昨日の歌会に参加された皆さん、お疲れ様でした。
言うて私は今回欠席しました!すいません!何ならちょっと焚き付けておいて当人は不在というクソムーブをかましてしまうとかホント申し訳ない。
こんばんは、小島@監督です。
来月はちゃんと行きます。歌いたい曲も増えてきたし競馬好きなメンバーと宝塚記念ビューイングもしたい。
さて、昨日の歌会を欠席させて頂いた私はミッドランドスクエアシネマにて「どまんなかアニメ映画祭」の1プログラムを観てきました。今回鑑賞したのは「メトロポリス」です。
超高層ビル「ジグラット」完成に沸く某国の都市「メトロポリス」、日本の私立探偵ヒゲオヤジこと伴俊作(声・富田耕生)と少年ケンイチ(声・小林桂)は、生体を使った人造人間製造の疑惑がある科学者ロートン(声・滝口順平)を捜索・逮捕すべくその街を訪れた。人間とロボットの共存を歌うメトロポリスだが、ロボットは酷使され、人間もまた大勢がロボットに仕事を奪われロボットに対し鬱屈とした怒りをたぎらせていた。
ヒゲオヤジたちはロボット刑事ペロ(声・若本規夫)の協力を得てメトロポリスの地下世界へと向かう。その時、廃工場に擬したロートンの研究所が火災に見舞われロートンは死亡。ケンイチは火災現場から謎めいた少女ティマ(声・井元由香)を救出する。
手塚治虫が1949年に発表した「初期SF三部作」の一つと称されるコミックを原作とし、2001年に公開されたアニメ映画です。「AKIRA」の大友克洋が脚本を手掛け、「銀河鉄道999」のりんたろうが監督を務めました。製作期間5年、総作画枚数は15万枚という破格のスケールで製作された作品です。初期の手塚治虫の絵柄を忠実に再現したセルアニメと当時の最新鋭だった3DCGを融合させた超高密度でレトロフューチャーなビジュアルが全編に渡り展開します。
とにかく異様なほどの手数を誇る作品で、緻密に描き込まれた背景美術をバックにメインキャラクターどころか画面に映り込む数十人というモブが全て違う芝居をしている様は圧巻です。しかも全ての動きが超滑らか。手塚治虫の漫画にはページいっぱいの大ゴマに大量の人数を描き込んでいるものが時折差し挟まれるのですが、それをアニメで完全再現しています。手塚治虫漫画に対してそんなことやってるアニメは多分コレだけです。
そういう作品なので極端にアップショットが少ないのも特徴です。しかもごく少ないアップの場面では髪の毛一本一本が揺らめくように描かれてるので更にビビります。りんたろう監督は1960年代からTVアニメをメインに数多くの作品を手掛けていましたがキャリアの多くは作画枚数の少ないいわゆるリミテッドアニメ。しかし今作では数十年越しの反動が来ているかのような秒間24フレーム全てを使い切るフルアニメーション。本多俊之の手によるジャズ主体の音楽も映像との親和性が極めて高く、と言うか当て書きしてるのかくらいに秒単位でシンクロ性が高く映像と音楽が渾然一体となったエモーションは他の追随を許しません。今回初公開時以来25年ぶりの再見となりましたが今となってはむしろ再現不可能の超絶技巧の塊にただただ圧倒されました。
上映後のトークショーでは監督りんたろう、プロデューサー丸山正雄、音楽本多俊之が登壇。製作当時のエピソードだけでなくその前後に3人が組んだ別の作品へも話題が及び、更には本多氏はサックスを持ち込んでいて生演奏まであったりと盛りだくさんでした。トーク中でりんたろう監督から「メトロポリス」はフランスで今4Kリマスター作業が進んでいるという情報も。この極限の高密度を4Kで観られる日が来るかもしれない!それは楽しみにしていたい!
言うて私は今回欠席しました!すいません!何ならちょっと焚き付けておいて当人は不在というクソムーブをかましてしまうとかホント申し訳ない。
こんばんは、小島@監督です。
来月はちゃんと行きます。歌いたい曲も増えてきたし競馬好きなメンバーと宝塚記念ビューイングもしたい。
さて、昨日の歌会を欠席させて頂いた私はミッドランドスクエアシネマにて「どまんなかアニメ映画祭」の1プログラムを観てきました。今回鑑賞したのは「メトロポリス」です。
超高層ビル「ジグラット」完成に沸く某国の都市「メトロポリス」、日本の私立探偵ヒゲオヤジこと伴俊作(声・富田耕生)と少年ケンイチ(声・小林桂)は、生体を使った人造人間製造の疑惑がある科学者ロートン(声・滝口順平)を捜索・逮捕すべくその街を訪れた。人間とロボットの共存を歌うメトロポリスだが、ロボットは酷使され、人間もまた大勢がロボットに仕事を奪われロボットに対し鬱屈とした怒りをたぎらせていた。
ヒゲオヤジたちはロボット刑事ペロ(声・若本規夫)の協力を得てメトロポリスの地下世界へと向かう。その時、廃工場に擬したロートンの研究所が火災に見舞われロートンは死亡。ケンイチは火災現場から謎めいた少女ティマ(声・井元由香)を救出する。
手塚治虫が1949年に発表した「初期SF三部作」の一つと称されるコミックを原作とし、2001年に公開されたアニメ映画です。「AKIRA」の大友克洋が脚本を手掛け、「銀河鉄道999」のりんたろうが監督を務めました。製作期間5年、総作画枚数は15万枚という破格のスケールで製作された作品です。初期の手塚治虫の絵柄を忠実に再現したセルアニメと当時の最新鋭だった3DCGを融合させた超高密度でレトロフューチャーなビジュアルが全編に渡り展開します。
とにかく異様なほどの手数を誇る作品で、緻密に描き込まれた背景美術をバックにメインキャラクターどころか画面に映り込む数十人というモブが全て違う芝居をしている様は圧巻です。しかも全ての動きが超滑らか。手塚治虫の漫画にはページいっぱいの大ゴマに大量の人数を描き込んでいるものが時折差し挟まれるのですが、それをアニメで完全再現しています。手塚治虫漫画に対してそんなことやってるアニメは多分コレだけです。
そういう作品なので極端にアップショットが少ないのも特徴です。しかもごく少ないアップの場面では髪の毛一本一本が揺らめくように描かれてるので更にビビります。りんたろう監督は1960年代からTVアニメをメインに数多くの作品を手掛けていましたがキャリアの多くは作画枚数の少ないいわゆるリミテッドアニメ。しかし今作では数十年越しの反動が来ているかのような秒間24フレーム全てを使い切るフルアニメーション。本多俊之の手によるジャズ主体の音楽も映像との親和性が極めて高く、と言うか当て書きしてるのかくらいに秒単位でシンクロ性が高く映像と音楽が渾然一体となったエモーションは他の追随を許しません。今回初公開時以来25年ぶりの再見となりましたが今となってはむしろ再現不可能の超絶技巧の塊にただただ圧倒されました。
上映後のトークショーでは監督りんたろう、プロデューサー丸山正雄、音楽本多俊之が登壇。製作当時のエピソードだけでなくその前後に3人が組んだ別の作品へも話題が及び、更には本多氏はサックスを持ち込んでいて生演奏まであったりと盛りだくさんでした。トーク中でりんたろう監督から「メトロポリス」はフランスで今4Kリマスター作業が進んでいるという情報も。この極限の高密度を4Kで観られる日が来るかもしれない!それは楽しみにしていたい!
先日、俳優大葉健二さんの訃報が流れました。千葉真一に憧れジャパンアクションクラブ(JAC)の門を叩き、俳優というよりスタントマンとしてキャリアをスタートし、その後顔出しでも演じるようになりました。主に東映の特撮番組や時代劇で活躍し、特に「宇宙刑事ギャバン」の主人公・一条寺烈役はまさに代表作と言えるでしょう。ギャバン放送当時自分は幼稚園児くらいで、自分としてもヒーローと言うとウルトラマンやゴレンジャーのスーツ姿と合わせて大葉健二さんの立ち姿が幼心に強烈に焼き付いています。
こんばんは、小島@監督です。
「カッコいいとはこう言うことさ」を地で行く俳優でした。謹んでご冥福をお祈りいたします。
さて、今回の映画は「サンキュー、チャック」です。
各地で災害が相次ぎ、ネットも繋がらなくなり終末の様相を見せ始めた世界。高校教師のマーティー(キウェテル・イジョフォー)は、ある日の出勤途中、「チャールズ・クランツに感謝します。素晴らしい39年間に、ありがとう、チャック」と書かれた看板を目にする。しかも日々繋がらなくなるテレビやラジオからも同じCMが流れ始めた。チャールズ・クランツ(トム・ヒドルストン)とは何者なのか。誰に聞いても答えは得られない。更に勢いを増す天災に終末を覚悟したマーティーは、別れた元妻のフェリシア(カレン・ギラン)に会いに行くことを決意する。街はチャックの広告で埋め尽くされていた。
この映画をどこから語るべきだろう。ネタバレ厳禁というほどのものでもないのですが、何を書いてもこの独特な感慨と長く残る余韻の魅力を削いでしまいそうな気がする。この映画を観ようか迷ってる方はここから先は読まずに映画館へ行って欲しいくらい。ただ、ひたすらに愛おしい。
ホラーの巨匠スティーブン・キングの短編小説を原作とし「ドクター・スリープ」の映像化を手掛けたマイク・フラナガンの脚本・監督により映画化。ささやかなホラー要素はあるものの、それ以上にストーリーに浸れる作品になっています。
映画は3章構成。第3章から開幕し、時間を遡っていく趣向となっています。第3章では謎めいた人物であったチャールズ・クランツは第2章で本格的に登場し、第1章でそのオリジンが明かされ、前の章で語られたセリフや人物が伏線となって現れます。正直言って物語の構図自体は序盤である第3章の後半あたりでもう見えてきてしまうのですが、それでこの映画の面白さがスポイルされるわけではありません。ミステリアスな第3章から変わって第2章と第1章はヒューマンドラマと音楽映画としての側面が増していきます。ニック・オファーマンのナレーションに乗って滑らかに語られるストーリーは章が進む(戻る?)につれてその意図を明確にしていきます。
中でもストーリー上でも映画としても重要な意味を持つダンスシーンの振付は「ラ・ラ・ランド」の名手マンディ・ムーアが手がけています。美しく楽しげなダンスシーンの高揚感はクライマックスのカタルシスとも直結しつつ、人生の喜びと輝きを凝縮させたそれはむしろ文学的な彩りを与えています。
一見すると技巧重視の映画に思えますが、映画を、物語に触れることの意味を深く考えさせてくれる、感動で号泣するというのとはひと味違う、深いところに沁み入ってくるような余韻。一瞬は永遠に、永遠は一瞬に。物語だけが成しえる境地をどうぞ、スクリーンで浸ってください。
こんばんは、小島@監督です。
「カッコいいとはこう言うことさ」を地で行く俳優でした。謹んでご冥福をお祈りいたします。
さて、今回の映画は「サンキュー、チャック」です。
各地で災害が相次ぎ、ネットも繋がらなくなり終末の様相を見せ始めた世界。高校教師のマーティー(キウェテル・イジョフォー)は、ある日の出勤途中、「チャールズ・クランツに感謝します。素晴らしい39年間に、ありがとう、チャック」と書かれた看板を目にする。しかも日々繋がらなくなるテレビやラジオからも同じCMが流れ始めた。チャールズ・クランツ(トム・ヒドルストン)とは何者なのか。誰に聞いても答えは得られない。更に勢いを増す天災に終末を覚悟したマーティーは、別れた元妻のフェリシア(カレン・ギラン)に会いに行くことを決意する。街はチャックの広告で埋め尽くされていた。
この映画をどこから語るべきだろう。ネタバレ厳禁というほどのものでもないのですが、何を書いてもこの独特な感慨と長く残る余韻の魅力を削いでしまいそうな気がする。この映画を観ようか迷ってる方はここから先は読まずに映画館へ行って欲しいくらい。ただ、ひたすらに愛おしい。
ホラーの巨匠スティーブン・キングの短編小説を原作とし「ドクター・スリープ」の映像化を手掛けたマイク・フラナガンの脚本・監督により映画化。ささやかなホラー要素はあるものの、それ以上にストーリーに浸れる作品になっています。
映画は3章構成。第3章から開幕し、時間を遡っていく趣向となっています。第3章では謎めいた人物であったチャールズ・クランツは第2章で本格的に登場し、第1章でそのオリジンが明かされ、前の章で語られたセリフや人物が伏線となって現れます。正直言って物語の構図自体は序盤である第3章の後半あたりでもう見えてきてしまうのですが、それでこの映画の面白さがスポイルされるわけではありません。ミステリアスな第3章から変わって第2章と第1章はヒューマンドラマと音楽映画としての側面が増していきます。ニック・オファーマンのナレーションに乗って滑らかに語られるストーリーは章が進む(戻る?)につれてその意図を明確にしていきます。
中でもストーリー上でも映画としても重要な意味を持つダンスシーンの振付は「ラ・ラ・ランド」の名手マンディ・ムーアが手がけています。美しく楽しげなダンスシーンの高揚感はクライマックスのカタルシスとも直結しつつ、人生の喜びと輝きを凝縮させたそれはむしろ文学的な彩りを与えています。
一見すると技巧重視の映画に思えますが、映画を、物語に触れることの意味を深く考えさせてくれる、感動で号泣するというのとはひと味違う、深いところに沁み入ってくるような余韻。一瞬は永遠に、永遠は一瞬に。物語だけが成しえる境地をどうぞ、スクリーンで浸ってください。
連休の中日となる今日は、仲間内でフリータイムで1日カラオケを楽しんでました。アニソンではない曲を歌ってみたりここぞとばかりにちゅうカラの歌会でもいずれ歌ってみようと思っていた曲を練習で歌ってみたり。やはり腹から声を出せるのは楽しい。
そんな今日の収穫と言えばアサリとハマグリと「酒と泪と男と女」が某アニメでカバーされていてアニソンとして歌える(カバーバージョンがちゃんとアニソン扱いで配信されている)という事実。マジか。今度そのバージョン聴いてみよう。そして歌ってみよう。
こんばんは、小島@監督です。
オリジナルの河島英五さんは酒焼けしたハスキーな声で強い「哀」を感じさせてくれましたがカバーバージョンは稲田徹さんなのでもっと太く低音を効かせたイメージになりそう。
さて、今回の映画は「蒸発JOHATSU」です。
日本では毎年8万人が失踪する。その多くはやがてそれぞれの家へ帰宅するが、数千人は完全に姿を消してしまう。そんな彼らは「蒸発者」と呼ばれている。消えた者たちは何を思い全てを捨て去って行ったのか、残された者たちは何を思うのか。逃走と再生が交差する。
私たちにとって「顔」とは何を意味するものなのか。
年間8万人が失踪するという日本、「蒸発」と呼ばれる現象に対しそれを取り巻く人々の姿を追ったドキュメンタリーです。日本を題材にしていますが、製作したのはドイツ人映画作家のアンドレアス・ハートマンとベルリンと東京の2拠点で活動する映像作家・森あらたによるコラボレーション作品で、ドイツ・日本合作映画となります。
日本で生活していると見えないところですが、この「蒸発」という言葉には欧米を始めとした諸外国の方達にとって興味深い題材なようで、2014年にフランスでルポルタージュが出版されていたり、2024年にはリトアニアで「JOHATSU」というタイトルのサスペンス映画が作られていたりします。
人間関係のトラブル、借金、ヤクザからの脅迫、様々な理由で今の生活を捨て去る決断をした者たち、そんな彼らを支援する「夜逃げ屋」と呼ばれる者、突然消えた家族を探す者、様々な角度から「蒸発」という現象に迫ります。
非常にデリケートな題材故に、また外からの目としては相当踏み込んでくれたとは思いますが、ダークサイドへの掘り下げという面では甘さを感じざるを得ない部分もあります。そのためいささかドキュメンタリーとしては平板な印象を拭えません。せめてもっと冷徹な分析力か、もっと日本人ではなし得ない視点からの考察があればより研ぎ澄まされたドキュメンタリーになっていたようにも思います。しかし国外の者が興味本位で消費しようとしているのではなく被写体の内側に寄り添おうとする姿勢が感じられ、日本という国が持つ歪みの一側面を可視化する試みとしては極めて有意義な作品です。
そしてこのドキュメンタリーをユニークな存在にしているのは、登場人物の身元を保護するためにAIによるディープフェイクで顔と声に加工をかけて見せている点です。顔にボカシやモザイクをかけるより直感的な情報量が増し、しかしながら本人を指し示す情報は見せないという際どさが映像を不思議な風合いにしています。意識的に作り物感を出した顔に加工しており、唐突にボカシがはずれたと思ったら「リアルだけれど明らかに素顔じゃない顔」が語り出す、特異な映像体験。匿名性を維持しながら顔を出せず声も出せない人たちに顔と声を与える、悪用ばかりがうたわれるディープフェイクにこういう使い方があったのかと感心します。
消えてなくなりたいほどの絶望と、それでも生きていたい人の切望の狭間、ダークサイドでもあり一条の光でもある、「蒸発」とは実は意外と身近にあるものなのかもしれません。
そんな今日の収穫と言えばアサリとハマグリと「酒と泪と男と女」が某アニメでカバーされていてアニソンとして歌える(カバーバージョンがちゃんとアニソン扱いで配信されている)という事実。マジか。今度そのバージョン聴いてみよう。そして歌ってみよう。
こんばんは、小島@監督です。
オリジナルの河島英五さんは酒焼けしたハスキーな声で強い「哀」を感じさせてくれましたがカバーバージョンは稲田徹さんなのでもっと太く低音を効かせたイメージになりそう。
さて、今回の映画は「蒸発JOHATSU」です。
日本では毎年8万人が失踪する。その多くはやがてそれぞれの家へ帰宅するが、数千人は完全に姿を消してしまう。そんな彼らは「蒸発者」と呼ばれている。消えた者たちは何を思い全てを捨て去って行ったのか、残された者たちは何を思うのか。逃走と再生が交差する。
私たちにとって「顔」とは何を意味するものなのか。
年間8万人が失踪するという日本、「蒸発」と呼ばれる現象に対しそれを取り巻く人々の姿を追ったドキュメンタリーです。日本を題材にしていますが、製作したのはドイツ人映画作家のアンドレアス・ハートマンとベルリンと東京の2拠点で活動する映像作家・森あらたによるコラボレーション作品で、ドイツ・日本合作映画となります。
日本で生活していると見えないところですが、この「蒸発」という言葉には欧米を始めとした諸外国の方達にとって興味深い題材なようで、2014年にフランスでルポルタージュが出版されていたり、2024年にはリトアニアで「JOHATSU」というタイトルのサスペンス映画が作られていたりします。
人間関係のトラブル、借金、ヤクザからの脅迫、様々な理由で今の生活を捨て去る決断をした者たち、そんな彼らを支援する「夜逃げ屋」と呼ばれる者、突然消えた家族を探す者、様々な角度から「蒸発」という現象に迫ります。
非常にデリケートな題材故に、また外からの目としては相当踏み込んでくれたとは思いますが、ダークサイドへの掘り下げという面では甘さを感じざるを得ない部分もあります。そのためいささかドキュメンタリーとしては平板な印象を拭えません。せめてもっと冷徹な分析力か、もっと日本人ではなし得ない視点からの考察があればより研ぎ澄まされたドキュメンタリーになっていたようにも思います。しかし国外の者が興味本位で消費しようとしているのではなく被写体の内側に寄り添おうとする姿勢が感じられ、日本という国が持つ歪みの一側面を可視化する試みとしては極めて有意義な作品です。
そしてこのドキュメンタリーをユニークな存在にしているのは、登場人物の身元を保護するためにAIによるディープフェイクで顔と声に加工をかけて見せている点です。顔にボカシやモザイクをかけるより直感的な情報量が増し、しかしながら本人を指し示す情報は見せないという際どさが映像を不思議な風合いにしています。意識的に作り物感を出した顔に加工しており、唐突にボカシがはずれたと思ったら「リアルだけれど明らかに素顔じゃない顔」が語り出す、特異な映像体験。匿名性を維持しながら顔を出せず声も出せない人たちに顔と声を与える、悪用ばかりがうたわれるディープフェイクにこういう使い方があったのかと感心します。
消えてなくなりたいほどの絶望と、それでも生きていたい人の切望の狭間、ダークサイドでもあり一条の光でもある、「蒸発」とは実は意外と身近にあるものなのかもしれません。
購入した冷蔵庫が先日届きました。設置された冷蔵庫を見ると、何となくサイズがカタログスペックより大きい気がして寸法を測って明細と比べてみたら幅も奥行きも数㎝大きい。1サイズ大きい物が来ている。小さいサイズのお値段で大きい物が。お得!と言って良いのか分からないけどお得!結果的に!
こんばんは、小島@監督です。
おかげ様で入れても入れても余力があるぜ。
さて、今回の映画は「名探偵コナン ハイウェイの堕天使」です。
江戸川コナン(声・高山みなみ)と毛利蘭(声・山崎和佳奈)たちは世良真純(声・日高のり子)と共に横浜で開催されるモーターサイクルフェスの会場へ向かっていた。その途中、コナン達は高速道路を暴走する謎の黒いバイクと遭遇する。ターゲットに定めた相手をクラッシュするまで追い込みながら疾走を続ける黒いバイク。その黒いバイクを追跡する者がいた。神奈川県警交通機動隊の萩原千速(声・沢城みゆき)である。
ゴールデンウィークの顔として四半世紀以上も君臨し続ける「名探偵コナン」、第29作となる今作は「風の女神」萩原千速が初登場、白バイ隊員である千速を全面フィーチャーしバイクチェイスをふんだんに盛り込んだアクションエンターテインメントになっています。脚本は大倉崇裕が担当、近年は櫻井武晴と二枚看板で交互に登板している格好で、アクション寄りの作風の時は大倉崇裕脚本であることが多いですね一方で監督は新顔が続いている印象で、今作は「真・侍伝YAIBA」の蓮井隆弘が担当しています。
レギュラー陣の扱いに腐心しているのが良くわかるというか、萩原千速は初登場のインパクトこそ強烈なもののコナンの登場人物の中ではまだ日が浅く出番も少ないということもあってか、千速の性格同様に例年に比べてかなり軽やかな作品になっています。実質中盤には犯人もほぼ見えてしまうのでミステリー色も極めて薄いのも特徴ですが、今までにもそういうタイプの作品はあったのでこの辺りはコナン映画に何を求めるかで評価が変わってくるところでしょう。千速だけでなくコナンにも見せ場を用意する必要があるからか、クライマックスが二段構えのような構成になっているのですが、私には少々段取り優先なものに見えてしまってちょっと乗り切れなかったのが残念。
AIという現代的なファクターを取り入れながら展開する今作ですが、時事性と言うより別の印象を持ちます。コナン映画はコロナ禍で製作期間が1年伸びたという「ハロウィンの花嫁」を例外として基本的に企画から公開までおおよそ2年と聞きます。2024年時点から企画が立ち上がっていたとなると当時はまだご存命でしたし萩原千速役の前任であった故・田中敦子さんと神奈川県警刑事の横溝重悟役大塚明夫さん、そして電子戦というトピックからして「攻殻機動隊」のオマージュをやってみたかったのではないでしょうか。受け継いだ沢城みゆきの色気も素晴らしいのですが、改めて唯一無二の存在感を放っていた声優の早逝が悔やまれるばかりです。「名探偵コナン」では萩原千速のほかに「領域外の妹」メアリー・世良を演じていた田中敦子さん、今作のエンドクレジットには彼女を偲ぶ一文が付け加えられています。
奇しくも「午前十時の映画祭」にて田中敦子さんの代表作であった「攻殻機動隊」がリバイバル中です。2作品を見比べて、去り行く名優に思いを馳せてみるのも一興かもしれません。
こんばんは、小島@監督です。
おかげ様で入れても入れても余力があるぜ。
さて、今回の映画は「名探偵コナン ハイウェイの堕天使」です。
江戸川コナン(声・高山みなみ)と毛利蘭(声・山崎和佳奈)たちは世良真純(声・日高のり子)と共に横浜で開催されるモーターサイクルフェスの会場へ向かっていた。その途中、コナン達は高速道路を暴走する謎の黒いバイクと遭遇する。ターゲットに定めた相手をクラッシュするまで追い込みながら疾走を続ける黒いバイク。その黒いバイクを追跡する者がいた。神奈川県警交通機動隊の萩原千速(声・沢城みゆき)である。
ゴールデンウィークの顔として四半世紀以上も君臨し続ける「名探偵コナン」、第29作となる今作は「風の女神」萩原千速が初登場、白バイ隊員である千速を全面フィーチャーしバイクチェイスをふんだんに盛り込んだアクションエンターテインメントになっています。脚本は大倉崇裕が担当、近年は櫻井武晴と二枚看板で交互に登板している格好で、アクション寄りの作風の時は大倉崇裕脚本であることが多いですね一方で監督は新顔が続いている印象で、今作は「真・侍伝YAIBA」の蓮井隆弘が担当しています。
レギュラー陣の扱いに腐心しているのが良くわかるというか、萩原千速は初登場のインパクトこそ強烈なもののコナンの登場人物の中ではまだ日が浅く出番も少ないということもあってか、千速の性格同様に例年に比べてかなり軽やかな作品になっています。実質中盤には犯人もほぼ見えてしまうのでミステリー色も極めて薄いのも特徴ですが、今までにもそういうタイプの作品はあったのでこの辺りはコナン映画に何を求めるかで評価が変わってくるところでしょう。千速だけでなくコナンにも見せ場を用意する必要があるからか、クライマックスが二段構えのような構成になっているのですが、私には少々段取り優先なものに見えてしまってちょっと乗り切れなかったのが残念。
AIという現代的なファクターを取り入れながら展開する今作ですが、時事性と言うより別の印象を持ちます。コナン映画はコロナ禍で製作期間が1年伸びたという「ハロウィンの花嫁」を例外として基本的に企画から公開までおおよそ2年と聞きます。2024年時点から企画が立ち上がっていたとなると当時はまだご存命でしたし萩原千速役の前任であった故・田中敦子さんと神奈川県警刑事の横溝重悟役大塚明夫さん、そして電子戦というトピックからして「攻殻機動隊」のオマージュをやってみたかったのではないでしょうか。受け継いだ沢城みゆきの色気も素晴らしいのですが、改めて唯一無二の存在感を放っていた声優の早逝が悔やまれるばかりです。「名探偵コナン」では萩原千速のほかに「領域外の妹」メアリー・世良を演じていた田中敦子さん、今作のエンドクレジットには彼女を偲ぶ一文が付け加えられています。
奇しくも「午前十時の映画祭」にて田中敦子さんの代表作であった「攻殻機動隊」がリバイバル中です。2作品を見比べて、去り行く名優に思いを馳せてみるのも一興かもしれません。
昨日の歌会に参加された皆さん、お疲れ様でした。
昨日は数年会えていなかったメンバーにお会いできたり競馬好きで集まって皐月賞ビューイングしたりすっかり満喫。充実の時間を過ごせました。
こんばんは、小島@監督です。
ところで今月から放送が始まった「あかね噺」のOP「人誑し」がもうカラオケで配信されていたのにちょっと驚き。さすがにまだ無いものと思い込んでいてチェックすらしてませんでしたよ。ウカツ!
さて、今回の映画は「WXⅢ機動警察パトレイバー」です。
東京湾に輸送機の墜落事故が発生。乗員は全員死亡し、輸送中のコンテナも湾内に散逸した。
しばらく後、東京湾岸各所で何者かによるレイバー襲撃事件が続発する。捜査に当たる警視庁城南署の刑事・久住(声・綿引勝彦)と秦(声・平田広明)は地道な聞き込みを続けるが、その最中に水上コンテナ備蓄基地で原因不明の停電事故が発生、近くをパトカーで移動していた久住たちも現場へ向かう。そこで久住たちは人間を襲う巨大な怪物に遭遇した。
2001年に製作された(公開は2002年)「機動警察パトレイバー」の劇場版第3作です。ただかなり特殊な位置付けの作品でタイトルロゴには「THE MOVIE 3」とあるものの主人公は2人の刑事で特車2課のメンバーは後藤課長(声・大林隆之介)以外はカメオ出演程度しか登場しないので実質はスピンオフ作品。ポスターのキービジュアルもイングラムや特車2課の面々は排されていてパッと見ではパトレイバーのシリーズとは気づきにくいものになっています。それもマイナスに働いたのか当時は結構賛否両論、いやむしろ罵倒に近いものまであったと記憶しています。公開時は押井守脚本・神山健治監督による「ミニパト」という短編が併映されていて、ファンの方にはそちらの方がパトレイバー「らしい」という点で好評でむしろ「WXⅢ」の方が価値の無いおまけのようなもの、なんて物言いが当時のアニメ誌のコラムにあったのをうっすら覚えています。
近年のリバイバルブームに乗って前2作は度々スクリーンにかけられるようになったものの「WXⅢ」は割とハブられがちでしたが製作25周年を機に遂に4Kリマスターでの再上映が実現。私としてもようやく劇場鑑賞が叶いました。
物語は刑事2人のバディものであると同時に怪獣映画で、東宝特撮映画のような雰囲気を縦軸にしつつ秦が出会うことになる女性・岬冴子(声・田中敦子)との複雑な感情の交錯の物語が横軸となっており、鑑賞イメージとして近いテイストの作品を上げるなら「ガス人間第一号」(1960年)あたりになるでしょうか。怪獣が登場するもののケレン味を抑えたリアリズム重視、鈍色のイメージが強い画作りは近い時期に公開された「人狼JIN-ROH」と近しい雰囲気もありますね。度々雨のシーンが登場するのも特徴で、情念の物語でもある今作の雰囲気と相まって湿度感が高いのも印象的です。
割とすっかり忘れていた、というより今改めて観るからこそ気付いたポイントとして電話ボックスの公衆電話を利用するあるシーンにおいて、当時の電話ボックスに良く貼り付けられていた風俗店の広告(いわゆるピンクチラシ)がほぼそのままトレースか画像取り込みの形で描き込まれていたのに目を引きました。往時を知っている方にとっては独特の懐かしさを感じるショットなのではないでしょうか。どこまで製作時に意図していたかは分かりませんが、今となってはアニメながらかなり資料性の高いシーンです。「天気の子」(2019年)において「高収入バニラ」のアドトラックが登場するシーンがありますが、あれも20年後30年後には別の意味を持つようになるかもしれません。
確かに他のシリーズとはテイストが違い過ぎる作品なのでここを起点にパトレイバーを薦めるのにはかなり抵抗があります。しかしそれで切り捨てるには惜しい魅力も持ち合わせています。私としてはかなり好み。渋い画面に川井憲次の音楽がベストマッチしていてコレは未見の方には是非スクリーンで味わって観て欲しい逸品。今回の再上映が多くの方にとっての再発見のきっかけになると嬉しいですね。
昨日は数年会えていなかったメンバーにお会いできたり競馬好きで集まって皐月賞ビューイングしたりすっかり満喫。充実の時間を過ごせました。
こんばんは、小島@監督です。
ところで今月から放送が始まった「あかね噺」のOP「人誑し」がもうカラオケで配信されていたのにちょっと驚き。さすがにまだ無いものと思い込んでいてチェックすらしてませんでしたよ。ウカツ!
さて、今回の映画は「WXⅢ機動警察パトレイバー」です。
東京湾に輸送機の墜落事故が発生。乗員は全員死亡し、輸送中のコンテナも湾内に散逸した。
しばらく後、東京湾岸各所で何者かによるレイバー襲撃事件が続発する。捜査に当たる警視庁城南署の刑事・久住(声・綿引勝彦)と秦(声・平田広明)は地道な聞き込みを続けるが、その最中に水上コンテナ備蓄基地で原因不明の停電事故が発生、近くをパトカーで移動していた久住たちも現場へ向かう。そこで久住たちは人間を襲う巨大な怪物に遭遇した。
2001年に製作された(公開は2002年)「機動警察パトレイバー」の劇場版第3作です。ただかなり特殊な位置付けの作品でタイトルロゴには「THE MOVIE 3」とあるものの主人公は2人の刑事で特車2課のメンバーは後藤課長(声・大林隆之介)以外はカメオ出演程度しか登場しないので実質はスピンオフ作品。ポスターのキービジュアルもイングラムや特車2課の面々は排されていてパッと見ではパトレイバーのシリーズとは気づきにくいものになっています。それもマイナスに働いたのか当時は結構賛否両論、いやむしろ罵倒に近いものまであったと記憶しています。公開時は押井守脚本・神山健治監督による「ミニパト」という短編が併映されていて、ファンの方にはそちらの方がパトレイバー「らしい」という点で好評でむしろ「WXⅢ」の方が価値の無いおまけのようなもの、なんて物言いが当時のアニメ誌のコラムにあったのをうっすら覚えています。
近年のリバイバルブームに乗って前2作は度々スクリーンにかけられるようになったものの「WXⅢ」は割とハブられがちでしたが製作25周年を機に遂に4Kリマスターでの再上映が実現。私としてもようやく劇場鑑賞が叶いました。
物語は刑事2人のバディものであると同時に怪獣映画で、東宝特撮映画のような雰囲気を縦軸にしつつ秦が出会うことになる女性・岬冴子(声・田中敦子)との複雑な感情の交錯の物語が横軸となっており、鑑賞イメージとして近いテイストの作品を上げるなら「ガス人間第一号」(1960年)あたりになるでしょうか。怪獣が登場するもののケレン味を抑えたリアリズム重視、鈍色のイメージが強い画作りは近い時期に公開された「人狼JIN-ROH」と近しい雰囲気もありますね。度々雨のシーンが登場するのも特徴で、情念の物語でもある今作の雰囲気と相まって湿度感が高いのも印象的です。
割とすっかり忘れていた、というより今改めて観るからこそ気付いたポイントとして電話ボックスの公衆電話を利用するあるシーンにおいて、当時の電話ボックスに良く貼り付けられていた風俗店の広告(いわゆるピンクチラシ)がほぼそのままトレースか画像取り込みの形で描き込まれていたのに目を引きました。往時を知っている方にとっては独特の懐かしさを感じるショットなのではないでしょうか。どこまで製作時に意図していたかは分かりませんが、今となってはアニメながらかなり資料性の高いシーンです。「天気の子」(2019年)において「高収入バニラ」のアドトラックが登場するシーンがありますが、あれも20年後30年後には別の意味を持つようになるかもしれません。
確かに他のシリーズとはテイストが違い過ぎる作品なのでここを起点にパトレイバーを薦めるのにはかなり抵抗があります。しかしそれで切り捨てるには惜しい魅力も持ち合わせています。私としてはかなり好み。渋い画面に川井憲次の音楽がベストマッチしていてコレは未見の方には是非スクリーンで味わって観て欲しい逸品。今回の再上映が多くの方にとっての再発見のきっかけになると嬉しいですね。
先日名古屋市美術館にて「松本零士展創作の旅路」を鑑賞しに行って来ました。2023年に没した漫画家松本零士の業績とロマンの源泉を多数の生原稿や原画、絵コンテで紹介する展示です。生原稿の迫力もさることながら、いわゆる「零士メーター」だけで1カテゴリー設けてあったのにクスッとなってしまいました。
こんばんは、小島@監督です。
松本零士展は名古屋市美術館にて6月7日まで!
さて、今回の映画は「俺たちのアナコンダ」です。
幼馴染のダグ(ジャック・ブラック)とグリフ(ポール・ラッド)は少年時代から映画を愛してきた。40代に差し掛かりダグは映画監督の夢を諦め結婚式のカメラマンとして生計を立て、グリフは俳優の夢を諦めきれずにいるものの成功とは程遠い日々を送っていた。
地元のパーティーで再会した2人は少年時代のバイブルで長年の夢でもあった「アナコンダ」のリメイク実現を目指して動き出す。どうにか資金を集め、友人を引き連れて映画の撮影のためにアマゾンまで足を踏み入れたダグたちだったが本物の巨大アナコンダに遭遇してしまう。
リメイクとかリブートとかいうものにこういうアプローチがあったかと、結構感心しました(笑)
「ターミネーター2」や「ジュラシック・パーク」が映像表現に革新をもたらした1990年代は技術の進歩が映画の幅を広げ、多彩なジャンルで新機軸の作品が続々と生み出された時期です。技術革新の恩恵をある意味で1番享受したであろうジャンルの一つがモンスター映画だったように思います。そんな1997年に登場したのがアマゾンの奥地で調査隊が大蛇に襲われる恐怖を描いた「アナコンダ」です。当時新進気鋭だったジェニファー・ロペスやアイス・キューブを主演に迎え、エリック・ストルツ、オーウェン・ウィルソン、更に名優ジョン・ヴォイトも配した厚い出演陣と迫力のモンスター描写で、批評的には酷評気味でしたが人気を集め、何だかんだその後4作まで続編が作られるシリーズとなりました。アメリカ本国では日本で言うところの「コマンドー」や「バトルシップ」のようなカルト的人気を獲得しているようで、今作本編中でもそれを感じさせるセリフや描写が端々に登場します。
そもそもがボンクラ映画な方なのにそんな原典に多大なリスペクトを送りつつユニークな視点で見せてくる一本です。
ジャック・ブラックとポール・ラッドの漫才みたいな掛け合いで牽引しつつ、意気揚々とインディーズでアナコンダのリメイク作りに行ったら本物に襲われてしまいどんどん状況が悪化。少しずつギアが上がっていく様が楽しい。意図的に映画全体を大味で低予算のB級臭く作っていますが実際のところは結構手が込んでいる印象で、シーンによっては結構大きなセットを組んで撮影していて本当に何もかもが安っぽい映画ではない加減が絶妙です。言うて謎に壮大でハイテンションな映像で野ションするシーンがあったり予算の使い道の方向がちょいちょいアレですが。
主人公たちを突き動かす動機がいわゆる「中年の危機」なので自分としてもちょっと身につまされるような感覚もあり、めっちゃくだらないことに違いは無いのですがそのくだらなさこそが楽しい一本。観終わったらだいたいすぐに忘れてしまいそうですが、エンターテインメントはそういうもので良いのです。
幸いと言うべきか本国ではバカ売れしたそうで、これを機に本気で本家をリメイクしてくれても良いのよ(笑)
こんばんは、小島@監督です。
松本零士展は名古屋市美術館にて6月7日まで!
さて、今回の映画は「俺たちのアナコンダ」です。
幼馴染のダグ(ジャック・ブラック)とグリフ(ポール・ラッド)は少年時代から映画を愛してきた。40代に差し掛かりダグは映画監督の夢を諦め結婚式のカメラマンとして生計を立て、グリフは俳優の夢を諦めきれずにいるものの成功とは程遠い日々を送っていた。
地元のパーティーで再会した2人は少年時代のバイブルで長年の夢でもあった「アナコンダ」のリメイク実現を目指して動き出す。どうにか資金を集め、友人を引き連れて映画の撮影のためにアマゾンまで足を踏み入れたダグたちだったが本物の巨大アナコンダに遭遇してしまう。
リメイクとかリブートとかいうものにこういうアプローチがあったかと、結構感心しました(笑)
「ターミネーター2」や「ジュラシック・パーク」が映像表現に革新をもたらした1990年代は技術の進歩が映画の幅を広げ、多彩なジャンルで新機軸の作品が続々と生み出された時期です。技術革新の恩恵をある意味で1番享受したであろうジャンルの一つがモンスター映画だったように思います。そんな1997年に登場したのがアマゾンの奥地で調査隊が大蛇に襲われる恐怖を描いた「アナコンダ」です。当時新進気鋭だったジェニファー・ロペスやアイス・キューブを主演に迎え、エリック・ストルツ、オーウェン・ウィルソン、更に名優ジョン・ヴォイトも配した厚い出演陣と迫力のモンスター描写で、批評的には酷評気味でしたが人気を集め、何だかんだその後4作まで続編が作られるシリーズとなりました。アメリカ本国では日本で言うところの「コマンドー」や「バトルシップ」のようなカルト的人気を獲得しているようで、今作本編中でもそれを感じさせるセリフや描写が端々に登場します。
そもそもがボンクラ映画な方なのにそんな原典に多大なリスペクトを送りつつユニークな視点で見せてくる一本です。
ジャック・ブラックとポール・ラッドの漫才みたいな掛け合いで牽引しつつ、意気揚々とインディーズでアナコンダのリメイク作りに行ったら本物に襲われてしまいどんどん状況が悪化。少しずつギアが上がっていく様が楽しい。意図的に映画全体を大味で低予算のB級臭く作っていますが実際のところは結構手が込んでいる印象で、シーンによっては結構大きなセットを組んで撮影していて本当に何もかもが安っぽい映画ではない加減が絶妙です。言うて謎に壮大でハイテンションな映像で野ションするシーンがあったり予算の使い道の方向がちょいちょいアレですが。
主人公たちを突き動かす動機がいわゆる「中年の危機」なので自分としてもちょっと身につまされるような感覚もあり、めっちゃくだらないことに違いは無いのですがそのくだらなさこそが楽しい一本。観終わったらだいたいすぐに忘れてしまいそうですが、エンターテインメントはそういうもので良いのです。
幸いと言うべきか本国ではバカ売れしたそうで、これを機に本気で本家をリメイクしてくれても良いのよ(笑)
まさについ先ほど、「M-1グランプリ2025スペシャルツアー」愛知公演を観てきました。昨年のM-1グランプリで準決勝・決勝に進出したユニットたちによる90分ほぼノンストップのお笑いライブ。たくろう、ドンデコルテ、エバースというファイナリスト3組の競演ももちろんですがイチゴ、豆鉄砲、カベポスターなど準決勝敗退ユニットだって負けていません。ライブならではのグルーヴ感も手伝って心底笑わせてもらいました。
こんばんは、小島@監督です。
普段お笑いライブを観る方ではないのでなおさら新鮮。時にはこういう時間も味わわないとね。
さて、今回の映画は「ナースコール」です。
とあるスイスの州立病院で勤務する看護師のフロリア(レオニー・ベネシュ)は、遅番に出勤する。ただでさえ人手不足の外科病棟、その日の遅番は病欠も出たことで更に過酷なものになって行く。26人の入院患者の看護に加えてインターンの看護学生の指導も行わなければならない。他の病棟からかかってくる電話、外線の問い合わせ、患者からのナースコール、フロリアはひっきりなしに対処を求められ、積み重なっていくマルチタスクは次第にフロリアの手に負えないものになっていく。
スイスの州立病院を舞台に、1人の看護師のある日の出勤から退勤までを描く。言い切ってしまえばそれだけの映画です。上映時間90分、決して長くはありません。しかし一瞬たりとも気が抜けない映画です。下手なサスペンスを軽く凌駕する緊張感と、そんじょそこらのホラーが裸足で逃げ出すほどの怖さを併せ持ち、目が離せない映画です。
ドキュメンタリーを観ているかのような作りをしていますが、全て俳優が演じているれっきとした劇映画。徹底したリアリズムの元に作られ過剰さは感じません。緊密な生々しさと共に観客に看護師の1日を体感させ、主人公フロリアのプロフェッショナリズムにシンクロしながらも、折り重なるマルチタスクの波がフロリアをすり減らして業務の精度が下がっていく様を追体験する事になります。ただ1日の仕事ぶりを追ってるだけのはずの映画なのに観終わる頃には疲労感でぐったりですよ。
そうして浮かび上がって来るのは慢性的な人手不足を抱える医療の現場の姿。この映画の舞台であるスイスでは看護師の離職率が最初の4年で4割に上るとか。それは日本でもそう変わらないのではないでしょうか。こんなに余裕の無い状況ではさもありなんです。これは決して他人事の映画ではない。今そこにある現実です。人の命を預ける現場にもっと手厚い政策があればと思わずにいられません。
幸い今まで生きてきて長期入院するような病気をしないで済んで来ましたが、もし入院するようなことになっても変なわがままは言わないようにしよう。
こんばんは、小島@監督です。
普段お笑いライブを観る方ではないのでなおさら新鮮。時にはこういう時間も味わわないとね。
さて、今回の映画は「ナースコール」です。
とあるスイスの州立病院で勤務する看護師のフロリア(レオニー・ベネシュ)は、遅番に出勤する。ただでさえ人手不足の外科病棟、その日の遅番は病欠も出たことで更に過酷なものになって行く。26人の入院患者の看護に加えてインターンの看護学生の指導も行わなければならない。他の病棟からかかってくる電話、外線の問い合わせ、患者からのナースコール、フロリアはひっきりなしに対処を求められ、積み重なっていくマルチタスクは次第にフロリアの手に負えないものになっていく。
スイスの州立病院を舞台に、1人の看護師のある日の出勤から退勤までを描く。言い切ってしまえばそれだけの映画です。上映時間90分、決して長くはありません。しかし一瞬たりとも気が抜けない映画です。下手なサスペンスを軽く凌駕する緊張感と、そんじょそこらのホラーが裸足で逃げ出すほどの怖さを併せ持ち、目が離せない映画です。
ドキュメンタリーを観ているかのような作りをしていますが、全て俳優が演じているれっきとした劇映画。徹底したリアリズムの元に作られ過剰さは感じません。緊密な生々しさと共に観客に看護師の1日を体感させ、主人公フロリアのプロフェッショナリズムにシンクロしながらも、折り重なるマルチタスクの波がフロリアをすり減らして業務の精度が下がっていく様を追体験する事になります。ただ1日の仕事ぶりを追ってるだけのはずの映画なのに観終わる頃には疲労感でぐったりですよ。
そうして浮かび上がって来るのは慢性的な人手不足を抱える医療の現場の姿。この映画の舞台であるスイスでは看護師の離職率が最初の4年で4割に上るとか。それは日本でもそう変わらないのではないでしょうか。こんなに余裕の無い状況ではさもありなんです。これは決して他人事の映画ではない。今そこにある現実です。人の命を預ける現場にもっと手厚い政策があればと思わずにいられません。
幸い今まで生きてきて長期入院するような病気をしないで済んで来ましたが、もし入院するようなことになっても変なわがままは言わないようにしよう。

