ちゅうカラぶろぐ


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昨日の歌会に参加された皆さん、お疲れ様でした。
 行ってみたらポップコーンマシンがあったのがハイライト。所持品の懐が深いぞ。塩味もキャラメル味も美味しく頂きました。ありがとうございます。

 こんばんは、小島@監督です。
 ポップコーン、しょっちゅう映画館に行く割に滅多に買わないので何だか久しぶりに食べた気がします。

 さて、今回の映画は「ほどなく、お別れです」です。

 就職活動が上手くいかず鬱屈した日々を過ごす大学生・清水美空(浜辺美波)には、「死んだ者の姿が見え、会話もできる」という秘密があった。ひょんなことから美空の秘密を知った葬祭プランナーの漆原礼二(目黒蓮)は、その能力を活かして欲しいと美空をスカウトする。漆原に師事する形で葬祭プランナーの道を歩むことになった美空。漆原の厳しい指導に挫けそうになりながらも彼の目指す葬儀への姿勢に憧れを抱くようになる。

 人が誰しも最後に通る「死」、それにまつわる仕事はそれ故に忌みごとのように思われることもしばしばです。しかしそこには確かに真摯に仕事に向き合う人々がいます。
 葬儀に関わる仕事を扱った映画と言えば世界的にも高い評価を得た滝田洋二郎監督・本木雅弘主演の「おくりびと」(2008年)を連想する方も多いでしょう。しかし失職した中年男性が紆余曲折の末に納棺師として生きる道を選ぶまでを描いた同作と、美空の「死者と対話できる」というファンタジーな要素と「僕等がいた」「君の瞳が問いかけている」などで青春映画の名手として知られる三木孝浩監督の手腕が相まって味わいは大きく異なります。

 非常に端正に作り上げられた映画です。物語は4つのエピソードで構成され、それぞれが独立して機能しながらも映画の起承転結として美空の成長や葛藤、漆原の変化が描かれて行きます。前半3つのエピソードで描かれた美空の成長が最後のエピソードで活きるようになっており、構成だけで言えば実に王道の青春成長譚です。そこに死者と対話できる美空の特殊性と葬祭プランナーという職業の矜持が乗り、逝く人から残された人々へと繋がる心のドラマが合わせて紡がれることで大きな感動をもたらします。
 浜辺美波と目黒蓮、主演2人の演技も素晴らしく、特に目黒蓮は言動も所作も研ぎ澄まされていて現時点でのキャリアベストと言って良いのではないでしょうか。納棺の所作などは痺れるほどです。また、4つのエピソードそれぞれに主役級の俳優を配置しているのもポイントでキャスティングの隙の無さが重厚な見応えに繋がっています。何なら私もファーストエピソードからもう涙腺がガバ。自分が観た上映回の印象で言えば2時間ずっとすすり泣きしちゃう人も少なくないようで、こういうのに弱い自覚のある方はハンカチよりもタオルを持参しましょう。

 故人を見送る葬儀の場が決して綺麗な感情だけで包まれるものでないことは多くの方が実感として味わっていることでしょう。時に凄絶な愁嘆場になってしまうこともしばしばです。しかし誰にでもいつかは訪れるものだからこそ美しい感情の中で終わりたいと思うのもまた当然の希求です。
 この映画に触れることで遠く離れた誰かや自分自身の終わり方に想いを馳せたりする方もいることでしょう。優しい感情に溢れる珠玉の一本。いつかこの作品が名画と呼ばれる日も来るかもしれません。どうぞ劇場でひたってください。

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いや流石に勝ち過ぎでは?と言いたくなってしまう衆院選。これほど勢力図が激変してしまうと少々不安になってしまいます。与党が単独過半数を取った一方で旧態化した左派勢力がほぼ壊滅状態。急進的な新進勢力が台頭しつつある中では、与党と政策議論をじっくりとかつガチンコで戦わせられるリベラル勢力の再編が急務でしょう。それにリベラル派が気付けると良いのですが。

 こんばんは、小島@監督です。
 この国の未来が明るいものであることを祈ります。

 さて、今回の映画は「HELP/復讐島」です。

 金融コンサルティング会社の戦略チームに勤めるリンダ(レイチェル・マクアダムズ)は、数字に強い能力を買われ先代CEOから次期副社長へとオファーがかかっていた。しかし先代の没後会社を引き継いだ新CEOブラッドリー(ディラン・オブライエン)はリンダの功績を一顧だにせず、大学の同期ドノヴァン(ゼイヴィア・サミュエル)を副社長に据え、リンダを左遷しようとする。しかしリンダでなければ対応できない案件がありブラッドリーはやむなくドノヴァンだけでなくリンダも同行させバンコクへ向かった。
 ところが事故に遭い飛行機が墜落。辛うじて生き残ったリンダとブラッドリーは無人島に漂着。2人だけのサバイバルが始まった。無人島においても会社と同じように横柄に命令するブラッドリーに対し、リンダは今の状況を分からせようとするが。

 サム・ライミ監督と言えば「スパイダーマン」や「ドクターストレンジ」と言ったアメコミヒーロー映画の印象が強い方も多いでしょう。しかしフィルモグラフィを振り返ればデビュー作「死霊のはらわた」に代表されるようにB級ホラーやスリラーが多く、私などもそちらの方の印象が強いです。近年は「ドント・ブリーズ」や「クロール/凶暴領域」などホラー・スリラー映画のプロデュースに回ることが多くなり監督を手掛けることが少なくなったライミ監督ですが、久しぶりに主戦場と言ってもジャンルでの監督作が登場です。

 予告編あたりを一見するとパワハラに苦しむ真面目な女性社員が事故とサバイバル生活をきっかけに上司との主従が逆転する話、言ってみればミソジニーに対するリベンジという印象で実際のところそれに間違いは無いのですが、「あれ?リンダもまあまあヤバいヤツじゃね?」と思うのにそう時間はかかりません。無人島生活を満喫しブラッドリーを支配しにかかるリンダ、リンダはさっさと切り捨てたい部下でしかないブラッドリー、無人島生活は次第にどちらもお近づきになりたくない者同士のえげつない死闘へと変わって行きます。
 人間の奥底に秘められた闇を露悪的に、かつ少々悪趣味に描くことに長けたサム・ライミ監督の手腕が本領発揮されていて舞台が整ってからは終盤間際まで実質2人芝居状態だと言うのに飽きさせる事がありません。血飛沫がブシャーと言ったりゲ○が盛大にスプラッシュしたりちょいちょいグロテスクな画が出て来るあたりに大ベテランになっても隠し切れない性(サガ)が垣間見えて面白い(笑)。
 主演レイチェル・マクアダムズも「君に読む物語」「アバウト・タイム」「シャーロック・ホームズ」など幅広い役柄を演じてきたキャリアを遺憾無く発揮してリンダを演じきり映画を牽引します。

 どこか1980〜90年代のプログラムピクチャー的な楽しさを醸す逸品。もう巨匠と呼べる領域にいながらこう言った下世話な作品を軽やかに作ってしまえるサム・ライミ監督。やっぱり彼にはB級が良く似合う。

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先週如月千早武道館公演を鑑賞した翌日、有楽町のよみうりホールへ「上田麗奈のひみつばこイベント」を観に行ってました。上田麗奈がパーソナリティを務める同タイトルのラジオ番組のイベントで、今回が3回目になります。「上田麗奈のひみつばこ」、以前は良く聴いていたものの放送時間が変更された後はリアタイすることも減って最近は滅多に聴かなくなってしまったのですが今回東京へ向かう数日前にイベントの存在を知ってほとんど勢いでチケットを購入。
 彼女の持ち味であるゆるくふんわりとしたトークに浸る90分。ゲストとして登場した小原好美との掛け合いも楽しい。近年は「チェンソーマン」のレゼや「閃光のハサウェイ」のギギのようなファム・ファタールな役柄が多い上田麗奈ですが、キャリアの初期から演じ続けている「アイドルマスターミリオンライブ!」の高坂海美についても言及してくれたのはいちアイマスPとしてちょっと嬉しかったですね。

 こんばんは、小島@監督です。
 
 さて、今回取り上げる映画はそんな上田麗奈の出演最新作、「機動戦士ガンダム閃光のハサウェイ キルケーの魔女」です。

 宇宙世紀0105、圧政を続ける地球連邦政府を弾劾すべく要人暗殺などのテロ行為も辞さない抵抗運動を続けるグループ「マフティー」、そのリーダーたるハサウェイ・ノア(声・小野賢章)は、不思議な力を秘めた少女ギギ・アンダルシア(声・上田麗奈)との出逢いによって呼び起こされた過去のトラウマに苦しみつつも閣僚が集結し会議を行うと目されるアデレードを襲撃する準備に取り掛かっていた。
 ハサウェイがマフティーのリーダーではないかと推察する連邦軍ダバオ空軍基地司令ケネス・スレッグ(声・諏訪部順一)はアデレード会議支援作戦とマフティー殲滅に向けて準備を整える最中、刑事警察機構のハンドリー・ヨクサン(声・山寺宏一)から密約を持ちかけられる。
 そんな折、ギギもまた自身の役割を果たすためホンコンへ向けて旅立った。

 富野由悠季による小説を原作に劇場版3部作としてアニメ化という第一報が告知されたのが2018年、コロナ禍による延期を経て1作目が公開されたのが2021年、それから5年の時を経て遂に第2部公開です。皆さん気長に待ってますね、言うて自分もですけれども(笑)
 「閃光のハサウェイ」はもともと小説版「逆襲のシャア」である「ベルトーチカ・チルドレン」の続編という位置付けの作品ですが映画化では明確に映画「逆襲のシャア」の続編として作られています。前作ではニュアンスとして見せている程度でしたが今作ではいよいよ原作との距離感が鮮明になっています。1980年代に発表された原作から推察するに「マフティー」には学生運動や連合赤軍のようなイメージもあったでしょうが、一種の時代劇にはせずに現代的にアップデートしているのはさすがです。脚本を手掛けたむとうやすゆき氏のこだわりなのか、原作小説よりもダイアログが富野由悠季っぽくアレンジしてあるのが面白いところで、作品の色彩を決定付ける一因になっています。

 上映時間110分、全編に渡り驚異的なほどリッチな画面が続く作品です。ゴージャスさの方向が例えば「鬼滅の刃」のようなアクションのダイナミズムではなく空間の広がりのダイナミズムが素晴らしい。カメラの位置に対する意識が高く、アニメだから全てが作り物だと言うのに画面に映っていないフレームの外にも動きのある世界が広がっているのが分かります。更に時には歩くという動き一つに恐ろしいほどの手数が注ぎ込まれ、写実的でありながら同時にアニメならではの映像を見せてくれます。
 今作、マエストロの競演と言うべきか監督村瀬修功を始め渡辺信一郎、沖浦啓之、出合小都美という尋常じゃないメンバーが絵コンテを手掛けており、MS戦より会話劇の方が比重が遥かに高い作劇だと言うのに動きや仕草一つで見せる芝居付けが極まっていて惹きつけられます。また、かなり観客を信頼してくれていると感じる作品で非常に情報量が多い中で仕草や視線の運びと言ったセリフではない部分で心情や状況を伝えようとカットを組んでいるところに練達の手腕を感じます。

 物語の方はと言えば主人公ハサウェイがそもそも前作のスタート時点で既に心が壊れている歪な人物として登場していることが象徴するように各キャラクターたちの相関関係と言ったミクロの部分から社会構造のようなマクロの部分までどこか歪に見せています。「良いから早く病院へ行け」と思う人も少なくないでしょう。歪な世界を正そうとするハサウェイ自身が歪であり、その暗黒に絡め取られるように深みにハマって行くのです。
 一方、「運命の女」であるギギの人物像もより深掘りされて行くのもポイント。天真爛漫に物語と人間をかき回すように見えて人の心の機微にも敏く、課された役割を十二分にこなせるほどに極めて聡明で、それでいて子どもっぽい嫉妬心が表立つこともある多面性。そんなギギを上田麗奈が前作以上にキレッキレに演じており、その声と相まってお飾りな人形ではない生々しいエロスをまとった魅力を感じる方も多いはず。

 終盤にはかなりのサプライズも仕込んであり、ドラマ的にも大きくツイストしながらハサウェイの流転がいよいよ極まっていきます。
 複数回の鑑賞に耐え得る濃密な作品で、まだ見ぬ最終章も今から楽しみ。これほどのものを作り上げて来るのなら、原作とは違う結末にたどり着いても良いかもしれない。

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こんばんは、小島@監督です。

 この週末は東京へ。目的地は日本武道館。
如月千早武道館単独公演「OathONE」
を観に行って来ました。「アイドルマスター」は近年声優が出演しパフォーマンスをするライブとは別にキャラクターそのものが公演する「xRライブ」と呼称されるイベントも行われるようになって来ています。ステージ上に特殊な機材を設える必要性からかこれまでの公演では概ね1,000〜2,000席、あるいはそれ以下の規模のホールでの開催が主体でしたが、満を辞してというべきでしょう、如月千早1人の単独公演が日本武道館で行われました。
 アイドルマスター20周年記念の一つの目玉として昨年3月に発表され、この日を心待ちにしていた方も多いでしょう。私もその1人です。約300人いるアイドルマスターのアイドルたちの中でもしも一度だけ1人だけ武道館のステージに立てる機会ができるとしたら、それは如月千早をおいて他にいないと思っていました。

 舞台はセンターステージのみという潔さでまさに「武道館に、アイドルが1人」を体現していました。最初期の代表曲である「蒼い鳥」で幕を開けたライブは、徹頭徹尾「如月千早」というアイドルの存在証明とでも表現できるようなセットリストをしていました。歌だけを拠り所とし孤独と絶望に覆われた暗い海の底にうずくまっていた少女が、僅かに差し込んだ一条の光を目指して手を伸ばして足掻き、もがき、海面に手が届いてもなお上昇しやがては宇宙にすら届きそうなほどに飛翔してゆく。その過程の中で仲間と出会い、孤高の歌姫はいつしか心からの笑顔を取り戻し「Just be myself!」、「ただ自分らしく」笑顔で歌えるようになるまでの心の旅路。その喪失と再生の道行はまさしく如月千早の魂の軌跡。
 アイドルマスター20年の蓄積がなせる文脈ではありますが、知らずに観ても何かを感じ取れるのではないでしょうか。

 本公演で如月千早自身の物語を語り切った翌日、穏やかに光を包み込むようなイメージのキービジュアルへと変わった追加公演ではアイドルマスター各ブランドの「青」を象徴するメンバーの楽曲を次々とカバーしてセットリストに盛り込まれました。それぞれの曲へのリスペクトを感じさせながらも如月千早としての「蒼」で染めて行く、1人M@STER OF IDOL WORLD状態に熱くならないワケがありません。それらを歌い繋いだ後に、これまでの全てとそして「あなた」へと感謝の歌である「GR@TITUDE」を持ってくる流れには震えざるを得ません。余談ですが20年前の2006年に如月千早としてのカバーアルバムCDが製作され、そのCDのタイトルが「Gratitude〜感謝〜」だったことも意識しての選曲でしょう。

 演出面ではSONYが開発した群ロボット「groovots」が導入されてステージ上に登場。一見すると様々に光るモノリス状の物体でしかないものの、その動きやビジュアルエフェクトにアイドルマスターの文脈が乗って非常にエモーショナル。最新鋭とは言えまだ成長途上にあることを感じさせるテクノロジーで、今後の発展も楽しみです。

 正直言って終始泣きっぱなしのライブでした。かつてゲーム内において千早は武道館ライブまで到達できると、感慨と共に「記録より観客の記憶に残るライブがしたい」と決意するくだりがあるのですが、そんなことも思い出してしまって私の情緒も良く分からない感じに(笑)。
 こう言っては何ですが、全てが事前収録と映像製作で組み上げられたステージに違いないのにそこには確かに「生」の感情が乗っていたように思え、何か厳かで尊い、そこにある種の「奇跡」を観たような気がします。
 間違い無く現時点での最高到達点、しかし同時に通過点。きっとこれからも如月千早は歌い続けて行くのでしょう。夢のようで、でも確かに見届けました。武道館で、1人のアイドルを。

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昨日の歌会に参加された皆さん、お疲れ様でした。
 3か月ぶりに参加したらパン配っていたりシャンプーがじゃんけん大会に出品されたりしていてロビーがコンビニめいておりました(笑)。今回は中座してしまったのでじゃんけん大会まで居なかったのですが、カタン争奪戦には加わりたかったかも。

 こんばんは、小島@監督です。
 実は昨年は自分の用事と歌会のスケジュールがバッティングすることが多くて出席率が結構悪く、今年はもっと参加率上げたいですね。

 さて、そんな今年最初の歌会を中座したあと私はZepp Nagoyaまで「THE IDOLM@STER 20th ANNIVERSARY NEW YEAR MEETING & DJ PARTY@NAGOYA 」を観に行って来ました。昨年シリーズ20周年を迎えた「アイドルマスター」、一昨年からそれを祝した大小様々なイベントが展開されています。これもその一環として大阪・東京・名古屋の3ヶ所で各2公演ずつ計6公演が開催されました。
 このイベントの大きな特徴はキャストとスタッフを交えたトークショーパートと、アイマスにゆかりのある人物がDJプレイを行うDJパートの2部構成を取っている点で、今回私が観覧した名古屋day2では第1部では天海春香役中村繪里子さん、秋月律子役若林直美さん、木村龍役濱健人さん、郁田はるき役小澤麗那さんの4名に加えてスタッフ陣では作詞家松井洋平さん、バンダイナムコミュージックライブ・ランティスレーベル担当長尾拓馬さん、KEYNOTE宮崎京一さん、アイドルマスターシリーズ統括梅木馨さんの4名が登壇しました。このうち中村繪里子さんと梅木馨さんは第2部でもDJを務めています。

 トークショーでは主にキャスト陣よりスタッフ陣を立てる形で展開。登壇している方たちも何かしらの形で発信することが少なくないポジションの方ばかりだからか、言語化が巧みな方が多くそれが話題の深掘りに繋がって行ったような印象です。
 2020年、シリーズ15周年の際に発表されていたブランドをまたいでの合同ミーティングツアー、コロナ禍で詳細が明かされること無く全公演がキャンセルとなってしまいましたが実は日程も会場も各公演のコンセプトまで決定していたそうで実現できなかった悔いと寂しさが隠せなかったり、2019年に開催されたクルーズ船イベントをどうももう一度企画しようとして頓挫したらしいことなどが語られました。
 アイマスの音楽に関わる登壇者が多く、どこにブランドイメージの軸を据えて楽曲製作しているかと言ったようなことが語られました。「SNSで発信する際に詳細は出来るだけ触れないでください」というレギュレーションなのであまり書けないのが残念ですが、松井洋平さんにFRAMEの曲を1つ書いて欲しい。
 途中観客に体調不良者が出てイベントが一時中断したり、テンション上がりすぎた女性ファンがちょっと何言ってるか聞き取れないシャウトを上げていたりと言うハプニングもありましたが中村繪里子さんの気遣いと取り回しが見事でさすがの貫禄ぶりでした。

 第2部はDJパート。アイマス20年間の珠玉の楽曲たちをリミックスかつ、DJ3名がリレーし約2時間ほぼノンストップで浴び続けます。最新のナンバーより懐かしい曲が多めでもう古参となった私大歓喜。何かもうちょい泣き。765ASの曲からヴイアライヴへと繋げたりと言った構成も技あり。若林直美さんが度々ステージに上がって観客を煽ったりパフォーマンスをして行ったりしていくのも楽しい。

 それにしても20年間最前線でい続けた中村繪里子さん若林直美さんが持つ格の凄みよ。この方たちが最初の人たちで本当に良かった。自分としてもこんなに深く長く付き合ってきたコンテンツはこれまでに無く自分の年齢から考えてももうこれからも現れないでしょう。そんな時間の重みと同じ時間を十数年も共に歩いてきた幸福を噛み締めさせてくれるようなイベントでした。
 同じ形式でも様々なアプローチができそうで、これからも定期的に開催して欲しいですね。

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アイドルグループというのはメンバーの誕生日かそれに近い週末にはバースデーライブをやるものだそう。で、私が推してるTHE ENCOREというアイドル、中でも最推しの藤元ういちゃんのバースデーライブに行って来ました。主役はその日限りの特別衣装で後のメンバーはTシャツというのが定番。過去イチ可愛い推しを堪能。何なら昨年も行こうとしていたけど当日高熱出してブッ倒れて行けなかったので1年越しのリベンジ。フフフ。

 こんばんは、小島@監督です。
 ところでTHE ENCOREは7人メンバーのユニットなのですが全員の誕生日が10月〜1月の4ヶ月に固まっていて7本のバースデーライブが立て続けに開催されます。私は行けるところのしか行きませんが当然のように全通するファンもいます。マジで忙しそう(笑)

 さて、今回の映画は「パプリカ」です。

 精神医療の研究機関で、他人の夢を共有できる画期的な機器「DCミニ」が開発された。研究員の千葉敦子(声・林原めぐみ)は外見も性格も全くの別人格である夢探偵「パプリカ」としてクライアントに極秘裏にサイコセラピーを行っていた。
 ある日、何者かの手によりDCミニが盗まれてしまった。悪用されたDCミニによって次々と研究所の職員の夢が汚染され精神が侵食されてゆく。敦子はパプリカとしてDCミニ奪還に乗り出すが、そこには恐るべき罠が仕掛けられていた。

 「虚構と現実の混淆」をモチーフに様々なアプローチで作品を発表し、アニメーションの可能性を追求したフィルムメーカー・今敏。ダーレン・アロノフスキーやギレルモ・デル・トロらがその影響を公言し、2010年に46歳の若さで没した後も後継にインスピレーションを与え続けるクリエイターです。2006年に公開された「パプリカ」は今敏監督が最後に手掛けた長編アニメーション映画で、筒井康隆の同名小説を原作にしています。夢が現実を侵食し境界線が定まらなくなっていく様をポップなトーンで描きながら疾走感のある展開で観客を幻惑の狂騒に引き込みます。物語のイメージからしてクリストファー・ノーラン監督が2010年に製作した「インセプション」にも何らかの影響を与えた可能性もありますね。今年製作20周年を記念して4Kリマスター版が公開されました。
 それからどういうわけかPARCOのグランバザールとコラボレーションしていてPARCOに行くとデカいビジュアルが掲示されています。いやマジで何で今になって?

 「PERFECT BLUE」「東京ゴッドファーザーズ」などでは虚構が入り込みつつも圧倒的なリアリティをもってビジュアルを組み上げていましたが、この「パプリカ」では敢えてそのリアリティラインを下げて映像を構築しているのもポイント。というか冒頭からユニークな映像が次々に飛び出し「悪夢」の象徴であるパレードの異様なけばけばしさは必見です。平沢進の手による音楽も印象的で、自由奔放な映像を支えています。
 ビジュアルは混沌そのものながら物語自体は決して難解ではなくむしろシンプルで理知的。登場人物のキャラクター性が強く、そこに林原めぐみ、大塚明夫、古谷徹、山寺宏一、江守徹と言った豪華なメンバーの重厚さも軽快さも併せ持った演技が乗っていてエンターテインメントとしては極めてレベルが高く、当人が製作時にそこまで意識していたかはもう定かではありませんが、今敏監督のクリエイターとしての脂が乗って来たことを実感させてくれる出来映えで、道半ばで逝去してしまったことが今更ながらに悔やまれます。

 この作品についてはちょっと巡り合わせが悪く今回のリバイバル上映が実は初見で粗筋なども良く知らないままに観た(だから4Kリマスターが元の映像からどれくらいクリアになったのかイマイチわからない)のですが、むしろ初見を自宅のTVなどで済まさなくて良かったと思ってしまうほどに感激しました。きっと今まで取っておいてくれていたのでしょう。こんな風に出会う時を待っている映画がきっとまだたくさんあるのだと思うと楽しみも尽きませんね。

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新年明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いします。
 正月三が日からベネズエラでとんでもないことが起きててビビります。ロシアのウクライナ侵攻、パレスチナ情勢に加えて台湾でも火がつきそうになってて嫌でも世界情勢から目の離せない年になりそう。

 こんばんは、小島@監督です。
 ノー天気に映画を楽しめる日常が失われないことを切に祈ります。

 さて、今回の映画は「手に魂を込め、歩いてみれば」です。

 イスラエルによるガザ攻撃が続いていた2024年、イラン出身の映画監督セピデ・ファルシは急ぎ現地へ取材を行い人々の声を聞き取り伝える必要性を感じていた。しかし、封鎖されたガザへ入る術が無い。そこで知人を通して知り合ったガザ在住のフォトジャーナリスト・ファトマ・ハッスーナとコンタクトを取り、彼女とのビデオ通話を中心とした映画の製作を決意する。

 「もし死ぬなら、響き渡る死を」とその人は言った。いよいよジェノサイドの色が濃くなって来たガザ情勢。電気や水のインフラも途絶えがち、食糧も滞り気味、更にイスラエルは「国境なき医師団」のガザ入りをも制限しようとしています。国際情勢の発火点の一つとしてジャーナリストたちの関心も高く、連日ニュースで報じられているだけでなく以前このブログでも紹介した「ネタニヤフ調書」「ノー・アザー・ランド」と言った作品が世に問われています。また、現在の侵攻が始まる前に製作されて当時のガザの様子を捉えた「ガザ・サーフ・クラブ」(2016年)「ガザ 素顔の日常」(2019年)と言った作品もここ数年で相次いで公開され、それらを通して現在の状況に思いを馳せることもできます。
 そんな中で、また一つ力強く尊い作品が生まれました。

 映画のほとんどはセピデ監督とファトマとのビデオ通話を別のスマホで撮影した映像で構成されており、しかも映像も音声も途切れがち。正直言って少なからず見辛い箇所が散見されます。しかし少ない選択肢の中で敢えてこの手法を選び映画にしたセピデ監督の選択は、開幕から程なくして結実していることに観客は気づきます。

 会話の向こうにヘリやドローンのローター音や爆発音が聞こえ、明日をも知れない状況下にありながらファトマは笑顔を絶やさず、故郷を愛し、カメラを手に街を歩き詩も詠む。聡明で多才で現況に諦め切ってはいない。言葉の端々に見えるのはファトマが持つ強さと笑顔を失わない明るさ。蹂躙されゆく街を射し照らす一条の光のよう。なかなか繋がらない通話にハラハラし、接続できたことにホッとする。しかし状況はじわじわと悪くなって行く、そんな表現し難い胸苦しさが全編を貫きます。
 通話の合間に差し挟まれる写真もフォトジャーナリストであるファトマが撮影したもので、破壊されゆくガザ地区を詩情に満ちた写真で切り取っています。

 映画が進むにつれ、度重なる空爆でファトマの友人や家族が命を落とし、ファトマ自身も鬱のような症状を訴えその笑顔にも翳りが見え始めます。それでも絶望の中で僅かな光を見出そうとするファトマを誰が笑うことができましょう。
 しかし現実は残酷で、昨年4月ファトマは家族と共に空爆で死亡したことがワールドニュースでも報じられました。何の因果かセピデ監督はファトマが命を落とす前日に通話しており映画の最後はその映像で締め括られています。その会話の内容と突き付けられた現実との落差にただ呆然と立ち尽くすかのような感覚を味わいました。

 これは、何名と無機質な数字で語られる死者一人一人に人生があったことを教えてくれると同時に、人が持つ美しさと祈りと怒りに満ちたパワフルな映画です。いや、「映画鑑賞」という言葉をどこかで超えた映像体験をもたらす作品でもあります。
 願わくば、この映画が多くの方の目に止まりますように。それこそがファトマの願いでもあるだろうから。

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