ちゅうカラぶろぐ


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元首相が凶弾に倒れ亡くなるという前世紀のような事件が世界を震撼させきな臭さを感じる中ではありますが、ライブ遠征して来ました。
 今回のブログはその帰りの新幹線の車内で書いてます。

 こんばんは、小島@監督です。
 土日じゃそうは行かないけど日月の日程で泊まるとリゾートホテルも結構安く泊まれて良い。たまには大浴場にどっぷり浸かりたいじゃないですか(笑)

 さて、そんなワケで昨日幕張メッセで開催の「THE IDOLM@STER 765PRO ALLSTARS LIVE SUNRICH COLORFUL 」を観に行って来ました。土日開催でしたがチケット取れたのが2日目のみで初日は配信で鑑賞。

 765PROオールスターズとしては2018年の正月に開催された「初星宴舞」以来4年半ぶりの、しかもフルメンバー揃っての単独ライブです。この時は私、ライブビューイングでの鑑賞だったため現地となると更にその前。もっというと今回のようにフルメンバー揃ってとなるとそれこそ10年近く前になってしまうのでは。元々は2020年に予定されていたイベントもあったもののコロナ禍で中止となって歯痒い思いもしましたし、本当に久しぶりに馴染みのメンバーのステージを観る事ができて感激もひとしおです。
 現在5ブランドで展開しているアイドルマスター、各タイトル独自色を出しつつ躍進を重ねる一方で中核である765PROオールスターズはなかなか目立った新規展開の無い中での今回のライブは、「原点にして頂点」というものを存分に見せつけてくれるステージとなっていました。

 ただでさえ4年半ぶりのライブ、どういうセットリストをしてくれるのかと思ってみれば、今までの歩みの中でこぼれ落として来た数多くの物を一つ一つ丁寧に拾って来てくれました。中にはCDリリースから9年越しの初披露となった曲さえあります。初披露曲に限らずそうでない曲も前の披露から7年以上経っていたりCDでのオリジナルメンバーでは初めてであったり、そんな曲ばかりです。
 それだけの間、観ているこちらも待っていたのです。「この曲が聴ける日が来るとは」「もう一度この曲が聴ける日が来るとは」、そんな感慨がまるで寄せては返す波の如く何度も何度もやって来ます。特に2014年公開の劇場版アニメの劇中曲であった「M@STERPIECE」を劇場版公開後のライブの時ですら果たせなかったフルメンバーでの披露を見せてくれた事には感謝の念すら抱きました。

 出演者も年齢が40代に差し掛かっている方が少なくないというのにそれを言い訳にせずむしろ果敢に野心的で新しい試みを取り入れ、パフォーマンスのキレまで増しているところを見せつけ、観る者の胸を熱くしてくれます。イントロだけで反応できる様な楽曲も少なくなかったですが、そこに横たわる感情は決してノスタルジーだけではない。ある種のモダニズムと、ここが終わりではなくまだ「先」があることを感じさせてくれる期待感、こちらも負けてはいられないとすら思わせられ、これらがないまぜになったタペストリーの様な感情が湧き上がるこの感覚がただの懐古趣味であるはずはないと思うのです。直近でこの感覚に近いものを感じたのは「トップガンマーヴェリック」のトム・クルーズを観た時。多分一番近いのはアレ。いつか終わりは来るだろう。でもそれは決して今日ではない。むしろ今日こそが全盛期。
 ただまあMCが大概グダグダだったのにそこに奇妙な安心感めいたものを感じたのは久しぶりに会う友人に昔と変わらぬ部分を見つけたような感覚かもしれません。無自覚に人のMCのネタ潰してハードル上げたのに気付いて土下座したり「偉い人にやるなって言われてる」って言いながらやっちゃえるのこの人達だけや(笑)

 ところでそんなセットリストで「スマイル体操」や「笑って!」「なんどでも笑おう」など、「どうか笑顔でいて」と度々訴えかけるような曲が並んだのは気が滅入るような事ばかりが続く昨今の空気に無意識のうちに反応してしまったのかもしれません。MCなどでもそふと出てきた言葉に感銘を受けたものもあり、自分でも何となく「誰かに言って欲しかった言葉」を私はこのライブで聴いた様に思います。

 ライブ最後のMCでこれが最後ではなく必ず「次」を用意するからとサラッと言ってくれた方が数人いたのも嬉しい。絶対に次も現地に観に行ってやる。
 アイドルマスター、大体どれも好きで観てはいますが最後の最後、芯の部分で自分はやはりこの765PROのプロデューサーだと実感しました。これから先の20周年とか25周年とかでちゃんと出演者も自分もライブが楽しめる身体であれという祈り、またそれができる世の中であって欲しいと切実に思います。


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自分のスマホもauなので、例の大規模障害をどストライクで食らってしまいました。取り立てて特別な用事があるでなく自宅にはWi-Fiもあるので不便を感じる時間は少なかったですが、これが何か緊急事態の只中だったらと思うとゾッとします。

 こんばんは、小島@監督です。
 通信回線というインフラがどれだけ生活に深く食い込んでいるか、普段散々使っている癖にこういう事にならないと実感しない自分の感覚もちょっと怖い。

 さて、今回の映画は「ドラゴンボール超 スーパーヒーロー」です。

 かつて孫悟空(声・野沢雅子)によって壊滅させられたレッドリボン軍、その再興を目指す男・マゼンタ(声・ボルケーノ太田)は、野望達成のためにある人物に接触を試みる。その名はDr.ヘド(声・入野自由)。かつて人造人間やセルを造り上げたDr.ゲロの孫であるDr.ヘドは祖父に負けない高い頭脳を持っていた。マゼンタはDr.ヘドに最強の人造人間の創成を持ちかける。
 数か月後、山岳地帯の一角でピッコロ(声・古川登志夫)は孫悟飯(声・野沢雅子)とビーデル(声・皆口裕子)の娘であるパン(声・皆口裕子)に武術の稽古をつけていた。稽古を終えてパンを帰し、ピッコロは一人になって瞑想していたところを突然襲撃を受ける。襲撃者は「ガンマ2号」(声・宮野真守)、Dr.ヘドが造り上げた人造人間である。

 原作漫画の連載開始が1984年ということを思うと実に息が長い「ドラゴンボール」、数十年単位でジャパン・アニメカルチャーのアイコンであり続けているのも驚きですが、1980年代から主要キャストが変わらないまま未だに新作が製作されているのは驚異というほかありません。そんな「ドラゴンボール」の劇場版は1996年を最後に一度途絶えたものの、2013年の「神と神」で復活。以後は数年に1本のペースで製作されており、今作は再始動後4作目となります。

 今作の大きなポイントは主人公を孫悟空ではなくピッコロと孫悟飯に据えている点。特に孫悟空とベジータ(声・堀川りょう)は序盤で物語の主線からフェードアウトしてラストまで全く出て来ません。見事なまでの思い切りの良さ。
 主眼が知恵者のピッコロに移ったことで物語に思わぬメリハリの良さが生まれました。今作のピッコロ、敵地に変装して潜入して情報収集したり自陣のメンバーのコンディションを把握したり、戦闘始めるまでにがっつり態勢を整えます。ドラゴンボールでこんなに修行以外の事前準備を大事にするエピソードが見られるとはちょっと驚き。
 
 序盤はちょっと展開がもっさりしているものの、状況が揃ったらあとはもうノンストップのバトルシーンで盛り上げます。ファイトアクションの構成とスピード感は前作である「ブロリー」が一つの到達点だったと思いますが、今作も見せ方のバリエーションの面白さという意味では負けていません。そこにピッコロと孫悟飯のパワーアップや、ガンマ1号、2号、Dr.ヘド、マゼンタらのキャラクターのエピソードを上手く混ぜ込み、ラストにはピッコロと孫悟飯の師弟であり親子のようでもある2人のユニークな関係性が築いた絆を感じさせる描写を入れて、なかなかにハイ・ボルテージな仕上がりになっています。70どころか80の境に到達してなお枯れない演技を見せる野沢雅子、古川登志夫ら大ベテランのシャウトを劇場で観れるのも今や大きな特色。同じ東映にも「プリキュア」や「ONE PIECE」など10年選手も数多くいる中、今も一大ブランドであり続ける底力は十分に堪能できる1本です。

 気楽に観れて時間いっぱい楽しい作品なので暑さしのぎに丁度いいのではないでしょうか。深く考えなくていい作品を観たい時には是非。

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「まだ6月だよ!もうちょっと手加減してくれ!」と言いたくなるレベルのここ数日の暑さ。ただ歩いてるだけで私みたいなお太り様は汗ダルマですよ。湿度が高いので髪の毛がチリチリするけど汗で整髪料が流れてしまうのでヘアスタイルを整えることを諦める時期がエグい形で今年もやって来ました。
 たまたま今日は仕事でフランスから来訪された方の応対をしたのですが、あまりの暑さで到着するなりその方の息が上がっており、冷房を強めに効かせて呼吸を整えて頂いてからのミーティングになりました。

 こんばんは、小島@監督です。
 ていうか今からコレで7月8月どうなるんだ…

 さて、今回の映画は「メタモルフォーゼの縁側」です。

 夫に先立たれ自宅で書道教室を営みながら独り暮らしをする75歳の市野井雪(宮本信子)は、夫の三回忌法要の帰り、暑さを避けるために立ち寄った書店で一冊の漫画を目に留める。「君のことだけ見ていたい」というタイトルのその漫画の表紙が気に入り、内容も知らぬままに購入する。漫画を読み始めてほどなくそれが男性同士の恋愛を描く「ボーイズラブ(BL)」コミックだと知り雪は驚くが、漫画家・コメダ優(古川琴音)の描く世界観に魅了され、いそいそと続きを買いに再び書店へ足を運んだ。
 一方、書店でバイトをする17歳の女子高生・佐山うらら(芦田愛菜)は、引っ込み思案で周囲と距離を置き冴えない日々を送っていた。そんなうららの秘かな楽しみはBLコミックを読んで胸をときめかすことだった。ある日、「君のことだけ見ていたい」の続きを買いに来た雪に在庫を尋ねられたのが縁で思いがけずBL話で盛り上がることに。17歳のうららと75歳の雪、BLコミックを介した2人の奇妙な友情が始まった。

 年齢も境遇も違い過ぎ、全く交差するはずの無かった2人にひょんなことから縁ができ、親友になる。しかもその2人を繋げるのはBLコミック。鶴谷香央理の同名コミックを原作に、「阪急電車 片道15分の奇跡」や「ひよっこ」など数多くの映画やドラマを手掛けた岡田惠和が脚本、「青くて痛くて脆い」などの狩山俊輔が監督を務めた作品です。どこかゆったりとした時間の中で、暖かな風合いの物語が展開します。

 とにかく芦田愛菜と宮本信子、主演2人の演技が素晴らしい作品です。
 何につけ自信の無いうららはBLオタクなことも周囲に知られたくなくて過剰に隠し気味。自分の買ったコミックのコレクションも本棚には並んでおらず、机の下の段ボールにしまわれています。カフェやレストランでも店員や隣のテーブルの客にそれが気づかれるのを嫌って大急ぎで隠そうとするくらい。
 一方、雪の方はそもそも「絵が綺麗だから買った」だけで「BL」という単語さえ知らない。ただそうであるが故に作品の世界観に偏見も無くハマってしまうのです。70を過ぎてなおこれまでの自分が知らなかった新しい世界を知る喜びに心浮き立たせる姿を名優・宮本信子が実にキュートに演じています。

 最初は「オタクとして」先輩であるうららが思いがけずBLの扉を開けた雪の手を取り、沼に引きずり込んでいきますが、二人の交流が深くなっていくと、今度は「人生の」先輩である雪の生き方に影響されて、うららは成長していきます。それは決して急激ではなく、むしろほんの一歩、というところなのですがその加減が絶妙です。
 キラキラした青春とは自分は無縁、と考えているうららですが、インドア派に見えて度々全力疾走するシーンが登場します。気持ちを持て余したり、何かを決意したり、あるいは楽しみな新刊が発売されたり。様々な感情の発露の結果として走るうららは無自覚でも青春の真っ只中にいるのです。それがささやかな一歩でも、人生の新たなステージへの第一歩。数年後数十年後にもしかしたら大きな変化に結びついているかもしれません。

 先週このブログで取り上げた「ハケンアニメ!」が誰かに「刺さる」アニメを作ることに懸命になるクリエイターたちの物語でしたが、こちらは「刺さった」人たちの変化を描く物語です。「好きなもの」がある、それを語り合える友人がいる、というのは本当に素晴らしいこと。主たるモチーフこそ「BL」ですが、「映画」「音楽」「ゲーム」でも、好きや夢中になれる「何か」を持つ方にはきっともう一人の自分を見るかのように共感できるはず。暑くなってきた夏の一日、縁側で涼むような気持でどうぞ。やはり「推し」は人生を彩ってくれます。

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副鼻腔炎と診断されて鼻の治療を始めてからこっち、思わぬ変化が。いや、嗅覚が敏感になった、とかではなく、どうやらいびきが劇的に軽減されているようです。そういえば最近寝つきが良い。無自覚に30年越しくらいで手つかずにいたことに手を付けたらこんな副産物が。

 こんばんは、小島@監督です。
 ほかにもまだ気づいてないだけで実は結構な不調抱えているんじゃなかろうか。

 さて、今回の映画は「ハケンアニメ!」です。

 公務員からアニメ業界に転職した斎藤瞳(吉岡里帆)は、新作TVシリーズ「サウンドバック 奏の石」で念願の監督デビューが決まり、気合が入るものの空回ってしまいスタッフやキャストとのコミュニケーションも上手く取れないでいた。おまけに作品を売るためには手段を選ばないプロデューサーの行城理(柄本佑)は斎藤をアニメとは関係の無い雑誌の取材にまで同行させ製作に集中できない環境に更にいらだちを募らせていた。
 そんな斎藤の前に思わぬ人物が立ちはだかる。かつて斎藤がアニメ業界への転職のきっかけとなった作品を世に送り出した王子千晴(中村倫也)が手掛ける新作「運命戦線リデルライト」が「サウンドバック」と同じ時間枠で放送されることになったのだ。周囲の注目度も高まる中、2作品の初回放送の日が迫る。

 クリエイティブな製作現場にはいつだって熱量のこもったドラマがある。そう思わせてくれるような、モノづくりの楽しさも厳しさも高密度に凝縮された珠玉の映画が登場しました。というかこんな傑作を見逃す大ミスを危うくしでかすところでした。
 監督は「水曜日が消えた」で長編デビューを果たした吉野耕平。長編2作目にして今後代名詞にできる作品を完成させたのではないでしょうか。また主人公斎藤瞳を演じる吉岡里帆の演技が素晴らしい。同じ東映の映画で盲目の女性を演じた「見えない目撃者」でもその演技に唸りましたが、いささかコミュ障気味ながら負けず嫌いで情熱を燃やす新人監督という役柄とのマッチングが絶妙で、映画が終わる頃には「こんな人物がきっとアニメの業界のどこかにいるんじゃないか」と思わせられてしまうほど。まさにキャリアベストと言って良い名演を見せています。

 非常に見どころの多い映画で、どこに着目しても何かしらの発見があるはずです。
 例えば斎藤瞳と行城理だけでなく、王子千晴の方も仕事を支えるプロデューサーが有科香屋子(尾野真千子)と、バディものである上に双方男女コンビのチーム戦という構図がかなりユニークですし、この手のメジャー配給の「お仕事映画」でありがちな、恋愛要素が主要素に取って代わってしまうようなことにはならない、というか皆「そんな余裕無いわー!」という勢いで仕事してるのも面白い。斎藤瞳の新人としての悪戦苦闘を描く一方で、王子千晴は一度頂点を観た事があるが故の苦悩と葛藤を抱えています。双方ライバルのような対立の構図がお膳立てされますが、相手の足を引っ張るようなことはどちらもしません。そんなことしてる暇は無いからです。
 また、作中でアニメ製作を行っているシーンの大半が夜間のシーンだったり、一つの休みを獲得するために何日も徹夜で作業をこなさなければならない下請けや、個々の才能に頼らざるを得ないが故のしわ寄せなど、業界自体が抱えるブラックさも随所に描きこまれています。
 なお、作中で「人気があるかどうか」の指標として視聴率が前面に出ていますが、サブスクへの移行が進んでいる昨今のアニメ事情を思うと実際はもっと多くの数字の複合で勘案されるはずですし、この辺りは映画を分かり易くするために誇張された箇所とも言えますね。ただ、ちゃんと視聴率に意識を向けざるを得ない状況を用意しているのがさすがです。

 群像劇的側面も強く主演陣以外でも様々な人物が登場します。中でも強い印象を残すのが「サウンドバック」でヒロインを務める声優・群野葵を演じる高野麻里佳。「ウマ娘」のサイレンススズカ役などで人気を集める彼女が実写映画初出演。「演技力や声の相性よりもアイドル的人気を買われて客寄せでヒロインに抜擢された声優」という役どころを実感を持って演じています。彼女以外にも梶裕貴、速水奨、大橋彩香、高橋李依などが顔出しで出演してるので特にアフレコのシーンなんかは一アニメファンとしても楽しいシーンですね。

 何よりこの映画を魅力的にしているのは劇中劇として登場する2本のアニメ。「サウンドバック」は「若おかみは小学生!」「テルマエ・ロマエ」などの谷東、「リデルライト」の方は劇場版「プリキュア」シリーズを歴任した大塚隆史が担当し、スタッフもキャストも強力な布陣が揃って製作されていて作中ではTVアニメという体なのですがどちらもオーバースペックな迫力で、できれば断片的でなく全編がっつり観たいと思わせられる出来栄えです。
 劇中アニメと映画の物語、登場人物の成長と葛藤の打破が絶妙にシンクロし、創造のカタルシスをと共にうねりを持って結実するクライマックスはきっと観る者の心を熱くしてくれるはず。

 作中に、「高い評価を得ながら売り上げに直結しない作品」への言及があるのですが、皮肉にもこの映画自体が当初300館規模で公開されながら客入りが伸び悩み、早いところでは3週で打ち切られてしまいました。しかし、鑑賞した著名人から絶賛の言葉が相次ぎ、観客たちもSNSを介して賛辞を贈り、主要映画サイトでは軒並み高得点を叩き出すに至り、ここに来て上映の続いている映画館では満席になる場所も出始めているとか。残念ながら東海三県では全て上映終了しているのが現状ですが、この反響を受けて再上映してくれるところが出てくることを切に期待したい。私もこの作品はこのまま埋もれて欲しくない。
 アニメに限らず邦画も数々の問題が浮き彫りにされている昨今ですが、ちゃんと力を持った「本物」は出てきています。この作品の登場でそれを実感することができました。

 ところで、もし鑑賞の機会を得たならエンドクレジットで席を立つことのありませんよう。最後の最後に小粋なワンシーンが待っています。
 


 
 
 

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本来なら休みやすい閑散期なのに色々とワケありで実質2週間休み無しというエグい期間をどうにか脱したら昨日は約半日眠り込んでました。実は無休3週目に突入する可能性も生じていたのですが、何とか回避できてホッとしています。

 こんばんは、小島@監督です。
 次に似たような事態になった時は絶対に1日だけでも休みを確保しようと心に決めました。

 さて、そんなワケでしばらく映画を観に行くどころではなかったので今週は自宅で鑑賞した中から1本。今回の映画は「千年女優」です。

 戦前から戦後にかけて長く使われてきた映画会社「銀映」のスタジオが老朽化のために取り壊されることになった。若い頃に銀映に所属し、今は映像制作会社「LOTUS」の社長を務める立花(声・飯塚昭三、佐藤政道(青年期))は、銀映のドキュメンタリー制作のために伝説の大女優・藤原千代子(声・荘司美代子、小山茉美(20~40代)、折笠富美子(10~20代))へのインタビューを企画する。約30年間表舞台に立たず、取材も一切受けなかった千代子に、立花はインタビュー前にある小箱を渡す。その小箱には古い鍵が入っていた。

 2010年に46歳の若さで没したアニメーション監督今敏、生涯で手掛けた4本の劇場用長編は全てが代表作と言っていい唯一無二の存在感を放ったクリエイターです。その今敏監督が2001年に発表した長編が「千年女優」です。当時設立されてまだ日の浅かった文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞に「千と千尋の神隠し」と同時受賞したほか、国内外で高い評価を得た作品です。ソフト化はもちろんされているものの案外サブスク系の配信からは縁遠かった1本ですが、今月からNetflixでの視聴が可能になり鑑賞のハードルがグッと下がりました。私もかなり長い間遠ざかっていたのですが今回を機に久しぶりの鑑賞です。

 手掛けた4本の長編全てがオリジナル作品であった今敏監督、全てに通底して使われていたモチーフが「虚構と現実の混濁」です。次第に現実と虚構の境界が曖昧になっていく中で登場人物だけでなく観る者も翻弄していくのが特徴で、それはこの「千年女優」でも変わりません。立花の千代子へのインタビューが進むにつれ、現在と過去、そして千代子が出演した映画と言う虚構がシームレスに混じりあっていきます。「千年女優」の面白いところは、そういった虚実混交がただ観客を惑わす叙述トリックのように使われるのではなくユーモラスな冒険活劇として描き出し、その幻惑的な奔流に飲まれること自体を楽しませる作風をしている点です。

 時代も虚構も行き来しながら描かれるのは幼い日に千代子が出会った「鍵の君」(声・山寺宏一)への恋心とそれに突き動かされる情熱的な姿です。故に、千代子は全編を通して良く走ります。駆け抜けていると言っても良い。恋しい人を追い求め走り続ける千代子の姿、ただそれだけに見事なまでの映画的快感が宿っているところにこの映画の凄みがあります。

 また、「千年女優」は今敏監督作品と切り離して語れない要素の一つである平沢進の音楽が初めて使われた作品でもあります。作中のエピソードは時代も場所も変えながらも基本的には「追い、走り、時に転ぶ」を繰り返す物語であるものの、そのリフレインは平沢進のプログレッシブ・サウンドが彩ることでただの繰り返しではなくなり、前述の「ただ走るだけのシーンに映画的快感が宿る」ことをより確かなものにしています。

 ラストシーンで千代子が言い放つセリフが小粋でありながらも衝撃的で、不思議な爽やかさと同時に「転ばされた」感覚を観客に残す見事な大団円。しかもそれでいて上映時間が87分というコンパクトさ。最初から最後まで高密度に楽しませてくれます。
 アニメならではの表現と映画ならではの味わいが詰め込まれた、稀代のクリエイターであった今敏監督のテイストを存分に味わえるこの1本、Netflixでの配信を機により多くの方の目に触れて再確認と再評価が進むと嬉しいですね。

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今日の昼ごろ突如流れてきた、湯川英一元SEGA専務の訃報がなかなかショック。それも昨年の内に亡くなられたと言うではないですか。「SEGAなんてダセーよな」という自虐的なCMに出演して反響を呼びドリームキャストの販促を担った来歴は、クリエイターではなかったにしろゲーム史の1ページに刻まれて然るべき方ではないかと思います。
 謹んでお悔やみ申し上げます。

 こんばんは、小島@監督です。
 ドリームキャストはちょうど学生から社会人になろうかという頃にこれでもかとばかりに遊んだハードなので結構思い入れが深いです。SEGAは今年秋にメガドライブmini2の発売を予定していますが、いずれサターンminiとドリームキャストminiも製作して欲しいなとかなりマジに願っています。

 さて、今回の映画は「トップガン マーヴェリック」です。

 ピート・”マーヴェリック”・ミッチェル大佐(トム・クルーズ)は華々しい戦績を持つ伝説的なパイロットだったが、今は超音速実験機「ダークスター」のテストパイロットの任に就いていた。しかし、AIによるドローン戦闘機の開発を推し進めたいケイン少将(エド・ハリス)によりプログラムは中止させられようとしていることを知り、マーヴェリックはケインの前でダークスターを目標速度のマッハ10に到達させることに成功するが、ダークスターは空中分解してしまった。
 懲罰を覚悟していたマーヴェリックだったが、思わぬ辞令が下る。高難度のミッションのために召集された「トップガン」たちに任務成功のための訓練教官を務めて欲しいと言うのだ。そうして集められたパイロットたちの中には、かつてマーヴェリックの相棒だったグースの息子ブラッドリー・“ルースター”・ブラッドショウ(マイルズ・テラー)もいた…

 コロナ禍によって多くの映画が延期や上映中止の憂き目に遭いました。あるものは公開規模が大幅に縮小され、あるものはスクリーンでの上映を断念し配信に発表のフォーマットを移しました。そもそも映画館が営業できないという状況すら発生し、結果的に配信による収益が製作会社にとっても無視できないものになり、「映画館で映画を観る」行為そのものの存在意義すら揺らぎ始めたこの数年にあって、何度も延期を重ねながらも頑なに映画館での上映にこだわり続けた「トップガン マーヴェリック」が遂に公開されました。

 1986年に製作され80年代カルチャーのアイコンの一つともいえる「トップガン」、実に36年越しの続編です。当時から既に人気の高かった作品であったにもかかわらずここまで続編が製作されなかったのは、安易な続編が製作されることを嫌ったトム・クルーズが続編製作権を自分で買い取ってしまったからです。その後2010年ごろに一度企画が立ち上がり、製作を担ったジェリー・ブラッカイマーとトニー・スコット監督、トム・クルーズの3人でシナリオハンティングが行われていたそうですが、2012年のトニー・スコット死去により頓挫。改めて仕切り直しとなったところに「ミッション・インポッシブル/フォールアウト」などでトム・クルーズと組んだ脚本家クリストファー・マッカリーと同じくトム・クルーズが主演した「オブリビオン」で監督を務めたジョセフ・コシンスキーが招聘されて本格的に製作が開始されました。

 物語の大きな特徴として、前作からの30数年という時間が常に横たわっている所にあります。マーヴェリックは現役にこだわり頑なに昇進も引退も拒んでいますが、同期の仲間は将官に出世するか退官していたり、当時主力だったF-14トムキャットも空母エンタープライズも既に退役、80年代にはいなかった女性パイロットの台頭、AIと無人戦闘機がパイロットという存在自体を過去へと押しやろうとする気配すら現れます。マーヴェリック自身にもどこか「老い」の兆しが見え始めています。そういう中にあって戦闘機パイロットとしての「矜持」を描き出し、マーヴェリックとルースターの確執が軸として貫かれています。
 
 そして何よりこの映画最大のポイントはもちろんスカイアクション。そこら辺のアクション映画のカーチェイスを超える激烈なボリュームで空戦が展開。CG全盛の世にあってガチで実機を飛ばし俳優たちがハイGの中で顔をゆがめながら演技をするというとんでもないシーンが頻発します。何なら「単座型の航空機に乗っているシーンなのにヘルメットのバイザーに前部座席が映り込んでて複座型の後部座席に乗り込んでるのが分かる」ショットもあったりするのですが結果的にマジで飛んでいることの証明になっているという、えげつない逆説がフィルムに焼き付けられています。
 こんな無茶が通ってしまうのもトム・クルーズならではでしょう。彼以外ではありえない、そんな凄味が作品内に満ち溢れています。

 映像と音響、全てが一体となり、観客が経験するのは映画を鑑賞することではなく「映画を体感する」こと。トム・クルーズが映画館での上映にこだわった理由がここにあります。作中パイロットが過去の遺物とされようとしているように、CGやAIが発達していつかこんな危険なスタイルで映画を作る必要が無くなるかもしれない。事実こんな80年代スタイルを突き詰めたような製作体制はある意味で時代遅れでしょう。配信というフォーマットの定着によってカリスマ的なムービースターという存在も過去のものとなってしまうかもしれない。時代の潮流は止められない。けれどまだ「映画を映画館で観る」という経験には何物にも代えがたい意味がある。この映画を観る事は、その「意味」を真正面で受け止める事に他なりません。まさに自身の存在全てを懸けて「映画を観る喜び」を追求するトム・クルーズの姿は最早「孤高」と呼べる存在感です。

 観る者に忘れ得ぬ2時間の「非日常」をもたらすこの作品、10年後、20年後にこの映画を懐かしく思い返す日がきっと来る。時代の流れをものともせず屹立する誇り高きラスト・ボーイスカウトが魅せる輝きをどうかその目に焼き付けて欲しい。
 「映画」が、ここにあります。

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職場で私と組んで仕事している方が今週の半ばから10日間ほど入院する事になり、その影響で今来週は休み無しというちょいとハードスケジュールに突入。その前にやれるだけやっておこうと一昨日の土曜日は病院行ってカラオケ行って映画2本観るというちょっとやり過ぎた感のある予定の詰めっぷりで1日過ごしてました。

 こんばんは、小島@監督です。
 充実感も半端無かったけれど、もう少しゆったり日程組みたいかな、出来れば(笑)

 さて、今109シネマズ名古屋にて「109シネマズ名古屋映画祭」と題してライブ向けの音響機材をセッティングして通常とは違う音響環境で映画を鑑賞する「ライブ音響上映」が31日まで実施されています。今回はその上映作品の中から一つ、「アイの歌声を聴かせて」です。

 母一人子一人の家庭で暮らす高校生のサトミ(声・福原遥)は、ある事件から校内で「告げ口姫」と揶揄され疎外されていた。
 AIの開発責任者を務める母のミツコ(声・大原さやか)は新型AIを搭載した人型アンドロイド・シオン(声・土屋太鳳)を開発し、その実地試験としてシオンをサトミの通うクラスに転校生として送り込んだ。期限は5日間、その間にシオンがアンドロイドと他の人間にバレなければ成功だ。
 しかしシオンは何故かサトミを知っていて、サトミを見るなり駆け寄って歌い出してしまった。その後もおかしな行動を繰り返すシオンに振り回されるサトミは、ひょんなことからシオンがアンドロイドであることを知ってしまう。母ミツコのためにサトミはどうにかシオンの正体を隠し通そうとするが…

 「イヴの時間」「サカサマのパテマ」など独創的な世界観のオリジナル・アニメーションを作り上げる吉浦康裕監督の最新作です。昨年10月に公開され、観客の口コミによって評判が広まり、既にレンタル配信なども始まりBlu-rayの発売も目前に迫っている状況にもかかわらず小規模ながら現在も上映が続いている作品です。伝え聞いた評判に、気になっていた作品だったのですが思いもかけない形で鑑賞の機会を掴みました。
 
 牧歌的な田園都市の風景の中に目立つAIのための開発研究所であるツインタワーが建っていたり水田のように見える場所が実はメガソーラーだったりという実験都市的な性格を持つ地方都市を舞台に展開する青春SFミュージカル活劇です。
 クラスに疎外されるサトミをはじめ、機械オタクで人づきあいが苦手なトウマ(声・工藤阿須加)、柔道部員で腕前は良いのだが本番に弱いサンダー(声・日野聡)、恋人同士だが現在喧嘩中で気まずい雰囲気が流れるゴっちゃん(声・興津和幸)とアヤ(声・小松未可子)ら青春の悩みを抱える高校生たちがシオンの登場と突拍子もない行動に振り回されながら次第に葛藤から解きほぐされていきます。

 ミュージカルのお約束である「登場人物が前触れなく突然歌い出す」という振る舞いを「AIがずれた行動取ってるから」で説明づけるアイディアが秀逸。しかもシオン役土屋太鳳の歌声が絶品です。そしてその「突然歌い出す」ことも物語の主舞台である実験都市というロケーションも全てちゃんとクライマックスに活きてくる作劇の妙が素晴らしい。変にハードな方向に転がり込むことなくある種の楽天的な雰囲気を持たせながらの語り口が心地よく、「何故シオンは最初からサトミを知っていたのか?」「何故唐突に歌いたがるのか?」「そして何故サトミの幸せをひたすらに希求するのか?」これらの謎が明かされる頃には観る者の心に涼やかな風が吹いているはずです。その涼風に力強さも加わって突き進む終盤と、その後にたどり着く結末の余韻も実に爽やかです。

 青春映画の新たな傑作の誕生と言って良く、現時点における吉浦康裕監督のキャリア・ベストじゃないでしょうか。長く支持を集める理由も観て分かるというものです。是非多くの方にご鑑賞いただきたい逸品ですね。

 ところで109シネマズ名古屋などで不定期に開催される、音響機材をシアター内に設えての特別上映、敢えてやってみて分かりましたが通常の映画鑑賞では決して良い位置とは言えない最前列中央が恐らく一番醍醐味を堪能できるポジションです。いやもう音圧が凄いのなんの。没入度が半端じゃないです。機会を捕まえたら是非トライして頂きたい。

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