大な影響を与えました。文化的には「地獄の黙示録」や「プラトーン」等の作品群の原動力となり、そして第2の「ハーツ・アンド・マインズ」誕生を恐れたアメリカはアフガニスタンやイラク戦争では従軍記者の取材を厳重に規制するようになります。そう言った点である意味映像史や政治史的にも重要なポイントにある作品と言えますね。

この映画が見せるのは時の権力に与しないジャーナリズムの本質です。40年前の「現在」を検証する内容でありながら、これから先の「未来」への警告とも言え、どんな感想を抱くにしろ一人でも多くの方に観て欲しい映画です。
先述の通り既にDVDはリリースしていますし、映像も音響も迫力で押すタイプの作品ではないので何も私のようにわざわざ映画館まで足を運んで観なくても良いとは思いますが、「現在」を考える一つの材料として、触れる価値のある一本だと思いますね。

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