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ちゅうカラぶろぐ


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半世紀に渡り「ルパン3世」の次元大介役を演じ続け昨年勇退された声優・小林清志さんの訃報が。
 他にも「機動戦士ガンダム0083」のエギーユ・デラーズや「勇者王ガオガイガー」のナレーション、洋画の吹き替えでも「大脱走」のジェームズ・コバーンや「逃亡者」のトミー・リー・ジョーンズなどが印象に残っている方も多いでしょう。次元大介に限らず晩年まで出演作の途絶えない、まさに生涯現役を貫いてご活躍されました。
 謹んでご冥福をお祈りいたします。

 こんばんは、小島@監督です。
 6月に96歳で没した作曲家・渡辺宙明さんと言いやっぱり生涯現役で大往生というのは、どこか憧れるものがありますね。

 さて、今回の映画は「ジュラシック・ワールド/新たなる支配者」です。

 かつて「ジュラシック・ワールド」があったイスラ・ヌブラル島よりアメリカ本土へ恐竜が運び出され、メイジー・ロックウッド(イザベラ・サーモン)の手によってそれらが解き放たれてから4年の歳月が過ぎた。今や恐竜たちは地球各地に棲みつくようになり、人類と恐竜が混在する世界が始まりつつあった。
 オーウェン(クリス・プラット)とクレア(ブライス・ダラス・ハワード)は、恐竜たちの保護に尽力しながら山奥の一軒家でメイジーを育てる生活を送っていた。しかし、メイジーと山に棲みついていたヴェロキラプトルのブルーが出会ったところを密猟者に見つかってしまう。
 一方、古生植物学者のエリー・サトラー博士(ローラ・ダーン)は巨大化したイナゴの大群に襲撃された農場の調査に訪れていた。イナゴが人為的に改良された種ではないかと推測したエリーは、古生物学者のアラン・グラント博士(サム・ニール)に協力を願い出る。

 映画の歴史を変え、古生物研究をも大きく進歩させたと言われる1993年の「ジュラシック・パーク」、それから約30年の時を経てシリーズの完結編と銘打った作品が公開されました。
 2015年から始まった「ジュラシック・ワールド」三部作は、「パーク」三部作を設定や世界観を踏襲しながらスケールアップを目指す形のリブートとして製作され、より大きな舞台で恐竜たちが暴れまわる姿をダイナミックに描いて来ました。
 実際のところ語っていること自体は1作目から変わらず、より重厚化、というよりは6度にわたり同じテーマを焼き直して語っているようなものなのですが、今回は六部作全体の完結編として「パーク」三部作で主演したサム・ニール、ローラ・ダーン、ジェフ・ゴールドブラムの3人が再集結するなど、まさに集大成、あるいは「祭りの最後の花火」と言った趣です。今回物語の核になる「バイオシン社」も1作目でインジェン社のエンジニア・デニス・ネドリーを買収したライバル企業の名前だったりして、これまでのシリーズに登場したファクターやキーワードが随所に使われています。

 映画冒頭の時点である意味状況は行きつくところまで行ってしまっており、既に人類社会のすぐそばに恐竜がいるようになっているので遭遇のシチュエーションの多彩さは群を抜いています。中でも序盤で観られる「雪の中に佇む恐竜」のビジュアルの非日常性と静けさが同居した美しさが素晴らしい。これが早い段階で提示されるのでもっと哲学的な物語になるのかと思いきやそんなことはないのですが(笑)。むしろ147分の上映時間をいっぱいに使って市街戦からジャングル、洞窟まで豊富な見せ場のバリエーションで楽しませてくれる映画です。いくつかのシーンはどことなくゲーム的でもあり、何となく往年のゲーム「ディノクライシス」を思い出し、先日久しぶりにPS VITAの電源入れてプレイし直したりしましたね(笑)

 登場する恐竜たちもシリーズで度々フィーチャーされたティラノサウルスやヴェロキラプトルだけでなく最早ちょっぴり懐かしささえ覚えるディロフォサウルスやT-REX以上の巨体だったと言われるギガノトサウルス、巨大な爪を持つテリジノサウルスなど次々と登場。さながら怪獣映画のようなシーンもあり実にバラエティ豊かで華々しさに満ちています。
 一方で、物語の軸の一つを担う「巨大イナゴの大量発生」もかなりのリアリティを持って描かれているので昆虫系が苦手な方はちょっぴり注意が必要。多分いくつかのショットが軽くトラウマ級です。

 いくつかのやり残したことを拾い上げようとするとともに、最後に大きな祭りを仕掛けようとしている今作、大味ではあるものの、やっぱり夏休みみたいな時期にはこんなエンターテインメントが王道に居て欲しいもの。こういうのは映画館で観て何ぼです。夏のひと時、どうぞご堪能あれ。


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先週末、ひとつの映画館が閉館しました。
 東京・神保町にある「岩波ホール」、海外の良作を積極的に発信し上映した映画館で、現在日本でほぼ世界のどの国の映画でも観られる土壌を作り上げたと言っても過言ではない映画館で、私もほとんど行ったことは無いのにその恩恵はコレでもかとばかりに浴させてもらいました。
 コロナ禍が引き起こした映画や映画館への影響は、ついにこの岩波ホールを閉めさせるまでに至ってしまいました。時代の流れというにはあまりにも重い…

 こんばんは、小島@監督です。
 いつかまた、復活する日がくることを祈って。

 さて、ちょっぴりセンチメンタルなイントロとは裏腹に、今回の映画は「海上48hours 悪夢のバカンス」です。

 メキシコのビーチで、春のバカンスの最後を楽しむナット(ホーリー・アール)ら5人の大学生たち。徹夜で飲み明かした朝、メンバーの一人グレッグ(トーマス・フリン)は桟橋に停められた2台の水上バイクを見つけた。酒の残った勢いでグレッグと仲間のタイラー(マラキ・プラー=ラッチマン)、トム(ジャック・トゥルーマン)らと共にキーを盗み出し、ミリー(キャサリン・ハネイ)とナットを誘い海へ出ようと言い出す。ナットはいささか消極的だったものの学生最後のバカンスを思い切り楽しみたいというミリーに説得され、5人は水上バイクで海へ。
 テンションの上がったグレッグたちはナットの心配をよそに岸を離れ沖を突き進み、遂にチキンレースに発展。しかし操作を誤り2台の水上バイクは衝突。1台は大破しもう1台もエンジントラブルで動かない。しかもグレッグは足を負傷。更に悪いことに血の匂いを嗅ぎつけた巨大なホホジロザメが5人を襲い始めた!

 誰もいない小さなビーチでサーフィンを楽しんでいたらサメの襲撃を受け、逃げ込んだ岩礁からの脱出を試みる「ロスト・バケーション」、ケージダイビングの最中にケーブルが切れ海底深くに落下した檻からの脱出を図る「海底47m」など、限定的なシチュエーションをスリリングに描くサメ映画が数年に1本のペースで登場しています。今回の舞台は1台の壊れた水上バイクの上。5人の大学生たちの決死のサバイバルが描かれます。邦題は「海上47m」を思わせるものになっていますが、原題は「SHARK BAIT」、直訳すると「サメのエサ」。実に身も蓋も無い(笑)

 正直言うと観る前は5人が各々の特技や持ち物を活かしてサメがうごめく海域をサバイバる話かと思っていたんですよ。まさか5人もいながら辛うじて知恵が回るのは1人だけ。あとはみんなボンクラばかり、他のモンスターパニックやホラー映画なら真っ先に犠牲になりそうなキャラクター
しかいないという割とどうしようもない状況だとは。「ロスト・バケーション」では身の回りにあるほんの僅かな品だけで状況を切り抜けようと知恵を働かせるシーンが随所に登場しましたが、こちらはろくにそれもできずにただ翻弄されていきます。しかも、ひょんなことからメンバー内で浮気が発覚して険悪な雰囲気になるというおまけ付き。「あれ、この人たち勝ち目ゼロじゃねぇ!?」と思ってしまう状態になるまでが流れるように淀みなく描かれるのでちょっと清々しいくらいです。
 短いセリフと描写でキャラクターの個性を印象付ける手腕、本題が始まるまでのスピード感と、ドローン撮影を積極的に活用した海洋の映像表現と迫力は買いですね。

 もう一点、この映画はサメがちゃんとサメの動きをするので結構スリルがあると言うのもポイント。「お前は何を言ってるんだ?」とお思いでしょうが、近年のサメ映画は濫造と先鋭化が進み過ぎてこういう王道がちょっと珍しくなってしまっているのです。
 変な余剰が無く85分という短い上映時間で手軽に観られるのも良く、ジャンル映画としてはまずまずの出来。難しいものが見たくない時には丁度いいでしょうが、張り切ってお薦めするようなものでもありません。ただ、嵐に乗って空から襲ってきたりゾンビになったりサイボーグになったりタコと融合したり陸上を走ったり魔術を使ったりするサメ映画に慣れ切ってしまって「サメは海を泳ぐもの」という事をちょいと忘れかけている人は正気を取り戻すためにも観ておきましょう。時はリハビリも大事。
 

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春頃から副鼻腔炎の治療を受けていて、それがひと段落してやれやれと思っていたらその掛かっていた医院が閉院になってしまい、さて今後症状が悪化したらどうしたものかとちょいと途方に暮れています。

 こんばんは、小島@監督です。
 割と名医だったらしいだけに余計困惑。ハードルを下げながら探すしかないかな…

 さて、先日強烈なものを観てしまったので劇場上映作品ではなく配信作品から1本ご紹介。今回の映画は「呪詛」です。

 リー・ルオナン(ツァイ・ガンユエン)は語り掛ける。6年前にある「禁忌」を犯し、関わった全ての者が不幸な目に遭ったと。そして自分の娘・ドゥオドゥオ(ホアン・シンティン)にもその「呪い」が及んでいると。
 ルオナンは今までに撮影したビデオ日記の映像を流し始める。出産後ルオナンは長く精神科にかかっていたためドゥオドゥオは養護施設で育てられた。ようやく子供と暮らすことが認められ、ルオナンはドゥオドゥオを迎えに行ったがその日の晩から2人に奇妙なことが起こり始める。

 国民党一党独裁、戒厳令下の1960年代の台湾で不思議な力で学校から出られなくなった男女の脱出行を描く「返校」、知性を残しながら人の破壊衝動を暴走させるウィルスが蔓延し阿鼻叫喚の地獄絵図が展開する「哭悲」と近年秀作が相次ぐ台湾ホラー。その中でも「最恐」の呼び声高い1本がNetflixに登場です。

 映画は「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」や「パラノーマル・アクティビティ」のようなフェイクドキュメンタリーあるいはPOV(Point of viewの略)のスタイルで展開し、物語には「リング」や「呪怨」に代表されるJホラーからの影響が色濃く見られます。いずれもシリーズ化やハリウッドリメイクなどで隆盛を誇ったものの類似品が次々と登場し粗製濫造された結果、勢いを失い今ではジャンル映画の一角に収まってしまったような印象ですが、それらのDNAを見事な形で受け継ぎ昇華させてみせた1本になっています。

 物語は現在とルオナンが「禁忌を犯した」という6年前を交互に行き来し、少しずつ「呪い」の核心が明らかになっていきます。その過程はまさにJホラーを彷彿とさせる味わい。同時に真綿で首を絞めるかのように状況が悪化する中でどうにか娘を救おうと懸命に足掻く母親の姿、というのも観る者に感情移入を促しやすく、POVホラーにありがちな「何故そこでカメラを回す!?」というツッコミを入れたくなるシーンも当然のようにあるもののそもそも骨子となっている物語自体が面白いので大して気になりません。

 そして何よりこの映画を「最恐」と言わしめるに至った要因はひとえに「観る者を思いっきり巻き込んでくる」点にあります。どういうことかと言えば…おっと、これについて多くを語るのはよそう。楽しみが半分以下になってしまう。
 本国での高評価を受け期待度も高かったこの作品が劇場公開されずにNetflix直行になったと聞いた時、観るハードルは下がったけれどちょっと残念だなと思っていたのですが、観始めて考えを変えました。これはスマホやTVで自室で観るのが一番怖いタイプの作品です。何なら一人で夜に見るのが最高。人によってはトラウマ級の恐怖を味わえます。きっとあなたもあの呪文が耳から離れなくなる。

 それにしても韓国の「哭声」といいアジア圏で秀逸なホラー映画が次々と登場していてファンとしては嬉しい限り。劇場公開されずに配信直行となった作品にもこの「呪詛」のようなものがいるかと思うとなかなかに豊潤です。この影響に煽られて日本からも凄いのが誕生するようになると更に嬉しいのですが。

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ちょっと仕事も絡んだ案件だったので、週末に栄で開催された「ANYTIME WHISKY」というウィスキーのイベントに行ってきました。国内の蒸留所やインポーターが40社ほど参加し試飲や商品の購入ができるイベントです。十数社ほど試飲しましたが何せ試飲できるアイテム全てがウィスキー。
まぁ見事に酔いが回りましたわよ(笑)イベント一通り回覧した後で映画をもう一本観ていこうかと当初は考えていたのですがこれは観に行けるコンディションじゃないと諦めて帰宅しました。

 こんばんは、小島@監督です。
 それにしても翌日まで何となくウィスキーの匂いが残ってるような気になるほどモルトの香り嗅いだり試飲したのは多分初めてかもしれない。ちゃんと買うと高いしこれはこれで良い経験。

 さて、今回の映画は「神々の山嶺」です。

 エベレスト登山隊の同行取材をしていた深町(声・堀内賢雄)は、カトマンズの酒場で男に「伝説的な登山家ジョージ・マロリーの遺品」と古びたカメラ「ベスト・ポケット・コダック」を買わないかと持ち掛けられるが取り合わなかった。しかし薄暗い路地でその男が何者かに締め上げられ、カメラを持ち去られる姿を目撃する。しかもカメラを持ち去った人物は数年前に消息を絶ったクライマー・羽生(声・大塚明夫)だった。羽生とマロリーのカメラ、2つを結ぶ謎にジャーナリスト魂に火が付いた深町は、帰国後羽生について調べ始める。

 「孤独のグルメ」や「遥かな町へ」などで知られ2017年にこの世を去った漫画家・谷口ジロー。実はフランスで2011年にフランス芸術文化勲章シュヴァリエ章を受章するなど非常に高い評価を受けていた漫画家です。2010年には「遥かな町へ」が映画化、2017年に「晴れゆく空」がドラマ化されるなど度々その著作が映像化もされています。
 その谷口ジロー作品の中で、夢枕獏の小説を原作に漫画化された「神々の山嶺」が「とてもいじわるなキツネと仲間たち」でセザール賞長編アニメ映画賞を受賞したパトリック・インバート監督の手によりアニメ映画化されました。公開されるやフランス本国で高い評価を得た本作、世界配信権をNetflixが獲得していますが日本では吹替え版によるスクリーン上映が実現しました。

 開幕すぐにスクリーンに広がる岩の灰色と白い雪、空の青だけで構成されたヒマラヤの風景の表情に息を呑みます。高度8,000m級の極限環境、空気感まで表現しているような映像、言葉ではなく画で説得力を持たせることに成功しています。原作への深いリスペクトはもちろん原動力だったでしょうが、それに溺れずによほど丹念なリサーチを行ったのでしょう。ヒマラヤ以外でもう一つの主舞台となる東京の風景も見事に描き出され、小道具の描写も抜かりありません。しかも意外なことに原作からのアレンジは随所にあるものの、フランスで製作されていながら主要人物は全て日本人でフランス人は1人も出てこないというのもちょっと驚きます。

 単行本にして全5巻というボリュームを上映時間94分に収めるためのエピソードの取捨選択と脚色も、恐らく「正解はこれしかない」と思える道を選び出して見せ、ひたすらに高みを目指し山を登り続ける男・羽生の生き様と、羽生を追いその魂に触れる深町という2人のドラマを高密度に凝縮しています。
 2人を演じる堀内賢雄、大塚明夫の演技も素晴らしいの一言、映画全体が持つ説得力を更に底上げしてくれます。結果、安易な妥協を許さない極限状態に挑む主人公たちのハードボイルドな冒険映画へと結実しました。山岳映画に新たなマスターピースが誕生したと言っても過言ではないでしょう。

 非常に高い熱量を宿した奇跡の一作。これ程のレベルに達した、日本の漫画を原作にしたアニメ映画がフランスから来ている事実に日本のアニメ市場も刺激を受けてくれたらいいなと結構本気で思います。そうすれば、閉塞しつつある日本のアニメの裾野ももっと広がっていくのではないか、そう思えてなりません。

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元首相が凶弾に倒れ亡くなるという前世紀のような事件が世界を震撼させきな臭さを感じる中ではありますが、ライブ遠征して来ました。
 今回のブログはその帰りの新幹線の車内で書いてます。

 こんばんは、小島@監督です。
 土日じゃそうは行かないけど日月の日程で泊まるとリゾートホテルも結構安く泊まれて良い。たまには大浴場にどっぷり浸かりたいじゃないですか(笑)

 さて、そんなワケで昨日幕張メッセで開催の「THE IDOLM@STER 765PRO ALLSTARS LIVE SUNRICH COLORFUL 」を観に行って来ました。土日開催でしたがチケット取れたのが2日目のみで初日は配信で鑑賞。

 765PROオールスターズとしては2018年の正月に開催された「初星宴舞」以来4年半ぶりの、しかもフルメンバー揃っての単独ライブです。この時は私、ライブビューイングでの鑑賞だったため現地となると更にその前。もっというと今回のようにフルメンバー揃ってとなるとそれこそ10年近く前になってしまうのでは。元々は2020年に予定されていたイベントもあったもののコロナ禍で中止となって歯痒い思いもしましたし、本当に久しぶりに馴染みのメンバーのステージを観る事ができて感激もひとしおです。
 現在5ブランドで展開しているアイドルマスター、各タイトル独自色を出しつつ躍進を重ねる一方で中核である765PROオールスターズはなかなか目立った新規展開の無い中での今回のライブは、「原点にして頂点」というものを存分に見せつけてくれるステージとなっていました。

 ただでさえ4年半ぶりのライブ、どういうセットリストをしてくれるのかと思ってみれば、今までの歩みの中でこぼれ落として来た数多くの物を一つ一つ丁寧に拾って来てくれました。中にはCDリリースから9年越しの初披露となった曲さえあります。初披露曲に限らずそうでない曲も前の披露から7年以上経っていたりCDでのオリジナルメンバーでは初めてであったり、そんな曲ばかりです。
 それだけの間、観ているこちらも待っていたのです。「この曲が聴ける日が来るとは」「もう一度この曲が聴ける日が来るとは」、そんな感慨がまるで寄せては返す波の如く何度も何度もやって来ます。特に2014年公開の劇場版アニメの劇中曲であった「M@STERPIECE」を劇場版公開後のライブの時ですら果たせなかったフルメンバーでの披露を見せてくれた事には感謝の念すら抱きました。

 出演者も年齢が40代に差し掛かっている方が少なくないというのにそれを言い訳にせずむしろ果敢に野心的で新しい試みを取り入れ、パフォーマンスのキレまで増しているところを見せつけ、観る者の胸を熱くしてくれます。イントロだけで反応できる様な楽曲も少なくなかったですが、そこに横たわる感情は決してノスタルジーだけではない。ある種のモダニズムと、ここが終わりではなくまだ「先」があることを感じさせてくれる期待感、こちらも負けてはいられないとすら思わせられ、これらがないまぜになったタペストリーの様な感情が湧き上がるこの感覚がただの懐古趣味であるはずはないと思うのです。直近でこの感覚に近いものを感じたのは「トップガンマーヴェリック」のトム・クルーズを観た時。多分一番近いのはアレ。いつか終わりは来るだろう。でもそれは決して今日ではない。むしろ今日こそが全盛期。
 ただまあMCが大概グダグダだったのにそこに奇妙な安心感めいたものを感じたのは久しぶりに会う友人に昔と変わらぬ部分を見つけたような感覚かもしれません。無自覚に人のMCのネタ潰してハードル上げたのに気付いて土下座したり「偉い人にやるなって言われてる」って言いながらやっちゃえるのこの人達だけや(笑)

 ところでそんなセットリストで「スマイル体操」や「笑って!」「なんどでも笑おう」など、「どうか笑顔でいて」と度々訴えかけるような曲が並んだのは気が滅入るような事ばかりが続く昨今の空気に無意識のうちに反応してしまったのかもしれません。MCなどでもそふと出てきた言葉に感銘を受けたものもあり、自分でも何となく「誰かに言って欲しかった言葉」を私はこのライブで聴いた様に思います。

 ライブ最後のMCでこれが最後ではなく必ず「次」を用意するからとサラッと言ってくれた方が数人いたのも嬉しい。絶対に次も現地に観に行ってやる。
 アイドルマスター、大体どれも好きで観てはいますが最後の最後、芯の部分で自分はやはりこの765PROのプロデューサーだと実感しました。これから先の20周年とか25周年とかでちゃんと出演者も自分もライブが楽しめる身体であれという祈り、またそれができる世の中であって欲しいと切実に思います。


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自分のスマホもauなので、例の大規模障害をどストライクで食らってしまいました。取り立てて特別な用事があるでなく自宅にはWi-Fiもあるので不便を感じる時間は少なかったですが、これが何か緊急事態の只中だったらと思うとゾッとします。

 こんばんは、小島@監督です。
 通信回線というインフラがどれだけ生活に深く食い込んでいるか、普段散々使っている癖にこういう事にならないと実感しない自分の感覚もちょっと怖い。

 さて、今回の映画は「ドラゴンボール超 スーパーヒーロー」です。

 かつて孫悟空(声・野沢雅子)によって壊滅させられたレッドリボン軍、その再興を目指す男・マゼンタ(声・ボルケーノ太田)は、野望達成のためにある人物に接触を試みる。その名はDr.ヘド(声・入野自由)。かつて人造人間やセルを造り上げたDr.ゲロの孫であるDr.ヘドは祖父に負けない高い頭脳を持っていた。マゼンタはDr.ヘドに最強の人造人間の創成を持ちかける。
 数か月後、山岳地帯の一角でピッコロ(声・古川登志夫)は孫悟飯(声・野沢雅子)とビーデル(声・皆口裕子)の娘であるパン(声・皆口裕子)に武術の稽古をつけていた。稽古を終えてパンを帰し、ピッコロは一人になって瞑想していたところを突然襲撃を受ける。襲撃者は「ガンマ2号」(声・宮野真守)、Dr.ヘドが造り上げた人造人間である。

 原作漫画の連載開始が1984年ということを思うと実に息が長い「ドラゴンボール」、数十年単位でジャパン・アニメカルチャーのアイコンであり続けているのも驚きですが、1980年代から主要キャストが変わらないまま未だに新作が製作されているのは驚異というほかありません。そんな「ドラゴンボール」の劇場版は1996年を最後に一度途絶えたものの、2013年の「神と神」で復活。以後は数年に1本のペースで製作されており、今作は再始動後4作目となります。

 今作の大きなポイントは主人公を孫悟空ではなくピッコロと孫悟飯に据えている点。特に孫悟空とベジータ(声・堀川りょう)は序盤で物語の主線からフェードアウトしてラストまで全く出て来ません。見事なまでの思い切りの良さ。
 主眼が知恵者のピッコロに移ったことで物語に思わぬメリハリの良さが生まれました。今作のピッコロ、敵地に変装して潜入して情報収集したり自陣のメンバーのコンディションを把握したり、戦闘始めるまでにがっつり態勢を整えます。ドラゴンボールでこんなに修行以外の事前準備を大事にするエピソードが見られるとはちょっと驚き。
 
 序盤はちょっと展開がもっさりしているものの、状況が揃ったらあとはもうノンストップのバトルシーンで盛り上げます。ファイトアクションの構成とスピード感は前作である「ブロリー」が一つの到達点だったと思いますが、今作も見せ方のバリエーションの面白さという意味では負けていません。そこにピッコロと孫悟飯のパワーアップや、ガンマ1号、2号、Dr.ヘド、マゼンタらのキャラクターのエピソードを上手く混ぜ込み、ラストにはピッコロと孫悟飯の師弟であり親子のようでもある2人のユニークな関係性が築いた絆を感じさせる描写を入れて、なかなかにハイ・ボルテージな仕上がりになっています。70どころか80の境に到達してなお枯れない演技を見せる野沢雅子、古川登志夫ら大ベテランのシャウトを劇場で観れるのも今や大きな特色。同じ東映にも「プリキュア」や「ONE PIECE」など10年選手も数多くいる中、今も一大ブランドであり続ける底力は十分に堪能できる1本です。

 気楽に観れて時間いっぱい楽しい作品なので暑さしのぎに丁度いいのではないでしょうか。深く考えなくていい作品を観たい時には是非。

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「まだ6月だよ!もうちょっと手加減してくれ!」と言いたくなるレベルのここ数日の暑さ。ただ歩いてるだけで私みたいなお太り様は汗ダルマですよ。湿度が高いので髪の毛がチリチリするけど汗で整髪料が流れてしまうのでヘアスタイルを整えることを諦める時期がエグい形で今年もやって来ました。
 たまたま今日は仕事でフランスから来訪された方の応対をしたのですが、あまりの暑さで到着するなりその方の息が上がっており、冷房を強めに効かせて呼吸を整えて頂いてからのミーティングになりました。

 こんばんは、小島@監督です。
 ていうか今からコレで7月8月どうなるんだ…

 さて、今回の映画は「メタモルフォーゼの縁側」です。

 夫に先立たれ自宅で書道教室を営みながら独り暮らしをする75歳の市野井雪(宮本信子)は、夫の三回忌法要の帰り、暑さを避けるために立ち寄った書店で一冊の漫画を目に留める。「君のことだけ見ていたい」というタイトルのその漫画の表紙が気に入り、内容も知らぬままに購入する。漫画を読み始めてほどなくそれが男性同士の恋愛を描く「ボーイズラブ(BL)」コミックだと知り雪は驚くが、漫画家・コメダ優(古川琴音)の描く世界観に魅了され、いそいそと続きを買いに再び書店へ足を運んだ。
 一方、書店でバイトをする17歳の女子高生・佐山うらら(芦田愛菜)は、引っ込み思案で周囲と距離を置き冴えない日々を送っていた。そんなうららの秘かな楽しみはBLコミックを読んで胸をときめかすことだった。ある日、「君のことだけ見ていたい」の続きを買いに来た雪に在庫を尋ねられたのが縁で思いがけずBL話で盛り上がることに。17歳のうららと75歳の雪、BLコミックを介した2人の奇妙な友情が始まった。

 年齢も境遇も違い過ぎ、全く交差するはずの無かった2人にひょんなことから縁ができ、親友になる。しかもその2人を繋げるのはBLコミック。鶴谷香央理の同名コミックを原作に、「阪急電車 片道15分の奇跡」や「ひよっこ」など数多くの映画やドラマを手掛けた岡田惠和が脚本、「青くて痛くて脆い」などの狩山俊輔が監督を務めた作品です。どこかゆったりとした時間の中で、暖かな風合いの物語が展開します。

 とにかく芦田愛菜と宮本信子、主演2人の演技が素晴らしい作品です。
 何につけ自信の無いうららはBLオタクなことも周囲に知られたくなくて過剰に隠し気味。自分の買ったコミックのコレクションも本棚には並んでおらず、机の下の段ボールにしまわれています。カフェやレストランでも店員や隣のテーブルの客にそれが気づかれるのを嫌って大急ぎで隠そうとするくらい。
 一方、雪の方はそもそも「絵が綺麗だから買った」だけで「BL」という単語さえ知らない。ただそうであるが故に作品の世界観に偏見も無くハマってしまうのです。70を過ぎてなおこれまでの自分が知らなかった新しい世界を知る喜びに心浮き立たせる姿を名優・宮本信子が実にキュートに演じています。

 最初は「オタクとして」先輩であるうららが思いがけずBLの扉を開けた雪の手を取り、沼に引きずり込んでいきますが、二人の交流が深くなっていくと、今度は「人生の」先輩である雪の生き方に影響されて、うららは成長していきます。それは決して急激ではなく、むしろほんの一歩、というところなのですがその加減が絶妙です。
 キラキラした青春とは自分は無縁、と考えているうららですが、インドア派に見えて度々全力疾走するシーンが登場します。気持ちを持て余したり、何かを決意したり、あるいは楽しみな新刊が発売されたり。様々な感情の発露の結果として走るうららは無自覚でも青春の真っ只中にいるのです。それがささやかな一歩でも、人生の新たなステージへの第一歩。数年後数十年後にもしかしたら大きな変化に結びついているかもしれません。

 先週このブログで取り上げた「ハケンアニメ!」が誰かに「刺さる」アニメを作ることに懸命になるクリエイターたちの物語でしたが、こちらは「刺さった」人たちの変化を描く物語です。「好きなもの」がある、それを語り合える友人がいる、というのは本当に素晴らしいこと。主たるモチーフこそ「BL」ですが、「映画」「音楽」「ゲーム」でも、好きや夢中になれる「何か」を持つ方にはきっともう一人の自分を見るかのように共感できるはず。暑くなってきた夏の一日、縁側で涼むような気持でどうぞ。やはり「推し」は人生を彩ってくれます。

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