ちゅうカラぶろぐ


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パリ・オリンピックが始まりました。
 私の場合日本勢のメダルがどうこうより、こう言う時でないとTV中継がほとんどされない種目を観るのが好きだったりするので軽くにわか上等で観れるタイミングで放送しているものはつい観てしまいます。スケートボードとかダラっと眺めてるだけでも結構楽しい。

 こんばんは、小島@監督です。
 ほか、個人的には乗馬の経験があるので馬術もなかなか。分からなくてもトップアスリートたちの人馬一体の美しさはそれだけで観てしまえるパワーありますよ。こちらは日本勢が今回結構健闘していますね。

 さて、今回の映画は「デッドプール&ウルヴァリン」です。

 何やかやあってウェイド・ウィルソンことデッドプール(ライアン・レイノルズ)は窮地に陥っていた。かつて壮絶な最期を遂げたローガン/ウルヴァリン(ヒュー・ジャックマン)を連れて来れなければ自分も自分のいた時間軸もろとも消滅してしまうというのだ。数は少ないが大切な友人たちを消させたくないウェイドは時空を渡り歩きローガンを探すことにするのだが。

 マーベルの異端児、俺ちゃんヒーローが帰って来ました。しかも今回は「デッドプール」過去作でもさんざん擦り続け、ある意味待ちに待ったと言っていいデッドプールとウルヴァリンが遂にタッグ結成。プライベートでも親交の深いライアン・レイノルズとヒュー・ジャックマンの2大スターが文字通り躍動します。ヒュー・ジャックマンのウルヴァリン再登板、「ローガン」の万感の終焉を知っているだけに安易な復活劇を持って来ないで欲しいファン心理でしたが、デッドプールと組むんじゃしょうがない(笑)
 
 物語は正直プロットからしてだいぶ無茶苦茶。なのに滅茶苦茶面白い。
 不死身な上に「第四の壁」を軽々と乗り越える、更に「架空のヒーローである自覚がある」デッドプールのキャラクターを最大限に活かしてこの無茶苦茶な話を切り回します。この絶妙な匙加減は今作を手がけたショーン・レヴィがライアン・レイノルズと組んで製作した「フリー・ガイ」に近い趣き。観客に向けて語ろうが、メタ的な発言を繰り返そうが「そういうキャラなので」で押し切れてしまうデッドプールを通して語られるのがどうもマーベルの中の人たちの心の声っぽいのも笑いを誘います。確かに「スパイダーマン/ノー・ウェイ・ホーム」のような幸せな実りもありましたが、今のMCUはマルチバースを持て余し、行く先を見失っています。

 「デッドプール」過去2作もそうでしたが今作でも大量の小ネタと、そしてサプライズが仕込まれています。中には相当驚いてしまうものもあるでしょう。興味深いのはそれらのサプライズから見えてくるのはお祭り的な楽しさや興奮だけでない点です。先述の「ノー・ウェイ・ホーム」ではそれらの向こうに少年が大人になる青春のほろ苦さをまとわせドラマに深みを与えていましたが、ここで感じるのはむしろMCUが始まる以前のアメコミヒーロー映画への敬愛と郷愁が見え隠れします。作品世界が肥大化の一途を辿るにつれさまざまなものが呪縛のようにまとわりついてしまったMCUに対してのある種の後悔も混ざっているかもしれません。

 コメディ一辺倒に見えて要所を力強く締めてくれる作品で、クライマックスのあるシーンでは長く観て来たファンにとっては最高の驚きと喜びを持って迎えられるカットが登場します。あれには私も目玉ひん剥き。そしてちょっぴり落涙。
 大量にリンクはあるけれど、それを説明するとネタバレになる上に映画を初めて観る楽しみが半分どころじゃなく削られてしまうので予習は基本的に無理。「デッドプール2」と「ローガン」だけ事前に押さえておけば予習としては充分です。軽率に行ってびっくりして元ネタを拾うのが多分一番の楽しみ方。
 血飛沫上等の容赦無いバイオレンスと過激なセリフてんこ盛りで徹頭徹尾笑わせて来ながらも、失敗も含めたこれまでの全てを黒歴史にしない矜持と遠き日への鎮魂を込めた怪作。祭りとは、同時に祀りでもあるとこの映画は思い出させてくれます。一見悪ふざけしかしていないようでその実とても真摯で優しい心根が感じられる作品でした。
 なお、今作エンドクレジットが非常に素晴らしい上に終了後にもワンシーンあるので場内が明るくなるまでお席を立ちませんよう。

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