ちゅうカラぶろぐ


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緊急地震速報に飛び起きピリついた早朝、皆さんのところはどうでしたでしょうか。
 幸い自宅はほとんど揺れず、北陸の方も正月の時ほど大きなものではなかったようでホッとしていますが、油断は禁物ですね。

 こんばんは、小島@監督です。
 そしてもうちょっと寝れたのにという思いとちゃんと緊急地震速報が働く感謝がせめぎ合う朝。

 さて、今回の映画は「関心領域」です。

 青空のもと川まで子どもたちをピクニックに連れて行く父親、手入れに余念が無い母親により庭園には美しい花々が咲き誇り、菜園には野菜が実る。笑顔と喧騒が絶えない裕福な一家が過ごす大きな邸宅のそばには高い塀がどこまでも長く続いていた。
 塀の向こうからは煙突から流れる火煙と低い唸り声のような機械音と、それに混じって人の叫び声のようなものが時折聞こえてくる。
 ここはアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所、その隣。家主である父親は収容所初代所長ルドルフ・フェルディナント・ヘス(クリスティアン・フリーデル)である。

 そののどかさと美しさこそが恐ろしい。
 タイトルや予告編などのイメージから最初はいわゆる「無関心の悪」、あるいはハンナ・アーレントが言う「凡庸な悪」を戯画的に描き出す映画かと思っていたのですが原題を知ってそれは違うことに気付きました。原題は「The zone of interest」、ドイツ語にすると「Interessengebiet」、これはナチスがアウシュヴィッツ収容所とその周辺地域を指していた言葉です。
 映画が描いているのはルドルフを軸にしたヘス一家の日常風景。そして塀の向こうの光景は基本的に描かれません。恐ろしいのは何気ない日常の一コマの中に潜んでいるものの数々です。どこからかやって来る衣服、子どもたちの遊び道具の一つには誰かが使っていたらしい金歯や銀歯があり、夫婦の会話の中に毒ガスに因んだジョークが不意に登場したりします。何なら川釣りのシーンなどは下手なホラー映画が裸足で逃げ出す怖さしています。
 クローズアップの少ない俯瞰的で低温な画面の中にいくつも出て来るそれらは、ヘス一家が決して収容所に無関心を装ってなどおらず、むしろ相当に関心を持っていることがうかがえます。ただしその関心はユダヤ人の生にではなく、どう殺し絶滅へ持っていくかという方向にあります。それがヘス一家にとって出世に直結し人生を豊かにする評価へと直結する要因でもあるからです。

 一見すると裕福なドイツ人一家の生活を淡々と追うだけの映画に異様な恐ろしさを感じるのはそういう目で見える部分だけではありません。ただの環境音のように聞こえ続ける音がこの映画を凄みを増しています。唸るような低い機械音や列車の走行音に混じって悲鳴や銃声が聞こえてきます。塀の向こうで何が起きているかを容易に想像させるそれらの音は何がどこからどれくらい聞こえて来るか緻密に計算されて配置されており、その巧みな音響設計でこの映画はアカデミー賞音響賞を獲得しました。

 少々ネタバレになりますが、ヘス一家とその関係者以外にも登場する人物がいます。夜な夜な収容所付近の労働現場に忍び込んではリンゴなどの食糧を埋め隠していく少女。作中名前の出てこない一見寓話的にも見えるその少女、なんと実在した人物で名をアレクサンドラ・ビストロン・コロジエイチェックと言います。ポーランド人であった彼女はレジスタンスの協力者としてアウシュヴィッツからの囚人救出に力を尽くしました。そしてそのアレクサンドラが拾うことになる楽譜も実際にアウシュヴィッツに収容されていたユダヤ人歴史家ジョセフ・ウルフの手によるものと作中に示されています。

 これまで数多く作られており言葉は悪いですが映画の題材としてはどこかで使い尽くされて来た感もあるホロコースト。見える形で全く描き出さないことで逆に主題をあぶり出す、この極めてユニークな独創性は特筆に値します。短絡的で反射的な情動からは真逆を行くこの映画は、1か0かの情報が溢れ返る今こそ向き合う価値のある作品と言えるでしょう。
 是非、向き合ってみてください。

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