先日、ワインだけでなく食材も取り扱うあるインポーターのイベントに招かれて行ったのですが、そこで全粒粉のスパゲッティを頂きました。早速試してみたらえらい腹持ちの良さでいつもより少なめの量でも満腹に。ちょっと蕎麦を思わせる食感です。茹でてる間も少しばかり蕎麦のような匂いが立ち上りましたし。普通のスパゲッティより長めに茹でる必要があるくらいコシが強く歯応えもある代わりにのど越しも違うので毎回コレなのはちょいとアレですが、繊維質の塊なのでたまにコレに代えるのはダイエットにもなって丁度いいかも。
こんばんは、小島@監督です。
輸入食品を取り扱うスーパーでも売ってたりするのでご興味ある方はお試しあれ。普通のスパゲッティより価格が倍くらいしますけどね(笑)
さて、2週連続で何ですが今回もアイマスネタ。昨日横浜まで「THE IDOLM@STER MR ST@GE!! MUSIC♪GROOVE☆ENCORE」(以下「アイマスMR」)水瀬伊織主演公演を観に行ってきました。先週大阪で昨日横浜とか新型コロナウィルスの爆心地にばかり行ってるような気がしますが偶然です。ええ、偶然ですとも。
「アイマスMR」MRは横浜のDMM VRシアターで一昨年から断続的に開催されているイベントで、数あるアイマスイベントの中でも極めて特殊な部類に入ります。DMM VRシアターはホログラム投影装置を使って実在するかのような映像をステージに登場させられるシアターで、早い話がアイマスのキャラクターが文字通りそのまま「ステージに立って」パフォーマンスします。そのためキャラクターはキャラクターのまま紹介され例えば「天海春香役中村繪理子」ではなく「天海春香」として登場するのがポイントです。イベントの所要時間は約1時間程度と短くその日の主演は日替わりというのも特徴。
余談ですが私の観た回では何か機材トラブルがあったらしく前説の映像が3回も繰り返されるアクシデントが。ようやく本編が始まった時は場内で大きな拍手が(笑)
ステージは楽曲→MC→楽曲の3段階で構成。楽曲のセットリストは当日の主演キャラのソロ曲2曲以外は共通のよう。瞬時にキャラが衣裳と背景ごと切り替わり様々な曲を聴かせてくれます。なかなか驚くのが登場しているキャラクターと基本的に「視線が合う」こと。常に自分を向いてパフォーマンスをしているように見えます。始めは錯覚なのかと思いましたが、終演後SNSで感想を拾ってみたところ他の方も同様な感覚を抱いていたようで、技術論などは良く分かりませんがどうやら「どの座席に座っていても壇上のキャラと視線が合う」ようになっているようです。更に言うとソロ曲では(こちらは本当にステージに立っている)バックダンサーと動きを揃えたりステージに運び込まれた椅子に座ってパフォーマンスしたりと動きを平板に見せない工夫が随所にありイチイチ驚かされます。
そして何よりこのイベントの白眉はMCにあります。壇上にいるのはCGキャラとはいえMCはほぼアドリブ。前述の3回繰り返された前説もちゃんと拾ってくれます。更に驚くことに何とランダムで選ばれた人と実際に会話します。システム的な会話ではなくガチの会話です。種を明かせば裏手(?)に声優が控えているということなのでしょうが、次元の壁を突き破ってみせるこの手法、噂には聞いていましたが実際観てみると筆舌に尽くしがたい衝撃と感激が同時波状攻撃で襲ってきます。会話相手に選ばれなかったのは残念でしたがまさかこんなものを観れる日が来ようとは。一昨年の初公演から時間さえあれば何度もリピートを重ねた人がいるというのも分かります。
DMM VRシアターは4月末で営業終了らしくコレが観られるのも今のところ今回が最後らしいのですが「とうとうここまで来たか」感が凄いこのイベント、形を変えていつかまた再演してほしいところ。いやコレは他の回も観てみたい。
こんばんは、小島@監督です。
輸入食品を取り扱うスーパーでも売ってたりするのでご興味ある方はお試しあれ。普通のスパゲッティより価格が倍くらいしますけどね(笑)
さて、2週連続で何ですが今回もアイマスネタ。昨日横浜まで「THE IDOLM@STER MR ST@GE!! MUSIC♪GROOVE☆ENCORE」(以下「アイマスMR」)水瀬伊織主演公演を観に行ってきました。先週大阪で昨日横浜とか新型コロナウィルスの爆心地にばかり行ってるような気がしますが偶然です。ええ、偶然ですとも。
「アイマスMR」MRは横浜のDMM VRシアターで一昨年から断続的に開催されているイベントで、数あるアイマスイベントの中でも極めて特殊な部類に入ります。DMM VRシアターはホログラム投影装置を使って実在するかのような映像をステージに登場させられるシアターで、早い話がアイマスのキャラクターが文字通りそのまま「ステージに立って」パフォーマンスします。そのためキャラクターはキャラクターのまま紹介され例えば「天海春香役中村繪理子」ではなく「天海春香」として登場するのがポイントです。イベントの所要時間は約1時間程度と短くその日の主演は日替わりというのも特徴。
余談ですが私の観た回では何か機材トラブルがあったらしく前説の映像が3回も繰り返されるアクシデントが。ようやく本編が始まった時は場内で大きな拍手が(笑)
ステージは楽曲→MC→楽曲の3段階で構成。楽曲のセットリストは当日の主演キャラのソロ曲2曲以外は共通のよう。瞬時にキャラが衣裳と背景ごと切り替わり様々な曲を聴かせてくれます。なかなか驚くのが登場しているキャラクターと基本的に「視線が合う」こと。常に自分を向いてパフォーマンスをしているように見えます。始めは錯覚なのかと思いましたが、終演後SNSで感想を拾ってみたところ他の方も同様な感覚を抱いていたようで、技術論などは良く分かりませんがどうやら「どの座席に座っていても壇上のキャラと視線が合う」ようになっているようです。更に言うとソロ曲では(こちらは本当にステージに立っている)バックダンサーと動きを揃えたりステージに運び込まれた椅子に座ってパフォーマンスしたりと動きを平板に見せない工夫が随所にありイチイチ驚かされます。
そして何よりこのイベントの白眉はMCにあります。壇上にいるのはCGキャラとはいえMCはほぼアドリブ。前述の3回繰り返された前説もちゃんと拾ってくれます。更に驚くことに何とランダムで選ばれた人と実際に会話します。システム的な会話ではなくガチの会話です。種を明かせば裏手(?)に声優が控えているということなのでしょうが、次元の壁を突き破ってみせるこの手法、噂には聞いていましたが実際観てみると筆舌に尽くしがたい衝撃と感激が同時波状攻撃で襲ってきます。会話相手に選ばれなかったのは残念でしたがまさかこんなものを観れる日が来ようとは。一昨年の初公演から時間さえあれば何度もリピートを重ねた人がいるというのも分かります。
DMM VRシアターは4月末で営業終了らしくコレが観られるのも今のところ今回が最後らしいのですが「とうとうここまで来たか」感が凄いこのイベント、形を変えていつかまた再演してほしいところ。いやコレは他の回も観てみたい。
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例のコロナウィルス関連で世間がちょいとピリピリしてる中、大阪へ遠征してきました。
観光客の大幅減がニュースなどで度々報じられていますが、宿の価格の安さにそれを実感します。こういう状況でもなければまず泊まれないタイプの所に泊まれたりしたのでそこのところは良かったりなんですが。2階建てになってる部屋なんて初めてでしたよ。浴室も異様にひろかったですし。
こんばんは、小島@監督です。
多大に自己責任な部分がありますが、どこかに旅行に行くならある意味今はチャンスかもしれません。ホント安いです、宿。
さて、その大阪で「 THE IDOLM@STER CINDERELLA GIRLS 7thLIVE TOUR
Special 3chord♪ Glowing Rock!」を観てきました。昨年9月の幕張公演から始まったシンデレラガールズ7thツアーもこれが最終公演。これまでは日程的に全てを観ることができませんでしたが、最後にしてようやく2Daysを両日現地で観る事が叶いました。
シンデレラガールズの大型ライブとしては初めてのバックバンドを擁した生演奏が売りとなった今回、まさに「音」の持つパワーを叩き付けるようなライブになっていました。
「ガールズ・イン・ザ・フロンティア」で幕を開けたこのライブ、「Lunatic Show」「美に入り彩を穿つ」など「Growing Rock」というライブタイトルらしいハードなビートを楽しむナンバーで序盤から畳み掛けます。バックバンドが入ったことでベースラインやドラムが普段のオケのみのライブより強調されて「音」が観客に届きやすくなっていたのが特徴です。反面調整がデリケートかつタイトだったのか、ステージレイアウトにこれまでのような「遊び」が無くメインステージのみで遠い客席のためのモニターも2か所しかなく、初日はホームベースラインに近いところの上段席にいたのですが、正直ステージで何をやっているのかあまり分からない状況でした。ただその分、音だけで観客のボルテージを上げに来るパフォーマンスをより高い純度で満喫できたともいえます。幸いなことに2日目はステージにほど近いアリーナ席で観れたので細かい所作も含めた部分はむしろこちらで楽しめました。
とにかくバックバンドの音と出演者の歌声のミックスアップを楽しんでもらうことを主眼に構成されたセットリストで、中には楽曲とそれを歌う出演者との関係性にストーリーを感じさせるものも多く、響く人にはもうその様だけで堪らない楽曲が次々と登場するので実にエモーショナルです。
ただそんな中にあって出色だったのは両日2曲ずつ披露されたアコースティックナンバー。初日は我が担当北条加蓮役渕上舞さんの「薄荷」と橘ありす役佐藤亜美菜さんの「in fact」、2日目には新田美波役洲崎綾さんの「Voyage」といずれもバラードを通常とは違うアレンジで出演者の表現力と歌唱力を最大限に活かす方向で観客を引き込んでいきました。そして何より今回のライブのベストアクトと言えるのが佐久間まゆ役牧野由依さんの「エヴリデイドリーム~マイスイートハネムーン」のメドレー。原曲は割とキュートなアイドルポップなのですが、ピアノソロで始まるバラード調にアレンジされた前半部は身を焦がすような恋心を、転調してラテンアレンジへと変わった後半部はより深い愛情の発露へと切々と歌い上げ、まさに「5万人を恋に落とす」かのようなパフォーマンスに万雷の拍手が次の曲が始まるまで鳴り止まないその様に、表現者牧野由依の真骨頂を観た思いです。
ライブ終盤にはサプライズ扱いでカバー曲が登場。初日では島村卯月役大橋彩香さんの「HOT LIMIT」が。しかもわざわざ大きな送風機まで持ち込んでのパフォーマンスがカッコいいやら笑うやら。Day2には星輝子役松田颯水さんの「紅」が登場。松田颯水さんは7thツアー6公演のクライマックスともいえるDay2の最終ブロックで実に4曲を受け持つ大活躍ぶりでその集大成ともいえるのが「紅」でした。バックバンドもそれを聴いてそして弾いてきた人たちばかりだったのでしょう、随所にX JAPANへのリスペクトが感じられる演奏と小柄な体格からは想像もつかぬパワフルな松田颯水の声量は圧巻と呼ぶに相応しいパフォーマンスでした。
完全に会場の空気に当てられた格好ですがそれこそバカみたいに叫び倒した2日間でした。デレマスの新たな可能性を観た今回の7thツアー、まだまだいろいろな引き出しが眠っていそうです。今年9月に新たなイベントの実施も発表され、今後もまだまだ楽しみは尽きなさそうです。
観光客の大幅減がニュースなどで度々報じられていますが、宿の価格の安さにそれを実感します。こういう状況でもなければまず泊まれないタイプの所に泊まれたりしたのでそこのところは良かったりなんですが。2階建てになってる部屋なんて初めてでしたよ。浴室も異様にひろかったですし。
こんばんは、小島@監督です。
多大に自己責任な部分がありますが、どこかに旅行に行くならある意味今はチャンスかもしれません。ホント安いです、宿。
さて、その大阪で「 THE IDOLM@STER CINDERELLA GIRLS 7thLIVE TOUR
Special 3chord♪ Glowing Rock!」を観てきました。昨年9月の幕張公演から始まったシンデレラガールズ7thツアーもこれが最終公演。これまでは日程的に全てを観ることができませんでしたが、最後にしてようやく2Daysを両日現地で観る事が叶いました。
シンデレラガールズの大型ライブとしては初めてのバックバンドを擁した生演奏が売りとなった今回、まさに「音」の持つパワーを叩き付けるようなライブになっていました。
「ガールズ・イン・ザ・フロンティア」で幕を開けたこのライブ、「Lunatic Show」「美に入り彩を穿つ」など「Growing Rock」というライブタイトルらしいハードなビートを楽しむナンバーで序盤から畳み掛けます。バックバンドが入ったことでベースラインやドラムが普段のオケのみのライブより強調されて「音」が観客に届きやすくなっていたのが特徴です。反面調整がデリケートかつタイトだったのか、ステージレイアウトにこれまでのような「遊び」が無くメインステージのみで遠い客席のためのモニターも2か所しかなく、初日はホームベースラインに近いところの上段席にいたのですが、正直ステージで何をやっているのかあまり分からない状況でした。ただその分、音だけで観客のボルテージを上げに来るパフォーマンスをより高い純度で満喫できたともいえます。幸いなことに2日目はステージにほど近いアリーナ席で観れたので細かい所作も含めた部分はむしろこちらで楽しめました。
とにかくバックバンドの音と出演者の歌声のミックスアップを楽しんでもらうことを主眼に構成されたセットリストで、中には楽曲とそれを歌う出演者との関係性にストーリーを感じさせるものも多く、響く人にはもうその様だけで堪らない楽曲が次々と登場するので実にエモーショナルです。
ただそんな中にあって出色だったのは両日2曲ずつ披露されたアコースティックナンバー。初日は我が担当北条加蓮役渕上舞さんの「薄荷」と橘ありす役佐藤亜美菜さんの「in fact」、2日目には新田美波役洲崎綾さんの「Voyage」といずれもバラードを通常とは違うアレンジで出演者の表現力と歌唱力を最大限に活かす方向で観客を引き込んでいきました。そして何より今回のライブのベストアクトと言えるのが佐久間まゆ役牧野由依さんの「エヴリデイドリーム~マイスイートハネムーン」のメドレー。原曲は割とキュートなアイドルポップなのですが、ピアノソロで始まるバラード調にアレンジされた前半部は身を焦がすような恋心を、転調してラテンアレンジへと変わった後半部はより深い愛情の発露へと切々と歌い上げ、まさに「5万人を恋に落とす」かのようなパフォーマンスに万雷の拍手が次の曲が始まるまで鳴り止まないその様に、表現者牧野由依の真骨頂を観た思いです。
ライブ終盤にはサプライズ扱いでカバー曲が登場。初日では島村卯月役大橋彩香さんの「HOT LIMIT」が。しかもわざわざ大きな送風機まで持ち込んでのパフォーマンスがカッコいいやら笑うやら。Day2には星輝子役松田颯水さんの「紅」が登場。松田颯水さんは7thツアー6公演のクライマックスともいえるDay2の最終ブロックで実に4曲を受け持つ大活躍ぶりでその集大成ともいえるのが「紅」でした。バックバンドもそれを聴いてそして弾いてきた人たちばかりだったのでしょう、随所にX JAPANへのリスペクトが感じられる演奏と小柄な体格からは想像もつかぬパワフルな松田颯水の声量は圧巻と呼ぶに相応しいパフォーマンスでした。
完全に会場の空気に当てられた格好ですがそれこそバカみたいに叫び倒した2日間でした。デレマスの新たな可能性を観た今回の7thツアー、まだまだいろいろな引き出しが眠っていそうです。今年9月に新たなイベントの実施も発表され、今後もまだまだ楽しみは尽きなさそうです。
いろいろと思うところあって、先日脳ドックを受診してきました。人生初のMRIです。約20分間、仰向けに寝たまま体勢を変えられないというのはなかなかきつく、仕方ないから深呼吸を繰り返していたら耳元で絶え間なく機械の作動音がしているのに段々眠くなってしまいました(笑)
結果は脳自体には問題無く、ただ頸動脈に1.5㎜ほどの小さな隆起が認められるとのこと。動脈瘤かどうかは即断できないそうなので経過観察扱い。また1年後に受診して欲しいとのコメントでした。
取り敢えず差し迫った案件は無いようでひと安心…かな。
こんばんは、小島@監督です。
まあ、後はとにかく体脂肪を減らせって話ですな(笑)
さて、今回の映画は「ブレッドウィナー」です。
タリバン政権下のアフガニスタン、カブール。11歳の少女パヴァーナ(声・サーラ・チャウディリー)は戦争で足を失った父、体の弱い母、姉そして幼い弟と暮らしている。だがある日、パヴァーナが父の行商を手伝っていると理不尽な因縁を付けられ「イスラムの敵」として刑務所へ連行されてしまった。その日を境に家族の生活は一変する。タリバン政権下では女性一人の外出も女性だけでの買い物も禁じられており、その日の水や食事にも事欠くように。何とか刑務所へ嘆願に行こうとした母は街を出ることもできず兵士に鞭打たれてしまう。どうにかしたいパヴァーナは自分の髪を短く切って「少年」として街へ稼ぎに出るのだが…
「ソング・オブ・ザ・シー 海のうた」「ブレンダンとケルズの秘密」などで近年注目を集めるアイルランドのアニメスタジオ「カートゥーン・サルーン」、その設立メンバーの一人である女性アニメーター・ノラ・トゥーミーが長編初監督作品の原作として選んだのはカナダの作家・平和活動家のデボラ・エリスが2000年に発表した「生きのびるために」。パキスタンやアフガニスタン難民に取材を重ね、女性や子供がいかにして貧困や苦難と向き合ってきたかを物語にして綴ったこの1冊は日本を含め世界各国で翻訳されました。映画化の実現には俳優でありながら国連難民高等弁務官事務所で特使も務めるアンジェリーナ・ジョリーもエグゼクティブ・プロデューサーとしてサポートしたそうです。
作品自体は2017年に製作され、翌2018年のアヌシー国際アニメ映画祭などで高い評価を受けるなど評判は既にその頃から伝え聞いていたのですが、題材がヘビーすぎるのか、なかなか日本公開されないのを今か今かと待ち望んでいた作品です。
3年近く待ち望んだ期待を裏切らない、非常に重厚で熱い作品です。
「ブレッドウィナー」とは「働き手」や「稼ぎ頭」を意味する言葉。身体的な性差が顕在化しにくい年頃だから可能な手段ともいえますが、少年となったパヴァーナは極端な男尊女卑の世界で男が生きる世界を垣間見ます。更には同じように男装して生きる少女ショーツィア(声・ソーマ・チハヤー)と出会い、男として生きる術を学んでいきます。何よりパヴァーナには元教師であった父から教わった知識と想像力があります。物語を作って家族やショーツィアに聞かせることを僅かな楽しみの一つとするパヴァーナ。彼女の語る物語が自身の冒険とシンクロしていく構成のダイナミズムが映画をより味わい深いものにしています。
印象的なシーンの多い作品ですが中でも際立っているのはパヴァーナが文字の読めないタリバン兵ラザク(声・カワ・アダ)から家族からの手紙の代読を頼まれたシーン。物語的にも終盤への重要な伏線となるシーンですが、父を連れ去ったタリバン兵をただの粗野で残酷な者たちとしか見ていなかったパヴァーナに人間の複雑さや多面性を感じさせるシーンにもなっており、その精神的成長を大きく促すきっかけになります。また、少なからぬタリバン兵が「イスラム原理主義者と言いながら実はコーランを読んだこともない」という事実を暗に見せ、単にジェンダー的な問題だけでなく教育に接する機会の重要性という更なるテーマを浮き彫りにします。
政権による抑圧がもたらしたパヴァーナの一家の危機は、終盤更に巨大な力がもたらすうねりの中に飲み込まれていきます。その終着点は決して安易なハッピーエンドではありません。ただ成長したパヴァーナの瞳に一条の希望を見出し、観客に重厚な余韻をもたらすのみです。
近年、「この世界の片隅に」や「エセルとアーネスト」など過酷な戦時下で生きる名も無き市井の人を描くアニメーションの秀作が世界各国で生まれています。これもまたそういう潮流の中にある作品の一つといえるでしょう。ようやく劇場公開されたとはいえその規模は限定的で決して気軽に観られる環境にはないですが、真にパワーのある作品なので是非、多くの方にご覧になって頂きたいですね。
結果は脳自体には問題無く、ただ頸動脈に1.5㎜ほどの小さな隆起が認められるとのこと。動脈瘤かどうかは即断できないそうなので経過観察扱い。また1年後に受診して欲しいとのコメントでした。
取り敢えず差し迫った案件は無いようでひと安心…かな。
こんばんは、小島@監督です。
まあ、後はとにかく体脂肪を減らせって話ですな(笑)
さて、今回の映画は「ブレッドウィナー」です。
タリバン政権下のアフガニスタン、カブール。11歳の少女パヴァーナ(声・サーラ・チャウディリー)は戦争で足を失った父、体の弱い母、姉そして幼い弟と暮らしている。だがある日、パヴァーナが父の行商を手伝っていると理不尽な因縁を付けられ「イスラムの敵」として刑務所へ連行されてしまった。その日を境に家族の生活は一変する。タリバン政権下では女性一人の外出も女性だけでの買い物も禁じられており、その日の水や食事にも事欠くように。何とか刑務所へ嘆願に行こうとした母は街を出ることもできず兵士に鞭打たれてしまう。どうにかしたいパヴァーナは自分の髪を短く切って「少年」として街へ稼ぎに出るのだが…
「ソング・オブ・ザ・シー 海のうた」「ブレンダンとケルズの秘密」などで近年注目を集めるアイルランドのアニメスタジオ「カートゥーン・サルーン」、その設立メンバーの一人である女性アニメーター・ノラ・トゥーミーが長編初監督作品の原作として選んだのはカナダの作家・平和活動家のデボラ・エリスが2000年に発表した「生きのびるために」。パキスタンやアフガニスタン難民に取材を重ね、女性や子供がいかにして貧困や苦難と向き合ってきたかを物語にして綴ったこの1冊は日本を含め世界各国で翻訳されました。映画化の実現には俳優でありながら国連難民高等弁務官事務所で特使も務めるアンジェリーナ・ジョリーもエグゼクティブ・プロデューサーとしてサポートしたそうです。
作品自体は2017年に製作され、翌2018年のアヌシー国際アニメ映画祭などで高い評価を受けるなど評判は既にその頃から伝え聞いていたのですが、題材がヘビーすぎるのか、なかなか日本公開されないのを今か今かと待ち望んでいた作品です。
3年近く待ち望んだ期待を裏切らない、非常に重厚で熱い作品です。
「ブレッドウィナー」とは「働き手」や「稼ぎ頭」を意味する言葉。身体的な性差が顕在化しにくい年頃だから可能な手段ともいえますが、少年となったパヴァーナは極端な男尊女卑の世界で男が生きる世界を垣間見ます。更には同じように男装して生きる少女ショーツィア(声・ソーマ・チハヤー)と出会い、男として生きる術を学んでいきます。何よりパヴァーナには元教師であった父から教わった知識と想像力があります。物語を作って家族やショーツィアに聞かせることを僅かな楽しみの一つとするパヴァーナ。彼女の語る物語が自身の冒険とシンクロしていく構成のダイナミズムが映画をより味わい深いものにしています。
印象的なシーンの多い作品ですが中でも際立っているのはパヴァーナが文字の読めないタリバン兵ラザク(声・カワ・アダ)から家族からの手紙の代読を頼まれたシーン。物語的にも終盤への重要な伏線となるシーンですが、父を連れ去ったタリバン兵をただの粗野で残酷な者たちとしか見ていなかったパヴァーナに人間の複雑さや多面性を感じさせるシーンにもなっており、その精神的成長を大きく促すきっかけになります。また、少なからぬタリバン兵が「イスラム原理主義者と言いながら実はコーランを読んだこともない」という事実を暗に見せ、単にジェンダー的な問題だけでなく教育に接する機会の重要性という更なるテーマを浮き彫りにします。
政権による抑圧がもたらしたパヴァーナの一家の危機は、終盤更に巨大な力がもたらすうねりの中に飲み込まれていきます。その終着点は決して安易なハッピーエンドではありません。ただ成長したパヴァーナの瞳に一条の希望を見出し、観客に重厚な余韻をもたらすのみです。
近年、「この世界の片隅に」や「エセルとアーネスト」など過酷な戦時下で生きる名も無き市井の人を描くアニメーションの秀作が世界各国で生まれています。これもまたそういう潮流の中にある作品の一つといえるでしょう。ようやく劇場公開されたとはいえその規模は限定的で決して気軽に観られる環境にはないですが、真にパワーのある作品なので是非、多くの方にご覧になって頂きたいですね。
このブログを書くようになって8年近く経ちますが、まさか初めて休んでしまった理由が「サーバーダウンで書き込むことができなかった」になろうとは予想だにしませんでした。日頃何気なく使ってるものも結構不安定なものの上に成り立っていたりしますね。
こんばんは、小島@監督です。
ま、とにかくまた書けるようになったので、いろいろと綴っていきますよ!
さて、今回の映画は「キャッツ」です。
満月の夜、捨てられた若い白猫のヴィクトリア(フランチェスカ・ヘイワード)が迷い込んだのはロンドンの路地裏。そこでヴィクトリアが出会ったのは個性豊かな「ジェリクルキャッツ」たち。彼らの心は皆さざめいている。その夜はたった一匹だけ新たな生き方を選ぶことが許される特別な夜。ヴィクトリアはそこで何を見て何を思うのか、一夜限りの宴が始まる。
映画が世に誕生した頃から舞台劇と映画は密接な関係にあり、現在でも洋の東西を問わず年に何本も映画化されています。
1981年に初演されて以来世界中で上演され、日本でも劇団四季の定番の演目の一つであり通算公演回数は1万回を超える「キャッツ」。私自身はまだ観たことがありませんが非常にファンの多いタイトルです。それを「英国王のスピーチ」や「レ・ミゼラブル」などを手掛けたトム・フーパーの手で初めて映画化されました。
日本公開の前からアメリカでの酷評が伝わってきており、世界市場では既に惨憺たる結果となっていることが報じられている中での封切りとなりました。そうなるとむしろ気になってしまうのが映画ファンの性(サガ)。ということで、ホイホイ観に行ってしまいました。
はっきり言って酷評されたのも良く分かる、相当に変な映画です、コレ。観る前はジェリクルキャッツたちの擬人化のビジュアライズのセンスが理由の一つかとも思われましたが実際観てみるとそうではないことが分かります。何でも擬人化してしまう日本的な感性の前ではこのくらいなら特に問題ではないといえるでしょう。むしろ問題は別のところ。脚色の方向性がおかしいというか、音楽は良いのにそれぞれがぶつ切りになってしまいクライマックスへ向けて物語や感情が積み上がっていかないのです。役者と観客が同じ空間の中にいる舞台劇であれば乗り越えられたであろう「壁」が大きく立ちはだかっている印象です。
もう一つ、なまじ出演者の方々が一人残らずできる俳優が揃っているからこその妙な弊害が起きている作品でもあります。
実はミュージカルではつきもののアンサンブル、いわゆるガヤとかバックコーラスとかそういう人たちですが、それがネズミだったりゴキブリに扮していて、早い話がそれらも擬人化されている上に度々猫たちがそれらを食べるシーンが登場したりするのですが、これらが身体能力の高い俳優たちにかかると妙に艶めかしいのです。極め付きはマタタビを浴びせられた猫たちがトリップして海老反ったりするシーンもあるのですが、どこか乱交パーティーのように見えてしまいレーティング指定はかかっていないのにちょっとお子様に見せられる感じになっていません(笑)
一方で最早スタンダードナンバーの一つと言える「メモリー」を始め音楽の外れはほとんどなく、だからこそ感情の持って行き場に困るという不協和音が全編を貫く逸品です。
超大作クラスの予算をかけてこれ以上ない珍品が出来上がる現象に対して「バトルフィールド・アース」(2000年製作)が長らく引き合いに出されてきましたが、どうやらそれに匹敵する代物が誕生してしまったかもしれません。張り切って薦められるものではないですが、ここまでの珍品は今後カルト的な人気を勝ち得る可能性もあり、そういう意味では特にボンクラ映画を愛する向きには先物買い的な鑑賞をお薦めしたい逸品です。あと私自身キャッツという作品に思い入れが無いので何ですが、ミュージカルファンやキャッツファンにはどのように映るのかちょっと聞いてみたい(笑)
こんばんは、小島@監督です。
ま、とにかくまた書けるようになったので、いろいろと綴っていきますよ!
さて、今回の映画は「キャッツ」です。
満月の夜、捨てられた若い白猫のヴィクトリア(フランチェスカ・ヘイワード)が迷い込んだのはロンドンの路地裏。そこでヴィクトリアが出会ったのは個性豊かな「ジェリクルキャッツ」たち。彼らの心は皆さざめいている。その夜はたった一匹だけ新たな生き方を選ぶことが許される特別な夜。ヴィクトリアはそこで何を見て何を思うのか、一夜限りの宴が始まる。
映画が世に誕生した頃から舞台劇と映画は密接な関係にあり、現在でも洋の東西を問わず年に何本も映画化されています。
1981年に初演されて以来世界中で上演され、日本でも劇団四季の定番の演目の一つであり通算公演回数は1万回を超える「キャッツ」。私自身はまだ観たことがありませんが非常にファンの多いタイトルです。それを「英国王のスピーチ」や「レ・ミゼラブル」などを手掛けたトム・フーパーの手で初めて映画化されました。
日本公開の前からアメリカでの酷評が伝わってきており、世界市場では既に惨憺たる結果となっていることが報じられている中での封切りとなりました。そうなるとむしろ気になってしまうのが映画ファンの性(サガ)。ということで、ホイホイ観に行ってしまいました。
はっきり言って酷評されたのも良く分かる、相当に変な映画です、コレ。観る前はジェリクルキャッツたちの擬人化のビジュアライズのセンスが理由の一つかとも思われましたが実際観てみるとそうではないことが分かります。何でも擬人化してしまう日本的な感性の前ではこのくらいなら特に問題ではないといえるでしょう。むしろ問題は別のところ。脚色の方向性がおかしいというか、音楽は良いのにそれぞれがぶつ切りになってしまいクライマックスへ向けて物語や感情が積み上がっていかないのです。役者と観客が同じ空間の中にいる舞台劇であれば乗り越えられたであろう「壁」が大きく立ちはだかっている印象です。
もう一つ、なまじ出演者の方々が一人残らずできる俳優が揃っているからこその妙な弊害が起きている作品でもあります。
実はミュージカルではつきもののアンサンブル、いわゆるガヤとかバックコーラスとかそういう人たちですが、それがネズミだったりゴキブリに扮していて、早い話がそれらも擬人化されている上に度々猫たちがそれらを食べるシーンが登場したりするのですが、これらが身体能力の高い俳優たちにかかると妙に艶めかしいのです。極め付きはマタタビを浴びせられた猫たちがトリップして海老反ったりするシーンもあるのですが、どこか乱交パーティーのように見えてしまいレーティング指定はかかっていないのにちょっとお子様に見せられる感じになっていません(笑)
一方で最早スタンダードナンバーの一つと言える「メモリー」を始め音楽の外れはほとんどなく、だからこそ感情の持って行き場に困るという不協和音が全編を貫く逸品です。
超大作クラスの予算をかけてこれ以上ない珍品が出来上がる現象に対して「バトルフィールド・アース」(2000年製作)が長らく引き合いに出されてきましたが、どうやらそれに匹敵する代物が誕生してしまったかもしれません。張り切って薦められるものではないですが、ここまでの珍品は今後カルト的な人気を勝ち得る可能性もあり、そういう意味では特にボンクラ映画を愛する向きには先物買い的な鑑賞をお薦めしたい逸品です。あと私自身キャッツという作品に思い入れが無いので何ですが、ミュージカルファンやキャッツファンにはどのように映るのかちょっと聞いてみたい(笑)
この週末は各地で、というかむしろ関東で何件ものアニメ系や声優のイベントが開催。皆さんの中にも現地まで足を運んだりライブビューイング観に行ったりした方、多いのではないでしょうか。
中には昨日開催された「ミリシタ感謝祭」のように生配信して自宅で観られるものもあり(全部ではないが私も観ましたよ、ええ!)私も色々満喫しました。
こんばんは、小島@監督です。
それにしてもミリシタ感謝祭、あんな熱いイベントをタダで観られてしまって良かったのか。後から何か請求したりしないだろうか(笑)
さて、その週末に開催された「ラブライブ!フェス」のDay1のライブビューイングを観に行ってきました。シリーズ9周年を迎えた「ラブライブ!」、それを記念して初めてシリーズが一堂に会したイベントがさいたまスーパーアリーナで行われました。普段アイマス一辺倒に思われるかもしれない私も実は何気に愛着のあるこのシリーズ、ライブビューイングも割と激戦でしたが何とかチケット入手することができました。
Aquorsの「未体験Horizon」で開幕したこのライブ、まずは今年TVアニメ化が決定した「虹ヶ咲スクールアイドル同好会」が登場。ソロを重視した作品ということで全体曲2曲にソロ4曲というラインナップ。ソロ曲についてはDay1とDay2で総入れ替えだったようです。なにぶん虹ヶ咲はキャラも曲もまだ馴染みが薄いので全部が新鮮。特に朝香果林役の久保田未夢さんがさすがアイドルとしても実績のある方だけあってパフォーマンスがパワフルで特に印象に残りましたね。
続けて登場したのが「ラブライブ!サンシャイン!!」からAquorsとSaint Snow。Aquorsはまず9人を更に3人ずつに分けで3つのユニット「CyaRon」「AZELIA」「Guilty Kiss」としてそれぞれ2曲ずつを披露。Aquorsはさすがどれも圧巻のパフォーマンス。これまでにも何度か観ていますが動きのキレが尋常じゃないです。正直声優のイベントに求められるレベルを軽く凌駕しています。ライブ全体を通してみても一番比重が大きく、さすが現在の「ラブライブ!」を牽引しているだけはあります。
そして初日最後を飾ったのが「ラブライブ!」のμ’s。2016年3月に東京ドームで開催されたファイナルライブ以来約4年ぶりとなるフルメンバーでの登場。この日一番の歓声に皆待っていたんだなと実感。自分も登場した瞬間いきなり涙目になってしまいました(笑)。セットリストはデビュー曲でもある「僕らのLIVE 君とのLIFE」からTVシリーズで使われた曲のメドレーを繋いで名曲ともいえる「Snow halation」へ。実際のところ、やはりブランクの長さはあったのでしょう、結構長めに構成されていたメドレーではそのほとんどがトロッコに乗って会場を周回していてあまり大きく動かなくて良いようにしていましたし、アグレッシブなことはやれないのかなという感じでしたが、それでも久しぶりに聴く「Snow halation」は何だかもう感無量でした。よほどエモーションが駄々漏れしたのか最後のMCでAquorsの高海千歌役の伊波杏樹さんボロ泣き(笑)
フェスとは言いながら各作品は明確に切り分けられ、作品の枠を超えたコラボレーションやクロスオーバーを楽しめる要素が全く無かったことやMCでも絡みが少なかったこと、全体的にタイトに切り詰め過ぎでいささか構成が窮屈なことなど不満点もあるのですが、それを差し引いても今回はとにかくμ’sを再び観れたことの喜びの方が大きく、終演後はしばらく余韻に浸っていたくらい。10周年を睨んでまたこういうイベントがあるかもしれないし、そういうクロスオーバーは次回に期待と言ったところでしょうか。
2日経ってもまだ少し余韻が残っています。久しぶりに「ラブライブ!」のアニメでも観てみようかな。
中には昨日開催された「ミリシタ感謝祭」のように生配信して自宅で観られるものもあり(全部ではないが私も観ましたよ、ええ!)私も色々満喫しました。
こんばんは、小島@監督です。
それにしてもミリシタ感謝祭、あんな熱いイベントをタダで観られてしまって良かったのか。後から何か請求したりしないだろうか(笑)
さて、その週末に開催された「ラブライブ!フェス」のDay1のライブビューイングを観に行ってきました。シリーズ9周年を迎えた「ラブライブ!」、それを記念して初めてシリーズが一堂に会したイベントがさいたまスーパーアリーナで行われました。普段アイマス一辺倒に思われるかもしれない私も実は何気に愛着のあるこのシリーズ、ライブビューイングも割と激戦でしたが何とかチケット入手することができました。
Aquorsの「未体験Horizon」で開幕したこのライブ、まずは今年TVアニメ化が決定した「虹ヶ咲スクールアイドル同好会」が登場。ソロを重視した作品ということで全体曲2曲にソロ4曲というラインナップ。ソロ曲についてはDay1とDay2で総入れ替えだったようです。なにぶん虹ヶ咲はキャラも曲もまだ馴染みが薄いので全部が新鮮。特に朝香果林役の久保田未夢さんがさすがアイドルとしても実績のある方だけあってパフォーマンスがパワフルで特に印象に残りましたね。
続けて登場したのが「ラブライブ!サンシャイン!!」からAquorsとSaint Snow。Aquorsはまず9人を更に3人ずつに分けで3つのユニット「CyaRon」「AZELIA」「Guilty Kiss」としてそれぞれ2曲ずつを披露。Aquorsはさすがどれも圧巻のパフォーマンス。これまでにも何度か観ていますが動きのキレが尋常じゃないです。正直声優のイベントに求められるレベルを軽く凌駕しています。ライブ全体を通してみても一番比重が大きく、さすが現在の「ラブライブ!」を牽引しているだけはあります。
そして初日最後を飾ったのが「ラブライブ!」のμ’s。2016年3月に東京ドームで開催されたファイナルライブ以来約4年ぶりとなるフルメンバーでの登場。この日一番の歓声に皆待っていたんだなと実感。自分も登場した瞬間いきなり涙目になってしまいました(笑)。セットリストはデビュー曲でもある「僕らのLIVE 君とのLIFE」からTVシリーズで使われた曲のメドレーを繋いで名曲ともいえる「Snow halation」へ。実際のところ、やはりブランクの長さはあったのでしょう、結構長めに構成されていたメドレーではそのほとんどがトロッコに乗って会場を周回していてあまり大きく動かなくて良いようにしていましたし、アグレッシブなことはやれないのかなという感じでしたが、それでも久しぶりに聴く「Snow halation」は何だかもう感無量でした。よほどエモーションが駄々漏れしたのか最後のMCでAquorsの高海千歌役の伊波杏樹さんボロ泣き(笑)
フェスとは言いながら各作品は明確に切り分けられ、作品の枠を超えたコラボレーションやクロスオーバーを楽しめる要素が全く無かったことやMCでも絡みが少なかったこと、全体的にタイトに切り詰め過ぎでいささか構成が窮屈なことなど不満点もあるのですが、それを差し引いても今回はとにかくμ’sを再び観れたことの喜びの方が大きく、終演後はしばらく余韻に浸っていたくらい。10周年を睨んでまたこういうイベントがあるかもしれないし、そういうクロスオーバーは次回に期待と言ったところでしょうか。
2日経ってもまだ少し余韻が残っています。久しぶりに「ラブライブ!」のアニメでも観てみようかな。
昨年9月に幕張で開催された「THE IDOLM@STER CINDERELLA GIRLS 7thLIVE TOUR Special 3chord♪ Comical Pops!」のアンコール上映を昨日観に行ってきました。アイマスの大規模イベントとしては珍しく平日開催だったこともありライブビューイングすら観ることができなかったためようやくと言ったところ。何せ自分の担当の一人である白菊ほたる(CV天野聡美)のデビューステージでしたしね!そりゃあ感無量でございました(笑)
昨年11月の名古屋公演がクラブチューンに特化した内容だったのと比してスタンダードなアイドルポップを前面に押し出した構成でとにかくどれを観ても可愛らしいのが印象的。逆に最初にこれをやっていたから後の変化球のような名古屋公演が活きてくるのが分かります。
こんばんは、小島@監督です。
来月の大阪公演も楽しみ。何を見せてくれるだろう。
さて、今回の映画は「男はつらいよ お帰り寅さん」です。
サラリーマンを辞めて小説家への道を歩み出した諏訪満男(吉岡秀隆)は、亡き妻の七回忌のために娘のユリ(桜田ひより)とともに浅草柴又の実家「くるまや」を訪れた。法事を終え、満男は両親であるさくら(倍賞千恵子)、博(前田吟)と共に昔話に花を咲かせる。思い出されるのは伯父・虎次郎(渥美清)との騒々しくて楽しかった日々。寅次郎は長く家に戻っておらず、満男は心のどこかに穴の開いたような感覚を味わっていた。
ある日、出版社に押し切られる形で開いたサイン会で満男はかつての恋人であるイズミ(後藤久美子)と再会した。今は国連職員として海外で暮らすイズミ。思わぬ偶然に驚いた満男はイズミを伴いある店を訪れる。そこにはかつて寅次郎の恋人であった女性・リリー(浅丘ルリ子)がいた…
私事ながら、3年前に父が他界しました。その父が生前TV放送されると好んで観ていたのが「男はつらいよ」でした。落語も好きでしたし人情噺のような「男はつらいよ」のテイストがお気に入りだったのでしょう。私に限らず両親や祖父母がこのシリーズのファンだった方、多いのではないでしょうか。「国民的」と評される作品が少なくなった昨今ですが、「男はつらいよ」は紛れなく「国民的」であった作品です。その「男はつらいよ」22年ぶりにしてシリーズ50作目が現在公開しています。1972年から89年までは年2本製作されサマーシーズンとお正月の定番だったそうです。ならばせっかくならお正月のうちにと年明け早々に観てきました。
恐らくこういう作品は今後現れないだろうと思える、かなりユニークな作品です。形自体は新作として撮影された部分にこれまでの作品から抜粋したシーンで構成された「新作+総集編」というスタイルであり、これ自体はTVアニメの劇場版では定番のスタイルでもあるためアニメ映画見慣れてるとさほど珍しくはなく、また「男はつらいよ」でも渥美清没後の1997年に追悼の意味を込めて作られた第49作「寅次郎ハイビスカスの花 特別編」でシリーズ25作目をベースに新規撮影シーンを追加して公開したことがあり、今作はいわばそのアップグレード版とでもいうべきところですが、では何がユニークかと言えばこの作品の前に横たわる50年という時間が持つ重みです。
その時間を共有していたのはキャストやスタッフだけでなく観客たちもです。私が観た上映回ではお孫さんらしい子を連れて来ている方がいました。寅さんのコスプレと思しき格好をしている方がいました。足腰が弱っているのに座席まで家族に付き添われながら観に来てる方もいました。なにぶん私でさえも「父が健在なら観に行きたがっただろうから」という動機で足を運んでいます。生涯でこんな理由で映画を観ることなどそう何度も無いでしょう。そういう時間の「重さ」を、この映画は見せてくれます。
映画は思いがけずイズミと行動を共にすることになった満男の心の旅を主眼に構成されています。重要なことはその行動と心の動き一つ一つが結果的に「男はつらいよ」の長い物語を閉じようとする方向に作用していることです。「お帰り寅さん」という副題ですが、間違いなくこれは別れの挨拶です。車寅次郎というキャラクターと、それを演じ続けた渥美清という俳優への20年越しの「さよなら」です。上映終了後、初日でもないのに拍手が起こったのはきっとそれを観客も感じ取ったのでしょう。
確かにノスタルジーが前に出過ぎている作品ではあります。しかしこういう真の意味で「訣別」のための作品というのは必要としている方も多いはず。そしてまだこのシリーズを知らない方にとっては入り口として丁度いい作品ともいえます。
生前、ある時父がシリーズのお薦めを4本教えてくれたことがあります。その内2本は観ているのですが後の2本はまだです。いつかそれも観てみないと。本当は、酒でも飲みながら一緒に観たかったものかもしれないから。
昨年11月の名古屋公演がクラブチューンに特化した内容だったのと比してスタンダードなアイドルポップを前面に押し出した構成でとにかくどれを観ても可愛らしいのが印象的。逆に最初にこれをやっていたから後の変化球のような名古屋公演が活きてくるのが分かります。
こんばんは、小島@監督です。
来月の大阪公演も楽しみ。何を見せてくれるだろう。
さて、今回の映画は「男はつらいよ お帰り寅さん」です。
サラリーマンを辞めて小説家への道を歩み出した諏訪満男(吉岡秀隆)は、亡き妻の七回忌のために娘のユリ(桜田ひより)とともに浅草柴又の実家「くるまや」を訪れた。法事を終え、満男は両親であるさくら(倍賞千恵子)、博(前田吟)と共に昔話に花を咲かせる。思い出されるのは伯父・虎次郎(渥美清)との騒々しくて楽しかった日々。寅次郎は長く家に戻っておらず、満男は心のどこかに穴の開いたような感覚を味わっていた。
ある日、出版社に押し切られる形で開いたサイン会で満男はかつての恋人であるイズミ(後藤久美子)と再会した。今は国連職員として海外で暮らすイズミ。思わぬ偶然に驚いた満男はイズミを伴いある店を訪れる。そこにはかつて寅次郎の恋人であった女性・リリー(浅丘ルリ子)がいた…
私事ながら、3年前に父が他界しました。その父が生前TV放送されると好んで観ていたのが「男はつらいよ」でした。落語も好きでしたし人情噺のような「男はつらいよ」のテイストがお気に入りだったのでしょう。私に限らず両親や祖父母がこのシリーズのファンだった方、多いのではないでしょうか。「国民的」と評される作品が少なくなった昨今ですが、「男はつらいよ」は紛れなく「国民的」であった作品です。その「男はつらいよ」22年ぶりにしてシリーズ50作目が現在公開しています。1972年から89年までは年2本製作されサマーシーズンとお正月の定番だったそうです。ならばせっかくならお正月のうちにと年明け早々に観てきました。
恐らくこういう作品は今後現れないだろうと思える、かなりユニークな作品です。形自体は新作として撮影された部分にこれまでの作品から抜粋したシーンで構成された「新作+総集編」というスタイルであり、これ自体はTVアニメの劇場版では定番のスタイルでもあるためアニメ映画見慣れてるとさほど珍しくはなく、また「男はつらいよ」でも渥美清没後の1997年に追悼の意味を込めて作られた第49作「寅次郎ハイビスカスの花 特別編」でシリーズ25作目をベースに新規撮影シーンを追加して公開したことがあり、今作はいわばそのアップグレード版とでもいうべきところですが、では何がユニークかと言えばこの作品の前に横たわる50年という時間が持つ重みです。
その時間を共有していたのはキャストやスタッフだけでなく観客たちもです。私が観た上映回ではお孫さんらしい子を連れて来ている方がいました。寅さんのコスプレと思しき格好をしている方がいました。足腰が弱っているのに座席まで家族に付き添われながら観に来てる方もいました。なにぶん私でさえも「父が健在なら観に行きたがっただろうから」という動機で足を運んでいます。生涯でこんな理由で映画を観ることなどそう何度も無いでしょう。そういう時間の「重さ」を、この映画は見せてくれます。
映画は思いがけずイズミと行動を共にすることになった満男の心の旅を主眼に構成されています。重要なことはその行動と心の動き一つ一つが結果的に「男はつらいよ」の長い物語を閉じようとする方向に作用していることです。「お帰り寅さん」という副題ですが、間違いなくこれは別れの挨拶です。車寅次郎というキャラクターと、それを演じ続けた渥美清という俳優への20年越しの「さよなら」です。上映終了後、初日でもないのに拍手が起こったのはきっとそれを観客も感じ取ったのでしょう。
確かにノスタルジーが前に出過ぎている作品ではあります。しかしこういう真の意味で「訣別」のための作品というのは必要としている方も多いはず。そしてまだこのシリーズを知らない方にとっては入り口として丁度いい作品ともいえます。
生前、ある時父がシリーズのお薦めを4本教えてくれたことがあります。その内2本は観ているのですが後の2本はまだです。いつかそれも観てみないと。本当は、酒でも飲みながら一緒に観たかったものかもしれないから。
この年末年始、アイマスP的には連日次々と上がる出演声優陣の結婚報道を前に、何とも言いようのない感覚に打ちのめされるという奇妙な気分を味わってました(苦笑)しかし関係者の中には割とマジでご祝儀貧乏に陥る方もいるのではないかと勘繰ってしまうくらいのハイペース。一体何祭だったんだろうアレは。
こんばんは、小島@監督です。
それはさておき皆さん明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
さて、今年最初となる今回の映画は「スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け」です。
クレイトでの戦いから約1年後、レイア将軍(キャリー・フィッシャー)率いるレジスタンスは復活を遂げたが、危機は間近に迫っていた。かつて銀河帝国を支配していた皇帝パルパティーン(イアン・マクダーミド)が復活を遂げたというのだ。
スノークを殺しファースト・オーダーの最高指導者となったカイロ・レン(アダム・ドライバー)は、銀河各地に勢力を広げながらシスの起源へ近づいていき、パルパティーンが身を潜める惑星エクセゴルの存在を知る。
一方ジェダイの修行を続けていたレイ(デイジー・リドリー)はルーク(マーク・ハミル)が惑星エクセゴルへの道を探ろうとしていたことを知る。レイはフィン(ジョン・ボイエガ)やポー(オスカー・アイザック)らと共にルークがその手掛かりを探ったという惑星パサーナへと向かったが…
1977年に第1作が公開され世界的な大ヒットを遂げた「スター・ウォーズ」、日本では翌1978年に公開され、「宇宙戦艦ヤマト」や「日本沈没」などでSFがブームにあったことも手伝い大ヒットを記録しました。それから42年、9部作の完結編となる作品が遂に世に出ました。「金曜ロードショー」などで度々放送されていたこともあり自分にとっても子供の頃から大好きな作品でしたが、初めてスクリーンで観る機会を得たのは「エピソード1 ファントム・メナス」(1999年)。当時大学生でした。「ファントム・メナス」は正直作品としてはイマイチで時系列的には一番最初でも未見の方にここから観るのはお薦めできないくらいなんですが(苦笑)、スクリーンで観るキャラクターたち、腹の底に響くかのようなあのテーマ曲に感激したことをよく覚えています。
ファンでない方には少々ややこしい話ではありますが、生みの親であるジョージ・ルーカスは確かに9部作を構想してはいましたが6作目までで製作からは離れており、7作目以降は「9部作の最後の3部作」という形式のみを残し僅かにルーカスのプロットを受け継いではいるものの、事実上ルーカスの関わらないこの3部作は新たなステージに入った作品となっています。また、7作目「フォースの覚醒」の製作に入る前の2012年にルーカス・フィルムがウォルト・ディズニー・カンパニー傘下に入ったことでマーケティングだけでなく映画製作においても大きな影響を及ぼすことになりました。全作で変わらないままだったのは音楽を手掛けたジョン・ウィリアムズ。もう80代も後半に入っているのですが精力的に音楽活動を続け今作でも重厚なシンフォニーを聴かせてくれます。
作品としては紆余曲折を経て7作目「フォースの覚醒」を監督したJ・J・エイブラムスが最終章の担い手として脚本・監督・製作を兼任しています。これが実は良くも悪くもという感じです。ライアン・ジョンソンが監督した前作「最後のジェダイ」で風呂敷を広げ過ぎた感のある物語を力尽くで畳んで大団円に持っていったことは見事と言えます。ですが一方で作劇には難があったもののスター・ウォーズの物語の中心核をこれまでのスカイウォーカーから引き離そうとする革新的な構図を盛り込んだ前作が見せたうねりの萌芽を結局エッセンスだけに留めてしまい、要所要所で光る部分はあるものの保守的で小さくまとまった作品になってしまったのは残念でなりません。どちらかと言えばこれは監督の差配というよりブランドイメージに対する明確なビジョンを持っていない企画・製作側の問題という気もします。
幸い客入りも上々なようでそこは良いのですが、作品の性質上、また出来栄えから言ってもCMや予告編につられてシリーズ未見の方がここから観始めようとするのは一切お薦めできない作品です。
ただ、ファンの方は観に行きましょう。私自身はこういう感想でしたが良いか悪いかは問題ではなく見届けなくてはならんでしょう、コレは(笑)
こんばんは、小島@監督です。
それはさておき皆さん明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
さて、今年最初となる今回の映画は「スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け」です。
クレイトでの戦いから約1年後、レイア将軍(キャリー・フィッシャー)率いるレジスタンスは復活を遂げたが、危機は間近に迫っていた。かつて銀河帝国を支配していた皇帝パルパティーン(イアン・マクダーミド)が復活を遂げたというのだ。
スノークを殺しファースト・オーダーの最高指導者となったカイロ・レン(アダム・ドライバー)は、銀河各地に勢力を広げながらシスの起源へ近づいていき、パルパティーンが身を潜める惑星エクセゴルの存在を知る。
一方ジェダイの修行を続けていたレイ(デイジー・リドリー)はルーク(マーク・ハミル)が惑星エクセゴルへの道を探ろうとしていたことを知る。レイはフィン(ジョン・ボイエガ)やポー(オスカー・アイザック)らと共にルークがその手掛かりを探ったという惑星パサーナへと向かったが…
1977年に第1作が公開され世界的な大ヒットを遂げた「スター・ウォーズ」、日本では翌1978年に公開され、「宇宙戦艦ヤマト」や「日本沈没」などでSFがブームにあったことも手伝い大ヒットを記録しました。それから42年、9部作の完結編となる作品が遂に世に出ました。「金曜ロードショー」などで度々放送されていたこともあり自分にとっても子供の頃から大好きな作品でしたが、初めてスクリーンで観る機会を得たのは「エピソード1 ファントム・メナス」(1999年)。当時大学生でした。「ファントム・メナス」は正直作品としてはイマイチで時系列的には一番最初でも未見の方にここから観るのはお薦めできないくらいなんですが(苦笑)、スクリーンで観るキャラクターたち、腹の底に響くかのようなあのテーマ曲に感激したことをよく覚えています。
ファンでない方には少々ややこしい話ではありますが、生みの親であるジョージ・ルーカスは確かに9部作を構想してはいましたが6作目までで製作からは離れており、7作目以降は「9部作の最後の3部作」という形式のみを残し僅かにルーカスのプロットを受け継いではいるものの、事実上ルーカスの関わらないこの3部作は新たなステージに入った作品となっています。また、7作目「フォースの覚醒」の製作に入る前の2012年にルーカス・フィルムがウォルト・ディズニー・カンパニー傘下に入ったことでマーケティングだけでなく映画製作においても大きな影響を及ぼすことになりました。全作で変わらないままだったのは音楽を手掛けたジョン・ウィリアムズ。もう80代も後半に入っているのですが精力的に音楽活動を続け今作でも重厚なシンフォニーを聴かせてくれます。
作品としては紆余曲折を経て7作目「フォースの覚醒」を監督したJ・J・エイブラムスが最終章の担い手として脚本・監督・製作を兼任しています。これが実は良くも悪くもという感じです。ライアン・ジョンソンが監督した前作「最後のジェダイ」で風呂敷を広げ過ぎた感のある物語を力尽くで畳んで大団円に持っていったことは見事と言えます。ですが一方で作劇には難があったもののスター・ウォーズの物語の中心核をこれまでのスカイウォーカーから引き離そうとする革新的な構図を盛り込んだ前作が見せたうねりの萌芽を結局エッセンスだけに留めてしまい、要所要所で光る部分はあるものの保守的で小さくまとまった作品になってしまったのは残念でなりません。どちらかと言えばこれは監督の差配というよりブランドイメージに対する明確なビジョンを持っていない企画・製作側の問題という気もします。
幸い客入りも上々なようでそこは良いのですが、作品の性質上、また出来栄えから言ってもCMや予告編につられてシリーズ未見の方がここから観始めようとするのは一切お薦めできない作品です。
ただ、ファンの方は観に行きましょう。私自身はこういう感想でしたが良いか悪いかは問題ではなく見届けなくてはならんでしょう、コレは(笑)