来年から新シリーズが放送されるとの事でTVシリーズの再放送や年末には劇場版のリバイバル上映も予定されている「カードキャプターさくら」、90年代後半を代表するアニメの一つとあって20年近く前の作品にもかかわらず今観てもちゃんと面白いというか、よくできています。放送当時はほとんど気にしていませんでしたが、後に「この世界の片隅に」を手掛けることになる片渕須直が絵コンテ切ってる回があったりして今観返すなりの発見もあるのが楽しいですね。
今年初春に劇場版の1作目がリバイバル上映された際は観に行けずじまいでしたが、年末公開の2作目は何とか観に行けると嬉しいなぁ。
こんばんは、小島@監督です。
しかし今観てもこのアニメの人間関係は他の追随を許さないエッジの効きぶりですな(笑)
さて、今回の映画は「虐殺器官」です。
新作映画ではないのですが、実は劇場公開時に観ていたものの何のかのとブログに書く機会を逸してしまい勿体ないことしたな〜と思っていたところに来ましたよ、Blu-rayリリースが。これはもう今しかない!と敢えてここでこの作品の登場です。
9.11以降、先進諸国は自由と引き換えに徹底したセキュリティ管理体制を築きテロリズムの恐怖を一掃。一方で途上国では内戦や大量虐殺が急増し、世界は二極分化されつつあった。
要人暗殺という形で小国の武装勢力に干渉し世界の「平和」を維持するのを目的としたアメリカ情報軍特殊検索群i分遣隊に所属するクラヴィス・シェパード(声・中村悠一)は、内戦の首謀者を追う内に「ジョン・ポール」(声・櫻井孝宏)という男の存在を知る。
アメリカに帰国したクラヴィスはペンタゴンに呼び出され新たな任務を受ける。それはジョン・ポールの追跡行だった。彼が訪れる国では決まって虐殺の嵐が巻き起こる。彼を止めねば世界に「平和」はないという。ジョンの足跡を追ったクラヴィスは、チェコ・プラハでジョンの恋人だったという女性・ルツィア(声・小林沙苗)と出会う。
2009年に34歳の若さで夭逝したSF作家・伊藤計劃。彼が執筆した4本の長編の3本が「Project Itoh」と題したアニメ化プロジェクトにより「屍者の帝国」「ハーモニー」が2015年10月11月に相次いで公開。本来1本目に公開されるはずだったこの「虐殺器官」が製作体制の遅れからそれより大きく遅れる形で今年2月に公開されました。
製作の遅れについては公式サイトほか各所でも報じられていたためご記憶の方も多い事でしょう。請け負っていたスタジオ「マングローブ」が破産申請したため製作がストップしてしまい完成自体危うくなったところを新設の「ジェノスタジオ」(代表は「虐殺器官」のチーフプロデューサーである山本幸治)が引き受けようやく完成に至りました。
なお余談ですが映画化されていない長編1本とは「メタルギアソリッド4」のノベライゼーションだったりします。コレはコレでゲームのノベライズの枠を超えた傑作なので是非ご一読をお薦めしたい。
映画の方に話を戻しましょう。伊藤計劃の処女長編であり、「ゼロ年代SFベスト国内篇」第1位に輝くなど高い評価を得ている作品を、その哲学的な命題を薄めることなくリリカルな語り口で展開するとともにリアルな頭身のキャラクターによる硬質なビジュアルで描き出し洋画的な雰囲気に落とし込んでいるのが印象的です。
「言葉」が非常に重要な意味を持つため、必然的に台詞が多く多弁な作品になっているのが特徴で、原作を既に読んでいる身からすれば結構巧い具合に原作の台詞を抽出・アレンジしてるなと思えるのですが、そうでない方にはうっかり聞き漏らすと振り落とされてしまいかねません。Blu-rayなどのソフトで鑑賞するのなら巻き戻してリピートすれば良いだけではあるのですが、それでもそれなりに読解力を要しているのは確かでしょう。
先ほど「洋画的」と書きましたが、それは声優陣の演技についても同じで普段良く目にするアニメとは違う抑制のきいたトーンを貫いているのが特徴です。もっともこの作品のキーマンであるジョン・ポール役櫻井孝宏の演技がキャラクターの性質が似てるとは言え思いっきり「PSYCHO-PASS」の槙島聖護そのままなのは少々笑いを禁じ得ない所でしたが。
この映画、どうしても惜しいと思えるのは、今更言っても詮無い話ではあるもののやはりちゃんと1作目として「ハーモニー」の前に公開してほしかったな、ということでしょうか。「虐殺器官」と「ハーモニー」は実は表裏一体というか「問と答」のような作品であり、世界観を理解する上でも先に触れるべきは「虐殺器官」の方であろうからです。
とは言えコレでようやく3作全てがソフト化されました。秋の夜長に優れた現代批評精神に満ちた優れたSFに触れてみるのはいかがでしょうか。
今年初春に劇場版の1作目がリバイバル上映された際は観に行けずじまいでしたが、年末公開の2作目は何とか観に行けると嬉しいなぁ。
こんばんは、小島@監督です。
しかし今観てもこのアニメの人間関係は他の追随を許さないエッジの効きぶりですな(笑)
さて、今回の映画は「虐殺器官」です。
新作映画ではないのですが、実は劇場公開時に観ていたものの何のかのとブログに書く機会を逸してしまい勿体ないことしたな〜と思っていたところに来ましたよ、Blu-rayリリースが。これはもう今しかない!と敢えてここでこの作品の登場です。
9.11以降、先進諸国は自由と引き換えに徹底したセキュリティ管理体制を築きテロリズムの恐怖を一掃。一方で途上国では内戦や大量虐殺が急増し、世界は二極分化されつつあった。
要人暗殺という形で小国の武装勢力に干渉し世界の「平和」を維持するのを目的としたアメリカ情報軍特殊検索群i分遣隊に所属するクラヴィス・シェパード(声・中村悠一)は、内戦の首謀者を追う内に「ジョン・ポール」(声・櫻井孝宏)という男の存在を知る。
アメリカに帰国したクラヴィスはペンタゴンに呼び出され新たな任務を受ける。それはジョン・ポールの追跡行だった。彼が訪れる国では決まって虐殺の嵐が巻き起こる。彼を止めねば世界に「平和」はないという。ジョンの足跡を追ったクラヴィスは、チェコ・プラハでジョンの恋人だったという女性・ルツィア(声・小林沙苗)と出会う。
2009年に34歳の若さで夭逝したSF作家・伊藤計劃。彼が執筆した4本の長編の3本が「Project Itoh」と題したアニメ化プロジェクトにより「屍者の帝国」「ハーモニー」が2015年10月11月に相次いで公開。本来1本目に公開されるはずだったこの「虐殺器官」が製作体制の遅れからそれより大きく遅れる形で今年2月に公開されました。
製作の遅れについては公式サイトほか各所でも報じられていたためご記憶の方も多い事でしょう。請け負っていたスタジオ「マングローブ」が破産申請したため製作がストップしてしまい完成自体危うくなったところを新設の「ジェノスタジオ」(代表は「虐殺器官」のチーフプロデューサーである山本幸治)が引き受けようやく完成に至りました。
なお余談ですが映画化されていない長編1本とは「メタルギアソリッド4」のノベライゼーションだったりします。コレはコレでゲームのノベライズの枠を超えた傑作なので是非ご一読をお薦めしたい。
映画の方に話を戻しましょう。伊藤計劃の処女長編であり、「ゼロ年代SFベスト国内篇」第1位に輝くなど高い評価を得ている作品を、その哲学的な命題を薄めることなくリリカルな語り口で展開するとともにリアルな頭身のキャラクターによる硬質なビジュアルで描き出し洋画的な雰囲気に落とし込んでいるのが印象的です。
「言葉」が非常に重要な意味を持つため、必然的に台詞が多く多弁な作品になっているのが特徴で、原作を既に読んでいる身からすれば結構巧い具合に原作の台詞を抽出・アレンジしてるなと思えるのですが、そうでない方にはうっかり聞き漏らすと振り落とされてしまいかねません。Blu-rayなどのソフトで鑑賞するのなら巻き戻してリピートすれば良いだけではあるのですが、それでもそれなりに読解力を要しているのは確かでしょう。
先ほど「洋画的」と書きましたが、それは声優陣の演技についても同じで普段良く目にするアニメとは違う抑制のきいたトーンを貫いているのが特徴です。もっともこの作品のキーマンであるジョン・ポール役櫻井孝宏の演技がキャラクターの性質が似てるとは言え思いっきり「PSYCHO-PASS」の槙島聖護そのままなのは少々笑いを禁じ得ない所でしたが。
この映画、どうしても惜しいと思えるのは、今更言っても詮無い話ではあるもののやはりちゃんと1作目として「ハーモニー」の前に公開してほしかったな、ということでしょうか。「虐殺器官」と「ハーモニー」は実は表裏一体というか「問と答」のような作品であり、世界観を理解する上でも先に触れるべきは「虐殺器官」の方であろうからです。
とは言えコレでようやく3作全てがソフト化されました。秋の夜長に優れた現代批評精神に満ちた優れたSFに触れてみるのはいかがでしょうか。
なんと、今回で通算300回目の更新になります。
個人的な都合で更新日が前後した事が何度かありますが毎週の更新を欠かさずここまで来れた事にホント良く続いたなぁと感慨深くなってしまいます。
YGさんによってTwitterなどのSNSと連動させるようになってから閲覧してくださる方も増えたようで、映画の配給元や上映館のスタッフの方、更には手掛けた監督や出演者の方に読んで頂けたこともあったと聞き、何だか嬉しくなってしまいますね。
こんばんは、小島@監督です。
今後ともよろしくお願いいたします。
さて、そんな今回の映画は、「劇場版Fate/stay night [Heaven’s Feel] I.presage flower」です。先日の歌会に参加された皆さんならご記憶でしょう、ええ、じゃんけん大会でゲットしたあの前売券を早速使わせて頂きましたよ!
実は7年前に私がちゅうカラブログに初めて書かせて頂いたのが「劇場版Fate/stay night[UNLIMITED BLADE WORKS]」の感想だったりするので、不思議な縁と成長しない自分を実感します(笑)。いや、せめて文章のレベルが少しは向上してると思いたい。
10年前に起きた「災厄」の爪痕を残す街、冬木市に暮らす少年・衛宮士郎(声・杉山紀彰)。幼い頃からの縁で保護者を気取る藤村大河(声・伊藤美紀)や、士郎を慕い日々朝食と夕食を作りにやってくる少女・間桐桜(声・下屋則子)と共に優しい日々を過ごしていた。
しかしある時を境に冬木市に連日のように殺人や昏睡事件のニュースが流れ始め街に不穏な空気が漂うようになる。
そんな中、放課後に用事を済ませ遅い帰途に就こうとした士郎は校庭に異様なものを目撃する。2人の男が人智を越えた死闘を繰り広げていたのだ。
そして士郎は知ることになる。手にした者の願いを叶えるという願望機「聖杯」とそれを巡る戦い「聖杯戦争」の存在を。
ーーー「喜べ少年、君の『願い』はようやく叶う」
2004年のPC版リリース以降、絶大な支持を集めると共にその後数多くのシリーズ作品とスピンオフを生み出した「Fate/stay night」、2006年にTVシリーズが製作されて以降度々アニメ化されていますが、物語を構成する3つのルートの内最終章に当たる間桐桜ルート「Heaven's Feel」が3部作の劇場用アニメとして初めてアニメ化され、その第1章が現在公開中です。
製作スタジオはTVシリーズ「Fate/ZERO」、「Fate/stay night[Unlimited Blade Works]」を手掛けたufotable。監督須藤友徳以下ufotable版「Fate」に携わったスタッフが多数参加しています。
いくら3部構成とは言え原作が非常に長大なためどうしても駆け足な展開になるだろうなと思って臨んでみたら意外にもかなりゆったりとしたテンポで物語は紡がれ始めます。士郎と桜、大河、桜の兄・間桐慎二(声・神谷浩史)、遠坂凛(声・植田佳奈)ら主要人物たちの関係性をじっくりと掘り下げていく語り口はどこか日本映画的です。
序盤に限らず全編に渡り実に台詞が吟味されていたのが大きなポイントで、込み入った設定を説明するにしても観客に聞かせるように語るのではなく登場人物たちが「状況を確認したいから語ってる」形をきっちり作り上げているのに好感が持てます。単に「原作に忠実にアニメ化」するのではなく原作の雰囲気や語るべき物語をアニメとしてどう語っていくかをちゃんと意識して「翻案」している様が伺えます。
人物を語ることに注力している分「Fate」の骨子ともいえる「聖杯戦争」のイントロダクションについてはほぼ全カットという構成にも唸りました。不親切なようにも見えますが確かにもう何度も映像化されているのでファンなら承知の部分ですし、全く知らないなら知らないでもこの作品において「見せたい部分」というのはそこではないため問題ではないからでしょう。この取捨選択の大胆さが作品の質を上げる方向にちゃんと向いているのもポイントです。
無論劇場版らしく作画のレベルも極めて高いです。手数の多いアクションシークエンスもさることながら高精細な背景美術と計算された明暗のコントラスト、静的な情感の表現が素晴らしく、物語への高い没入度を約束します。
3部構成の第1章である性質上、物語が加速し始めたところで終わってしまうためどうしてもボルテージが上がりきらないという難点はありますが、1本の映画として既に満足度は高く、2章以降への期待も高めてくれるでしょう。
さあ、物語の幕は上がりました。桜の想いはどこに向かうのか、士郎の「正義」は最後に何を選択するのか。結末の形は原作通りになるかもしれなくてもアニメにはアニメだけの「過程」が用意されている事でしょう。この物語がアニメになる日を待ち望んでいた方も多いはず。見届けたい方は是非、スクリーンに足を運んでみてください。
個人的な都合で更新日が前後した事が何度かありますが毎週の更新を欠かさずここまで来れた事にホント良く続いたなぁと感慨深くなってしまいます。
YGさんによってTwitterなどのSNSと連動させるようになってから閲覧してくださる方も増えたようで、映画の配給元や上映館のスタッフの方、更には手掛けた監督や出演者の方に読んで頂けたこともあったと聞き、何だか嬉しくなってしまいますね。
こんばんは、小島@監督です。
今後ともよろしくお願いいたします。
さて、そんな今回の映画は、「劇場版Fate/stay night [Heaven’s Feel] I.presage flower」です。先日の歌会に参加された皆さんならご記憶でしょう、ええ、じゃんけん大会でゲットしたあの前売券を早速使わせて頂きましたよ!
実は7年前に私がちゅうカラブログに初めて書かせて頂いたのが「劇場版Fate/stay night[UNLIMITED BLADE WORKS]」の感想だったりするので、不思議な縁と成長しない自分を実感します(笑)。いや、せめて文章のレベルが少しは向上してると思いたい。
10年前に起きた「災厄」の爪痕を残す街、冬木市に暮らす少年・衛宮士郎(声・杉山紀彰)。幼い頃からの縁で保護者を気取る藤村大河(声・伊藤美紀)や、士郎を慕い日々朝食と夕食を作りにやってくる少女・間桐桜(声・下屋則子)と共に優しい日々を過ごしていた。
しかしある時を境に冬木市に連日のように殺人や昏睡事件のニュースが流れ始め街に不穏な空気が漂うようになる。
そんな中、放課後に用事を済ませ遅い帰途に就こうとした士郎は校庭に異様なものを目撃する。2人の男が人智を越えた死闘を繰り広げていたのだ。
そして士郎は知ることになる。手にした者の願いを叶えるという願望機「聖杯」とそれを巡る戦い「聖杯戦争」の存在を。
ーーー「喜べ少年、君の『願い』はようやく叶う」
2004年のPC版リリース以降、絶大な支持を集めると共にその後数多くのシリーズ作品とスピンオフを生み出した「Fate/stay night」、2006年にTVシリーズが製作されて以降度々アニメ化されていますが、物語を構成する3つのルートの内最終章に当たる間桐桜ルート「Heaven's Feel」が3部作の劇場用アニメとして初めてアニメ化され、その第1章が現在公開中です。
製作スタジオはTVシリーズ「Fate/ZERO」、「Fate/stay night[Unlimited Blade Works]」を手掛けたufotable。監督須藤友徳以下ufotable版「Fate」に携わったスタッフが多数参加しています。
いくら3部構成とは言え原作が非常に長大なためどうしても駆け足な展開になるだろうなと思って臨んでみたら意外にもかなりゆったりとしたテンポで物語は紡がれ始めます。士郎と桜、大河、桜の兄・間桐慎二(声・神谷浩史)、遠坂凛(声・植田佳奈)ら主要人物たちの関係性をじっくりと掘り下げていく語り口はどこか日本映画的です。
序盤に限らず全編に渡り実に台詞が吟味されていたのが大きなポイントで、込み入った設定を説明するにしても観客に聞かせるように語るのではなく登場人物たちが「状況を確認したいから語ってる」形をきっちり作り上げているのに好感が持てます。単に「原作に忠実にアニメ化」するのではなく原作の雰囲気や語るべき物語をアニメとしてどう語っていくかをちゃんと意識して「翻案」している様が伺えます。
人物を語ることに注力している分「Fate」の骨子ともいえる「聖杯戦争」のイントロダクションについてはほぼ全カットという構成にも唸りました。不親切なようにも見えますが確かにもう何度も映像化されているのでファンなら承知の部分ですし、全く知らないなら知らないでもこの作品において「見せたい部分」というのはそこではないため問題ではないからでしょう。この取捨選択の大胆さが作品の質を上げる方向にちゃんと向いているのもポイントです。
無論劇場版らしく作画のレベルも極めて高いです。手数の多いアクションシークエンスもさることながら高精細な背景美術と計算された明暗のコントラスト、静的な情感の表現が素晴らしく、物語への高い没入度を約束します。
3部構成の第1章である性質上、物語が加速し始めたところで終わってしまうためどうしてもボルテージが上がりきらないという難点はありますが、1本の映画として既に満足度は高く、2章以降への期待も高めてくれるでしょう。
さあ、物語の幕は上がりました。桜の想いはどこに向かうのか、士郎の「正義」は最後に何を選択するのか。結末の形は原作通りになるかもしれなくてもアニメにはアニメだけの「過程」が用意されている事でしょう。この物語がアニメになる日を待ち望んでいた方も多いはず。見届けたい方は是非、スクリーンに足を運んでみてください。
昨日の歌会に参加された皆さん、お疲れ様でした。
今回は何と言ってもじゃんけん大会でfateの八ツ橋とチケットをゲットできてホクホクです。
早いうちに観に行って感想をブログにアップしなきゃ(笑)
こんばんは、小島@監督です。
歌会自体もふと思い立って手持ちのレパートリーの英語詩の曲を固めてみたり、久しぶりにお会いした方に挨拶できたり、立ち寄った部屋でコール入れたりデュオらせて頂いたりいろいろできて大満足でした。
さて、今回の映画は「ドリーム」です。
1961年、冷戦下の米ソは熾烈な宇宙開発競争を繰り広げていた。ヴァージニア州ハンプトンのNASAラングレー研究所では優秀な頭脳を持つ黒人女性たちが計算手として勤めていた。
リーダー格のドロシー(オクタヴィア・スペンサー)は管理職への昇進を希望しているが上司のミッチェル(キルスティン・ダンスト)にすげなく却下されてしまう。
技術部への転属が決まったメアリー(ジャネール・モネイ)はエンジニア志望だが白人のみしか通えない学校での単位取得の条件が壁になっている。
幼い頃から数学の才能を開花させていたキャサリン(タラジ・P・ハンソン)は、黒人女性として初めてハリソン(ケビン・コスナー)率いる宇宙特別研究本部に配属されるが、有色人種用のトイレすらない白人男性ばかりの環境の中でなかなか機会をもらえずにいる。
4月、ユーリ・ガガーリンを乗せたボストーク1号が史上初めて有人宇宙飛行を成功させた。ソ連に先を越されたNASAへのプレッシャーが高まる中、ハリソンはキャサリンの持つ類稀な数学の才能に気づき、重要な役割を任されるようになっていった…
今年初頭アメリカで公開されるや大ヒットとなった、黎明期のNASAを支えた3人の黒人女性を描いたヒューマンドラマ「ドリーム」が現在公開中です。肌の色と性別、二重の意味で低く見られた彼女たちはしかし、持ち前の才能と努力でその閉塞を打開していきます。
3人の女性はいずれもNASAでは伝説的人物であり、特にこの映画での主人公的立ち位置であるキャサリンのアメリカの宇宙開発における功績は計り知れないものがあります。
実は直接的に描写されてはいないものの、彼女が行った仕事の内の一つは既に映画として我々の目に触れています。1995年に製作・公開された「アポロ13」(監督ロン・ハワード、主演トム・ハンクス)において故障した宇宙船の正確な位置を算出し、安全な帰還を可能にするための軌道を計算するためのシステムの構築に尽力しているのは他でもないキャサリンです。
主舞台となるヴァージニア州は長く人種分離政策を取り続け、作中でもその波の一端が描かれています。描写されている全てが史実通りというワケではないようですが、どういう風潮の中にキャサリンたちが生きていたかを端的に示してみせていると言えるでしょう。作中でも度々トピックが挿し挟まれる、1960年代の南部アメリカでの公民権運動の緊迫ぶりは「夜の大捜査線」(1967年製作。監督ノーマン・ジュイソン、主演シドニー・ポワチエ)などでもよく表れているので合わせて観てみるのもいいかもしれません。
原題は「HIDDEN FIGURES」、直訳すれば「隠された人々」という所で長く日の目を見なかったキャサリンたちを指すのでしょうが、「Figure」には「数字」という意味もあり、複雑な軌道計算の中でキャサリンたちが探り当てねばならない数式のことを暗喩しているほか、「象徴・形象」という意味合いも持ち合わせ、トイレや水飲み場、図書館などの「色分け」されている事物たちをも指し示しているのでしょう。
キャサリンの上司であるハリソンは作中ではとにかく高い能力を持ち得るならば黒人だろうが女性だろうが構わない、という思考の持ち主でしたが、そんな彼ですら目の前にいくつも存在している「色分け」とそれによりキャサリンたちが被る不自由に彼女らが指摘しなければ気づけないほど「差別」とはその「意識」の中に入り込んでいたのだということも暗喩していた、非常に重層的な読み方を可能にするタイトルです。
にもかかわらず「ドリーム」といういささか凡庸な邦題はその魅力をまるで表現できていないことに少々苦言を呈したくなります。
せめてNASAの技術者ホーマー・ヒッカム・Jrの青春時代を描いた自伝的小説「Rocket Boys」を映画化した「遠い空の向こうに」(原題October Sky。1999年製作。監督ジョー・ジョンストン、主演ジェイク・ギレンホール。なお原題は原作小説のアナグラムでもある)くらいには気の利いた邦題を付けて欲しいものです。頑張れ、配給もっと頑張れ。
邦題という看板が今一つという少々致命的な欠陥がありはするものの、映画としては声高に差別を糾弾するのではなく知恵と努力で壁をブレイクスルーしていく女性たちを全編に渡りユーモアを忘れずに描き切ったハイレベルなエンターテインメントです。ちょっと肌寒くなってきた時期に心が暖かくなれる、観れば元気をもらえる一本ですよ。
今回は何と言ってもじゃんけん大会でfateの八ツ橋とチケットをゲットできてホクホクです。
早いうちに観に行って感想をブログにアップしなきゃ(笑)
こんばんは、小島@監督です。
歌会自体もふと思い立って手持ちのレパートリーの英語詩の曲を固めてみたり、久しぶりにお会いした方に挨拶できたり、立ち寄った部屋でコール入れたりデュオらせて頂いたりいろいろできて大満足でした。
さて、今回の映画は「ドリーム」です。
1961年、冷戦下の米ソは熾烈な宇宙開発競争を繰り広げていた。ヴァージニア州ハンプトンのNASAラングレー研究所では優秀な頭脳を持つ黒人女性たちが計算手として勤めていた。
リーダー格のドロシー(オクタヴィア・スペンサー)は管理職への昇進を希望しているが上司のミッチェル(キルスティン・ダンスト)にすげなく却下されてしまう。
技術部への転属が決まったメアリー(ジャネール・モネイ)はエンジニア志望だが白人のみしか通えない学校での単位取得の条件が壁になっている。
幼い頃から数学の才能を開花させていたキャサリン(タラジ・P・ハンソン)は、黒人女性として初めてハリソン(ケビン・コスナー)率いる宇宙特別研究本部に配属されるが、有色人種用のトイレすらない白人男性ばかりの環境の中でなかなか機会をもらえずにいる。
4月、ユーリ・ガガーリンを乗せたボストーク1号が史上初めて有人宇宙飛行を成功させた。ソ連に先を越されたNASAへのプレッシャーが高まる中、ハリソンはキャサリンの持つ類稀な数学の才能に気づき、重要な役割を任されるようになっていった…
今年初頭アメリカで公開されるや大ヒットとなった、黎明期のNASAを支えた3人の黒人女性を描いたヒューマンドラマ「ドリーム」が現在公開中です。肌の色と性別、二重の意味で低く見られた彼女たちはしかし、持ち前の才能と努力でその閉塞を打開していきます。
3人の女性はいずれもNASAでは伝説的人物であり、特にこの映画での主人公的立ち位置であるキャサリンのアメリカの宇宙開発における功績は計り知れないものがあります。
実は直接的に描写されてはいないものの、彼女が行った仕事の内の一つは既に映画として我々の目に触れています。1995年に製作・公開された「アポロ13」(監督ロン・ハワード、主演トム・ハンクス)において故障した宇宙船の正確な位置を算出し、安全な帰還を可能にするための軌道を計算するためのシステムの構築に尽力しているのは他でもないキャサリンです。
主舞台となるヴァージニア州は長く人種分離政策を取り続け、作中でもその波の一端が描かれています。描写されている全てが史実通りというワケではないようですが、どういう風潮の中にキャサリンたちが生きていたかを端的に示してみせていると言えるでしょう。作中でも度々トピックが挿し挟まれる、1960年代の南部アメリカでの公民権運動の緊迫ぶりは「夜の大捜査線」(1967年製作。監督ノーマン・ジュイソン、主演シドニー・ポワチエ)などでもよく表れているので合わせて観てみるのもいいかもしれません。
原題は「HIDDEN FIGURES」、直訳すれば「隠された人々」という所で長く日の目を見なかったキャサリンたちを指すのでしょうが、「Figure」には「数字」という意味もあり、複雑な軌道計算の中でキャサリンたちが探り当てねばならない数式のことを暗喩しているほか、「象徴・形象」という意味合いも持ち合わせ、トイレや水飲み場、図書館などの「色分け」されている事物たちをも指し示しているのでしょう。
キャサリンの上司であるハリソンは作中ではとにかく高い能力を持ち得るならば黒人だろうが女性だろうが構わない、という思考の持ち主でしたが、そんな彼ですら目の前にいくつも存在している「色分け」とそれによりキャサリンたちが被る不自由に彼女らが指摘しなければ気づけないほど「差別」とはその「意識」の中に入り込んでいたのだということも暗喩していた、非常に重層的な読み方を可能にするタイトルです。
にもかかわらず「ドリーム」といういささか凡庸な邦題はその魅力をまるで表現できていないことに少々苦言を呈したくなります。
せめてNASAの技術者ホーマー・ヒッカム・Jrの青春時代を描いた自伝的小説「Rocket Boys」を映画化した「遠い空の向こうに」(原題October Sky。1999年製作。監督ジョー・ジョンストン、主演ジェイク・ギレンホール。なお原題は原作小説のアナグラムでもある)くらいには気の利いた邦題を付けて欲しいものです。頑張れ、配給もっと頑張れ。
邦題という看板が今一つという少々致命的な欠陥がありはするものの、映画としては声高に差別を糾弾するのではなく知恵と努力で壁をブレイクスルーしていく女性たちを全編に渡りユーモアを忘れずに描き切ったハイレベルなエンターテインメントです。ちょっと肌寒くなってきた時期に心が暖かくなれる、観れば元気をもらえる一本ですよ。
年に1回あるかないかですが、業界向けの展示会でブースに立つことがあります。先週それがあったのですが、丸一日立ちっぱなしになるので終わる頃には足が棒のようになって久々に足に湿布貼って寝ました。結局翌日の筋肉痛からは逃れられなかったですが(苦笑)
こんばんは、小島@監督です。
でも日ごろ基本的に内勤なのでたまにこういうことに携わるのは結構楽しかったり。
さて、この連休は全国各地でイベントが開催され、遠征したという方も多いんじゃないかと思います。私も遠征こそしませんでしたが一つ、観てきました。
「THE IDOLM@STER 765 MILLIONSTARS HOTCHPOTCH FESTIV@L!!」Day2のライブビューイングです。
現在いくつものタイトルが展開するアイマス、その内の本家アイマスとミリオンライブの2タイトル合同ライブイベントという形で7,8日の2日間日本武道館で開催されました。
タイトルの「HOTCHPOTCH」とは「ごった煮」という意味で、作品をクロスオーバーし誰が何を歌うかを読ませないサプライズ性の強いセットリストにしてあったのが最大の特徴です。身も蓋も無い話ですがアイマスは765プロのCDは日本コロムビアから、ミリオンライブのCDはランティスからリリースされていることもあり、発売元から「ごった煮」なのもポイントです。
また、今夏リリースされたソーシャルゲーム、「アイドルマスター ミリオンライブ! シアターデイズ」、通称「ミリシタ」で新登場した2人のキャラクター、白石紬役南早紀さんが初日に、桜守歌織役香里有佐さんが2日目に登場しそのお披露目的な意味合いも持たせていました。
この2人に限らず初日と2日目でキャストを総入れ替えしてセットリストもほぼフルチェンジ。そんなところも「ごった煮」の一部分でしょう。
実はアイマスライブは最近になって演出が変わりセットリストの傾向にも変化が現れました。以前は曲や曲にまつわるトピックなども絡めたストーリー性の強い構成をしていましたが、現在は曲のテンポや曲調、ジャンルなど「曲そのもの」のノリを重視する構成になっており、特に今回のようなコンセプトのステージとは高相性だったと言えますね。
そんなDay2のセットリスト、ほぼアップテンポの曲のみで構成され非常にボルテージをp上げやすい構成をしていました。765プロの曲としては「マリオネットの心」「arcadia」「メリー」「Little Match Girl」など。中には7年ぶりの披露という曲もあり、P歴もだいぶ長くなってきた私にはこの辺はとても嬉しくなる選曲でした。また、「arcadia」では香里有佐さんが初登場にも関わらず伸びやかなヴォーカルで存在感を示してみせて、これからの活躍に期待を持たせてくれました。
ミリオンライブの曲としては「Shooting Stars」「Sweet Sweet Soul」「侠気乱舞」「ジャングル☆パーティー」など。中でも765プロのメンバーのみでの披露となった「侠気乱舞」は、さすが一日の長というか、先輩アイドルたちの貫禄を見せつける圧巻のパフォーマンスでした。
そして何より終盤の「アライブファクター」はまさにこのライブの白眉と言って良いでしょう。大規模イベントでは初めてCDオリジナルの如月千早役今井麻美さんと最上静香役田所あずささんのデュオでの披露となったこの曲は、アイマスが誇る2人のディーヴァが全力を尽くして切り結ぶ「決闘」のようなパフォーマンスにスクリーン越しですら蒼い炎が見えるかのような凄みに満ちていました。アイマスが今後どれほど続くことになるかは分かりませんが、きっと長く語り草になるのではないでしょうか。
またステージ全体で特に目を引いたのが秋月律子役若林直美さん。全出演者中最年長なのですが、当人と半分くらいの年齢の人と並んで踊っても見劣りしないどころか一番動きがキレていて華があるという物凄さに目が離せませんでした。アレはもうスキージャンプの葛西紀明やサッカーの三浦知良とかと同種のレジェンド的な何かのようです。鍛え方が違うというか、人間は結構やればできるものだと感心します。私も頑張ろう。
アイマスが持つ引き出しの多さをまざまざと見せつけたこのイベント、がっつり楽しませてもらいました。また同様のコンセプトでイベントやってくれると嬉しいなぁ。
ところでこのイベント、ユニークな試みというかあるいはそんなに集客が良かったのか、ライブビューイングのアンコール上映が決定しました。今月20日に初日が、21日に2日目がそれぞれ再上映されます。「ディレイビューイング」と称しているので恐らくほぼそのまま再上映してくれることでしょう。今回見逃した方も、あるいはもう一度観たいパフォーマンスがある方も検討してみてはいかがでしょうか。
こんばんは、小島@監督です。
でも日ごろ基本的に内勤なのでたまにこういうことに携わるのは結構楽しかったり。
さて、この連休は全国各地でイベントが開催され、遠征したという方も多いんじゃないかと思います。私も遠征こそしませんでしたが一つ、観てきました。
「THE IDOLM@STER 765 MILLIONSTARS HOTCHPOTCH FESTIV@L!!」Day2のライブビューイングです。
現在いくつものタイトルが展開するアイマス、その内の本家アイマスとミリオンライブの2タイトル合同ライブイベントという形で7,8日の2日間日本武道館で開催されました。
タイトルの「HOTCHPOTCH」とは「ごった煮」という意味で、作品をクロスオーバーし誰が何を歌うかを読ませないサプライズ性の強いセットリストにしてあったのが最大の特徴です。身も蓋も無い話ですがアイマスは765プロのCDは日本コロムビアから、ミリオンライブのCDはランティスからリリースされていることもあり、発売元から「ごった煮」なのもポイントです。
また、今夏リリースされたソーシャルゲーム、「アイドルマスター ミリオンライブ! シアターデイズ」、通称「ミリシタ」で新登場した2人のキャラクター、白石紬役南早紀さんが初日に、桜守歌織役香里有佐さんが2日目に登場しそのお披露目的な意味合いも持たせていました。
この2人に限らず初日と2日目でキャストを総入れ替えしてセットリストもほぼフルチェンジ。そんなところも「ごった煮」の一部分でしょう。
実はアイマスライブは最近になって演出が変わりセットリストの傾向にも変化が現れました。以前は曲や曲にまつわるトピックなども絡めたストーリー性の強い構成をしていましたが、現在は曲のテンポや曲調、ジャンルなど「曲そのもの」のノリを重視する構成になっており、特に今回のようなコンセプトのステージとは高相性だったと言えますね。
そんなDay2のセットリスト、ほぼアップテンポの曲のみで構成され非常にボルテージをp上げやすい構成をしていました。765プロの曲としては「マリオネットの心」「arcadia」「メリー」「Little Match Girl」など。中には7年ぶりの披露という曲もあり、P歴もだいぶ長くなってきた私にはこの辺はとても嬉しくなる選曲でした。また、「arcadia」では香里有佐さんが初登場にも関わらず伸びやかなヴォーカルで存在感を示してみせて、これからの活躍に期待を持たせてくれました。
ミリオンライブの曲としては「Shooting Stars」「Sweet Sweet Soul」「侠気乱舞」「ジャングル☆パーティー」など。中でも765プロのメンバーのみでの披露となった「侠気乱舞」は、さすが一日の長というか、先輩アイドルたちの貫禄を見せつける圧巻のパフォーマンスでした。
そして何より終盤の「アライブファクター」はまさにこのライブの白眉と言って良いでしょう。大規模イベントでは初めてCDオリジナルの如月千早役今井麻美さんと最上静香役田所あずささんのデュオでの披露となったこの曲は、アイマスが誇る2人のディーヴァが全力を尽くして切り結ぶ「決闘」のようなパフォーマンスにスクリーン越しですら蒼い炎が見えるかのような凄みに満ちていました。アイマスが今後どれほど続くことになるかは分かりませんが、きっと長く語り草になるのではないでしょうか。
またステージ全体で特に目を引いたのが秋月律子役若林直美さん。全出演者中最年長なのですが、当人と半分くらいの年齢の人と並んで踊っても見劣りしないどころか一番動きがキレていて華があるという物凄さに目が離せませんでした。アレはもうスキージャンプの葛西紀明やサッカーの三浦知良とかと同種のレジェンド的な何かのようです。鍛え方が違うというか、人間は結構やればできるものだと感心します。私も頑張ろう。
アイマスが持つ引き出しの多さをまざまざと見せつけたこのイベント、がっつり楽しませてもらいました。また同様のコンセプトでイベントやってくれると嬉しいなぁ。
ところでこのイベント、ユニークな試みというかあるいはそんなに集客が良かったのか、ライブビューイングのアンコール上映が決定しました。今月20日に初日が、21日に2日目がそれぞれ再上映されます。「ディレイビューイング」と称しているので恐らくほぼそのまま再上映してくれることでしょう。今回見逃した方も、あるいはもう一度観たいパフォーマンスがある方も検討してみてはいかがでしょうか。
今月から始まるTVシリーズ「THE IDOLM@STER SideM」のプレ・エピソードとなる「Episode of Jupiter」が先日放送されました。
「THE IDOLM@STER」に登場したジュピターが登場時所属していた961プロを離れフリーとなったのち「SideM」の舞台となる315プロに入るまでを描く物語で、前日譚であると同時にアニメアイマスの後日譚であり更に劇場版アイマスのサイドストーリーでもあるという、複数のシリーズを結び付ける物語で、アメリカのドラマではたまに見かけることがありますが日本のアニメでこういうエピソードが単発で製作されて地上波で全国放送…というのは意外に珍しいのではないでしょうか。
作品自体もこの特殊な位置づけを最大限に利用したネタを豊富に盛り込んでいたほか、フリーになった途端に大手事務所に所属していた頃はスタッフがやってくれていたことを全て自分たちでこなさなくては行けなくなってパンクしかかるなどなかなか生っぽい葛藤を描く骨太な物語で、40分弱の短い尺とは思えぬ濃密な作品になっていて正直期待以上でした。
この「Episode of Jupiter」からアイマスに入ってみる、というのもアリかもしれません。ここから始めることも遡ることもできる素敵な作品になっています。
こんばんは、小島@監督です。
これは今週から始まる「SideM」本編も楽しみ。
さて、今回の映画は「エイリアン:コヴェナント」です。
22世紀初頭、宇宙船コヴェナント号は冷凍ポッドに入った2,000人の入植者、1,140体分の胎芽を乗せて惑星オリガエ6へ入植のために向かっていた。
その最中、予期せぬエネルギーバーストを浴びたコヴェナント号は多大な損害を受け、航行中の管理を任されていたアンドロイドのウォルター(マイケル・ファスベンダー)はクルーをコールドスリープから覚醒させるが、開閉装置の故障で船長ブランソン(ジェームズ・フランコ)のポッドが開かず窒息死してしまう。
副官オラム(ビリー・クラダップ)が指揮を執ることになり、ブランソンの妻ダニエルズ(キャサリン・ウォーターストン)らクルーたちは船長を喪った悲しみを癒す間も無く船の修復作業にかからねばならなくなった。
通信機器の修復に当たっていたテネシー(ダニー・マクブライド)は、謎めいた電波を受信する。発信源を調査すると現在位置に近い恒星系に生物が居住可能な惑星があることが判明する。目的地オリガエ6に着くにはあと7年かかるがこの惑星ならば2週間で到着できる。そう判断したオラムはダニエルズの反対も聞かずに惑星に降り立つことを決めるのだった。
2012年に製作された「プロメテウス」の続編にして「エイリアン」(1979年製作)に繋がる物語にしてホラー史上に残るモンスター「ゼノモーフ(このシリーズでの成体エイリアンの呼称。「エイリアン2」でこの名が初めて登場する)」の起源に迫る作品が現在公開中です。実は監督リドリー・スコットがタイトルに「エイリアン」の名を冠した作品を手掛けるのは1作目以来実に38年ぶりだったりします。
敢えて「エイリアン」の名を冠さずに作られた前作「プロメテウス」もそうでしたが、今作も物語の基本的な構成は「エイリアン」1作目と相似しています。1作目と違うのは「プロメテウス」ではゼノモーフはもちろん人類も含めて数多くの生命が「エンジニア(1作目では「スペース・ジョッキー」とも呼称された巨人たちのこと)」のどのような干渉によって進化の軌道に乗ったかを描いており、今作ではアーキタイプとなる生命がいかにしてゼノモーフと呼ばれるモンスターへと変貌していくかが描かれます。
「プロメテウス」に引き続き今作も宗教的なモチーフを非常に多く取り込んでいます。そもそもタイトルの「コヴェナント」自体が「聖約(聖なるものとの契約)」を意味する言葉で、さしずめクルーたちを十戒を授与されたモーゼに、入植者たちを海を渡り新天地を目指したユダヤの民に見立てているといったところでしょうか。
ただポイントとしては、「プロメテウス」では陰に陽に盛り過ぎたため宗教的側面が前に出過ぎたと思ったのか、モチーフの見せ方が善作よりも分かりやすくなり、代わってSFホラーのテイストが強調された作りになっています。
ただこの作劇の変化は映画全体の緊張感を高めた反面、描く要素の多さに物語が振り回されたような印象も受けます。早い話、登場人物の行動が全体的に場当たり的でバカっぽいのです。登場人物の数人はわざわざ死亡フラグを自分から踏みに行っているようにしか見えず、ほとんどギャグになってしまっている人物もいます。
「エイリアン」ほどホラーとして研ぎ澄まされてもいず、「プロメテウス」ほど知的にも作られていない上にこのシリーズならではの特徴的な設定の一つともいえる「アンドロイド」についても物語の核の部分に深く関わっているため、シリーズの全くの初見の方にあまり優しい作風ではなく、物語を理解するには最低限「エイリアン」と「プロメテウス」の2作品の鑑賞が必須、というなかなか人に薦めづらい作品ではありますが、1点、「映画を深読みする、紐解いてみる」ということを1度してみたいとお考えの方には絶妙な難易度で読み解くためのモチーフが隠されているためトライしてみるには楽しいのではと思います。
もちろん、シリーズのファンなので新作は取り敢えず観ておきたいという方もどうぞ。80歳になってもまだこんな映画作ってしまうファンキーなリドリー・スコットの手腕を楽しんでみてください。
「THE IDOLM@STER」に登場したジュピターが登場時所属していた961プロを離れフリーとなったのち「SideM」の舞台となる315プロに入るまでを描く物語で、前日譚であると同時にアニメアイマスの後日譚であり更に劇場版アイマスのサイドストーリーでもあるという、複数のシリーズを結び付ける物語で、アメリカのドラマではたまに見かけることがありますが日本のアニメでこういうエピソードが単発で製作されて地上波で全国放送…というのは意外に珍しいのではないでしょうか。
作品自体もこの特殊な位置づけを最大限に利用したネタを豊富に盛り込んでいたほか、フリーになった途端に大手事務所に所属していた頃はスタッフがやってくれていたことを全て自分たちでこなさなくては行けなくなってパンクしかかるなどなかなか生っぽい葛藤を描く骨太な物語で、40分弱の短い尺とは思えぬ濃密な作品になっていて正直期待以上でした。
この「Episode of Jupiter」からアイマスに入ってみる、というのもアリかもしれません。ここから始めることも遡ることもできる素敵な作品になっています。
こんばんは、小島@監督です。
これは今週から始まる「SideM」本編も楽しみ。
さて、今回の映画は「エイリアン:コヴェナント」です。
22世紀初頭、宇宙船コヴェナント号は冷凍ポッドに入った2,000人の入植者、1,140体分の胎芽を乗せて惑星オリガエ6へ入植のために向かっていた。
その最中、予期せぬエネルギーバーストを浴びたコヴェナント号は多大な損害を受け、航行中の管理を任されていたアンドロイドのウォルター(マイケル・ファスベンダー)はクルーをコールドスリープから覚醒させるが、開閉装置の故障で船長ブランソン(ジェームズ・フランコ)のポッドが開かず窒息死してしまう。
副官オラム(ビリー・クラダップ)が指揮を執ることになり、ブランソンの妻ダニエルズ(キャサリン・ウォーターストン)らクルーたちは船長を喪った悲しみを癒す間も無く船の修復作業にかからねばならなくなった。
通信機器の修復に当たっていたテネシー(ダニー・マクブライド)は、謎めいた電波を受信する。発信源を調査すると現在位置に近い恒星系に生物が居住可能な惑星があることが判明する。目的地オリガエ6に着くにはあと7年かかるがこの惑星ならば2週間で到着できる。そう判断したオラムはダニエルズの反対も聞かずに惑星に降り立つことを決めるのだった。
2012年に製作された「プロメテウス」の続編にして「エイリアン」(1979年製作)に繋がる物語にしてホラー史上に残るモンスター「ゼノモーフ(このシリーズでの成体エイリアンの呼称。「エイリアン2」でこの名が初めて登場する)」の起源に迫る作品が現在公開中です。実は監督リドリー・スコットがタイトルに「エイリアン」の名を冠した作品を手掛けるのは1作目以来実に38年ぶりだったりします。
敢えて「エイリアン」の名を冠さずに作られた前作「プロメテウス」もそうでしたが、今作も物語の基本的な構成は「エイリアン」1作目と相似しています。1作目と違うのは「プロメテウス」ではゼノモーフはもちろん人類も含めて数多くの生命が「エンジニア(1作目では「スペース・ジョッキー」とも呼称された巨人たちのこと)」のどのような干渉によって進化の軌道に乗ったかを描いており、今作ではアーキタイプとなる生命がいかにしてゼノモーフと呼ばれるモンスターへと変貌していくかが描かれます。
「プロメテウス」に引き続き今作も宗教的なモチーフを非常に多く取り込んでいます。そもそもタイトルの「コヴェナント」自体が「聖約(聖なるものとの契約)」を意味する言葉で、さしずめクルーたちを十戒を授与されたモーゼに、入植者たちを海を渡り新天地を目指したユダヤの民に見立てているといったところでしょうか。
ただポイントとしては、「プロメテウス」では陰に陽に盛り過ぎたため宗教的側面が前に出過ぎたと思ったのか、モチーフの見せ方が善作よりも分かりやすくなり、代わってSFホラーのテイストが強調された作りになっています。
ただこの作劇の変化は映画全体の緊張感を高めた反面、描く要素の多さに物語が振り回されたような印象も受けます。早い話、登場人物の行動が全体的に場当たり的でバカっぽいのです。登場人物の数人はわざわざ死亡フラグを自分から踏みに行っているようにしか見えず、ほとんどギャグになってしまっている人物もいます。
「エイリアン」ほどホラーとして研ぎ澄まされてもいず、「プロメテウス」ほど知的にも作られていない上にこのシリーズならではの特徴的な設定の一つともいえる「アンドロイド」についても物語の核の部分に深く関わっているため、シリーズの全くの初見の方にあまり優しい作風ではなく、物語を理解するには最低限「エイリアン」と「プロメテウス」の2作品の鑑賞が必須、というなかなか人に薦めづらい作品ではありますが、1点、「映画を深読みする、紐解いてみる」ということを1度してみたいとお考えの方には絶妙な難易度で読み解くためのモチーフが隠されているためトライしてみるには楽しいのではと思います。
もちろん、シリーズのファンなので新作は取り敢えず観ておきたいという方もどうぞ。80歳になってもまだこんな映画作ってしまうファンキーなリドリー・スコットの手腕を楽しんでみてください。
日曜日の朝7時に異様な存在感を放っていたアニメ「ヘボット!」が遂に最終回に。
「クトゥルフ神話のパロディだから探偵を狂言回しにする」「セガ成分多めのゲームパロディを盛り過ぎたからしれっと井上和彦ネタを混ぜる」「フィリップ・K・ディックのパロディだからリドリー・スコットとついでにウォシャウスキー姉妹も混ぜ込む」ような本来的なターゲット層のお子様どころかその親御さんまでも簡単に振り落として疾走していく濃厚なネタを大量投入する上に、本筋としても多元宇宙をベースにしたかなりガチのSFを展開する無茶苦茶ぶり。流行りを投入するというより、観る者の読書&映画鑑賞遍歴に挑戦してくるようなネタが多いのが特徴でした。
非常に自由奔放に作られている分ネタがツボにハマらないとまるで面白くないという当たりハズレの大きさも一つの味、綺麗にまとまった作品が多い昨今には珍しい型破りなアニメで何だかんだガッツリ楽しませてもらいました。アニメってまだまだ色々やれそう。
こんばんは、小島@監督です。
とは言えこんなアレなアニメが途絶えないのも疲れるので何年に1本でいいや(笑)
さて、今回の映画は「ダンケルク」です。
1940年5月。ドイツ軍は破竹の勢いで侵攻を重ねオランダ、ベルギー、ルクセンブルク、そしてフランスが瞬く間に撃破された。
街中での襲撃を辛うじて躱してフランス北端ダンケルクの海岸までたどり着いたトミー(フィン・ホワイトヘッド)は、そこで追い詰められ撤退の船を待つ40万人の英仏連合軍の姿を見る。
一方、イギリス本国では英国海軍がダンケルクに取り残された同胞たちを救助すべく不足する艦船を民間船舶を徴用することで賄おうとしていた。小型プレジャーボートの船長ミスター・ドーソン(マーク・ライランス)は息子ピーター(トム・グリン=カーニー)、その友人ジョージ(バリー・コーガン)と共に自ら航海に乗り出す。
また、空では撤退作戦支援のために3機のスピットファイアが発進。パイロットのファリア(トム・ハーディ)は船団を狙うドイツ軍爆撃機と遭遇する。
陸で、海で、空で。絶体絶命の地から生還するための戦いが始まる。
大作と呼べる規模で、しかし作家性の強い作品を発表し続ける稀代の映像作家クリストファー・ノーラン。その最新作は、彼のフィルモグラフィの中で初めて史実をベースにした作品です。ダンケルクに取り残された兵士たちを民間も含めた800隻以上の船舶が救援に向かい空軍もスピットファイアを度々発進させてドイツ軍の襲撃に備え、30万人以上の脱出を成功させた、いわゆる「ダイナモ作戦」の姿を描きます。
しかしそこはノーラン、一般的なイメージの戦争映画とは大きく趣の異なる作品に仕立て上げました。
この映画、何より先ず非常に台詞が少ないです。状況を説明するような台詞やシーンもほとんど無く、冒頭いきなりドイツ軍の襲撃を受け必死に逃走するトミーの姿を映し出し、そこから106分、一切途切れることなく観客を戦場のど真ん中に叩き込みます。
「ダイナモ作戦」に対する予備知識はあるに越したことはないでしょうが、無くても問題はありません。ノーランはこの映画で「戦争」を描くことに重きを置いていないからです。作中「敵」であるはずのドイツ軍の姿が一切登場しないこともそれを象徴しています。「人VS人」というより「人VS戦争(と言う災厄)」というような位置づけで概念的なものとして観るのが妥当のように思います。
この映画にはトミー、ドーソン、ファリアという3人の主人公が登場しますが、それぞれの作中で描写される時間も違います。トミーが約1週間のサバイバルを描き出していくのに対しドーソンは1日、ファリアに至っては僅か1時間ほどの出来事です。時系列が違う3つの物語を同時進行させながら、しかしやがてそれらは密接に複雑に絡みつつやがて集束していきます。
3つの物語は全て俯瞰的ではなく主観的で、「3つ見せるから物事をある程度俯瞰できる」形になっていて登場人物的には見えるものが全部、という描き方しているのも特徴的です。
CGを使いたがらないノーランのこだわりは今作でも遺憾なく発揮され、というか集大成と言って良いレベルで画面に活かされています。特にスピットファイアの空戦は、実機を飛ばすことでしか成し得ない迫力を持ったアングルが続々登場するほか、冷たい昏さが差し迫ってくるような海の色調も目を引きます。
そして特に今作では音響も出色。秒針の音と通奏低音のような不安定な音が組み合わさったハンス・ジマーの手による劇伴が作中ほぼ鳴りやまず、観る者の不安と緊張を煽り心を削っていくその手管には唸るほかありません。
また、ノーランのこだわりは「観る」と言う点においても活かされ、この「ダンケルク」は複数の上映形式で配給され通常のデジタル上映のほか、より濃密な情報量を欲するならIMAX、作品の雰囲気にマッチした質感を楽しみたいなら35㎜フィルム版と、環境が許せばその選択が可能と言うのもポイントです。私は今回35㎜フィルム版で鑑賞しましたが、フィルムに走るキズがディテールにこだわった映像とマッチしクラシックな味わいを増して「映画を観てる」という実感がより深まる印象でした。
ノーラン作品にしては短い106分という尺ではあるものの、全力疾走感が強く正直とても疲れる映画のため気楽なものを観たい時には全く向かない作品ですが、興味があるなら見逃す手はありません。娯楽性と作家性の両方を備えたこういう骨太な作品はスクリーンで味わってこそ。是非、極限の脱出劇を体感してみてください。
「クトゥルフ神話のパロディだから探偵を狂言回しにする」「セガ成分多めのゲームパロディを盛り過ぎたからしれっと井上和彦ネタを混ぜる」「フィリップ・K・ディックのパロディだからリドリー・スコットとついでにウォシャウスキー姉妹も混ぜ込む」ような本来的なターゲット層のお子様どころかその親御さんまでも簡単に振り落として疾走していく濃厚なネタを大量投入する上に、本筋としても多元宇宙をベースにしたかなりガチのSFを展開する無茶苦茶ぶり。流行りを投入するというより、観る者の読書&映画鑑賞遍歴に挑戦してくるようなネタが多いのが特徴でした。
非常に自由奔放に作られている分ネタがツボにハマらないとまるで面白くないという当たりハズレの大きさも一つの味、綺麗にまとまった作品が多い昨今には珍しい型破りなアニメで何だかんだガッツリ楽しませてもらいました。アニメってまだまだ色々やれそう。
こんばんは、小島@監督です。
とは言えこんなアレなアニメが途絶えないのも疲れるので何年に1本でいいや(笑)
さて、今回の映画は「ダンケルク」です。
1940年5月。ドイツ軍は破竹の勢いで侵攻を重ねオランダ、ベルギー、ルクセンブルク、そしてフランスが瞬く間に撃破された。
街中での襲撃を辛うじて躱してフランス北端ダンケルクの海岸までたどり着いたトミー(フィン・ホワイトヘッド)は、そこで追い詰められ撤退の船を待つ40万人の英仏連合軍の姿を見る。
一方、イギリス本国では英国海軍がダンケルクに取り残された同胞たちを救助すべく不足する艦船を民間船舶を徴用することで賄おうとしていた。小型プレジャーボートの船長ミスター・ドーソン(マーク・ライランス)は息子ピーター(トム・グリン=カーニー)、その友人ジョージ(バリー・コーガン)と共に自ら航海に乗り出す。
また、空では撤退作戦支援のために3機のスピットファイアが発進。パイロットのファリア(トム・ハーディ)は船団を狙うドイツ軍爆撃機と遭遇する。
陸で、海で、空で。絶体絶命の地から生還するための戦いが始まる。
大作と呼べる規模で、しかし作家性の強い作品を発表し続ける稀代の映像作家クリストファー・ノーラン。その最新作は、彼のフィルモグラフィの中で初めて史実をベースにした作品です。ダンケルクに取り残された兵士たちを民間も含めた800隻以上の船舶が救援に向かい空軍もスピットファイアを度々発進させてドイツ軍の襲撃に備え、30万人以上の脱出を成功させた、いわゆる「ダイナモ作戦」の姿を描きます。
しかしそこはノーラン、一般的なイメージの戦争映画とは大きく趣の異なる作品に仕立て上げました。
この映画、何より先ず非常に台詞が少ないです。状況を説明するような台詞やシーンもほとんど無く、冒頭いきなりドイツ軍の襲撃を受け必死に逃走するトミーの姿を映し出し、そこから106分、一切途切れることなく観客を戦場のど真ん中に叩き込みます。
「ダイナモ作戦」に対する予備知識はあるに越したことはないでしょうが、無くても問題はありません。ノーランはこの映画で「戦争」を描くことに重きを置いていないからです。作中「敵」であるはずのドイツ軍の姿が一切登場しないこともそれを象徴しています。「人VS人」というより「人VS戦争(と言う災厄)」というような位置づけで概念的なものとして観るのが妥当のように思います。
この映画にはトミー、ドーソン、ファリアという3人の主人公が登場しますが、それぞれの作中で描写される時間も違います。トミーが約1週間のサバイバルを描き出していくのに対しドーソンは1日、ファリアに至っては僅か1時間ほどの出来事です。時系列が違う3つの物語を同時進行させながら、しかしやがてそれらは密接に複雑に絡みつつやがて集束していきます。
3つの物語は全て俯瞰的ではなく主観的で、「3つ見せるから物事をある程度俯瞰できる」形になっていて登場人物的には見えるものが全部、という描き方しているのも特徴的です。
CGを使いたがらないノーランのこだわりは今作でも遺憾なく発揮され、というか集大成と言って良いレベルで画面に活かされています。特にスピットファイアの空戦は、実機を飛ばすことでしか成し得ない迫力を持ったアングルが続々登場するほか、冷たい昏さが差し迫ってくるような海の色調も目を引きます。
そして特に今作では音響も出色。秒針の音と通奏低音のような不安定な音が組み合わさったハンス・ジマーの手による劇伴が作中ほぼ鳴りやまず、観る者の不安と緊張を煽り心を削っていくその手管には唸るほかありません。
また、ノーランのこだわりは「観る」と言う点においても活かされ、この「ダンケルク」は複数の上映形式で配給され通常のデジタル上映のほか、より濃密な情報量を欲するならIMAX、作品の雰囲気にマッチした質感を楽しみたいなら35㎜フィルム版と、環境が許せばその選択が可能と言うのもポイントです。私は今回35㎜フィルム版で鑑賞しましたが、フィルムに走るキズがディテールにこだわった映像とマッチしクラシックな味わいを増して「映画を観てる」という実感がより深まる印象でした。
ノーラン作品にしては短い106分という尺ではあるものの、全力疾走感が強く正直とても疲れる映画のため気楽なものを観たい時には全く向かない作品ですが、興味があるなら見逃す手はありません。娯楽性と作家性の両方を備えたこういう骨太な作品はスクリーンで味わってこそ。是非、極限の脱出劇を体感してみてください。
昨日に歌会に参加された皆さんお疲れ様でした。
今回は個人的に約3か月ぶりの参加だったことやもうとにかく何か歌いたい気分だったこともあってちょ~っとばかり飛ばし過ぎました(苦笑)同室の初参加の方、ご迷惑でなければ良かったのですが。
昨日は台風の影響もあって少し早めに上がらせて頂きましたが、せっかくの連休だったのでできれば食事会までご一緒したかった…
こんばんは、小島@監督です。
実は昨日の台風で自宅の庭木が折れて今日はその後始末で大変でした。そんなに背の高い木でないとはいえ鋸と枝切り鋏で裁断してまとめるだけで昼までかかってしまいました。
さて、今回の映画は「すばらしき映画音楽たち」です。
「007」「サイコ」「ロッキー」「スターウォーズ」「ロード・オブ・ザ・リング」「パイレーツ・オブ・カリビアン」…ハリウッド映画を彩ってきた名作の数々には常に忘れがたい映画音楽たちが寄り添ってきた。映画史に輝くそのメロディたちは一体どのようにして生まれたのか。その秘密が紐解かれる。映画音楽が誕生して観客の耳に届くまでの製作過程を豊富な作品群を引用しながら語り明かされるドキュメンタリー。
映画と言うものが世に誕生して120年余り、「映画」を題材にしたドキュメンタリー映画も数多く作られるようになってきましたが、初めて「映画音楽」にスポットを当てたドキュメンタリー映画が登場です。
サイレント時代、映画館に少なくとも1台オルガンがあった時代から現代までの映画音楽の変遷と観客の感情を監督の意図通りに導いていくその技巧などを当事者や関係者のインタビューを交えて語られていきます。
初めて映画音楽に交響楽を用いた「キングコング」、ビッグバンドジャズを初めて本格的に取り入れた「007/ドクター・ノオ」、西部劇のイメージを定着させたと言われる「続・夕陽のガンマン/地獄の決斗」など映画史的にエポックとされた作品や、不安定な音で観客に不安を煽る「めまい」、僅か2音で迫る恐怖を表現した「ジョーズ」、旋律で巧みに観客を視線誘導する「カールじいさんの空飛ぶ家」など技巧的にすぐれた作品などを数多く引用しながら映画音楽の魅力について語っていきます。
もちろん「スターウォーズ」や「E.T.」「バットマン」「ジュラシック・パーク」「ハリー・ポッター」「パイレーツ・オブ・カリビアン」などがきっと誰の耳にも一つは残るであろうあのメロディたちがどのようにして生まれ映画製作に衝撃を与えたかなども語られ、いわゆるアートドキュメンタリーとも違う知的興奮にワクワクします。
この映画の監督はマット・シュレーダー。アメリカ最大の放送局CBSでプロデューサーとして徴収された税金の乱用などを取り上げ活躍し3度のエミー賞に輝いた人物ですが、なんとこの映画を撮りたいがためにそのCBSを退職したそうです。
その熱意と丹念な取材が成し得た技でしょう、製作に絡む裏話や技術的アプローチのかなり深入りした話が次々登場しかなり濃密な内容の作品です。
この映画の欠点と言えば2点。一つは上映時間。95分と比較的短めで観やすいのですが、時間に対して取り上げているトピックが多すぎるため、更に深く掘り下げてほしいもの(これは人によって違うかと思います)が出てきてもサラッと流されたように感じてしまうのがもったいなく、普段映画はなるたけ短めがいいと思っている私にしては珍しいのですが、あと15~20分長くてもいいかなと思います。
もう一点は上映館の少なさです。東海三県では1館しかない上にしかも期間が1週間のみという短さで鑑賞の機会が少なすぎるのが実にもったいない。ドキュメンタリー映画というと敷居が高く感じられる方も多いのですが、ここまで見慣れない方でも観やすい作品もそうそうないのですけれど。
機会を捕まえにくいのが最大の難点ですがどこかでチャンスがあれば是非ご覧になっていただきたい作品ですね。観ればきっと何か映画が観たくなりますよ(笑)
余談ですがこの映画はハリウッド映画について語られていますが、同じアプローチで日本映画や日本アニメについてまとめた作品も観てみたいですね。どちらもハリウッドとは違う独自の歴史と発展を遂げてきた分野なのでかなり面白いものになると思うのですが。
今回は個人的に約3か月ぶりの参加だったことやもうとにかく何か歌いたい気分だったこともあってちょ~っとばかり飛ばし過ぎました(苦笑)同室の初参加の方、ご迷惑でなければ良かったのですが。
昨日は台風の影響もあって少し早めに上がらせて頂きましたが、せっかくの連休だったのでできれば食事会までご一緒したかった…
こんばんは、小島@監督です。
実は昨日の台風で自宅の庭木が折れて今日はその後始末で大変でした。そんなに背の高い木でないとはいえ鋸と枝切り鋏で裁断してまとめるだけで昼までかかってしまいました。
さて、今回の映画は「すばらしき映画音楽たち」です。
「007」「サイコ」「ロッキー」「スターウォーズ」「ロード・オブ・ザ・リング」「パイレーツ・オブ・カリビアン」…ハリウッド映画を彩ってきた名作の数々には常に忘れがたい映画音楽たちが寄り添ってきた。映画史に輝くそのメロディたちは一体どのようにして生まれたのか。その秘密が紐解かれる。映画音楽が誕生して観客の耳に届くまでの製作過程を豊富な作品群を引用しながら語り明かされるドキュメンタリー。
映画と言うものが世に誕生して120年余り、「映画」を題材にしたドキュメンタリー映画も数多く作られるようになってきましたが、初めて「映画音楽」にスポットを当てたドキュメンタリー映画が登場です。
サイレント時代、映画館に少なくとも1台オルガンがあった時代から現代までの映画音楽の変遷と観客の感情を監督の意図通りに導いていくその技巧などを当事者や関係者のインタビューを交えて語られていきます。
初めて映画音楽に交響楽を用いた「キングコング」、ビッグバンドジャズを初めて本格的に取り入れた「007/ドクター・ノオ」、西部劇のイメージを定着させたと言われる「続・夕陽のガンマン/地獄の決斗」など映画史的にエポックとされた作品や、不安定な音で観客に不安を煽る「めまい」、僅か2音で迫る恐怖を表現した「ジョーズ」、旋律で巧みに観客を視線誘導する「カールじいさんの空飛ぶ家」など技巧的にすぐれた作品などを数多く引用しながら映画音楽の魅力について語っていきます。
もちろん「スターウォーズ」や「E.T.」「バットマン」「ジュラシック・パーク」「ハリー・ポッター」「パイレーツ・オブ・カリビアン」などがきっと誰の耳にも一つは残るであろうあのメロディたちがどのようにして生まれ映画製作に衝撃を与えたかなども語られ、いわゆるアートドキュメンタリーとも違う知的興奮にワクワクします。
この映画の監督はマット・シュレーダー。アメリカ最大の放送局CBSでプロデューサーとして徴収された税金の乱用などを取り上げ活躍し3度のエミー賞に輝いた人物ですが、なんとこの映画を撮りたいがためにそのCBSを退職したそうです。
その熱意と丹念な取材が成し得た技でしょう、製作に絡む裏話や技術的アプローチのかなり深入りした話が次々登場しかなり濃密な内容の作品です。
この映画の欠点と言えば2点。一つは上映時間。95分と比較的短めで観やすいのですが、時間に対して取り上げているトピックが多すぎるため、更に深く掘り下げてほしいもの(これは人によって違うかと思います)が出てきてもサラッと流されたように感じてしまうのがもったいなく、普段映画はなるたけ短めがいいと思っている私にしては珍しいのですが、あと15~20分長くてもいいかなと思います。
もう一点は上映館の少なさです。東海三県では1館しかない上にしかも期間が1週間のみという短さで鑑賞の機会が少なすぎるのが実にもったいない。ドキュメンタリー映画というと敷居が高く感じられる方も多いのですが、ここまで見慣れない方でも観やすい作品もそうそうないのですけれど。
機会を捕まえにくいのが最大の難点ですがどこかでチャンスがあれば是非ご覧になっていただきたい作品ですね。観ればきっと何か映画が観たくなりますよ(笑)
余談ですがこの映画はハリウッド映画について語られていますが、同じアプローチで日本映画や日本アニメについてまとめた作品も観てみたいですね。どちらもハリウッドとは違う独自の歴史と発展を遂げてきた分野なのでかなり面白いものになると思うのですが。

