小島秀夫監督の最新作「DEATH STRANDING」買いました。まだほんのちょっぴりプレイしただけなのでどうというのは言えないのですが、冒頭のムービーからして雰囲気が抜群です。なかなか進められる時間が取れないのが難ですが、のんびり進めていくつもり。
こんばんは、小島@監督です。
ところで君は山のように積みゲーがあるんじゃなかったかって?HAHAHA、それは言わない約束さ。
さて、一昨日の9日土曜日、ナゴヤドームまで「THE IDOLM@STER CINDERELLA GIRLS 7thLIVE TOUR Special 3chord♪ Funky Dancing! 」Day1を観に行ってきました。
シンデレラガールズは今年9月から来年2月まで約半年をかけて東名阪の各会場で2公演ずつ、計6公演を行うツアーが開催中です。9年目を迎えようとしているデレマスの豊富な楽曲のプールを活かし、今ツアーは各公演でセットリストのコンセプトやステージレイアウトを変えてくることが事前に告知されており、この名古屋公演では「Funky Dancing」の名の通りダンスをテーマにクラブシーンをイメージしたステージングが展開されました。
場内の真ん中に上部に巨大なミラーボールを吊り下げた円形のセンターステージ、そこから四方に花道を伸ばし4か所にサブステージを配し計5か所のステージを擁するレイアウト。更にセンターステージだけでなくサブステージでも一部がせり上がるようになっており、特にセンターステージではそのせり上がりが回転するようになっているのも特徴です。ライブが始まってから分かりましたがセンターステージの四隅に立ちミラーボールや天井の照明を支える4本の柱にも映像を流すディスプレイが設けられたかなり凝った形をしていました。スタンド席でも近い距離感で観られる上にアリーナ席では一部が確実に死角になる代わりに誰かが確実に間近でパフォーマンスしてくれる、かなり面白い形です。シンデレラガールズのライブはアイマスの中でも、というかアニメ系コンテンツの中でも際立ってゴージャスなステージしていますが今回も相当です。クラブシーンをイメージということで音響も低音がいつもより強調されていたのもポイントですね。
コンセプト通りにセットリストもアッパーナンバー中心の構成。「ミツボシ☆☆★」のような定番曲というかスタンダードなアイドルポップはクラブチューンにリミックスされたものが使われているのもらしくて良い感じ。
非常に凝った舞台装置を最大限に利用し観客を感動させたのが「さよならアンドロメダ」。昨年の6thライブナゴヤドーム公演でも披露されましたが、演出は更にエモーショナルに進化。ドームの天井をプラネタリウムに見立てた手法はそのままに、センターステージとなったことでイメージされるシチュエーションがより明確になっていて、ぐっと世界観に入り込みやすくなっていました。更に付け加えて歌唱メンバーの一人に木村夏樹役安野希世乃さんがおり、彼女の良く通る声が非常に歌とマッチしていて絶品。
ライブ中盤ではゲスト枠としてつい先日声優が決定した遊佐こずえ役花谷麻妃さんとナターリア役生田輝さんも登場し新曲「夢をのぞいたら」を披露。たまたま自分の席位置から近かったのもありますが、生田輝さんは観ていて「推せる!」って思いましたね、ええ(笑)
この公演で最も強烈な印象を叩き付けたのが難曲を次々とパワフルなヴォーカルで歌い上げた一ノ瀬志希役藍原ことみさん。特に二宮飛鳥役青木志貴さんとのデュオ曲「バベル」はこの日のベストパフォーマンスと言っていい1曲です。十数名のバックダンサーが周囲で踊る中2人がキスでもしてしまいそうなくらい近い距離で歌い上げる、どこか祭儀的ですらあるダイナミックな光景が繰り広げられた「バベル」、その圧倒的とも言える熱量は喝采の嵐を巻き起こしました。興味深いことに歓声の上がり方がどちらかと言えば「SideM」のような女性向けコンテンツのそれで、「互いに違う世界に興味を持つ性別を持たない天使と悪魔の交流」というユニークなモチーフの曲らしいジェンダーフリーな雰囲気が印象的でもありました。
ライブ終盤には全くもって予想外のサプライズゲスト、DJ KOO!まさか人生初の生「EZ DO DANCE」がシンデレラガールズのライブになろうとは。もうね、直撃世代なんでね!体が勝手に反応するぜフハハー!
別に他が手を抜いていたワケでは決して無いのですが、最近のアイマスライブの中でも群を抜いて「絶対に楽しませる」感に満ちていた気がします。シンデレラガールズのまた新たな一面を発見できる最高に楽しいライブでした。これは2月の大阪公演も楽しみだ。
こんばんは、小島@監督です。
ところで君は山のように積みゲーがあるんじゃなかったかって?HAHAHA、それは言わない約束さ。
さて、一昨日の9日土曜日、ナゴヤドームまで「THE IDOLM@STER CINDERELLA GIRLS 7thLIVE TOUR Special 3chord♪ Funky Dancing! 」Day1を観に行ってきました。
シンデレラガールズは今年9月から来年2月まで約半年をかけて東名阪の各会場で2公演ずつ、計6公演を行うツアーが開催中です。9年目を迎えようとしているデレマスの豊富な楽曲のプールを活かし、今ツアーは各公演でセットリストのコンセプトやステージレイアウトを変えてくることが事前に告知されており、この名古屋公演では「Funky Dancing」の名の通りダンスをテーマにクラブシーンをイメージしたステージングが展開されました。
場内の真ん中に上部に巨大なミラーボールを吊り下げた円形のセンターステージ、そこから四方に花道を伸ばし4か所にサブステージを配し計5か所のステージを擁するレイアウト。更にセンターステージだけでなくサブステージでも一部がせり上がるようになっており、特にセンターステージではそのせり上がりが回転するようになっているのも特徴です。ライブが始まってから分かりましたがセンターステージの四隅に立ちミラーボールや天井の照明を支える4本の柱にも映像を流すディスプレイが設けられたかなり凝った形をしていました。スタンド席でも近い距離感で観られる上にアリーナ席では一部が確実に死角になる代わりに誰かが確実に間近でパフォーマンスしてくれる、かなり面白い形です。シンデレラガールズのライブはアイマスの中でも、というかアニメ系コンテンツの中でも際立ってゴージャスなステージしていますが今回も相当です。クラブシーンをイメージということで音響も低音がいつもより強調されていたのもポイントですね。
コンセプト通りにセットリストもアッパーナンバー中心の構成。「ミツボシ☆☆★」のような定番曲というかスタンダードなアイドルポップはクラブチューンにリミックスされたものが使われているのもらしくて良い感じ。
非常に凝った舞台装置を最大限に利用し観客を感動させたのが「さよならアンドロメダ」。昨年の6thライブナゴヤドーム公演でも披露されましたが、演出は更にエモーショナルに進化。ドームの天井をプラネタリウムに見立てた手法はそのままに、センターステージとなったことでイメージされるシチュエーションがより明確になっていて、ぐっと世界観に入り込みやすくなっていました。更に付け加えて歌唱メンバーの一人に木村夏樹役安野希世乃さんがおり、彼女の良く通る声が非常に歌とマッチしていて絶品。
ライブ中盤ではゲスト枠としてつい先日声優が決定した遊佐こずえ役花谷麻妃さんとナターリア役生田輝さんも登場し新曲「夢をのぞいたら」を披露。たまたま自分の席位置から近かったのもありますが、生田輝さんは観ていて「推せる!」って思いましたね、ええ(笑)
この公演で最も強烈な印象を叩き付けたのが難曲を次々とパワフルなヴォーカルで歌い上げた一ノ瀬志希役藍原ことみさん。特に二宮飛鳥役青木志貴さんとのデュオ曲「バベル」はこの日のベストパフォーマンスと言っていい1曲です。十数名のバックダンサーが周囲で踊る中2人がキスでもしてしまいそうなくらい近い距離で歌い上げる、どこか祭儀的ですらあるダイナミックな光景が繰り広げられた「バベル」、その圧倒的とも言える熱量は喝采の嵐を巻き起こしました。興味深いことに歓声の上がり方がどちらかと言えば「SideM」のような女性向けコンテンツのそれで、「互いに違う世界に興味を持つ性別を持たない天使と悪魔の交流」というユニークなモチーフの曲らしいジェンダーフリーな雰囲気が印象的でもありました。
ライブ終盤には全くもって予想外のサプライズゲスト、DJ KOO!まさか人生初の生「EZ DO DANCE」がシンデレラガールズのライブになろうとは。もうね、直撃世代なんでね!体が勝手に反応するぜフハハー!
別に他が手を抜いていたワケでは決して無いのですが、最近のアイマスライブの中でも群を抜いて「絶対に楽しませる」感に満ちていた気がします。シンデレラガールズのまた新たな一面を発見できる最高に楽しいライブでした。これは2月の大阪公演も楽しみだ。
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一昨年暮れのちゅうカラ忘年会で参加者に「中部からの歌声」のロゴが入ったノートが配られたことがありまして、せっかくだからと昨年1月から映画の鑑賞記録として使っていたのですが1年10か月かけて先日遂に使い切りました。昨年の65本と今年10月までの51本を書き留め半券を(観た場所的に無い場合もある)貼り付けていったのでまぁパンパンに膨れ上がりました。単なる自己満足な備忘録に違いはありませんが、見返すと何だかんだニヤニヤしてしまいます。
こんばんは、小島@監督です。
ちなみに最初のページが「仮面ライダー平成ジェネレーションズ FINAL」で最後のページが「スター☆トゥインクルプリキュア」とどちらもニチアサなのが何とも自分らしいというか(笑)
さて、今回の映画は「エセルとアーネスト ふたりの物語」です。
1928年ロンドン。メイドとして働くエセル(声・ブレンダ・ブレッシン)は屋敷の窓から黄色い雑巾を払っていると自転車に乗った牛乳配達のアーネスト(声・ジム・ブロードベント)と偶然目が合う。それ以来毎日互いに互いの姿を探すようになったふたり。ある日アーネストは思い切って屋敷を訪ね、エセルを映画に誘い出す。
1930年、結婚したふたりはロンドン郊外のウィンブルドンに小さな家を購入し新生活が始まった。アーネストは折に触れ中古の家具を見つけてきては手直しして家を少しずつ快適に変えていった。
1934年、二人の間に待望の息子・レイモンド(声・ルーク・トレッダウェイ)が誕生する。しかし既にエセルは40歳近い高齢での出産であったため、これ以上の出産は死を意味すると医者から警告を受けてしまう…
1973年に発表した「さむがりやのサンタ」で著名作家の仲間入りを果たし、1978年には「スノーマン」を、82年には核戦争に際した初老の夫婦を描いた「風が吹くとき」などで世界中にファンを獲得した絵本作家レイモンド・ブリッグズ。その同氏が1998年に発表した自身の両親の生涯を描き英国ブックアワードを受賞した「エセルとアーネスト」を原作に2016年に製作されたアニメ映画です。ブリッグズ作品の柔らかな絵柄をそのまま動き出させてみせたような映像を展開するこのアニメ映画の監督を務めたのは「スノーマン」「風が吹くとき」のアニメ版に参加しブリッグズ作品とも縁の深いロジャー・メインウッド。イギリスを代表するアニメ作家でしたがこの「エセルとアーネスト」完成後の2018年に惜しまれつつ亡くなりました。
冒頭、レイモンド・ブリッグズ本人が登場して作品について語る映像から始まりますが、そこで語られる通り、本当に特別エキサイティングでスペクタクルな事は何も起こらないのがポイントです。とことんなまでに平凡かつ普通の生活と人生。しかしそうであるが故に強い普遍性を持ち合わせています。また、それを支えるために細部にまで意識の行き届いた画面を成立させているその労力にも感服します。
平凡そのものである二人の暮らしを大きく揺さぶるものが作中二つ登場します。一つは第二次世界大戦。前半、淡々と進む生活の中でじわじわと侵食していく戦争の姿が見事です。始めは新聞やラジオで、その内、生活物資に軍用品が入り込むようになり、やがて子供が疎開し遂には街に空爆が襲来します。自身らではどうしようもできない巨大で理不尽な暴力によって生活が脅威に晒される様、2016年に公開された「この世界の片隅に」とよく似ています。時代も同じ、そして当時敵国同士であり、鏡像のような対比として観ることができます。両者とも鑑賞できればより深い感慨を得ることができるでしょう。
もう一つ、二人の生活に大きな変化をもたらすのが息子レイモンドです。手堅い仕事に就いてほしい両親の願いをよそに芸術の道へ進んでしまうレイモンド。しかしその親子のすれ違いと衝突も俯瞰で見ればやはりありふれたものであり、どこまでも平凡と言えるでしょう。
作中、アーネストはよく新聞を読んでいます。また戦前にはラジオ、戦後にはテレビが登場しますがそこで時代を象徴する事件などが断片的に語られます。ダイナミズムに満ちた現代史がニュースとしてどこかで展開する一方で2人の暮らしはほとんど変化しない、その対照的な速度感覚も作品を味わい深くしています。
更に興味深いことに、作中の会話からエセルとアーネストはそれぞれ支持政党がまるで違う上に階級意識にも微妙な齟齬があります。それがたまに絶妙に噛み合わない会話を発生させとぼけた味わいを産んでいます。夫婦でいるからと言って政治的な信条までもが重なるわけではない。そこまで含めて「当たり前の普通」が全編にわたって綴られます。
終盤、少しだけ観る者を驚かせるのは両親の死の描写でしょう。詳細はあえて書きませんが、ここでだけ恐らくレイモンド・ブリッグズは作家的なイマジネーションより主観的な記憶を優先させています。
映画の最後を飾るポール・マッカートニーの手による主題歌も美しく、穏やかで淡々とした中に無意識的ともいえる両親とその人生への愛慕が感じられる作品です。最も愛おしいものは素朴でありふれた物事の中にある。素晴らしい作品です。是非多くの方の目に留まりますよう。
こんばんは、小島@監督です。
ちなみに最初のページが「仮面ライダー平成ジェネレーションズ FINAL」で最後のページが「スター☆トゥインクルプリキュア」とどちらもニチアサなのが何とも自分らしいというか(笑)
さて、今回の映画は「エセルとアーネスト ふたりの物語」です。
1928年ロンドン。メイドとして働くエセル(声・ブレンダ・ブレッシン)は屋敷の窓から黄色い雑巾を払っていると自転車に乗った牛乳配達のアーネスト(声・ジム・ブロードベント)と偶然目が合う。それ以来毎日互いに互いの姿を探すようになったふたり。ある日アーネストは思い切って屋敷を訪ね、エセルを映画に誘い出す。
1930年、結婚したふたりはロンドン郊外のウィンブルドンに小さな家を購入し新生活が始まった。アーネストは折に触れ中古の家具を見つけてきては手直しして家を少しずつ快適に変えていった。
1934年、二人の間に待望の息子・レイモンド(声・ルーク・トレッダウェイ)が誕生する。しかし既にエセルは40歳近い高齢での出産であったため、これ以上の出産は死を意味すると医者から警告を受けてしまう…
1973年に発表した「さむがりやのサンタ」で著名作家の仲間入りを果たし、1978年には「スノーマン」を、82年には核戦争に際した初老の夫婦を描いた「風が吹くとき」などで世界中にファンを獲得した絵本作家レイモンド・ブリッグズ。その同氏が1998年に発表した自身の両親の生涯を描き英国ブックアワードを受賞した「エセルとアーネスト」を原作に2016年に製作されたアニメ映画です。ブリッグズ作品の柔らかな絵柄をそのまま動き出させてみせたような映像を展開するこのアニメ映画の監督を務めたのは「スノーマン」「風が吹くとき」のアニメ版に参加しブリッグズ作品とも縁の深いロジャー・メインウッド。イギリスを代表するアニメ作家でしたがこの「エセルとアーネスト」完成後の2018年に惜しまれつつ亡くなりました。
冒頭、レイモンド・ブリッグズ本人が登場して作品について語る映像から始まりますが、そこで語られる通り、本当に特別エキサイティングでスペクタクルな事は何も起こらないのがポイントです。とことんなまでに平凡かつ普通の生活と人生。しかしそうであるが故に強い普遍性を持ち合わせています。また、それを支えるために細部にまで意識の行き届いた画面を成立させているその労力にも感服します。
平凡そのものである二人の暮らしを大きく揺さぶるものが作中二つ登場します。一つは第二次世界大戦。前半、淡々と進む生活の中でじわじわと侵食していく戦争の姿が見事です。始めは新聞やラジオで、その内、生活物資に軍用品が入り込むようになり、やがて子供が疎開し遂には街に空爆が襲来します。自身らではどうしようもできない巨大で理不尽な暴力によって生活が脅威に晒される様、2016年に公開された「この世界の片隅に」とよく似ています。時代も同じ、そして当時敵国同士であり、鏡像のような対比として観ることができます。両者とも鑑賞できればより深い感慨を得ることができるでしょう。
もう一つ、二人の生活に大きな変化をもたらすのが息子レイモンドです。手堅い仕事に就いてほしい両親の願いをよそに芸術の道へ進んでしまうレイモンド。しかしその親子のすれ違いと衝突も俯瞰で見ればやはりありふれたものであり、どこまでも平凡と言えるでしょう。
作中、アーネストはよく新聞を読んでいます。また戦前にはラジオ、戦後にはテレビが登場しますがそこで時代を象徴する事件などが断片的に語られます。ダイナミズムに満ちた現代史がニュースとしてどこかで展開する一方で2人の暮らしはほとんど変化しない、その対照的な速度感覚も作品を味わい深くしています。
更に興味深いことに、作中の会話からエセルとアーネストはそれぞれ支持政党がまるで違う上に階級意識にも微妙な齟齬があります。それがたまに絶妙に噛み合わない会話を発生させとぼけた味わいを産んでいます。夫婦でいるからと言って政治的な信条までもが重なるわけではない。そこまで含めて「当たり前の普通」が全編にわたって綴られます。
終盤、少しだけ観る者を驚かせるのは両親の死の描写でしょう。詳細はあえて書きませんが、ここでだけ恐らくレイモンド・ブリッグズは作家的なイマジネーションより主観的な記憶を優先させています。
映画の最後を飾るポール・マッカートニーの手による主題歌も美しく、穏やかで淡々とした中に無意識的ともいえる両親とその人生への愛慕が感じられる作品です。最も愛おしいものは素朴でありふれた物事の中にある。素晴らしい作品です。是非多くの方の目に留まりますよう。
先週のブログで書いた「バンダイナムコエンターテインメントフェスティバル」、その初日と2日目の合間を縫って上野まで出向き上野の森美術館で「ゴッホ展」を、国立博物館で「正倉院の世界展」を観に行ってきました。
「ゴッホ展」はゴッホの弟で画商であったテオとの往復書簡を紹介しつつその生涯と作風の変遷を同時期の印象派の画家の作品と共に展示する企画です。実物が持つ迫力というのはやはりあるもので、絵の具を叩き付けるようなタッチを直接目の当たりにすると画集などで見る時とは印象が大きく変わりますね。開館直後に入ったこともあってまだ来客がそれほど多くなく音声解説をじっくりと聴きながら堪能できたのもありがたかった。
「正倉院の世界展」は今上天皇の即位を祝しての記念として正倉院の収蔵品を展示する企画ですが、こちらはとにかく人が多くてほとんどゆっくり見ることができずじまい。ただ一番面白かったのは最初に展示されてる目録。ビビるほど長い巻物でそこに収蔵品の名と数を逐一記録していった代物で、その丁寧な仕事ぶりに何ならずっと眺めてられると思いながら観てました。
こんばんは、小島@監督です。
東京ってこういう企画展も充実していてたまに行くと羨ましくなります。
さて、今回の映画は「映画スター☆トゥインクルプリキュア 星のうたに想いをこめて」です。
どこか遠くの宇宙で超新星が爆発した。星のかけらが宇宙中に飛び散っていく。
地球のすぐ近くの宇宙空間では星奈ひかる(声・成瀬瑛美)たち「スター☆トゥインクルプリキュア」がテンジョウ(声・遠藤綾)とノットレイたちを激闘の末に追い返すことに成功するが、その時羽衣ララ(声・小原好美)の髪に星のかけらが絡まったことには誰も気づかなかった。
翌朝、ララの髪に絡まった「それ」は動き出した。思いがけない未確認生物UMAとの接触にひかるのテンションはうなぎ上り。しかもその生物には不思議な能力があった。
秋。そう、それはプリキュアの季節。今年もやってまいりました。もうね、この時期はこれを観ないと何だかちょっと落ち着かないのですよ。複数の作品がクロスオーバーする春の映画もお祭りめいて楽しいですが、より深い物語を楽しませてくれる単独作品の劇場版の方が個人的には期待値が高いですね。
超新星から生まれた謎の生物「ユーマ」を物語の軸に据えた今回の劇場版、ひかる以上にユーマと深い関わりを持つのが羽衣ララです。宇宙人であるララは同じく異邦の存在であるユーマに複雑な感情を抱きます。TVシリーズでも異質なもの同士が手を取り合うことの尊さと難しさを両面的に描いていますが、地球においては異邦人であるララはその難しさを本能的に分かっています。皆が皆ひかるのように自身と(時に見た目も言葉も)異なる者に対して垣根無く接する事が出来るわけではない。それをユーマに重ねたララは明らかにTVシリーズより感情のブレが大きいのが特徴で、後半になり明かされるユーマの正体を知るに至りその感情は爆発します。この辺りの感情の振れ幅を端正な作画とララ役小原好美の熱演で見せてくれるのがポイントと言えるでしょう。
なかなか面白い見どころとしてプリキュアたちと戦うことになる、ユーマを狙い地球に襲来した「宇宙ハンター」たちのキャラクター性があります。5人のハンターが登場しますが彼らは組織ではなく「個々で狙っていたらたまたま同時に到着しただけ」であり、プリキュアたちと戦いながら何なら一緒に商売敵を排除する気満々でやっていて独特の展開を見せます。また、その宇宙ハンターとの戦いの中で見せるプリキュアの12星座のドレススタイルが画的にも華やかで観ていて楽しいところ。特にしし座ドレス。ヘアースタイルとポージングが完全に聖闘士で個人的にツボでした(笑)
プリキュア映画のお約束とも言えるミラクルライトも今回何だかんだとほぼ全編にわたって使い続けるのが特徴で、良くここまで物語に絡みこませたと感心します。入場時にライトを手渡される子ども達はずっと握り締めながら観ていられるんじゃないでしょうか。特にクライマックスでは劇中曲と合わせて荘厳ですらある映像を展開し、観る者のエモーションを揺さぶってくれるでしょう。
メインターゲットである子供たちを振り落とさないように気を配りつつ、細やかな演出の妙を行き渡らせたなかなかに濃密な逸品。こういうの持ってきてくれるから楽しいんですよプリキュア。特に今回ララ推しの方は絶対に観に行きましょう。いやもうホントに(笑)
「ゴッホ展」はゴッホの弟で画商であったテオとの往復書簡を紹介しつつその生涯と作風の変遷を同時期の印象派の画家の作品と共に展示する企画です。実物が持つ迫力というのはやはりあるもので、絵の具を叩き付けるようなタッチを直接目の当たりにすると画集などで見る時とは印象が大きく変わりますね。開館直後に入ったこともあってまだ来客がそれほど多くなく音声解説をじっくりと聴きながら堪能できたのもありがたかった。
「正倉院の世界展」は今上天皇の即位を祝しての記念として正倉院の収蔵品を展示する企画ですが、こちらはとにかく人が多くてほとんどゆっくり見ることができずじまい。ただ一番面白かったのは最初に展示されてる目録。ビビるほど長い巻物でそこに収蔵品の名と数を逐一記録していった代物で、その丁寧な仕事ぶりに何ならずっと眺めてられると思いながら観てました。
こんばんは、小島@監督です。
東京ってこういう企画展も充実していてたまに行くと羨ましくなります。
さて、今回の映画は「映画スター☆トゥインクルプリキュア 星のうたに想いをこめて」です。
どこか遠くの宇宙で超新星が爆発した。星のかけらが宇宙中に飛び散っていく。
地球のすぐ近くの宇宙空間では星奈ひかる(声・成瀬瑛美)たち「スター☆トゥインクルプリキュア」がテンジョウ(声・遠藤綾)とノットレイたちを激闘の末に追い返すことに成功するが、その時羽衣ララ(声・小原好美)の髪に星のかけらが絡まったことには誰も気づかなかった。
翌朝、ララの髪に絡まった「それ」は動き出した。思いがけない未確認生物UMAとの接触にひかるのテンションはうなぎ上り。しかもその生物には不思議な能力があった。
秋。そう、それはプリキュアの季節。今年もやってまいりました。もうね、この時期はこれを観ないと何だかちょっと落ち着かないのですよ。複数の作品がクロスオーバーする春の映画もお祭りめいて楽しいですが、より深い物語を楽しませてくれる単独作品の劇場版の方が個人的には期待値が高いですね。
超新星から生まれた謎の生物「ユーマ」を物語の軸に据えた今回の劇場版、ひかる以上にユーマと深い関わりを持つのが羽衣ララです。宇宙人であるララは同じく異邦の存在であるユーマに複雑な感情を抱きます。TVシリーズでも異質なもの同士が手を取り合うことの尊さと難しさを両面的に描いていますが、地球においては異邦人であるララはその難しさを本能的に分かっています。皆が皆ひかるのように自身と(時に見た目も言葉も)異なる者に対して垣根無く接する事が出来るわけではない。それをユーマに重ねたララは明らかにTVシリーズより感情のブレが大きいのが特徴で、後半になり明かされるユーマの正体を知るに至りその感情は爆発します。この辺りの感情の振れ幅を端正な作画とララ役小原好美の熱演で見せてくれるのがポイントと言えるでしょう。
なかなか面白い見どころとしてプリキュアたちと戦うことになる、ユーマを狙い地球に襲来した「宇宙ハンター」たちのキャラクター性があります。5人のハンターが登場しますが彼らは組織ではなく「個々で狙っていたらたまたま同時に到着しただけ」であり、プリキュアたちと戦いながら何なら一緒に商売敵を排除する気満々でやっていて独特の展開を見せます。また、その宇宙ハンターとの戦いの中で見せるプリキュアの12星座のドレススタイルが画的にも華やかで観ていて楽しいところ。特にしし座ドレス。ヘアースタイルとポージングが完全に聖闘士で個人的にツボでした(笑)
プリキュア映画のお約束とも言えるミラクルライトも今回何だかんだとほぼ全編にわたって使い続けるのが特徴で、良くここまで物語に絡みこませたと感心します。入場時にライトを手渡される子ども達はずっと握り締めながら観ていられるんじゃないでしょうか。特にクライマックスでは劇中曲と合わせて荘厳ですらある映像を展開し、観る者のエモーションを揺さぶってくれるでしょう。
メインターゲットである子供たちを振り落とさないように気を配りつつ、細やかな演出の妙を行き渡らせたなかなかに濃密な逸品。こういうの持ってきてくれるから楽しいんですよプリキュア。特に今回ララ推しの方は絶対に観に行きましょう。いやもうホントに(笑)
明日執り行われるという「即位礼正殿の儀」を控え世界各国から要人が集い始める中、都内、特に山の手は厳戒態勢。そんな只中に東京に行ってきました。一見いつも通りの街並みに各都道府県警察の車両が行き交ったり四辻に検問やバリケードが築かれていたり。皇位継承に絡む儀礼での特別警戒態勢など数十年に一度の光景であるに違いなく、なかなか稀有な状況に立ち会うことができました。
こんばんは、小島@監督です。
先日の台風19号の影響を鑑みてパレードは延期になったそうですが、延期しないでいたらどれほどのことになっていたのやら。
さて、この土日に東京ドームで開催された「バンダイナムコエンターテインメントフェスティバル 」を観てきました。しかも両日。
イベントはその名の通り主催であるバンダイナムコがIPを有するタイトルに出演している声優や関連するアーティストが集合するライブイベント。興味深いことにというか、バンダイと言えば代表的なタイトルは「ガンダム」ですが、それだけでフェスイベントが開催される「ガンダム」はここではメインは張らずむしろメインは「アイドルマスター」。2日間で関連タイトル全てが登場し、全出演者中7割近くがアイマス関連で固められました。
19日開催のDay1はアイマスの他に「ガンダム」「コードギアス」「テイルズ」シリーズの関連アーティストが出演。FLOW、Bonnie Pink、Do As Infinity、Every Little Thing、玉置成実、T.M.Revolution(西川貴教)とそうそうたるメンバーです。10年以上一線級で活躍された方ばかりだからこそというべきか、イベントのコンセプト的に披露されるのが僅か1曲のみという方もいたのですがそれだけで観客を鷲掴みにしてみせる迫力に圧倒されました。演出上の大きな特徴としてスクリーン上にバンバン本編映像のクリップを流していたのがポイントで、そこにアーティストの歌唱が加わるとまぁ興が乗るというか自分がチョロいというか、テイルズシリーズは正直ほとんどプレイしていないのですが一度やってみたくなるくらいでした。
初日のMCは小野坂昌也と仲村宗悟のお二人。小野坂昌也はベテランだけあり誰とトークしていても上手く取り回して更に笑いまで取っていく器用さを見せ、仲村宗悟はSideMとしても出演しているのでイベント中ほぼ出ずっぱりという状況でそのバイタリティに感心しました。
Day1がアーティスト寄りの出演陣なら翌20日開催のDay2はアイマス関連以外は「ラブライブ!サンシャイン!!」と「アイカツ」シリーズとほぼアイドルに全振り。もっと言えばアイマス関連以外の出演者の方が少ない状態。Day1は登場前にアーティストと作品を紹介する映像が流れましたがDay2はそれはせずにセットリストも(特にアイマスは)作品をシャッフルして見せる構成を取っていました。
特に驚いたのは「ラブライブ!サンシャイン!!」から出演のGuilty Kiss。Aquorsの中の3人で組まれたユニットですが、MCもそこそこに6曲連続で披露。しかもキレの鋭いダンスと強い声量を維持したまま息も切らさずやり切って見せるそのパワーの前にアウェーともいえる状況で大喝采を浴びていました。「ラブライブ!」、特にAquorsのパフォーマンスは一度生で観てみたいと思っていましたが、まさかこれ程とは。しかも今回出演していない残り6人の中にこれを超える運動量を誇る人もいます。これは一度9人のステージも観てみないと。
今回のメインともいうべきアイマスの方に目を向ければSideMでは西川貴教とコラボるわ、メンバーの中に765ASがいるためライブでは基本的にCDと同じメンバーが揃わない楽曲で遂にオリジナルメンバーが揃ったり、12年前のTVシリーズ「アイドルマスター ゼノグラシア」のOPを歌う橋本みゆきと結城アイラが出演したり、桃井はるこ、結城アイラらアイマスへの楽曲提供者とコラボして歌ったりと充実過ぎるくらい充実した内容。2日間の大トリに自分にとっても思い出の深い曲「The World is all one!!」をチョイスしてくれたのもちょっと涙出そうなくらい嬉しかったところ。
欲を言えばこういうフェスイベントの楽しみの一つであるコラボレーションがアイマス関連以外では全く無く全体的にも少なかったことと、いくらそれ目当てに見に来た人が大勢であったろうなとは思えどアイマス関連の出演者は大半が自己紹介もできずに終わっているのは少々残念です。この辺りの匙加減は今後の改善に期待というところでしょう。
日程はまだ発表されていませんが来年に第2弾の開催が決定。今回出演していないアーティストもたくさんいますし、何よりバンダイ保有のIPと言えばその代表格ともいうべき「スーパー戦隊」「仮面ライダー」「プリキュア」らニチアサ勢が今回一切登場していないのでその辺りからの出演も期待したいところ。
何にせよ先々の展開が楽しみなイベントが始まりました。次回も休みを確保して観に行きたいぜ。ライブビューイングとか無さそうだしね!
こんばんは、小島@監督です。
先日の台風19号の影響を鑑みてパレードは延期になったそうですが、延期しないでいたらどれほどのことになっていたのやら。
さて、この土日に東京ドームで開催された「バンダイナムコエンターテインメントフェスティバル 」を観てきました。しかも両日。
イベントはその名の通り主催であるバンダイナムコがIPを有するタイトルに出演している声優や関連するアーティストが集合するライブイベント。興味深いことにというか、バンダイと言えば代表的なタイトルは「ガンダム」ですが、それだけでフェスイベントが開催される「ガンダム」はここではメインは張らずむしろメインは「アイドルマスター」。2日間で関連タイトル全てが登場し、全出演者中7割近くがアイマス関連で固められました。
19日開催のDay1はアイマスの他に「ガンダム」「コードギアス」「テイルズ」シリーズの関連アーティストが出演。FLOW、Bonnie Pink、Do As Infinity、Every Little Thing、玉置成実、T.M.Revolution(西川貴教)とそうそうたるメンバーです。10年以上一線級で活躍された方ばかりだからこそというべきか、イベントのコンセプト的に披露されるのが僅か1曲のみという方もいたのですがそれだけで観客を鷲掴みにしてみせる迫力に圧倒されました。演出上の大きな特徴としてスクリーン上にバンバン本編映像のクリップを流していたのがポイントで、そこにアーティストの歌唱が加わるとまぁ興が乗るというか自分がチョロいというか、テイルズシリーズは正直ほとんどプレイしていないのですが一度やってみたくなるくらいでした。
初日のMCは小野坂昌也と仲村宗悟のお二人。小野坂昌也はベテランだけあり誰とトークしていても上手く取り回して更に笑いまで取っていく器用さを見せ、仲村宗悟はSideMとしても出演しているのでイベント中ほぼ出ずっぱりという状況でそのバイタリティに感心しました。
Day1がアーティスト寄りの出演陣なら翌20日開催のDay2はアイマス関連以外は「ラブライブ!サンシャイン!!」と「アイカツ」シリーズとほぼアイドルに全振り。もっと言えばアイマス関連以外の出演者の方が少ない状態。Day1は登場前にアーティストと作品を紹介する映像が流れましたがDay2はそれはせずにセットリストも(特にアイマスは)作品をシャッフルして見せる構成を取っていました。
特に驚いたのは「ラブライブ!サンシャイン!!」から出演のGuilty Kiss。Aquorsの中の3人で組まれたユニットですが、MCもそこそこに6曲連続で披露。しかもキレの鋭いダンスと強い声量を維持したまま息も切らさずやり切って見せるそのパワーの前にアウェーともいえる状況で大喝采を浴びていました。「ラブライブ!」、特にAquorsのパフォーマンスは一度生で観てみたいと思っていましたが、まさかこれ程とは。しかも今回出演していない残り6人の中にこれを超える運動量を誇る人もいます。これは一度9人のステージも観てみないと。
今回のメインともいうべきアイマスの方に目を向ければSideMでは西川貴教とコラボるわ、メンバーの中に765ASがいるためライブでは基本的にCDと同じメンバーが揃わない楽曲で遂にオリジナルメンバーが揃ったり、12年前のTVシリーズ「アイドルマスター ゼノグラシア」のOPを歌う橋本みゆきと結城アイラが出演したり、桃井はるこ、結城アイラらアイマスへの楽曲提供者とコラボして歌ったりと充実過ぎるくらい充実した内容。2日間の大トリに自分にとっても思い出の深い曲「The World is all one!!」をチョイスしてくれたのもちょっと涙出そうなくらい嬉しかったところ。
欲を言えばこういうフェスイベントの楽しみの一つであるコラボレーションがアイマス関連以外では全く無く全体的にも少なかったことと、いくらそれ目当てに見に来た人が大勢であったろうなとは思えどアイマス関連の出演者は大半が自己紹介もできずに終わっているのは少々残念です。この辺りの匙加減は今後の改善に期待というところでしょう。
日程はまだ発表されていませんが来年に第2弾の開催が決定。今回出演していないアーティストもたくさんいますし、何よりバンダイ保有のIPと言えばその代表格ともいうべき「スーパー戦隊」「仮面ライダー」「プリキュア」らニチアサ勢が今回一切登場していないのでその辺りからの出演も期待したいところ。
何にせよ先々の展開が楽しみなイベントが始まりました。次回も休みを確保して観に行きたいぜ。ライブビューイングとか無さそうだしね!
昨日の歌会に参加された皆さん、お疲れ様でした。
こういうこともあるのね、というべきか、今回コスプレ姿で初参加された「劇団員」な方々の中のお一方と歌会以前にTwitter経由でやり取りがありまして。当初は私がちゅうカラのスタッフと思われたようで「すいません、私は違うんですよ~」とかときちさんをご紹介するという流れに。毎回ブログをアップした後Twitterにタグ付けてツイートしてたのが目に留まり、ブログを読んでいただいたのが参加のきっかけになったご様子。長いことブログ書いてきましたがこういうことが起きるとは思ってもいず、結構嬉しかったですね。歌会も楽しんでいただいたようで何よりです。
こんばんは、小島@監督です。
それにしても連休の日本を直撃した台風19号の被害の大きさには言葉を失くします。進路があと30~40㎞西だったら、あるいは同じ規模の台風がまだ偏西風の弱い8月頃に来ていたら、自宅を直撃されたら恐らくただでは済まなかった。今回無事で済んだのはただ運が良かっただけだと背筋に冷たいものが走ります。罹災された方たちに一日も早く「日常」が戻ることを切にお祈り申し上げます。
さて、今回の映画は「見えない目撃者」です。
警察学校を首席で卒業し、警官としての将来を嘱望された女性・浜中なつめ(吉岡里帆)は、しかし自らの過失により交通事故を起こし同乗していた弟・大樹(松大航也)は死亡し、自身も視力を失った。
3年後、警官の道を諦めたなつめは今だ失意と後悔の日々を過ごしていた。ある夜、なつめはスケボーと自動車の接触事故の現場に遭遇する。停止した車の中から後部座席の窓を叩く音と助けを求める若い女性の微かな声を聞くが、車はそのまま走り去ってしまった。誘拐事件を疑うなつめは警察に通報するが担当した警官・木村(田口トモロヲ)と吉野(大倉孝二)は目の見えないなつめの証言に半信半疑だ。そんな折、スケボーの青年が特定される。なつめはその青年・国崎春馬(高杉真宙)のもとを訪ね、協力を願い出るのだが…
これもシネコンが普及したからできるやり方ではあるのですが、年に何本か「自分の空き時間と上手くハマってたから」という理由で特に予備知識も期待も無いまま何となく観る映画、というのがあります。この「見えない目撃者」もそうしてたまたま観た1本だったのですが、そういう映画が想定外に面白いと何だか得した気分になります。
原作は韓国で2011年に製作された映画「ブラインド」、2015年には韓国版と同じ監督アン・サンフンの手により中国でリメイクもされた、その日本版になります。アン・サンフンから監督を引き継いだのは「重力ピエロ」(2009年)「リトル・フォレスト」(2014~15年)などを手掛け独特の映像世界に定評のある森淳一が担っています。アジア圏のサスペンスやスリラーは韓国が独壇場かと思っていましたが、日本もなかなか負けていません。原典へのリスペクトは残しつつ日本ならではのオリジナリティを加味し見事な出来栄えの一本になっています。
「事件の目撃者が視覚障碍者である」というアイディアが「目を引く」この作品、とにかくキャラクターの立たせ方や物語の構図の組み立て方が非常に巧い逸品です。失意と後悔の中で厭世的に生きてきたなつめと他人にも自身の将来にも無関心な高校生春馬、事件が二人を結び付け急作りの相棒として動き始め、一方なつめの熱意に何かを感じた木村とそれに引きずられる形で事件に関わることになる吉野という警官コンビ、2つのタッグが事件の真相を追う構図と、最初の段階で誘拐事件の可能性を見せ、被害者生存率が急低下する「72時間」という時間を一つのタイムリミットとして明示し緊張感を高めることに成功しています。「事件」の被害者にも感情移入しやすいトピックを盛り込んでいるのも技ありと言えるでしょう。
また、「相棒」という点ではなつめとずっと付かず離れずの盲導犬・パルの存在も大きく、全編にわたって活躍する彼の忠義者ぶりが良いアクセントになっています。
ここに自身の事故により家族もキャリアも視力も失ったなつめの喪失と再生の物語が絡み、緊張感の中にエモーショナルな輝きを放つ作品になっています。非常に難しい役どころだったに違いありませんが、なつめを演じた吉岡里帆の演技が絶品と言ってよく、彼女の代表作になりそうです。
映像的にも目を見張るものがあり、特に作中度々登場する「視覚障碍者の視界を視覚化する」シーンは注目すべきショットと言えるでしょう。スマホを利用したトリッキーなチェイスなど、物語の設定を活かしたアイディアがふんだんに盛り込まれているのも楽しいところ。ただ一方でR-15指定だけありかなりグロテスクなシーンも(悪趣味にならないぎりぎりのラインを保ってはいるが)散見されるため、そういうのが苦手な方には若干注意が必要かと思いますが、そうでなければ割とどなたにもお薦めしやすい一本です。公開は既に終盤に差し掛かっていますが、このパワーのある作品を是非多くの方に味わっていただきたいですね。
こういうこともあるのね、というべきか、今回コスプレ姿で初参加された「劇団員」な方々の中のお一方と歌会以前にTwitter経由でやり取りがありまして。当初は私がちゅうカラのスタッフと思われたようで「すいません、私は違うんですよ~」とかときちさんをご紹介するという流れに。毎回ブログをアップした後Twitterにタグ付けてツイートしてたのが目に留まり、ブログを読んでいただいたのが参加のきっかけになったご様子。長いことブログ書いてきましたがこういうことが起きるとは思ってもいず、結構嬉しかったですね。歌会も楽しんでいただいたようで何よりです。
こんばんは、小島@監督です。
それにしても連休の日本を直撃した台風19号の被害の大きさには言葉を失くします。進路があと30~40㎞西だったら、あるいは同じ規模の台風がまだ偏西風の弱い8月頃に来ていたら、自宅を直撃されたら恐らくただでは済まなかった。今回無事で済んだのはただ運が良かっただけだと背筋に冷たいものが走ります。罹災された方たちに一日も早く「日常」が戻ることを切にお祈り申し上げます。
さて、今回の映画は「見えない目撃者」です。
警察学校を首席で卒業し、警官としての将来を嘱望された女性・浜中なつめ(吉岡里帆)は、しかし自らの過失により交通事故を起こし同乗していた弟・大樹(松大航也)は死亡し、自身も視力を失った。
3年後、警官の道を諦めたなつめは今だ失意と後悔の日々を過ごしていた。ある夜、なつめはスケボーと自動車の接触事故の現場に遭遇する。停止した車の中から後部座席の窓を叩く音と助けを求める若い女性の微かな声を聞くが、車はそのまま走り去ってしまった。誘拐事件を疑うなつめは警察に通報するが担当した警官・木村(田口トモロヲ)と吉野(大倉孝二)は目の見えないなつめの証言に半信半疑だ。そんな折、スケボーの青年が特定される。なつめはその青年・国崎春馬(高杉真宙)のもとを訪ね、協力を願い出るのだが…
これもシネコンが普及したからできるやり方ではあるのですが、年に何本か「自分の空き時間と上手くハマってたから」という理由で特に予備知識も期待も無いまま何となく観る映画、というのがあります。この「見えない目撃者」もそうしてたまたま観た1本だったのですが、そういう映画が想定外に面白いと何だか得した気分になります。
原作は韓国で2011年に製作された映画「ブラインド」、2015年には韓国版と同じ監督アン・サンフンの手により中国でリメイクもされた、その日本版になります。アン・サンフンから監督を引き継いだのは「重力ピエロ」(2009年)「リトル・フォレスト」(2014~15年)などを手掛け独特の映像世界に定評のある森淳一が担っています。アジア圏のサスペンスやスリラーは韓国が独壇場かと思っていましたが、日本もなかなか負けていません。原典へのリスペクトは残しつつ日本ならではのオリジナリティを加味し見事な出来栄えの一本になっています。
「事件の目撃者が視覚障碍者である」というアイディアが「目を引く」この作品、とにかくキャラクターの立たせ方や物語の構図の組み立て方が非常に巧い逸品です。失意と後悔の中で厭世的に生きてきたなつめと他人にも自身の将来にも無関心な高校生春馬、事件が二人を結び付け急作りの相棒として動き始め、一方なつめの熱意に何かを感じた木村とそれに引きずられる形で事件に関わることになる吉野という警官コンビ、2つのタッグが事件の真相を追う構図と、最初の段階で誘拐事件の可能性を見せ、被害者生存率が急低下する「72時間」という時間を一つのタイムリミットとして明示し緊張感を高めることに成功しています。「事件」の被害者にも感情移入しやすいトピックを盛り込んでいるのも技ありと言えるでしょう。
また、「相棒」という点ではなつめとずっと付かず離れずの盲導犬・パルの存在も大きく、全編にわたって活躍する彼の忠義者ぶりが良いアクセントになっています。
ここに自身の事故により家族もキャリアも視力も失ったなつめの喪失と再生の物語が絡み、緊張感の中にエモーショナルな輝きを放つ作品になっています。非常に難しい役どころだったに違いありませんが、なつめを演じた吉岡里帆の演技が絶品と言ってよく、彼女の代表作になりそうです。
映像的にも目を見張るものがあり、特に作中度々登場する「視覚障碍者の視界を視覚化する」シーンは注目すべきショットと言えるでしょう。スマホを利用したトリッキーなチェイスなど、物語の設定を活かしたアイディアがふんだんに盛り込まれているのも楽しいところ。ただ一方でR-15指定だけありかなりグロテスクなシーンも(悪趣味にならないぎりぎりのラインを保ってはいるが)散見されるため、そういうのが苦手な方には若干注意が必要かと思いますが、そうでなければ割とどなたにもお薦めしやすい一本です。公開は既に終盤に差し掛かっていますが、このパワーのある作品を是非多くの方に味わっていただきたいですね。
ちょっとお誘いを受けまして、昨日ちゅうカラメンバー数人で「男性声優が歌って踊るライブのBlu-rayをひたすら鑑賞する会」に参加してきました。「A3」「KING OF PRISM」「アイドルマスターSideM」「夢色キャスト」「アイドリッシュセブン」のライブBlu-rayを持ち込んだ人の「推し」のキャラや曲のプレゼンを受けつつ1日かけてひたすら観倒す会です。イベントを定期的に開催する女性向けのコンテンツと言えば「SideM」やこの間LVを観てきた「ヒプノシスマイク」以外はほとんど知らない身なので実に新鮮。タイトル毎に演出の方向性がまるで違っていたりしてなかなか面白い。特に「A3」は1曲毎に衣装から変える手の込みようでショーアップとしてもかなりのものです。アニメ・ゲーム関連のライブイベントは近年エンターテインメント関連の潮流の一つとなっていますがそのエネルギーを垣間見れたような印象です。
こんばんは、小島@監督です。
カラオケで歌ってみたい曲も結構多かったので色々と聞いてレパートリー増やしにかかろう(笑)
さて、今回の映画は「ジョーカー」です。
ゴッサムシティの貧民街に暮らすアーサー・フレック(ホアキン・フェニックス)は、コメディアンになりたいと願い、いつかTVスターのマレー・フランクリン(ロバート・デ・ニーロ)が司会を務める番組に出演するのを夢見ている。しかし脳と神経に障害を持つアーサーは突然笑い出してしまう症状のためなかなか人前に立てずピエロをして食いつないでいるが、それとて失敗が続き事業所長から快く思われていない。家に帰れば体の弱った母ペニー・フレック(フランセス・コンロイ)の介護が待っている。ペニーは自身の窮状をかつて屋敷のお手伝いとして勤めていたウェイン家に何通も手紙を書き救いを求めるが音沙汰はない。街では衛生局がストライキを起こし、街中にゴミが溢れ出していた。貧富の格差が拡大し行き場の無い不満が鬱積しつつあった。
ある時、同僚からもらった一丁の拳銃が元でアーサーはピエロの仕事をクビになってしまう。失意のまま電車に乗り込んだアーサーは笑いの発作が出たことでそれまで女性に絡んでいたサラリーマンたちから暴行を受け、とっさに拳銃を抜いて射殺してしまう。サラリーマンはウェイン産業の社員だった。殺人を犯したことで奇妙な高揚感を覚えるアーサー。そして街はエリートサラリーマンを殺害した人物をヒーロー視する者が現れだした…
ジャック・ニコルソンやヒース・レジャーなど過去にも名優が演じてきたバットマン最大のライバルとも言えるヴィラン・ジョーカー。孤独で気弱な青年は如何にしてジョーカーとなるに至ったか、これまでのDC映画では描かれることのなかった部分にスポットを当てたこの作品は、「悪」が開花していく様を圧倒的なリアリズムで描きます。
公開直前にヴェネチア映画祭で最高賞を受賞したことも話題となりましたが、それも納得というべきか恐ろしいまでの「悪」の描写にただただ圧倒される1本です。主役を演じるホアキン・フェニックスの演技が強烈ですが、ある意味でキーマンの一人とも言えるマレー役を演じるロバート・デ・ニーロもポイントでしょう。デ・ニーロは1983年製作の映画「キング・オブ・コメディ」(監督マーティン・スコセッシ)でコメディアンを夢見る青年を演じており、恐らく意図的なキャスティングでしょう。
監督は「ハング・オーバー!」三部作などコメディ映画を中心に手掛けてきたトッド・フィリップスが担っています。世情を冷徹に見通すような視点を感じるこの作品は、「笑い」のツボが時代の空気に左右されやすいことを熟知しているからでしょう。
アーサーが求めているのはコメディアンとしての成功ももちろんですが、それ以上に「誰か」との心のつながりをひたすらに希求しています。ですが、不寛容が覆いつくそうとしているゴッサムシティは突然笑い出すような男に一切居場所を用意しようとしません。助けを求め伸ばす手を跳ね除け、叫ぶ声を黙殺していきます。そして中盤以降に至ってはアーサーが微かに感じ理性を保つよすがとしていたいくつかの「光」さえ全て幻であることが叩き付けられます。そんな中でアーサーを高揚感に包ませた「殺人」が街に大きな影響を及ぼしつつあるに至りアーサーはもう止まれなくなるのです。
アーサーの心情を端的に表現してるポイントとして作中度々登場する「階段」があります。アーサーである時、そしてジョーカーとなった時、彼がこの階段をどう歩くかをぜひ注目してみてください。
あまりに鬱屈した感情が吹き上がるこの作品、アメリカの治安当局は一部で厳戒態勢を敷いているとニュースで見ましたが、その危惧も理解できてしまうほど全てに絶望し追い詰められた怒れる人を「実行」に移させてしまいそうな危険なエネルギーに満ちています。気楽に観れる作品ではありません、ですが、「今」観るべき作品であることに間違いはありません。ここ十年来DC映画の方向性を決定づけたと言っていい「ダークナイト」トリロジーが善悪の境界線で揺らぐ人間の苦闘とその果ての精神の昇華を描き出し神話的な普遍性を宿した物語であるのに比してこの「ジョーカー」が放つ「負」のエネルギーは過去の中に埋没していって欲しい昏さに満ち溢れています。
願わくば、この映画で描かれた「もの」が10年後20年後に過去のものになりますように。そんな世界になっていますように。
こんばんは、小島@監督です。
カラオケで歌ってみたい曲も結構多かったので色々と聞いてレパートリー増やしにかかろう(笑)
さて、今回の映画は「ジョーカー」です。
ゴッサムシティの貧民街に暮らすアーサー・フレック(ホアキン・フェニックス)は、コメディアンになりたいと願い、いつかTVスターのマレー・フランクリン(ロバート・デ・ニーロ)が司会を務める番組に出演するのを夢見ている。しかし脳と神経に障害を持つアーサーは突然笑い出してしまう症状のためなかなか人前に立てずピエロをして食いつないでいるが、それとて失敗が続き事業所長から快く思われていない。家に帰れば体の弱った母ペニー・フレック(フランセス・コンロイ)の介護が待っている。ペニーは自身の窮状をかつて屋敷のお手伝いとして勤めていたウェイン家に何通も手紙を書き救いを求めるが音沙汰はない。街では衛生局がストライキを起こし、街中にゴミが溢れ出していた。貧富の格差が拡大し行き場の無い不満が鬱積しつつあった。
ある時、同僚からもらった一丁の拳銃が元でアーサーはピエロの仕事をクビになってしまう。失意のまま電車に乗り込んだアーサーは笑いの発作が出たことでそれまで女性に絡んでいたサラリーマンたちから暴行を受け、とっさに拳銃を抜いて射殺してしまう。サラリーマンはウェイン産業の社員だった。殺人を犯したことで奇妙な高揚感を覚えるアーサー。そして街はエリートサラリーマンを殺害した人物をヒーロー視する者が現れだした…
ジャック・ニコルソンやヒース・レジャーなど過去にも名優が演じてきたバットマン最大のライバルとも言えるヴィラン・ジョーカー。孤独で気弱な青年は如何にしてジョーカーとなるに至ったか、これまでのDC映画では描かれることのなかった部分にスポットを当てたこの作品は、「悪」が開花していく様を圧倒的なリアリズムで描きます。
公開直前にヴェネチア映画祭で最高賞を受賞したことも話題となりましたが、それも納得というべきか恐ろしいまでの「悪」の描写にただただ圧倒される1本です。主役を演じるホアキン・フェニックスの演技が強烈ですが、ある意味でキーマンの一人とも言えるマレー役を演じるロバート・デ・ニーロもポイントでしょう。デ・ニーロは1983年製作の映画「キング・オブ・コメディ」(監督マーティン・スコセッシ)でコメディアンを夢見る青年を演じており、恐らく意図的なキャスティングでしょう。
監督は「ハング・オーバー!」三部作などコメディ映画を中心に手掛けてきたトッド・フィリップスが担っています。世情を冷徹に見通すような視点を感じるこの作品は、「笑い」のツボが時代の空気に左右されやすいことを熟知しているからでしょう。
アーサーが求めているのはコメディアンとしての成功ももちろんですが、それ以上に「誰か」との心のつながりをひたすらに希求しています。ですが、不寛容が覆いつくそうとしているゴッサムシティは突然笑い出すような男に一切居場所を用意しようとしません。助けを求め伸ばす手を跳ね除け、叫ぶ声を黙殺していきます。そして中盤以降に至ってはアーサーが微かに感じ理性を保つよすがとしていたいくつかの「光」さえ全て幻であることが叩き付けられます。そんな中でアーサーを高揚感に包ませた「殺人」が街に大きな影響を及ぼしつつあるに至りアーサーはもう止まれなくなるのです。
アーサーの心情を端的に表現してるポイントとして作中度々登場する「階段」があります。アーサーである時、そしてジョーカーとなった時、彼がこの階段をどう歩くかをぜひ注目してみてください。
あまりに鬱屈した感情が吹き上がるこの作品、アメリカの治安当局は一部で厳戒態勢を敷いているとニュースで見ましたが、その危惧も理解できてしまうほど全てに絶望し追い詰められた怒れる人を「実行」に移させてしまいそうな危険なエネルギーに満ちています。気楽に観れる作品ではありません、ですが、「今」観るべき作品であることに間違いはありません。ここ十年来DC映画の方向性を決定づけたと言っていい「ダークナイト」トリロジーが善悪の境界線で揺らぐ人間の苦闘とその果ての精神の昇華を描き出し神話的な普遍性を宿した物語であるのに比してこの「ジョーカー」が放つ「負」のエネルギーは過去の中に埋没していって欲しい昏さに満ち溢れています。
願わくば、この映画で描かれた「もの」が10年後20年後に過去のものになりますように。そんな世界になっていますように。
かときちさんのブログにも登場したメガドライブミニ、私も買いました。
私はSEGAのハードやゲームはアーケードはともかく家庭用はセガサターンからの方が縁が深く思い入れも大きいのですが、収録タイトルのあまりの本気ぶりに「買わない」という選択肢は消えてました。ある意味で商売っ気が無さすぎるというか熱量が凄すぎるというか、良くぞここまでと感心するラインナップです。何なら今すぐ長期休暇取って引きこもりたいレベルです。
こんばんは、小島@監督です。
幸い売れ行きも評価も好調なようで、これに気を良くしたSEGAがサターンミニとかドリームキャストミニとかうっかり作ってくれないかなと淡い期待も抱いたり(笑)
さて、今回の映画は「薄暮」です。
福島県いわき市に住む女子高生・小山佐智(声・桜田ひより)は、音楽部に所属し間近に控える文化祭に向けて松本先輩(声・花澤香菜)、同級生のリナ(声・雨宮天)、ひぃちゃん(声・佐倉綾音)と共に披露する四重奏の練習に日々励んでいた。しかし一方で佐智は東日本大震災に罹災した影響で人に深い関心を持つことができずにいた。
ある日、佐智は帰り道のバス停でキャンバスを抱えた少年・雉子波祐介(声・加藤清史郎)と出会う。夕暮れ時の風景を描こうとしている祐介に興味を持った佐智は帰りのバスで祐介に会えるのが楽しみになってきていた。夕映えの中、2人の淡い恋が花開こうとしていた。
古くから災害の多い日本は、良くも悪くもそれを乗り越えるために「忘れる」ということを自然のうちにこなしてきた国柄と言えます。広範囲にわたり多大な被害をもたらした東日本大震災から8年、その後も日本各地で地震や台風などが相次ぎ今年もつい先日千葉の方で台風が大きな爪痕を残したばかりです。それでも自身が罹災したのでなければいずれ静かに風化していくことでしょう。
ブログなどでの攻撃的な言動で炎上する姿が度々槍玉に上げられるアニメーション作家、山本寛。彼は東日本大震災の翌年から「blossom」「Wake Up,Girls!」と東北を舞台にした作品を発表し続けてきました。その山本寛監督自身が「東北三部作の最終章」と銘打った作品がこの中編アニメーション映画「薄暮」です。製作に当たりクラウドファンディングを募ったことや製作が難航し公開日を順延したことなど度々ネットニュースなどで報じられたりしたのである程度の経緯はご存じの方もいらっしゃるのではと思います。
その新作「薄暮」は震災から数年後のいわき市を舞台に、少しずつ震災が過去になりつつある日々の中で、当たり前と思っていたものが唐突に崩れ去りもう永遠に元に戻らないことに向き合う少女と少年の交流の物語です。
単純にアニメーション映画として評価しようとすると、正直に言ってかなり辛辣にならざるを得ない作品です。人物の作画は安定せず、本来は動きを見せたかったであろうシーンで静止画を見せるなど苦しいシーンが散見されます。いわき市の風景が美しく描き出されている一方で実景ではない登場人物の住宅の室内などは無機質で平板な印象が拭えません。まるでラジオドラマであるかのように主人公・佐智のモノローグが多用される作品ですが、作品のスタイルや上映時間50分という尺から鑑みるにあまりに能弁すぎる印象です。多弁な割に尺の関係で敢えて語っていない部分が多いため却って心情描写が平板に感じられ、そこに微かな不快感をもたらします。もう15~20分長い尺ならそれでも良いでしょうが、この尺ではむしろモノローグはバッサリカットして沈黙の中にこそ雄弁に語らせれば良かったのではと思います。
観ていてもどかしくなるくらいアニメ作品としてはあまりに欠点が多く、山本寛監督の言動に反感を抱いている人の印象を覆せるまでには至らないでしょう。
ただそれでも、この作品が世に出た事には価値があると考えます。「震災後」の福島の現在の暮らしと、災害が過去のものになりつつある中での十代の少年少女の感性を描き出そうとし、それをアニメーションとして作品の中に焼き付けようとした試みはエンターテインメントの世界の中で誰かがいつかやらねばならないことであり、意義深い行いであるからです。忘れる事で乗り越えて行けるものがある一方で忘れまいとする想いをすくい上げ、次代に伝えるために何かに刻み付けるのもまた芸術が持てる役目の一つです。
すくうべき「想い」を拾い上げ映画として昇華させるには不完全、だが駄作と吐き捨てるには惜しい、そんな複雑な思いを抱かせるちょっぴりほろ苦い作品です。山本寛監督はこの作品を最後に廃業すると宣言していましたが最近それを撤回。どうせならずっと作り続けていてほしいものです。そしてできればもっと整った形でこの作品を観てみたい。
私はSEGAのハードやゲームはアーケードはともかく家庭用はセガサターンからの方が縁が深く思い入れも大きいのですが、収録タイトルのあまりの本気ぶりに「買わない」という選択肢は消えてました。ある意味で商売っ気が無さすぎるというか熱量が凄すぎるというか、良くぞここまでと感心するラインナップです。何なら今すぐ長期休暇取って引きこもりたいレベルです。
こんばんは、小島@監督です。
幸い売れ行きも評価も好調なようで、これに気を良くしたSEGAがサターンミニとかドリームキャストミニとかうっかり作ってくれないかなと淡い期待も抱いたり(笑)
さて、今回の映画は「薄暮」です。
福島県いわき市に住む女子高生・小山佐智(声・桜田ひより)は、音楽部に所属し間近に控える文化祭に向けて松本先輩(声・花澤香菜)、同級生のリナ(声・雨宮天)、ひぃちゃん(声・佐倉綾音)と共に披露する四重奏の練習に日々励んでいた。しかし一方で佐智は東日本大震災に罹災した影響で人に深い関心を持つことができずにいた。
ある日、佐智は帰り道のバス停でキャンバスを抱えた少年・雉子波祐介(声・加藤清史郎)と出会う。夕暮れ時の風景を描こうとしている祐介に興味を持った佐智は帰りのバスで祐介に会えるのが楽しみになってきていた。夕映えの中、2人の淡い恋が花開こうとしていた。
古くから災害の多い日本は、良くも悪くもそれを乗り越えるために「忘れる」ということを自然のうちにこなしてきた国柄と言えます。広範囲にわたり多大な被害をもたらした東日本大震災から8年、その後も日本各地で地震や台風などが相次ぎ今年もつい先日千葉の方で台風が大きな爪痕を残したばかりです。それでも自身が罹災したのでなければいずれ静かに風化していくことでしょう。
ブログなどでの攻撃的な言動で炎上する姿が度々槍玉に上げられるアニメーション作家、山本寛。彼は東日本大震災の翌年から「blossom」「Wake Up,Girls!」と東北を舞台にした作品を発表し続けてきました。その山本寛監督自身が「東北三部作の最終章」と銘打った作品がこの中編アニメーション映画「薄暮」です。製作に当たりクラウドファンディングを募ったことや製作が難航し公開日を順延したことなど度々ネットニュースなどで報じられたりしたのである程度の経緯はご存じの方もいらっしゃるのではと思います。
その新作「薄暮」は震災から数年後のいわき市を舞台に、少しずつ震災が過去になりつつある日々の中で、当たり前と思っていたものが唐突に崩れ去りもう永遠に元に戻らないことに向き合う少女と少年の交流の物語です。
単純にアニメーション映画として評価しようとすると、正直に言ってかなり辛辣にならざるを得ない作品です。人物の作画は安定せず、本来は動きを見せたかったであろうシーンで静止画を見せるなど苦しいシーンが散見されます。いわき市の風景が美しく描き出されている一方で実景ではない登場人物の住宅の室内などは無機質で平板な印象が拭えません。まるでラジオドラマであるかのように主人公・佐智のモノローグが多用される作品ですが、作品のスタイルや上映時間50分という尺から鑑みるにあまりに能弁すぎる印象です。多弁な割に尺の関係で敢えて語っていない部分が多いため却って心情描写が平板に感じられ、そこに微かな不快感をもたらします。もう15~20分長い尺ならそれでも良いでしょうが、この尺ではむしろモノローグはバッサリカットして沈黙の中にこそ雄弁に語らせれば良かったのではと思います。
観ていてもどかしくなるくらいアニメ作品としてはあまりに欠点が多く、山本寛監督の言動に反感を抱いている人の印象を覆せるまでには至らないでしょう。
ただそれでも、この作品が世に出た事には価値があると考えます。「震災後」の福島の現在の暮らしと、災害が過去のものになりつつある中での十代の少年少女の感性を描き出そうとし、それをアニメーションとして作品の中に焼き付けようとした試みはエンターテインメントの世界の中で誰かがいつかやらねばならないことであり、意義深い行いであるからです。忘れる事で乗り越えて行けるものがある一方で忘れまいとする想いをすくい上げ、次代に伝えるために何かに刻み付けるのもまた芸術が持てる役目の一つです。
すくうべき「想い」を拾い上げ映画として昇華させるには不完全、だが駄作と吐き捨てるには惜しい、そんな複雑な思いを抱かせるちょっぴりほろ苦い作品です。山本寛監督はこの作品を最後に廃業すると宣言していましたが最近それを撤回。どうせならずっと作り続けていてほしいものです。そしてできればもっと整った形でこの作品を観てみたい。